ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第111話 「分霊箱とは」

「この家でこの3人、いいえ、この3家が揃うなんて何年ぶりになるんでしょうかね」

 

 場所は、クリミアーナ家の応接室。アルテシア、ソフィア、ティアラの3人が、それぞれ向かい合うようにして座っていた。

 パチル姉妹の姿がないのは、休暇終了を前にして実家に戻ったから。ちなみに学校再開は明日からなので、ソフィアも今日中にはホグワーツに戻らねばならない。

 

「何年ぶりだっていいけど、これが最後にならないことを祈りたい気分だね」

「ならないよ。最後になんてならない。最後にはしないから」

 

 ソフィアから始まってティアラが答え、アルテシアがまとめる。表現こそ違っているが、実際に3人が思っていることは同じなのだろう。ちなみにクリミアーナ家に残る家系図をみる限りでは、その初代当主の頃より始まりおおよそ500年前の騒動で別々となってしまうまでは続いていたのではないかと思われる。

 

「ええと、確認なんですけどヴォルデモート卿は倒すってことでいいんですよね?」

 

 この中ではティアラが一番の年上だ。だが3人の中での力関係というか、立場的に上となるのは、やはりアルテシア。その判断をするには確認が必要、ということらしい。

 

「でも、簡単じゃないですよ。校長先生も動いてるんですから。それを飛び越えて関わるのがいいことなのかどうか」

 

 では、ティアラとソフィアとではどうなのだろう。この場合は、力関係というよりはどちらがよりアルテシアに近いのかということになりそうだ。

 

「それ、ダンブルドア校長がやってることを邪魔しちゃうかもってことかな」

「校長先生が解決してくれるんなら、それが一番だと思いませんか。アルテシアさまだって危険なことをしなくてすみます」

「いや、そういうことじゃないと思うけど」

「それだけじゃないですよ。校長先生だって例のあの人のことで動いてるんですから、あたしたちのこと気づかれるかもしれない。そうなったらいろいろと面倒になりますよ」

「大丈夫、そんなミスはしないよ。それがクローデル家でしょ。あんたこそ自分の役割、ちゃんとわかってるよね?」

 

 ソフィアは、何も言わずにうなずいただけ。どうやら2人の間では役割分担ができているらしい。おおざっぱに言えばティアラは外向けの仕事であり、ソフィアは内向き。2人の間で取り決めがされたということではないが、ごく自然にそういうことになっているようだ。

 それにパチル姉妹も、協力は惜しまないはずだ。パーバティにしても、ホグワーツ内を駆け巡り、アルテシアに頼まれていた灰色のレディと会う約束を取り付けているのだ。ちなみにその日は、学校内に生徒がいなくなる学年末から新学期にかけての休みの期間。レディからは、その日が来たら部屋に来い、場所はアルテシアは知っていると言われている。パドマのほうは分霊箱に関する資料集めだが、そちらのほうはうまくいかずスネイプの手を借りることになった。

 

「ティアラ、分霊箱のことだけどいろいろと分かったわ」

「そうですか。わたしも少しは調べてみてるんですけど」

「ホグワーツの先生から分霊箱の仕組みなんかを教えてもらったのよ。正直、あんなことわたしにはできないだろうな」

「作り方ってことですか。そういうことになると、わたしもよくは知らないですね」

「あなたの言うとおりだった。分霊箱に自分の魂を入れて保管しておけば、死んでしまうことはない。あの人が命をつなぐことができたのはそのおかげってことになる」

 

 そのあたりのことは、スネイプからクリミアーナ家での特別授業という形で説明されている。完全ではないのだろうが、分霊箱についてはおおよそ理解したということになる。

 

「誰かを殺す必要があるの。いわば生け贄を捧げることで、自分の魂を引き裂いて分霊箱を作る。分割ではなく引き裂くって表現するべきだそうよ。元の魂は損傷することになるけど、その犠牲に見合うだけの効果はある。あの人はそう考えたんでしょうね」

「なるほど。じゃああれは、そういうことなのかな」

「なにかあるの? 気づいたことがあるのなら言ってよ」

「もちろんですけど、でもその引き裂いた魂をどうするんでしょうか。箱っていうくらいだから、何かに入れておくんですよね」

「そうよ。何でもいいらしいけど、自分の魂を保管するんだからそれなりのモノを選んだんじゃないかと思う」

 

 アルテシアは、秘密の部屋の騒動を引き起こした日記帳が分霊箱だったのではないかと思っている。離れた場所からそれを見ただけであり実際に手にしてはいないので、はっきりそうだとは言い切れない。だが日記帳が分霊箱だったと考えると、いくつかの出来事に納得がいく。ただし同時に、疑問もでてくる。

 

「あの人の分霊箱って、他にもあるんだと思う。あの日記帳が分霊箱だったとすればだけど、あの日記帳には気になることがたくさんあるんだよね」

「日記帳って、秘密の部屋のときのですか。でもあれ、ポッターが壊しちゃいましたよね」

「そうよね。あれを詳しく見てみたかったけど、もうないのよね」

 

 その騒動のときにはいなかったティアラは、この話には入ってこれない。ソフィアとの間で話が進んでいく。

 

「でもあれって、分霊箱本来の姿じゃないって思わない? わざわざ表に出てきて騒動まで起こして注目集めるのは違うんじゃないかな」

「どういうことですか」

「例えばだけど、もう1個はどこか安全なところに隠してあって、別の1つがわざと目立ってみせたりしてるのかも」

「カモフラージュってことですか」

「そう考えるしかないかなって。ちょっと納得はしづらいんだけど」

 

 分霊箱の役割としては納得いかないにせよ、あの日記帳が分霊箱だったのは間違いないとアルテシアは考えている。あえてそこに理由を当てはめるなら、表だって問題を起こしてそれを解決させ、世間から忘れられることにあるのではないか。解決済みのものをいつまでも追いかけるほど世間は暇ではない、ということを狙ったのかもしれないということ。

 

「わたし、分霊箱かもしれないってモノに心当たりありますよ。いままでの話を聞いてて、ピンときたんです」

「えっ!」

 

 それは、ソフィアとアルテシアを、とくにアルテシアを驚かせた。

 

 

  ※

 

 

 かつてティアラとアルテシアとが、ヴォルデモート卿が復活する現場を目撃した墓地の村。それがリトル・ハングルトンである。ティアラは、改めてその村を訪れたのだという。復活したあとヴォルデモートが得意げに話した“死なない工夫”というものに興味を持ち、分霊箱というものの存在を知り得た。アルテシアが分霊箱のことを調べ始めたのも、その“死なない工夫”について知るため。

 あのときハリーが縛られていた墓標がヴォルデモート卿の父親であったのを思いだし、調べてみれば何か分かるのではないかと思ったのが切っ掛けだという。

 

「墓標には名前が刻んでありましたから、父親の家はすぐわかったんですよ。それから母親のほうも」

 

 父親の家は、村を見下ろすような場所に建てられた大きなお屋敷。母親の方は、粗末な壊れかけの家。今では住む人もなく廃虚同然であったのはどちらも同じだが、その格差は歴然。リトル・ハングルトンの村で当時のことを知る人などから聞き集めた話を、ティアラが話して聞かせる。

 

「母親の方の家にあった先祖伝来のロケットがそうじゃないかと思うんですよ。サラザール・スリザリンのものらしくて、とても貴重で値段なんかつけられないそうですよ。もちろん魔法族にとっては、ですけど」

「スリザリンって、ホグワーツ創設者のスリザリン? そりゃ、ホンモノなら高価でしょうけど」

 

 そんな貴重品が自分の母親の家に伝わっていたのだから、あの人は興味を持ったはず。それがティアラの考え。

 

「そうだね。分霊箱の候補としてはちょうどいいのかもしれない」

「でも、そんなのどこにあるんですか。どうやって探します? その家にはなかったんでしょ」

「大丈夫、見つけるよ。手がかりがないわけじゃないから」

 

 どういうことか。

 ティアラが調べたところでは、そのロケットは母親のメローピー・ゴーントによって生活費を目的として売却されたことがわかっている。その販売経路をたどることで発見できるはずだというのだ。

 

「わたしがやっていいですよね。必ず見つけて処分します」

「わかった。ティアラにお願いするけど、処分する前に見せてよ。それにほかにもあるかもしれないよ。せめてその数が分かってればいいんだけど」

「いいじゃないですか、そんなの。あろうとなかろうと、ほっとけばいいんです。今わかってるロケットだけだけど、これをなんとかしておけば十分でしょ」

「でもティアラさん。もし他にもあったら、あの人はまた復活するんじゃないですか」

 

 もちろんそうだ。だがティアラは、もう一度の復活は難しいはずだと主張する。もちろん、その理由もだ。

 

「アルテシアさまは覚えてますかね。あのときヴォルデモート卿は、復活に使用した古い闇の魔術には必要な材料が3つあると言ったんです」

「あっ、そうか。誰かの肉と父親の骨とハリーの血」

「そうです。肉はまた部下の誰かに提供させるとしても、父親の骨はもうありませんよね。魂が残ろうとも復活は、ない」

 

 必要な材料の3つめは、敵の血。そのことをティアラは言わなかった。仮に復活の魔術が繰り返されたとき、今度はその血がアルテシアのものとされてもおかしくはないからだ。だがそれは実現不可能。それをアルテシアから奪うなど、できるはずがない。

 

「わかった。あの人のことと分霊箱のことは分けて考えても大丈夫ってことだよね」

「わたしはそう思います。両方同時が理想なんでしょうけど、完璧求めるよりまずは結果をってことですかね」

 

 ヴォルデモート卿を倒すにしても、事前に分霊箱を探して処分しておく必要がある。それは確かだ。そうしなければ近未来において再び復活してくることになるから。少なくともその可能性を残すことになるのは間違いない。だがティアラは、それでも良しとすればいいと言うのである。

 

「分霊箱は見つかり次第に処分していけばいいじゃないですか。それよりもヴォルデモート卿をどうするのか。重要なのはそっちだと思います」

「そうだよね。やることはもう決ってるし、考えるべきことは、するかしないかじゃなくて、どうやって実現するか。常に自分に問え、おまえは最善を尽くしているのか」

 

 どういう意味か。自分の言ったことへの返事のようでいて、そうではないような。そう思ったティアラが首をかしげつつ、アルテシアを見る。そのアルテシアは、なおも独り言のようになにか呟いている。それがソフィアには聞こえたのだろう。

 

「なんですか、それ」

「さあ、なんだろうね。でもね、ソフィア。わたしは、自分が優柔不断なつまらない女の子だってことは知ってるよ。そんなわたしが何かをしようと思ったら、今できることを一生懸命にやるしかないんだよね」

 

 いつものアルテシアらしくないのでは。ソフィアがそう思ったのは、そこまでだった。にっこりと笑ったアルテシアの、その笑顔はいつもと変わらない、暖かく明るく優しい笑顔だったから。

 

 

  ※

 

 

『最善を尽くせているのかどうか。

 迷い不安に思うなら、自分の姿を鏡に映してみればいい。

 そのとき、まっすぐに自分を見つめていられるのか。

 あるいは、恥ずかしくて目をそらすのか。

 それはすべて、あなた次第。』

 

「なによ、いまの?」

「さあ、なんでしょうね。でもアルテシアさまがつぶやいてたんですよね。それを聞いたんですけど」

「言葉どおりの意味ってことでいいんじゃないの。アルテシアも、いろいろと気にしてるんだと思うけど」

 

 言葉だけの意味でいいのなら、さほど難しいものではない。気になるのは、そこに何を感じているのかということだ。

 

「アルは何か言ってなかったの」

「聞いてないんです。そのあと、すぐに別の話になったから。でも今になって気になってきて」

「わかるけど、いまのあんたはOWL試験でいい成績とること。それが一番だと思うよ。アルテシアも喜ぶ」

「そうそう。あたしたちは、いまホグワーツのなかでできる最善を尽くせってことなのよ。そういうことだと思うよ」

 

 何が最善なのか。考えてみれば、難しいテーマである。たとえばソフィアは、パーバティに言われたようにOWL試験を頑張ればいいのか、それともアルテシアに言いつけられたことだけやっていればいいのか、あるいは学校を辞めてアルテシアのそばにいるべきか。

 なかなか、答えは出てこない。そんなソフィアの前で、パチル姉妹の話は進んでいく。

 

「そういえばアルテシアって、OWLの試験結果も届いてないんだよね。いいのかな、魔法省はこんなことで」

「でもたぶん、すごい成績だったと思うんだよね。もったいない気がする」

「どういうことですか?」

「あたしらの結果を合わせてみると、アルテシアの成績が予想できるんだよね」

「あ、なるほど」

 

 思わずソフィアは納得する。パチル姉妹が言うのは、たとえば変身術に関して「優・O」を取ったパーバティより下であるはずがないし、呪文学で「優・O」を取ったパドマより下であるはずがない。そのようにして、他の教科でも「優・O」を取った誰かとアルテシアとではどうなのかを客観的に突き詰めていくのである。すると、最低でもアルテシアの成績は10教科で「優・O」となる。落としたのは魔法生物飼育学と占い学の2つ。

 もちろん推定でしかなく、実際にどうだったのかはわからない。

 

「それはそうと、アルテシアは、今度いつ学校に来るって?」

「こっちに合わせてくれるそうです。みんなが集まれる日が決まったら」

「全員集合にするんだよね?」

「いえ、希望者だけですね。イヤだって人もいるかも」

 

 その希望者とは、すなわちアルテシアから黒のノートを受け取った人たちのなかで、これからもノートから学ぼうという意思を持つ者ということだ。

 

「わかった。じゃあ、確認はあたしがやるから」

 

 そう言ったのはパーバティ。参加者の意思確認ということだが、ソフィアのほうは一気に不安げな表情となる。

 

「あの、何を確認するのか分かってますよね?」

「もちろんだって。心配ない心配ない」

 

 繰り返すが、確認するのは参加の意思だ。アルテシアのところに来るつもりがあるのかどうかであって、ノートから何を学んだかではない。おそらくパーバティは後者を思い描いているのではないかと、ソフィアはそんなことを考えたようだ。

 

「ソフィア、大丈夫だよ。あとであたしが、ちゃんと話しておくから」

「わかりました。でも、なんででしょうね。パドマ姉さんがそう言ってくれたら、なんだか安心できる」

「ちょっと! じゃあ、あたしはなんなのソフィア。あたしはねぇ」

「パチルさんは、きっとアルテシアさまを安心させてくれる存在だと思います。ほんとは、クリミアーナ家にいてもらったほうがいいって思ったりもするんですよね」

「なによそれ。まあ、そうしたいつもりはあるけど学校あるからね」

 

 互いに、苦笑い。今度アルテシアと会うのは、いつだっけ? パーバティはそう口にしたが、そのことはついさっき確認したばかり。

 

 

  ※

 

 

 学校が始まり、いつもの空き教室でおしゃべりをして。そして大広間で食事をして寮へと戻る。そのとき、いつもアルテシアと一緒だった。いつも、アルテシアがそばにいた。いや、違う。いつもアルテシアのそばにいた。

 同じことのようでいて、実は大きく意味が違う。パーバティはそう思っている。ときおり会って話もするし、手紙のやりとりもできる。そんな状況にも慣れてはきたのだが、1つだけできないことがある。空き教室でソフィアに言われたからではない。改めて言われなくとも、パーバティはそのことを気にしていた。

 

「アル、ごめんね。そばにいてあげられなくて」

 

 学校が始まれば、こうなるのは承知していた。アルテシアは学校を辞めたのだから、その外と内とに分かれてしまうのは仕方のないことなのだと。だけど。

 

「ごめんね、アル。そばにいてあげられなくて」

 

 アルテシアはいま、どうしているのだろう。じっと何かを考え込んでたりしはしないのだろうか。例のあの人や部下のデス・イーターたちが動き回っているとされ、魔法界はなにかと騒々しい。ホグワーツは安心だとされているが、アルテシアは心配しているのではないか。ダンブルドアがいるから大丈夫だと言われているが、本当にそうなのか。

 アルテシアは最高の魔女だと、パーバティは信じている。いや、違う。最高の魔女であることを知っているのだ。たとえあの人であろうとも、アルテシアにはかなわない。デス・イーターたちが何人集まろうとも、アルテシアは負けない。きっと、あっという間にやっつけてしまうだろう。そんな、無敵の天才魔女。

 だけど。

 

「そばにいてあげられなくてごめんね、アル」

 

 その分、苦労をしているはずだと思っている。なにしろアルテシアは、よく考え込んでいた。何かに悩み、何かに迷い、何かに不安を感じていたはずだ。パーバティがそう思っているだけで、実際は違うのかも知れない。だけどそんなとき、パーバティはいつもアルテシアを見守ってきた。アルテシアはクリミアーナ家の直系だし、自分など遙かに及ばない最高の実力を持っている。だけど何かを考え込んでいるときのアルテシアは、あまりにも無防備だ。相手がマグルであろうとも、あっけなくやられてしまうだろう。

 何を悩み、何を迷い、何を思っているのは分からない。でもそんなこときは、そばにいてあげたい。それが自分の役目なのだとパーバティは思っている。ホグワーツの1年目からずっと、そうしてきた。なのにいま、それができないのが残念でならない。アルテシアを守ってやれるのは、そんなときだけなのに。

 パーバティは、軽くため息をついて苦笑い。これではもう、恋しているようなものだ。だけど、アルテシアのそばにいたい。あの笑顔のそばで自分も笑っていたい。ただそれだけの願いなら、叶ってもいいんじゃないのかな。

 ゆっくりと口を動かしただけ。パーバティは、それを声には出さなかった。

 

 

  ※

 

 

 レイブンクローの談話室には、大理石で作られたロウェナ・レイブンクローの像がある。その前に立ち、パドマはアルテシアがここに来たときを思い出していた。あのときアルテシアは、何をしに来たんだっけ? ああ、そうだった。あのときはアルテシアが姉のことを心配してくれているのが嬉しかった。同時に、心配をかける姉を少しだけ腹立たしく思ったものだ。ほんの、ちょっぴりだけど。

 わたしがグリフィンドールだったら、とパドマは考える。あるいはアルテシアがレイブンクローだったなら。そうすれば、いつも同じ寮の同じ部屋。そこで一緒に勉強していただろう。そう、姉のように。

 

(それがうらやましいだなんて思わないけど)

 

 そう、うらやましいわけではないのだ。アルテシアは、いつもそばにいてくれている。退学になってからもそれは変わらないのだから、そんなことを思う必要はないのだ。ソフィアが少し説明してくれたけど、守ると言ってくれたその言葉の意味が、今はよくわかる。

 だけど。

 

(そういうことじゃないんだけど)

 

 もちろん、ひがんでいるつもりもない。パドマはふと、そんなことを思っただけなのだ。これまでアルテシアの心配は何度もしてきたけれど、例えば姉のようにアルテシアに心配してもらったりした記憶はない。仮にそんな機会があったとき、アルテシアは心配してくれるんだろうかと、そんなことが気になったのだ。確かめてみる? もちろん、そうすることはできるけど……

 視線が動き、ロウェナ・レイブンクローの像と目が合う。こんなことを思ったのは、レイブンクローの像を見たからか。この像を見ていると、いつもいろんなことを考えてしまう。あのときアルテシアも、この像をじっと見ていた。ロウェナは、優秀な頭脳と素晴らしい創造性を持っていたとされるホグワーツの創設者だ。生徒自身が深く考える機会を与えるための何か、この像には、そんな工夫がされているのかも知れない。そしておそらく、アルテシアの祖先とこの人は……

 

(分霊箱、か)

 

 アルテシアから頼まれた分霊箱についての調べ物は、ついに果たせずに終わった。ダンブルドアが残らず隠したらしいので、そもそも見つけることなどできないもの、ということもできる。

 だけど。

 それを自分で見つけ、アルテシアに報告したかったという思いは当然のようにある。きっとそれは、アルテシアを喜ばせることになったはず。でも、それで終わりじゃない。その意味を知り、それに近づき関わっていくその先には、あの人がいるのだ。

 不安はある。いくらアルテシアでも、という不安。そして心配。パドマはもちろん、アルテシアが例のあの人と関わろうとしていることを知っている。そうすることの理由も承知しているのだけれど、止めなくていいのかな。姉は、このことをどう考えているのだろう。

 

「どうしたんだい、パドマ。ぼんやりなんかして」

「えっ!」

 

 ふいの声は、アンソニーだった。そういえば、アンソニーは。

 

「ねぇ、アンソニー。アルテシアのことだけど」

「アルテシアがどうしたって? そういやキミは、アルテシアの家を知ってるんだよね。訪ねていこうかと思ってるんだけど、教えてくれないか」

「クリミアーナ家にってこと?」

「ああ。アルテシアが学校辞めてからずっと会ってない。会いたいんだ。これで終わりなんてイヤだからね」

 

 そうだった。黒いノートのことだけじゃないのだ。パドマは、つい失念していた。アンソニーがアルテシアに好意を寄せていることを。

 

 

  ※

 

 

 ソフィアは、マクゴナガルの執務室にいた。呼びだされたのだが、用件が何であるのかは告げられていない。ソフィアにいすを勧めた後、マクゴナガルは紅茶の用意をしている。

 いずれにしろアルテシアに関することだろうとソフィアは思っている。あるいはOWL試験のことかもしれないだが、それはまだもう少し先のこと。

 

「ともあれ、あなたが学校を辞めると言い出さなくてほっとしていますよ」

 

 ソフィアの前のテーブルに紅茶などが並べられ、マクゴナガルがゆっくりと座った。

 

「休暇中にアルテシアと会い、そう決めるのではないかと思っていましたが」

「先生は、そうするべきだと思われますか。ほんとは、迷っているんです」

「でしょうね。あなたの立場で考えれば、その気持ちはよくわかります」

 

 では、どうするべきか。話とはそういうことだったのかとソフィアは思ったが、そういう話にはならなかった。

 

「パチル姉妹がいますからね。あの子がホグワーツを忘れることなどないとは思うのですが、念のためです。苦労をかけますが、ホグワーツにいられる限りはいて欲しい。わたしもそうするつもりです」

「あの、先生」

「なんです?」

 

 どういう意味か。それを聞いていいのか、それを答えていいのか。どちらも、そんなことを考えたのではないか。少しの沈黙が挟まったことにより、話は変わっていく。

 

「実は、魔法省の大臣ルーファス・スクリムジョールからアルテシアに会わせろという申し入れが来ているのです」

「えっ!」

「大臣は、この休暇中にポッターと会って話をしています。おそらく目的は同じだと思いますが、なぜアルテシアなのか」

「目的ってなんですか。それ、どうするんですか」

 

 その申し出を受けようと思う、とマクゴナガルは言った。アルテシアには、魔法省のことを気にしている面がある。そのトップと直接話をし、その考えを知り、自分の思いを告げることには意味があるというのがその理由。だがもちろん、逆効果となる可能性もある。

 

「スクリムジョールとポッターとが何を話したのかは分かりません。おそらくダンブルドアは承知しているはずですが、このところ、わたしのところまでは知らされずに秘密となることが増えています」

「それを知るためにってことですか」

「違います。そんなことはどうでもよろしいのです。第一番の目的はアルテシアの笑顔を絶やさぬこと。その意味が分かるのはあなただけだと思いましたが」

 

 たっぷりと時間をかけ、ソフィアはただマクゴナガルの顔を見ている。驚きと戸惑い、といったところか。マクゴナガルも何もいわずにソフィアを見ていたのだが、ふいにソフィアが笑みを見せた。

 

「そうでした。先生は魔法書を、マーニャさまの本を読んでおられるんでしたね」

「ええ。なぜか魔法書を読むことになり、それを懸命に学んでいますよ。どこまでがマーニャさんのお考えのうちなのかはわかりませんけれど」

 

 クスッとソフィアが笑う。先ほどよりは、はっきりとした笑み。マクゴナガルが、軽く首をかしげて見せた。

 

「魔法書は魔法書です、先生。それ以上でも以下でもないんです。どうするかは本人次第だと、うちの母なんかはそう言いますけど」

「まあ、わたしにしてもマーニャさんの手のひらの上で踊っているつもりなど、これっぽっちもないのですけどね」

「でも先生。魔法省は何を言ってくるんでしょうか。まさかアンブリッジ先生は関わってませんよね。もしそうなら」

 

 たとえそうだとしても、おそらく、大きな流れは止まらない。ソフィアはそう思っているが、わずかな懸念材料としてのアンブリッジの存在が今も頭の片隅にある。直接見たわけではないのだが、アルテシア退学処分の引き金となった騒動でのことが気になるのだ。あの人は、アルテシアを怒らせる。きっとあの人は、アルテシアから笑顔を奪う。

 伝え聞いた話での判断となるが、あのときアルテシアは、あの魔法を使おうとしたのではないか。スネイプがその寸前で割って入ったらしいが、もしそれがなかったなら。

 それがどのような魔法であり、その結果としてどうなるのか。そこまでの知識はソフィアにはないのだが、そうならないようにすることがルミアーナ家の役目なのだと承知をしている。その意味からすれば、あのときその場にいることができずにスネイプにその役目を奪われた格好となったこと、それはまさに痛恨の極みでしかない。

 

「いまさらアンブリッジ女史になにかできるとは思いませんね。あの子にしても、彼女のことは忘れていると思いますよ」

「でも、思い出すことになるかもしれません。もしそうなったら…… あたしも一緒でいいですか」

 

 いまさら何もできない、というのは本当だろう。ソフィアもそう思っているが、それでも用心はすべき。この要求が認められなかったとしても、ソフィアの気持ちは固まっている。そんな目で見てくるソフィアに、マクゴナガルは静かに答えた。

 

「もちろんですよ、ソフィア。それをお願いしようと思ってここへ呼んだのです。たぶんわたしは、同席させてもらえませんからね」

 

 はたして、どういうことになるのか。魔法大臣と会う日程については、改めて相談ということになるようだ。

 


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