ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第109話 「必要の部屋にて」

 必要の部屋は、ただいま使用中。空き教室でパチル姉妹とソフィアとが話をしている頃のことだが、この部屋を利用してドラコとアルテシアが話をしていた。

 そのときどき、必要としている人がいる限り、その部屋は用意される。おそらくは1000年ほども前のこと、茶目っ気と創造性豊かな魔女が考え、希な才能を持った魔女が実現したとされる部屋である。

 この部屋は、誰かが使用中である限りは他の人が使用することはできない。空くのを待つか、あるいはまったく同じ使用目的によって部屋を開くしかないのだが、現在開設中の部屋には、2人だけで話ができる場所という条件が付けられている。なので、ドラコ・マルフォイとアルテシア・クリミアーナの2人以外は誰も入室できないことになる。

 誰にも聞かれる心配のないこの場所で、ドラコはアルテシアに対し、ネックレスの事件を引き起こしたのは自分であると認めた。

 

「あれがそのまま校長先生のところに届くって、ほんとにそう思ってたの。ホグズミードから帰ってきたときには持ち物検査がある。当然、不審物扱いでしょうに」

「ああ、そうだよな。だけど、あのときはそんな余裕はなかったんだ」

 

 だが今は、そのことに気づくくらいには自分を取り戻しているということになるのだろうか。

 

「たぶん、アルテシアの顔を見たからだよ。これまでは、とてもそんな気持ちにはなれなかった」

「とにかくドラコ。注意しないといけないよ。たぶん校長先生は気づいてると思う」

「かもしれないな。でも自分が狙われたとまでは思ってないはずだ。はっきりとした証拠もないし、警戒されてるとは思ってない」

 

 このまま放っておいたなら、どうなるのか。さすがにアルテシアも、そこまではわからない。未来予知の能力など、持ってはいないのだ。

 

「ドラコ、フェリックス・フェリシスのことだけど」

「できたのか。あれさえあれば大丈夫だ。きっと、なにもかもうまくいく」

「ごめんなさい、色々調べたけどダメだった。必要な薬材だけでも分かればなんとかなるとは思うんだけど。でもね、ドラコ」

「ああ、いいんだ。キミがムリならぼくだってムリだ。気にすることはない」

 

 それを本気で言っているのかどうかはともかく、ドラコは、アルテシアを責めるようなことは言わなかった。だがアルテシアの話は終わったわけではない。

 

「フェリックスのことをあきらめてもらう代わりってことじゃないけど、ドラコ、例のあの人とはわたしが話をつけるから」

「なんだって。バカなこと言うなよ」

「大丈夫よ。ドラコのことがなかったとしても、あの人とは会うつもりにしていたの。どこにいるのか分かり次第にね」

「いいや、ダメだ。キミは知らないんだろうが、闇の帝王には部下だってたくさんいるんだぞ」

 

 それがデス・イーターのことであれば、具体的に誰がそうなのかを別にすればアルテシアも知っていることだ。ドラコは、そのデス・イーターの中からベラトリックス・レストレンジの名を挙げた。

 

「闇の帝王の忠実な部下だ。しかもなぜか、キミのことを知ってる。キミは狙われてるんだぞ」

「わたしが?」

 

 ベラトリックス・レストレンジという名前は、マクゴナガルからも聞かされたことがある。だが名前だけのことであり、アルテシアにはどんな人物なのかは分からない。実際には魔法省での騒動のときに顔を見ているのだが、アルテシアはそのとき名前を聞いてはいなかった。

 

「これは言わないつもりだったけど、闇の帝王はキミのことを知ってるぞ。クリミアーナ家を襲撃しようっていう話まであるんだ」

「クリミアーナを襲うって、まさか」

「本当さ。いずれは魔法省を手に入れることになっている。この魔法界を支配下に置くこと、それが帝王の目的なんだ」

 

 その実現のためには、まずは障害となりそうなものを取り除いていく必要がある。まさにデス・イーターたちは、そのために行動している。騎士団を結成するなど明確に反抗の姿勢を見せているダンブルドアは、その邪魔者の筆頭とも言えるだろう。

 では、クリミアーナはどうなのか。ドラコの話した内容からすれば、同じような指示がベラトリックスあたりに出されていてもおかしくはないことになる。

 

「だからアルテシア、キミは帝王に近づいちゃいけないんだ。殺されないとしても、きっとキミは利用されることになる」

「利用って、わたしをデス・イーターにしようってこと?」

「仲間になるか、殺されるか。そのどっちかだろうな。けどそれは、キミだけに限ったことじゃない」

 

 殺されるのがイヤなら従うしかないんだと、ドラコは自嘲気味にそう言った。ヴォルデモートが魔法界を支配したなら、誰であろうとそうなるしかないのだと。

 だがアルテシアは、そのことをきっぱりと否定した。

 

「ならないよ、ドラコ。そんなコトにはならない。絶対にならない。そんなことはさせない」

「そうだな。そんなことができたらいいって思うよ。だけどな、アルテシア。ムリだぞ、いくらキミでも」

「いいえ、きっとそうしてみせるわ。とにかくドラコ、いろいろと話を聞かせて欲しい」

 

 たとえば、ネックレス事件のこと。デス・イーターのこと。例のあの人のこと。だがもちろんドラコには、話したくないことは話さないという自由がある。どういう意図であるのか、ドラコはこれ以上のことになると話そうとはしなかった。

 

 

  ※

 

 

 8階の廊下、壁に掛けられた大きなタペストリーの前にソフィアの姿があった。なにをするでもなく、ただその場に立ち、その向かい側の石壁を見つめている。

 そこには、それを知っている人だけが利用することのできる『必要の部屋』がある。おそらくソフィアは、その部屋を使用している人が出てくるのを待っているのだろう。すでに夕食の時間となっているのだが、大広間へと行くつもりはないようだ。

 その部屋では今、ドラコとアルテシアとが話をしている。そのことをソフィアは知っているのだが、部屋の使用条件により2人だけしか入ることができない。もっとも、そんな条件がなかったとしても、ソフィアは入ろうとはしなかっただろう。そんなことをしては、アルテシアの邪魔をしてしまうかもしれないからだ。ゆえに、待つしかないのである。

 こうしてソフィアが待ち始めて、どれくらいの時間が経っただろうか。ただの壁だった場所にドアが現れ、それが開いたのだ。そして、アルテシアが姿を見せる。

 ソフィアは、すぐさま駆け寄った。

 

「うわ、びっくりした。ソフィアじゃないの」

「すみません、アルテシアさま。驚かせてしまって」

 

 ソフィアとアルテシアとが顔を合わせるのは、しばらくぶりのことになる。なぜだかソフィアが涙ぐんでいるように見えたが、それは単にアルテシアの気のせいなのだろう。

 続いて、ドラコが必要の部屋から出てくる。

 

「なんだ、おまえ。どうしてここにいる?」

「どうしてって」

 

 出てくるなりソフィアを見つけたドラコが、いきなり叱りつけた。それほど大きな声ではなかったが、今のドラコの心のうちが言わせたのだろう。その声に身をすくませたソフィアを見てアルテシアは思った。こんなソフィアを、このままにはしておけない。

 ドラコが出てきたときに開けたドアが閉まろうとする寸前、アルテシアはその取っ手をつかんだ。そしてもう一方の手でソフィアを腕をつかむ。

 

「おいで、ソフィア」

 

 ソフィアの腕を引っ張り、入り口から必要の部屋の中へとソフィアを押し込む。そして、自分も。

 

「ドラコ、内緒でお願いね。また話をしよう」

 

 ドラコからの返事はなかった。ドアが閉まり、ただの壁となる。いま、必要の部屋の定員は2人である。

 

 

  ※

 

 

 なぜだがおいしさを感じない夕食に、パーバティはため息をついた。もう、これ以上は食べたくない。ここで終わりにしても、たぶんお腹が空いて眠れないということにはならないはずだ。なんとか、それくらいは食べたはず。

 パーバティは、自分にそう言い聞かせると夕食のテーブルから立ち上がろうとした。だが隣に座っていたラベンダーが話しかけてきた。

 

「待ってよ、パーバティ。あたし、まだ食べてるから」

「あ、ごめん。そうだったね」

 

 アルテシアが学校に来なくなってから、パーバティはラベンダーと一緒になることが増えていた。授業でのペアでの作業もそうだし、夕食後に寮へと戻るときも一緒なのだ。

 

「やっぱり、アルテシアがいないと調子が狂う?」

「ううん、そんなことない。もう慣れてきたけど」

「そうかな。アルテシアが今のパーバティを見たら、きっと学校に戻ってきてくれるんじゃないかって思うけど」

 

 そこでラベンダーは、デザートに手を伸ばした。今日は糖蜜パイである。パーバティがラベンダーのほうへと顔を寄せる。

 

「どういう意味?」

 

 声が小さくなっている。おそらくはアルテシアという名前を出したからだろう。3人分ほど離れた場所に座っているハーマイオニーがこちらをみていたからだ。

 

「どうって、自分で気づいてないの? まあ、気づくはずないか。あたしもそうなのかもしれないし」

「だから、どういうことなの。教えなさいよ」

「いいけど、ちょっと待って。これ食べたら寮に戻るから」

 

 その話は寮へと戻りながら、ということになった。パーバティは、大広間を出るとハーマイオニーあたりが後ろにいないかどうかを確認した。なにも聞かれて困るような話をしようというというのではないが、ラベンダーから何を言われるのか、おおよその予想ができていたのだろう。

 ラベンダーの指摘は、このところのパーバティの不機嫌さであった。それがなぜか今朝から機嫌が良くなったと思ったら、夜を迎えて沈み込んでいる。その原因はアルテシア、つまるところ、アルテシアがいないのが寂しいのだとラベンダーは言った。

 

「もちろん、あたしも含めてだけどね」

「うん。そうかもしれない」

「もしかして今日、こっそりアルテシアが学校に来るとか、そんな予定だったんじゃないの?」

 

 でもなければ、今朝からの機嫌の良さが説明できないのだ。そう言ったラベンダーに、パーバティは苦笑いをしてみせた。

 

「内緒にしてくれるんなら教えるけど」

「ああ、いい。言わなくていい。もう答えは分かった」

「内緒だからね」

「わかってる。でも、あたしも会いたいなあ。久しぶりにあの笑顔が見たいんだけど、なんとかなる?」

 

 さあ、どうなのだろう? それはわからないが、ラベンダーと話をしていくらか気持ちが楽になったらしい。パーバティは、柔らかな笑みを見せていた。

 

 

  ※

 

 

 必要の部屋の中では、ソフィアが泣いていた。アルテシアの一言に、思わず感情が高ぶってしまったらしい。そんなソフィアの肩を抱き寄せ、アルテシアが耳元でささやく。

 

「ごめんね。休暇になるまで待てって言ったのに、待たせてるのに、わたしは勝手に始めてるなんて」

 

 ソフィアが泣き出した理由は、アルテシアにごめんと言われたから。なぜ謝るのか、そんな必要などないのにと、そういうことである。

 

「だけどソフィア。学校があるんだもの、ムリを言ってはいけないと思ったのよ」

「わかってます。そんなのわかってるんです。だから、謝ったりしないでください」

 

 だんだんとソフィアが落ち着いてきて、少しずつ話が前へと進むようになる。アルテシアは、まだソフィアを抱きしめたままだった。

 

「自分が辞めておいてまた勝手を言うんだけど、学校には残ってて欲しい。もちろん、ソフィアのことはわたしが守るから」

 

 まだまぶたに涙が残ってはいたが、ようやく泣き止んだソフィアが、アルテシアからゆっくりと体を離していく。

 

「アルテシアさま、いまのはあたし、あの、聞かなかったことにさせてください」

「え?」

 

 アルテシアにとっては意外な返事だったのかもしれない。ソフィアは、じっとアルテシアの目を見ている。そして。

 

「わがまま言ってすみません。これまでも守るって言ってもらったことありますけど、ないことにしようって、そう思ってるんです」

「どういうことなの?」

「あたしがアルテシアさまを守りたいからです。ずっとおそばにいたいからです。アルテシアさま、教えてください。あんなこと、どうやったらできるんですか?」

 

 ソフィアの言っていることが、アルテシアにはわからなかった。だから、ソフィアを見ているしかなかった。そのソフィアも、アルテシアから目を離すことはない。そこで、軽く深呼吸。

 

「アルテシアさまが危険なとき、それがあたしにもわかるようにしたいんです。そうしたら、あなたを守ることができます。どうすればできますか?」

「待って、ソフィア」

「ホグワーツに入学したばかりのころにトロールに襲われたんですよね。でもそんなこと、全然知りませんでした。どうすればわかるようにできますか?」

 

 たとえば、こんな仕組みがある。アルテシアが森を散歩中だったとしても、クリミアーナ家にふいの来客があればその来訪に気づくことができる。仮にソフィアがデス・イーターに襲われるなどして窮地に陥ったとき、アルテシアはそのことに気づくことができる。ソレを守らなければならないから。

 それらはクリミアーナの歴史のなかで生み出された仕組みなのであり、アルテシアが魔法の力に目覚めた後、彼女に引き継がれている。その証しとなるのが、パドマがクリミアーナ家の墓地で見せられたことのある無色の玉である。その玉の中に入っているモノだけがこの仕組みの対象となるのであり、その中へはアルテシアが守ると決めたモノだけが入れられることになる。

 

「あたしなんかじゃ、たいして役にも立てないとは思います。でも、それでもわたしは」

「わかったよ、ソフィア。あなたの気持ちはよくわかる」

 

 だが、それでソフィアの気持ちに応えてやれるかとなると、それはまた別の問題だ。そのためにはあの無色の玉を引き継がせる必要があるが、アルテシアはそれをソフィアに背負わせてもよいとは思っていない。叶えてやれること、やれないこと。その現実は当然のようにある。

 

「でもね、そうしてはやれないの。あれは、クリミアーナ家の娘にしか引き継ぐことができないものだから」

「知ってますよ。わかってるんです、無理なこと言ってるのは。できないって知ってるんです。だから」

 

 ソフィアは、なおもアルテシアに問いかけた。それがムリなら、せめてそばにいさせてくれないか、というのである。いつもそばにいたならば、同じことになる。危険なときはすぐわかるし、助けることができる。

 

「ごめんね、ソフィア。心配ばかりかけて」

「だから、謝らないでくださいって言ったじゃないですか。わがまま言ってる自覚はあります。返事はしなくていいです。そこにいてください」

 

 どういうことか。アルシアもとまどったに違いない。おそらくソフィアは、甘えたいのではあるまいか。しばらくぶりに会ったということもあるのだろうが、少しは愚痴でも聞いて欲しい。そんなところかもしれない。

 アルテシアはそう理解した。そして、改めてソフィアを抱きしめた。

 

「わかった、ソフィア。ここにいるよ。そばにいていいよ」

 

 今現在の必要の部屋には、定員2人という使用条件が付けられている。なので、誰か別の人が入ってくる心配はない。このあとパチル姉妹にも会うつもりにしていたアルテシアだが、予定変更はよくあること。ソフィアの気が済むまで一緒にいようと決めた。

 

 

  ※

 

 

 大広間には、ハグリッドが運び込んだクリスマス・ツリー用のモミの木が並びはじめていた。あとは飾り付けを待つだけ、いよいよクリスマスなのだ。

 このときを最も待っていたのは、あるいはパチル姉妹ではあるまいか。ソフィアとは違い、アルテシアが学校に来なくなってからというもの、ろくに顔を合わせてはいないからだ。もっともソフィアのほうも、それまで待たされていることに変わりはない。だが今回は、それぞれにアルテシアから頼まれたことがある。しかも学校内でできる範囲なので無理なく進めることができたし、休暇になればその結果報告を兼ねてクリミアーナ家に行くことになっている。今は、そのときを楽しみにしているといったところか。

 ちなみにパーバティはゴーストである灰色のレディとの交渉役だ。大広間などでゴーストはよく見かけるのだが、灰色のレディはめったに姿を見せない。なので、いつどこでなら会えるかの約束をあらかじめ取り付けておく、ということになっている。

 パドマのほうは、図書館作業だ。クリミアーナ家の書物には、その資料はなかった。では、ホグワーツはどうなのか。アルテシアはほとんど図書館を利用していなかったので、分霊箱に関する資料があるのかどうかは分からなかった。だがいくらマクゴナガルの許可を得ているとはいえ、堂々と図書館を利用するわけにはいかない。なのでパドマが調べることになったのである。

 図書館を最も利用しているのは、おそらくはハーマイオニーだろう。だがレイブンクロー生も、それなりに利用頻度は高い。パドマが図書館に通い詰めても不自然ではないのだ。

 そしてソフィアは、ドラコの様子を見ていること。監視ということではなく、ただ様子を見ていて欲しいと言われているのだ。

 パーバティもパドマもそれなりに苦労はしただろうが、大変さでいえばソフィアだろう。ドラコに気づかれてはならないし、ドラコがごく普通に過ごしていたならば、なにも報告することがないということになる。

 もちろん何もないのが一番だ。それは分かっているのだが、何もないというのもサボっていたようで落ち着かない。そんなソフィアに、機会が訪れたのはスラグホーンが開いたクリスマスパーティーでのこと。

 スラグ・クラブとしていつもはスラグホーンのお気に入りだけを集めて行われるのだが、クリスマスということで、メンバー以外にもその友人たちを招待できることになっている。ドラコはクラブメンバーではないが、あるいは参加するかも知れない。授業が終わりとなり休暇に入るのだが、ソフィアはこのパーティーの様子を見ておくことにした。クリミアーナ家に行くのはそのあとでいいと、そう決めたのである。

 

 

  ※

 

 

 スラグホーンのクリスマスパーティーは、夜の8時から。参加者は生徒だけではなかった。かつてのスラグホーンの教え子たちや知り合いも姿を見せていた。ほぼ強制参加となるハリーが会場に入ると、さっそくスラグホーンが出迎えた。

 

「やあやあ、ハリー。よく来てくれたね、君に引き合わせたい人物が大勢いるよ」

 

 そしていろいろな相手に紹介されたが、教職員までいたのはハリーにとっては意外だったろう。

 

「セブルス、何を隠れているんだ。キミの教え子だろう。キミが魔法薬学の基礎を教えてくれた。ゆえにいまのハリーがある。そうじゃないかね?」

 

 スラグホーンには両肩を掴まれており、スネイプからはじっと見下ろされたハリーには逃げ場がない。

 

「ハリー・ポッターがどれほどのモノを学び取ってくれたのかは分かりかねますが、優秀だったとは意外でしたな」

「そうかね。わたしの印象では、魔法薬の調合に関してずば抜けていると思うのだがね」

「あー、ならばそうなのでしょうな。なれど、これまで教えた生徒のなかでもっとも優秀なのはアルテシア・クリミアーナだと思ってはおりますが」

「おお、クリミアーナかね。その名前は聞いたことがあるが、そのアルテシアというのは?」

 

 そこでスネイプの鋭い視線がハリーをとらえた。おまえが説明しろ、とでも言いたいかのようだ。だがハリーは、スネイプの言うとおりにはしないと決めていた。スネイプがニヤリとした。

 

「訳あって退校処分となりましてな。今は学校にいないが、このハリー・ポッターと同級生ですよ」

「なんと。セブルスがそこまで言うのだからぜひとも会ってみたいが、しかし、ハリー以上ではあるまいよ。なにしろハリーは、母親の才能をみごとに受け継いでいる。そのうえ君が5年も教えたのだから、まさに完璧だよ。最初の授業であれほどの『生ける屍の水薬』を仕上げてみせるとは思ってもいなかった」

「ほほう、あの薬を。それは興味深い話ですな」

 

 またもやスネイプの視線がハリーをとらえる。スラグホーンの高評価をいかにして得たのか、それを調べられるのではないか。ハリーの心に不安がよぎったが、幸いなことにとでも言おうか、そのとき入り口付近が騒がしくなった。みれば、アーガス・フィルチに耳をつかまれたドラコ・マルフォイが引っぱってこられるところだ。

 

「スラグホーン先生」

 

 フィルチはすぐにスラグホーンを見つけ、ドラコを連れてきた。

 

「こやつが上の階の廊下をうろついていましてね。とがめたところ、先生のパーティに行くところだと。それを確かめに来たのですが」

「なんと。それは困ったことだね。だが心配はいらないよ、フィルチ。クリスマスだ、参加したいのならすればいい。ドラコ、ここにいてよろしい」

 

 フィルチは、まず呆然としたあとで明らかないらだちの色をみせた。だがどうすることもできないと分かっているのか、ぐっと反論の言葉を飲み込み、ドラコをおいて会場を去った。続いてスネイプが、ドラコを引き連れ出て行く。寮監として注意しておく必要があるというのだが、どう見てもそれを口実にパーティーを抜け出そうとしたのだろう。少なくともハリーにはそう思えた。そして、ぜひとも後を付けなければと考えたのである。

 トイレを口実にその場を離れたハリーは、人気のない廊下にでると持ってきていた透明マントを取り出してすばらく身につけた。これでスネイプたちの後を付けることができる。2人が歩いて行ったであろう方向に見当をつけ、駆けだした。いくらも走らないうちに2人の姿を見つけられたのはラッキーだったと言うしかない。2人は廊下のいちばん端の教室に入った。ハリーも続いて入ろうとしたが、すぐにドアが閉められ、廊下に取り残された。だが幸運にもドアがわずかに開いており、話し声もなんとか聞こえる。その場に屈んで聞き耳を立てた。

 

「少しは吾輩に相談するべきだと思うがね。いったい、何のために廊下をうろうろなどしていたのかね」

「うるさい。誰もおまえなんかに会おうと出歩いてたわけじゃない。連絡しようがないんだから仕方がないだろう」

「ほう。あの廊下をうろうろしていれば、その誰かに会えるというのかね。いったい誰のことかな」

「だから、それは…… ネックレスの事件を疑っているのなら、あいつもぼくも関係ないぞ。そうすることになってるんだ」

「ふむ。語るに落ちる、というやつかな」

 

 そこでスネイプが一瞬黙った。じっとドラコを見つめるが、わずかの後、苦笑いを浮かべた。

 

「なんと、閉心術とはな。それを教えたのは伯母上さまあたりかな。すなわち、それを使わねばならぬほどキミは追い詰められているということになるが」

「なんだと」

「そうまでして何を隠したいのかと思ってね。どうかね、ドラコ。吾輩に何もかも話してみては。悪い結果にはならぬと思うが」

「イヤだ。誰にも言うわけにはいかないんだ」

 

 いったいどういうことになっているのか。スネイプに対してこんな言葉遣いをするドラコが、ハリーには信じられなかった。それに話している内容が問題だ。だが考えるのはあと。とにかく今は、しっかりと聞いておかねばならない。

 

「約束、か。そういえば、約束したことは必ず守るなどと言われていた娘がいたが。ドラコ、その娘をご存じかね?」

「ふざけているのか。ボクをからかうな」

「まさかとは思うが、閉心術を教えたのはその娘かね?」

「あいにくだな、ボクは自分で学んだ。あの本があれば、そのときに必要な魔法が学べるんだ。この1か月というもの、ボクは必死で学んだ」

「なるほど、それは興味深い。吾輩はノートなのだと聞いたが、さて、吾輩でもなにか魔法が学べるのかな」

 

 会話が止まった。変わらずにらみ合っているようだが、さてどうするか。ハリーは考えた。引き上げるのなら今が頃合いなのだろうが、話はまだ続くのかも知れない。なおもその場にとどまることを選んだハリーだが、結果としてそれは正解だったようだ。ややあって、会話は再開されたのだ。

 

「とにかく、細心の注意が必要だぞドラコ。おそらくダンブルドアは」

「何も言うな。夜間外出で罰則にでもなんでもすればいいだろう。だけど、このボクに干渉なんかするな」

「なるほど。では、別の者に尋ねてみるしかありませんな。なに、心配はいらぬ。その娘は聞かれたことには答えるし、開心術など用いずともたやすく表情を読めるのでな」

 

 スネイプが振り返った。そして、ハリーの方へと歩き出す。まさか、見つかったのか。思わず体を硬くしたハリーだったが、考えてみれば、出入り口へと近づいてくるのは当然なのだ。慌てずに、ちょっとだけ離れてじっとしてればいい。そうすれば通り過ぎていくのだから。

 


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