ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 なんだか、本文の訂正機能というものがあるようで。
 それで、誤字・脱字の指摘をいただき、修正することができました。ご指摘いただいたお方さまには、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございます。
 これでも作者としては、誤字・脱字など十分にチェックしているつもりなのですが、なかなか100%とはいかないようです。今回こそ、誤字などないければいいなと思いつつ。読みにくいこともあるかと思いますが、よろしくです。では、また。


第107話 「申し出と許可」

 アルテシアは書斎にいた。書棚に並べられた本をぐるりと見回して、大きくため息。その理由は、調べなければならないものが増えたから。フェリックス・フェリシスに関する資料に加えてもう1つ、ティアラの言っていた『ヴォルデモートが死ななかった理由』についても考えねばならなくなったのだ。

 ティアラによれば、ヴォルデモートは『分霊箱』という技法を用いたことで命をつないだということになる。分霊箱とは、すなわち魂を隠しておく入れ物のこと。自らの魂を分割しそれを保管した分霊箱は、自らの魂をこの世につなぎ止め『完全なる死』を防ぐ効果を持つ。

 

(だから、あの人は死ぬことがない。分霊箱というものがある限り死なないんだ)

 

 ホグワーツ1年生のとき、アルテシアはヴォルデモート卿に会っている。そのとき自らの肉体を持たないおぼろげな状態であったのは、分霊箱によってもたらされた結果だということになる。

 

(魂、か)

 

 思い出したのは、2年生のときのトム・リドルの日記帳のこと。あの日記帳からは、その当時のトム・リドルが実体化している。巨大なバジリスクを操り、ハリーを追いつめ、魔法までも使ってみせたのだ。

 2年生のときの騒動のすべては、あの日記帳が生み出したものだった。その日記帳を詳しく調べてみたいと思ったアルテシアだったが、それは果たせずに終わっている。日記帳がハリーによって破壊されたからだ。もっともそうしなければ、秘密の部屋を閉ざすことはできなかった。

 日記帳を調べたいと思った理由は、日記帳のリドルが自分のことを記憶だと言ったからだ。日記の中に残されていた50年前の記憶だと、リドルはそう言ったのだ。

 それが、どこかクリミアーナ家に伝わる魔法書を連想させた。魔法書は、その当時の魔女が自分の持つ知識の全てを詰め込んで作ったもの。それを記憶と言い換えることができるのなら、あの日記帳は魔法書とは近しいものだとすることもできる。であれば日記帳のように、その魔法書を作った魔女を呼び出せるのではないかと考えたこともある。その実験までもしてみたが、成功はしていない。

 

(魂、か)

 

 もう一度、アルテシアは同じことをつぶやいた。あの実験が成功しなかった理由。その答えがこれだったのだ。肝心なものが欠けているのだから、成功などするはずがないのだ。だけど。

 

(もし、そこに魂が、命があったとしたら)

 

 そのときはどうなるのだろう。アルテシアは、またもや大きなため息をついた。なにしろ、気になることが多すぎる。

 

 

  ※

 

 

 10月も中旬過ぎとなり、ホグワーツでは恒例のホグズミード行きの日を迎えていた。今学期の第1回目、ということになる。ヴォルデモート卿の復活が広く認知された今、校外を出歩くことになる行事が予定通りに実施されるのかどうか。微妙な情勢ではあったが、学校周辺などでは警戒措置が敷かれていることもあり取りやめにはならなかった。たとえ数時間とはいえ、生徒たちにとってはホグワーツから外出ができる貴重な機会だ。天気は良くなかったが、行く資格のある生徒の多くが学校を出た。

 もちろんソフィアも、この機会を利用しようとしていた。いくらかでも気晴らしになると思ったからだが、そうなると1人で行くのかどうか、という問題が出てくる。さて、パチル姉妹はどうするのか。

 とりあえずソフィアは、グリフィンドール塔へと足を向けた。談話室にパーバティがいるかどうかの確認のためだが、正直、気が重かった。このところのパーバティは不機嫌であることが多い。その気持ちは分かるが、正直、勘弁して欲しいと思っている。

 居心地が悪いのはスリザリン寮も同じで、パンジー・パーキンソンには怒鳴られてばかり。イライラするのも分かるのだが、自分の気持ちも察して欲しい、とソフィアは思っている。

 グリフィンドールの談話室が近づくにつれ、ソフィアの足取りは少しずつ重くなっていく。それでもようやく談話室への入り口となる肖像画が見えてきた。それが開き、そこから誰が出てくる。グリフィンドール生ならちょうどいい。ソフィアが近づいていく。

 

「あぁ、ソフィア。あんたも来たんだ」

「ええと」

「パドマだよ。ま、仕方ないか。ちゃんと見分けられるのはアルテシアぐらいだもんね」

 

 肖像画のところから出てきたのはパドマだった。パドマがそう言って笑い、ソフィアも釣られて微笑む。

 

「ホグズミードでしょ。2人で行こうか」

「ええと、パチル姉さんはいいんですか?」

 

 すでに2人は談話室とは逆の方向へと歩き始めていた。パドマによれば、パーバティは行かないと言ったらしい。

 

「天気も良くないからね。せめてアルテシアから手紙でも来れば機嫌も良くなったんだろうけど」

「定期便はちゃんと来てるんですけどね」

「ほんとはさ、ホグズミードに来てくれるんじゃないかって期待してたんだと思うよ。アルが来ないし行かないって言ってたから」

 

 そのアルテシアとは学校が休みになったら、直近ではクリスマス休暇となるが、そのときに会うことになっている。そういうことで誰もが納得したはずなのだが、どうやらパーバティはそれが待ちきれないらしい。

 ソフィアとパドマは、そのまま学校を出てホグズミードへ。そのホグズミードでは、いくつかの店が閉店しているのが目についた。いろいろと危ないからということなのだろうが、その分、開いている店は混み合っているようだ。ハニーデュークスの店を覗くと、スラグホーンとハリーとが話をしていた。

 

「ハリー、わたしのディナーに来てくれないのはどういう訳だね」

「すみません先生、クィディッチの練習があったものですから」

 

 そんな会話が聞こえてきた。スラグホーンがお気に入りの生徒を呼んでお茶会や食事会を開いているのはソフィアたちも知っていた。もっとも、そこに呼ばれたことはないのだが。

 

「出ようか」

 

 パドマがそう言い、2人は店の外へ。かなり寒い。パーバティのように暖かい談話室にいたほうが良かったのではないか。2人がそんなことを思ったとき、ソフィアは思いがけない人を見つけた。ティアラだ。パドマにそれを告げ、すぐさま駆けよる。

 

「ティアラさん、何してるんですか。まさか、アルテシアさまも一緒ですか」

 

 もしそうなら、すぐにも学校に戻ってパーバティを連れてこなければ。そんなことも考えたソフィアだったが、アルテシアは来てはいなかった。

 

「ようすを見に来たのよ。ルミアーナ家じゃ何してるのかと思ってね。ずいぶん長いことアルテシアさまをほったらかしにしてるけどいいの?」

「そんな、ほったらかすだなんて」

「クローデル家としては、考えられないことだけどね。で、後ろにいるのは双子の妹さんでしょ」

「ええと、そうです。でもティアラさん、それ、当てずっぽうですよね」

「あはは、そうだけどね。でも確率50%なら当たってもおかしくはないよね」

 

 そこでパドマともあいさつ。なにしろ寒いということで、三本の箒に行こうという話になった。混み合った店内で幸いにも3人分の空席を見つけ、そこに座る。話は当然、アルテシアのその後のことになる。

 

「アルテシアさまは本気なんですよね」

「そうだけど、もしかして気が進まない? だからほったらかし? そう見えなくもないんだけど」

 

 実際はどうなのか。表情を見ている限りでは、そのあたりははっきりとはしない。

 

「もっと色々と話がしたいです。でも、休暇になるまで待てって言われているから」

「なるほど、言いつけどおりにしていますよって、そういうことかな。まあ、学校があるからね」

 

 アルテシアがティアラに言ったこと。そのことは、ソフィアにも伝わっている。そのほとんどはティアラを経由してのことであり、より詳しくとなれば休暇となるのを待たねばならない。

 

「ホグワーツを辞めるってことは考えないの? すぐにクリミアーナに行けばいい。わたしに言わせれば、今も学校に残ってるのが理解できないってことになるけど」

「ティアラさんなら辞めてるってことですか。でもそれじゃ、クリミアーナはまた忘れられてしまいます」

「いいや、そうはならない。わたしがいるからね」

 

 ソフィアが心配しているのは、魔法界がアルテシアがホグワーツに入学する以前の状況に戻ってしまうことだ。そうなれば、アルテシアがホグワーツで過ごした5年間はなくなってしまうことになる。ソフィアはそう思っている。だがティアラは、そんなことは全く気にしていないらしい。もっとはっきりとした足跡を残せばいいだけだと考えているのだ。

 いずれにせよ、大事なのはこれから。その点ではどちらもの考えも同じなのだが、いくらかのズレはあるようだ。ティアラの視線がパドマへと向けられる。

 

「お友だちはどう思ってるのかな? 双子さんのご意見、聞きたいですね」

「意見、ですか」

「強く願えばきっと願いはかなう。わたしは無理だなんて思ってない。実現できると思ってるんだけど」

 

 パチル姉妹もアルテシアとは連絡を取っているので、ティアラとソフィアとが何を話しているのかは分かっている。だが話は聞いているというだけで、何か手伝っているというわけではない。もちろん不満はあるのだろうが、ソフィアも含め休暇となるまで待つということで話はついていた。現段階で協力しているのはティアラだけということになる。

 

「どうなんだろう。アルテシアのことだからしっかりと考えたうえでのことだとは思うけど」

「あまり乗り気じゃないのかな」

「そんなことはないよ。例のあの人とのことは、もともとはウチの叔母との間で出てきた話だし、ソフィアも同じだよね」

 

 実はこの問題は、それぞれの間ではすでに解決した形となっている。もはやパチル家の側からクリミアーナ家とは付きあうなと言われることはないし、仮にルミアーナ家がヴォルデモート卿に魔法書を提供していたとしても、ルミアーナ家との関係が変化することはないのだ。

 

「だけど、例のあの人に会うのは危ないとは思ってるよ。いくらアルテシアでも」

「それは大丈夫だと思うんです。安全な方法がありますから。えっと、パドマ姉さんは知らないんでしたっけ?」

「何を?」

 

 簡単に言えば、アルテシアは魔女であるということだ。クリミアーナの魔女である以上、なにかしらの工夫をするのは当然のこと。なにしろ、万が一のことがあった時点でクリミアーナの歴史は終わってしまうのである。

 ティアラが、ポンとソフィアの肩を叩いて言った。

 

「ホグワーツ、辞めるよね?」

「ティアラさん、そのことはあとで。アルテシアさまと相談してから」

「あら、そうですか。じゃあさ、わたしの仕事、手伝ってよ」

「え?」

 

 ティアラの言ったことに驚いたのは、なにもソフィアだけではなかった。

 

 

  ※

 

 

 アルテシアのもとに、1通の手紙が届いていた。といってもふくろうによる通信ではなく自らが仕掛けた魔法によるもの。差出人はパドマである。

 こうした手紙のやりとりについては、既にルールが決められている。具体的にはマクゴナガルの執務室に設置されたポストに手紙を入れるのだ。そこに入れられた手紙は、すぐさまアルテシアの部屋へと自動転送される。アルテシアからの手紙は、その逆の手順を踏むことになる。まずはマクゴナガルの部屋に届けられ、それをマクゴナガルが、本人たちに配るのである。

 そのパドマからの手紙を手に、アルテシアはしばし考え込んでいた。手紙にはホグワーツでの最近の出来事だけでなく、ソフィアの様子が書かれていた。

 

(これは、なんとかしたほうがいいんだろうけど)

 

 手紙によれば、ソフィアはホグワーツを辞めるかどうかで悩んでいるという。本人は何も言わないのだが、パドマの目にはそう映るらしいのだ。それに、気になることはもう1つある。

 

(でも、どうしたらいいのかな)

 

 悩みたくもなるというものだろう。魔法省による処分が背景にあったとはいえ、アルテシアは自らの信念のもとでホグワーツからの退学を決めているのだ。なのにそれが裏目に出たかもしれないとなれば、心穏やかではいられない。書斎にある大量の本を見回しながらアルテシアは考える。学校にいたならば防げたこともあっただろう。なのに、こうしてこの部屋に閉じこもっていていいのかと。

 もちろん、調べ物をしているという理由はある。フェリックス・フェリシスという魔法薬の製法と、ヴォルデモート卿が用いたという死なない方法の解明だ。だが進捗状況は、どちらもたいしたことはない。強いて言えば死なない方法のほうが進んでいるということにはなるが、それもティアラからの情報があったからだ。書斎にある本からは、ティアラの言う分霊箱についての資料は見つかっていない。フェリックス・フェリシスのほうも、情報はないに等しい。

 すでに書斎の本のほとんどは調べ終わっている。すなわち、書斎にこもっていてもこれ以上の進展は望めないということになる。

 ヴォルデモート卿に関することは、きっとダンブルドアが詳しいはず。魔法薬に関してはスネイプがいる。スラグホーンという、実際にフェリックス・フェリシスを煎じた先生までもがいるのだから、ホグワーツに戻った方が話は早いのではないか。ダンブルドアが戻るようにと言ってくれているのだから……

 

(違う。そんなことない)

 

 いつのまにかそんなことを考えていたことに、アルテシアは苦笑する。なにごともなく無事にホグワーツを卒業できたなら、それが一番良かっただろう。だが実際には、そうはならなかった。例のあの人をめぐる騒動が連続しているし、魔法族の中心組織である魔法省は退学を決定している。なによりホグワーツは、魔法族の学校なのだ。ゆえに拒絶されればそれまで。それを否定することなどできはしないと、アルテシアはそう思っている。

 椅子から立ち上がると、そのまま書斎を出る。そしてパルマに声を掛けてから森への散歩に出かける。このところ散歩には出かけていなかったのだが、この先のことを考えるにはあの場所がふさわしい。

 すでに夕方ということもあるのか、足早に歩き、クリミアーナ家の墓地を訪れる。そして、クリミアーナ家の最初の魔女が眠る墓標の前に立つ。

 

「思ったようにやるつもりですが、それでいいんですよね?」

 

 もちろん、その問いかけに返事は返ってこない。墓地にはアルテシア1人だけなのだ。目の前にある墓標は、アルテシアが学んできた魔法書を作ったと思われる先祖のもの。その魔法書は2つに分割された形で後の世代へと受け継がれ、アルテシアの手によって1つにまとめられた。そうなるまでにはいろいろあったし、そうするかどうかについて選択する機会もあった。

 

『わからなければ、けんめいに考え、答えを求めなさい。探さなければ、答えは見つからない。本当はもう知っているはずだけど、そのことに気づくまで考えるのです』

 

 そんな言葉を、アルテシアは思い出していた。これは、ホグズミード村に住む女性がアルテシアに言った言葉である。その答えはどこにあり、何を知っていて、何に気づいていないのか。

 アルテシアは考え、探し、答えを求めた。特に謹慎処分となってからは時間があったこともあり、徹底的に考え、思いを巡らせた。そしてたどり着いたのは、自分がクリミアーナの娘であるという事実。クリミアーナの娘として目指すものがあったという事実だ。そのために魔女になりたかったのだし、そのために3歳のときより勉強してきた。そして、そのために……

 

「そのために必要なこと。あのにじ色は、そのために。わたしはそれを、選んだ」

 

 なぜかホグズミード村の民家に置かれていた、にじ色の玉。それをそのままにしておくこともできたのだが、そうしなかった。アルテシアは、そこから分割されていた魔法書の残りを取り出し1冊にまとめている。すでに読み進めている以上、元には戻れない。

 

「そうですよね。そんなの、わたしらしくない。悩んでるときは過ぎた。見ててくださいね、やれるだけやってみます」

 

 先祖の墓標に、そう告げる。まだ続きの言葉があったのだろうが、それは口にはしなかった。まずは、大切な友人たちのために動くことになるだろう。そしてそれは、おそらくは予定のうちに入っていないのだとアルテシアは思っている。それでも、必要なことはやらねばならない。

 

 

  ※

 

 

「あんたも呼ばれたんだ。じゃあきっと、パドマもいるだろうね」

「なんだと思いますか?」

 

 パーバティとソフィアだ。どちらも、昼休みになったら執務室に来るようにというマクゴナガルからの伝言をもらっている。

 

「あたしら3人呼ぶってことは、アルテシアに関することだと思うけど」

「ですよね。魔法省のことで何か動きがあったのかも知れません」

「魔法省? 今さら何があるっていうの?」

 

 互いにあれっという顔をしてみせたが、ちょうどマクゴナガルの部屋に着いたこともあり話はそこまで、とくに不自然な感じは残らなかった。部屋に入ると、予想通りにパドマがいた。

 

「これで全員揃いましたね。午後の授業まで時間もありませんから手早く済ませたいと思いますが、アルテシアからの手紙が届きました」

 

 それは3人にとっては、特に珍しいことではない。互いの手紙のやりとりはずっと続けられているからだ。

 

「全員宛の手紙ということですか」

「宛名はわたしですが、内容としてはあなたたちにも知っておいてもらうべきだと判断しました」

 

 だから呼んだのだと、そんな言葉が続きそうだったが、マクゴナガルはそこまでは言わなかった。代わりに告げたのは、アルテシアがホグワーツに来るという内容だった。

 

「復学するという意味ではありませんよ。なにやら用件を片づける必要があるのでホグワーツを出入りすることを許して欲しいという内容です」

「それって、どういうことですか」

「用事って、なんですか」

 

 すぐにパチル姉妹から質問が出たが、マクゴナガルはそんな質問は後回しと言わんばかりに話を進めていく。

 

「まったく、前段未聞というほかありません。ホグワーツの副校長なのですよ。そのわたしにこのような。学校に戻りたいというならまだしも、出入りするのを黙認しろだなんて」

 

 部外者となった者が好き勝手に出入りしていいはずがないというのは、まさにその通りである。その点ではマクゴナガルの言うとおりなのだが、パチル姉妹、とくにパーバティは別な思いがあるらしい。

 

「先生の言われることはわかります。わかりますけど、なんとか認めてもらえませんか」

「なんですって」

「だって、アルテシアですよ。なにか悪いことでもしてやろうって、そういうことじゃないんだと思います」

「そうですよ。アルテシアがそんなこと言うからには、ちゃんとした理由があるんだと思います」

 

 すぐにパドマも、その支持に回る。いきなり双子姉妹からの反論を受けて、マクゴナガルは苦笑い。一拍おいたあとで、その視線をソフィアへと向けた。

 

「あなたも同じ考えですか」

「えっ、ええとわたしは」

「ソフィア、あなただってアルテシアが来てくれたほうがいいと思ってるでしょ」

 

 すぐさま3人分の責められるような視線が集中し、ソフィアは苦笑いを浮かべた。何か意味があって黙っていたわけではない。アルテシアが何をしにホグワーツに来るのかを考えていたのだ。

 

「思ってますよ。思ってますけど、いっそのこと学校に戻ったほうがいいんじゃないでしょうか。校長先生は復学の許可をされたと聞いてます」

 

 今度は、3人分の視線がマクゴナガルに向けられた。

 

「そのあたりは本人に聞いてみなければ分かりませんが、とにかく今アルテシアが何を考え何をやろうとしているにせよ、復学でない限り問題はあるでしょう」

 

 もし、そのことが発覚したなら。そのときは、たとえパドマが言ったように“ちゃんとした理由”があったとしても批判を免れない。もちろん、ペナルティの対象とされるだろう。

 

「となれば、相応の準備と覚悟が必要となります。誰にも気づかれてはならないのですから簡単なことではありません。あの子は自分の姿を隠すことができますが、それで万全とは言い切れない」

「あの、先生」

「なんです?」

「先生は反対していた……いえ、いいです」

 

 途中で言うのを止めるのはパドマらしくはないことだが、マクゴナガルは軽く笑みをみせただけで話を続けた。

 

「それに、ホグワーツとて安全だとは言い切れない状況にあります。先日のネックレス事件がまさにそうです」

 

 ネックレス事件とは、ホグズミード村からの帰り道、どこで手に入れたのか呪われたネックレスに触れてしまったがためにケイティ・ベルという女子生徒が病院行きとなってしまった事件だ。ネックレスの入手経路やその目的など不明な点ばかりが目に付き、いまだ解決はしていない。

 

「そういった危ない出来事に首を突っ込んでいくことになる。あの子なら、きっとそうするでしょうね」

「まさか、あの事件のためにホグワーツに出入りしたいとか言い出したんでしょうか」

「その可能性は十分にあると考えています。あの子にとっては必要なことなのでしょう。ということで皆さん。少し長い話となってしまいましたが、こういったことを踏まえた上でアルテシアの申し出を受け入れることにしました」

 

 そこで一拍おいたのは、パチル姉妹たちの意見を待ったから。だがすぐには出てこない。マクゴナガルが、軽く苦笑い。

 

「このことが発覚したなら、責任を取ってホグワーツを辞める。それくらいの覚悟はしています。ですがもちろん」

 

 もう一度間を取って、マクゴナガルは全員を見回した。そして。

 

「もちろん、あなた方に無茶を要求するつもりはありませんし、それはアルテシアも本意ではないでしょう。ただし、無理のない範囲での協力はお願いしたいのです。なによりこのことが発覚しないために」

 

 これが昼休みでなかったら、もっと話は続いていたかもしれない。だが午後の授業が始まることもあり、このあたりでお開きとなった。ソフィアたち3人は、マクゴナガルの執務室を出てそれぞれ授業に向かうことになる。

 

 

  ※

 

 

 本来ならば許されることではない。さまざま規則を無視した形となるが、アルテシアがホグワーツに姿を見せていた。いや、その表現は正確ではないかもしれない。人によっては、その姿を見ることができないからだ。より正確には、その姿を見ることができる相手は限られているとするべきだろうが、もちろん魔法の効果によるものである。

 マクゴナガルの許可を得てのものとはいえ、それで何もかもが許されるわけではない。だが、アルテシアにはそれで十分だった。その許可すらなく無断でホグワーツに出入りをしたことはあるが、それはどこか後ろめたさを伴う行為。何度もできるようなことではなかった。だがマクゴナガルの了解があれば事情は大きく変わる。気持ちの問題でしかないが、アルテシアにはそれがなにより重要なのだ。

 そんなアルテシアがマクゴナガルの部屋を訪れていた夜、ハリー・ポッターは校長室を訪れていた。この夜は、ダンブルドアとの個人教授の日だったのだ。これが2回目なのだが、その2回目がちゃんと行われるのかをハリーは心配していた。というのも、前回の個人教授の日以降、学校でダンブルドアの姿をほとんど見ていないからだ。学校外のことで忙しくしているらしいダンブルドアが、ちゃんと個人教授に来てくれるのかどうか。そこが気になるところだし、是非ともダンブルドアに聞いておきたいこともあった。

 校長室には問題なく入ることができた。ダンブルドアは、ちゃんと校長室でハリーを待っていた。

 

「こんばんわ、ハリー。約束は覚えていたようじゃな」

「もちろんです、先生。でも、大丈夫ですか」

「ん? なにがじゃね」

「ひどくお疲れのように見えます」

 

 たしかにそう見えた。いすに座っており、ハリーが来てもただ顔を向けただけ。相変わらず右手の状態は思わしくないようで、黒く焼け焦げているように見えた。

 

「キミこそ、いろいろとあったのではないかね。ネックレスの事件を目撃したと聞いておるよ」

「そうです、先生。それでケイティの様子は?」

「時間はかかるじゃろうが、必ず学校に戻ってこられるはずじゃ。ネックレスにごくわずか触れただけだったのが幸いしたようじゃ」

 

 その事件を、ハリーは目の前で見ている。そのときケイティは空中に飛び上がったような感じとなり、地面に落ちて激しくけいれんしたあと、死んだように動かなくなった。そうなった原因は間違いなくネックレスにあったが、そのネックレスがどのようにしてケイティの手に渡ったのか。誰の仕業であるのかなど、詳しいことは何も分かってはいなかった。ひとしきり、そんな話が続いた。

 

「いずれにせよ、ハリー。今宵の目的である課題に取りかからねばの」

「はい、先生。でもその前に1つだけ、聞いてもいいですか」

「よいとも、なんじゃね」

「アルテシアのことです。アルテシアの学校復帰はいつになりますか?」

 

 ネックレス事件だけでなく、このこともハリーには気になっていた。

 

「あぁ、実はあれからクリミアーナ家を訪問してはおらんのじゃよ。ゆえに話は進展しておらん」

「そんな。じゃあ、どうなりますか」

「あのお嬢さんとは改めて話をせねばと思うてはおるが、さて、どうするか。今はなんとも言えんのう」

「魔法省とは話をされたのですか」

 

 魔法省の決定による退学である、ということにアルテシアがこだわっていたことをハリーも知っている。それにダンブルドアもそのとき、魔法省と話をしてくると言ったのである。

 

「スクリムジョールとは話したが、忙しいと怒られてしもうた。それは校長の仕事だ、勝手にやれとな」

「だったら、アルテシアは学校に戻ってもいいってことですよね」

「じゃな。なれど今は様子を見るべきじゃと思うておる。何をしようとしおるのか、それを確かめてからでもよかろうと思うての」

「どういうことなんですか」

 

 どうやらダンブルドアには、何か気がかりなことがあるらしい。そのためにクリミアーナ家訪問を先送りしていたというのだが、さて、どういうことになるのか。ハリーもそのことが気になってしまい、今夜の個人教授はなかなか始まりそうにはなかった。

 ちなみに今夜の内容は、例のあの人・ヴォルデモート卿であるトム・リドルの生い立ちに関してである。その母親であるメローピーに関することや、施設で育ったトム・リドルをホグワーツに入学させるためにダンブルドア自らが出かけていったときの様子、ということが予定されていた。

 


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