ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

106 / 122
第106話 「ティアラが来た」

 その日の授業がすべて終わった、というわけではない。この時間にどちらも、たまたま受け持ちの授業がなかったというだけのことである。しかも他の教授たちにはそれぞれ担当の授業があり、職員室には他に誰もいないという状況となっていた。これを絶好の機会とでも考えたのだろう、スネイプが自分の席から立ち上がりマクゴナガルの元へ。その手には、羊皮紙5枚分のレポートがあった。

 

「少し、よろしいですかな」

 

 言われて、机に向かい生徒からの提出物をチェックしていたらしいマクゴナガルが顔を上げる。

 

「それは変身術のレポートですかな。相変わらずお忙しそうで」

「5年生のものですよ。OWLの試験がありますからね、少し厳しくしていかないと」

「なるほど。吾輩もそうしなければ」

「それで、何かご用でしょうか」

 

 そこでスネイプは、持っていた羊皮紙5枚分のレポートをマクゴナガルの前に置いた。

 

「あの娘から提出されたものですよ。こんな宿題を出したことすら忘れていましたがね」

「そうですか。これをアルテシアが」

「ぜひとも目を通していただきたい。そのうえで少々お話しできればと思っているのですがね」

 

 改めてスネイプを見てから、マクゴナガルはそのレポートを手に取った。まずは読んでからでなければ、話は前に進められない。スネイプは一旦マクゴナガルの前を離れると、職員室の一画にある給湯コーナーで紅茶を用意した。もちろん、2人分である。それを持って、ふたたびマクゴナガルの席へ。

 

「どうぞ」

「ああ、スネイプ先生。どうもありがとう」

 

 そのレポートのテーマは『明日、魔法界が滅びるのだとしたら、今日やりたいことはなにか』である。アルテシアが4年生のときにスネイプが命じたもので、提出期限は明日滅びるというその日の前日まで。それをスネイプは、クリミアーナ家を訪れた際に受け取っていた。

 

「覚えていますよ、この宿題を出したときのことを。期限はまだまだ先だとしても、学校を辞めることになり提出しておかねばと考えたのでしょう」

「あのときあの娘は、滅びないための努力をしたいと言いましたが、これがその努力ということになるのでしょうな」

「アルテシアはクリミアーナの魔女ですからね。このような考えを持ったとしても不思議なことではない。おそらくは今も、ずっと考え続けてはいるでしょうけれど」

「ではこの5枚のレポートには続きが、つまり6枚目が存在してもおかしくないことになりますかな」

「そういうことですが、それは宿題の範囲外。このレポートは、これで完結しているのでしょう」

 

 そこでマクゴナガルは、読み終わったアルテシアのレポートをスネイプに返した。もちろんスネイプは受け取ったが、これで話を終わりとする気はないようだ。

 

「では、このレポートを実際に行動に移すという可能性はどうです。どれくらいあると思われますかな?」

「その答えはさておき、わたしもあれこれと考えていましてね。とにかくあの子とは話をする必要があると思っていますよ」

「それはこのレポートの添削ということですかな。つまりは、あの娘と内容を検討するつもりだと」

 

 そういうことなら、その役目は自分であるはずだ。あたかもスネイプは、そう言いたいかのようだ。なぜならレポートは、スネイプに対して提出されたもの。その権利は自分にあると思ったとしても無理はない。それを察したマクゴナガルは苦笑い。可能性としての話だが、スネイプが見聞きしたものは、誰か別の相手に伝わってしまうかもしれない。もともとのベースとなるレポートはスネイプに提出されているので、今さらということにはなってしまうのだが。

 

「ご心配なく。このレポートが書かれた後で何を考えたのか、宿題の範囲を超えて何かを決めたのか、それを聞いておきたいだけですから」

「あの娘の好きにやらせてみるおつもりですか」

「そうするしかないでしょう。明らかに無謀・無理だと判断したならやめさせますが、そうでない限りは」

 

 ここでマクゴナガルが席を立ったのは、スネイプの用意した紅茶をちょうど飲み干したからだろう。給湯コーナーでおかわりを用意する。

 

「それにアルテシアは、わたしに何もしないで欲しいと言いましたからね。あの退学処分のとき」

「ああ、その話はあの娘からも聞きましたが、なぜそうするのです? 魔法省へ抗議してもいいし、ダンブルドアを動かすこともできたのでは」

「できたでしょうね。でもそれでは、アルテシアの気持ちがね。結果あの子がどうするにせよ、口出しはしないほうがいいと思ったのです」

「しかし、あの娘はまだ子どもですぞ。ここで手放すようなことをしてしまっては」

「責任放棄、ですか。たしかにあの子任せにしようというのですからね。ですがスネイプ先生、考えてもみてください」

 

 なにを? と口に出したりはしない。スネイプはただ、マクゴナガルの言葉を待っている。

 

「右に行け左に行け、ああしろこうしろと指示してあげることはできます。ですがそれがベストだとは限りません」

「しかし、その先を示してやることこそ教師の務めなのでは」

「そうですね。ホグワーツ副校長であり変身術教授としては、あの子を学校へと戻し、教え、卒業させねばなりません。ですがあの子は、翼を持っています。羽ばたこうというそのときに口を出すのは、あの子の未来を狭めることでしかない」

「考えすぎではありませんかな。そうなると、誰も何もできなくなってしまいますぞ」

 

 苦笑い。そんな笑みを浮かべつつ、マクゴナガルはうなずいて見せた。

 

「ええ、そのとおり。ですがあの子が何もせずに見ていてくれと言うのですからね。ここは見守るしかない。どうなるにせよあの子が自身で選ぶからこそ、その選択はベストとなり得る。そういうものだと思ったのです」

「なるほど。そう言われるとそんな気もしてきますが」

「もちろんクリミアーナ家としてのベストなのですが、果たしてそれは魔法界にとってどうなのか。どう思われますか?」

 

 もともとクリミアーナ家は、魔法界とは距離を置いた存在であった。その魔法界は今、一人の強大な闇の魔法使いの脅威にさらされようとしている。そんな状況のなかで、アルテシアはどんな選択をしていくのか。それが楽しみであり不安でもあるとマクゴナガルは言った。

 

「レポートのテーマは、明日滅びるとしたらなにをするのか、でしたね」

「そうです。ここでは闇の帝王とその周辺が要因だとなっているようですが」

「周辺とは、単にデス・イーターのことではないのかも。アルテシアは、クリミアーナの魔法が闇の魔法の元になったのではないかと気にしています」

「ああ、確かにそんな話を何度か聞きましたな」

 

 なによりアルテシアは、ヴォルデモートとルミアーナ家の関わりについて気にしている。まだヴォルデモートという名前が魔法界で知られるようになる前のことだが、ヴォルデモートはルミアーナ家に半年ほど滞在しているのだ。その際、ルミアーナ家の魔法書を見たのかどうか。できればヴォルデモートに確かめたいとすら思っているのだ。

 

「仮にそうだとしても、それがなんだというのです。魔法そのものに善悪などはない。性格付けをするのは使用する魔法使いの側だ。あの娘もそれは理解しておるはず」

「その通りですが、どうしてもアルテシアには気になるのですよ。この問題にも決着をつけてやらねばと思っています」

 

 そのためには、どうするのがよいのか。その方法が頭の中に浮かんだはずだが、スネイプはそのことには触れなかった。さすがにヴォルデモート卿と会わせるなど、出来ることではなかったのだ。

 どうやら授業時間は終わったらしい。職員室に他の教授が戻り始めていた。このあたりが潮時だろうと、スネイプはマクゴナガルに最後の質問をした。

 

「ダンブルドアには報告すべきですかな」

「生徒の宿題ですよ。わざわざ校長に見せなくてもいいのではありませんか」

 

 マクゴナガルは、軽く笑ってからそう答えた。

 

 

  ※

 

 

 夜。この場合も約束通りと言うのだろうか、ダンブルドアがハリーを連れてクリミアーナ家を訪れていた。そのときアルテシアは、書斎にて調べ物の真っ最中。当然、それを中断せねばならなかった。

 あいさつの後でダンブルドアから学校に戻ってくるようにと言われたアルテシアは、即座にその申し出を断った。

 

「なぜじゃね。学校ではみんな待っていると思うがの。お友だちに会いたくはないのかね」

「会いたいですよ。顔を見たいし話もしたい。ここにいたらいいのにって、そう思う人はもう家族なんだって思ってますから」

「だったらなおのことじゃよ。学校に戻るべきではないかね。戻れるのに戻らないとする理由がわからんのじゃが」

「魔法省がそう決めたからです、先生。受け入れなければならないと、わたしはそう思っています」

 

 どうやら、アルテシアの決心は固いらしい。そのアルテシアをどう説得するのか。ダンブルドアは、困ったように隣に座るハリーに目を向けた。ハリーにしても、アルテシアの返事は意外であったらしい。その困惑のためかハリーが何も言わないので、ダンブルドアは、改めてアルテシアに視線を向けた。

 

「なぜじゃろうか。なぜそんなことになるのか、お嬢さんがそう思う理由を聞かせてもらえるかね」

 

 ハリーのほうはどう思っているのか。話を向けられてはいないからか、まだハリーは一言もしゃべってはいない。

 

「わたしがクリミアーナの魔女だからです。あえて言うならそれが理由になります」

「それは承知しておるが、もう少し詳しく言うてくれるとありがたいのう」

「ご存じだとは思いますけど、クリミアーナの魔法は魔法族のものとはどこか違っています。わたしはそう思っています。そのクリミアーナが魔法界に受け入れられなかった結果なのだと理解しています」

「いいや、お嬢さん。そんなふうに考えては、本質を見間違えてしまうよ。今度のこととは、まったくの無関係なのじゃから」

 

 どういうことなのか。もう少し聞きたいとばかりに、アルテシアはじっとダンブルドアを見つめた。ダンブルドアが話を続ける。

 

「お嬢さんは、処分の理由を忘れているのではないかね。そもそもあれは、魔法省の役人がハグリッドを拘束しようとして起きたこと。そのとき魔法省の役人に乱暴を働いたからということじゃよ」

「確かにそうですが、その乱暴の罪を問われた結果の処罰である以上、わたしは学校には戻れないはずですよ」

「じゃがあれは、失神光線で攻撃されたマクゴナガル先生を助ようとしてのことだったはず。当然の行為じゃと思うし、処分そのものが不用じゃと考えておる。仮に必要だったにせよ、退学とするのは行き過ぎなのじゃ。ハグリッドは許されて学校に戻っておるし、お嬢さんも戻っていいはずじゃよ」

 

 なおもダンブルドアが説得を続けるが、アルテシアは容易に受け入れたりはしなかった。魔法省からはなんの連絡も来ていないのに、校長が勝手に処分撤回などしては問題となるのではないかと心配までしてみせた。

 

「どうやらすぐに結論はでないようじゃな。また出直すとしよう。お嬢さん、そうさせてもらってもよいかね?」

「でも校長先生、わたしは」

「この次は魔法大臣の意見を聞いてくるとしよう。そうすれば、お嬢さんが魔法界で必要とされているのだとわかってもらえるはずじゃ。きっと納得してもらえると思うがの」

 

 そう言ってダンブルドアが腰を浮かせたが、思い直したように座り直すとハリーの方へと目を向けた。

 

「ハリー、何か言っておくことがあったのではないかね」

「あ、ええと」

 

 そういえばハリーには、同行した理由があったはず。このまま一言もしゃべらずに学校に戻るのは本意ではないだろう。今がその機会。アルテシアも、ハリーに目を向けている。

 

「アルテシア、戻っておいでよ。あの談話室にキミの笑顔がないのはさびしいんだ。それに、話したいことがある」

「ハリー、それって」

 

 何の話か。実はアルテシアにも、ハリーと話したいと思いつつも、とうとう話せずにいたことがある。いろいろなことが重なり、あいさつ以外にはろくに言葉も交わさない日々が続いていたこともその原因の一つだ。

 

「ぼくの母とキミとお母さんのことだよ」

「いいの? あなたにはつらい話なんだと思ってた。だって」

 

 ハリーの母親はすでに亡くなっている。アルテシアもそうなのだが、アルテシアの場合は5歳のときだ。母親の顔はもちろん、その声やいろんな仕種までを覚えている。対してハリーは、ほとんど記憶していないのではないか。

 

「いいんだ。ぼくだって、何か話が聞けるのならって思ってたんだ」

「でもわたし、リリーさんのことは何も知らない。母からは何も聞いてないの」

「ちょっといいかね、お嬢さん」

 

 ここでダンブルドアが割り込んでくる。アルテシアとしては、まずハリーに自分がリリーに関しては何も知らないことを告げた上で自分の母親の話をするつもりだった。それを止められた格好である。

 

「お母上のことじゃが、名をマーニャといったそうじゃな」

「はい、そうですけど」

「わしは、ハリーの両親をよく知っておったが、ついにマーニャという名前は聞いたことがなかったがのう」

 

 それはつまり、友人であるということを疑っているのか。一瞬そう思ったアルテシアだが、すぐにその考えを改めた。そうではない、どういう知り合いであるのかを話せということだと考えたのだ。だがそうだとしても、アルテシアも詳しいことを承知しているわけではない。

 

「何がきっかけだったのかは、わたしも知りません。体の弱かった母はその治療法を探していたのですが、魔法薬についての情報を求めていたとき知り合ったんじゃないかと思っています」

「ふむ。たしかにリリーは魔法薬学を得意としておったからの。そのリリーから、お母上は魔法薬の提供を受けたということになるのかな」

「はっきりとは言えませんけど、作り方を教わっていたんじゃないかと思うんです。母は、わたしにも魔法薬のことを教えてくれました」

「ほう。つまりお母上は、リリーから学んだものを娘へと伝えたと」

「そうなりますね。クリミアーナにはないものだけどきっと役に立つ。だから覚えておきなさいと」

「あっ、そうだ」

 

 そこでハリーが、声を上げた。なにか思い出したらしい。

 

「スラグホーン先生が言ってました。ぼくの母から魔法薬についての相談を受けたことがあるって」

「ほう、それは初耳じゃな。ハリー、詳しく話してくれるかね。ああ、スラグホーンというのは魔法薬学の先生じゃよ」

 

 アルテシアは、そのスラグホーンのことを知らない。まずは説明から。そのうえでハリーの話となった。

 

「ぼくの母から手紙をもらったって言ってました。友人の病気を治すための治療法について相談されたそうです」

「その友人がアルテシア嬢のお母上、ということじゃろうな」

「そうだと思います。たぶんアルテシアが生まれる少し前のことです。でもその後のことはよくわからないらしいんです」

「ふむ。そのあたりの詳しい話を聞きたいが、ホラスのやつはどこまで話してくれるかのう」

 

 目の前で続けられている話を、アルテシアはただ聞いているしかなかった。ハリーの話している相手が、自分ではなくダンブルドアだからだ。なぜいつも、こうなるのか。今回はこうして内容を聞くことができてはいるが、ハリーが肝心な何かを話すのは、例えばロンやハーマイオニーなのでありアルテシアではない。だいたいにおいてそうなのだとアルテシアは思っている。なのになぜハリーは、クリミアーナ家に来たのだろうか。

 アルテシアがそんなことを考えている間も、ダンブルドアとハリーの話は進んでいった。今ではスラグホーンの最初の授業の話となり、スラグホーンがフェリックス・フェリシスという魔法薬をリリーに渡したという話になっていた。

 それを聞きながらアルテシアは、その魔法薬のことがリリー・ポッターを経由しマーニャにも伝わったのではないかと考えた。だからフェリックスのことを自分は知っていたのだ。書斎にある本ではなく、母のマーニャが話したことを覚えていたのかもしれない。

 

「病気には効かないと言ってました。でも、アルテシアのお母さんのために使ったんじゃないかって思うんです」

「そうじゃの、たしかにあれは病気の治療とは無縁じゃろう。とはいえ、何かうまい使い方があるかもしれん。ところでお嬢さん」

 

 そこでようやくダンブルドアとハリーとがアルテシアへと目を向けた。アルテシアとしては自分の考えに没頭したかったのだろうが、さすがに自制し、ダンブルドアの言葉を待った。

 

「お嬢さんは、何か知っておるかね」

「母の病気のことなら、わたしが覚えている限りではベッドに寝ていることがほとんどでした。いい治療法が見つかったという話も聞いてはいません」

「それは残念じゃったの。ともあれわしらは帰るが、学校に戻ることをぜひとも考えて欲しい。スラグホーン先生とも話をした方がいいのではないかね」

「それは、そうかもしれません」

「ぜひ、そうすることじゃよ。また来るからの」

 

 今度こそ、ダンブルドアは立ち上がった。ハリーもその後に続き、アルテシアも2人を見送るために席を立った。

 

 

  ※

 

 

 クリミアーナ家の門の外で、4人の男女が、それぞれ向かい合う形で円を描くようにして立っていた。こうなったのは、アルテシアがダンブルドアとハリーとともに外へと出てきたところで、ちょうどクリミアーナ家を訪ねてきた女性と顔を合わせたから。

 こんな時間に、彼女は何をしに来たのか。だが会ってしまったからには、知らぬ顔もできない。互いにあいさつを交わすこととなり、アルテシアがその女性をダンブルドアとハリーに紹介した。クローデル家のティアラなのだが、この場にいる者のなかでティアラを直接知っているのはアルテシアだけだった。

 

「おお、あなたがそうなのかね。名前は聞いておるよ、マダム・マクシームが絶賛しておった。あの三大魔法学校対抗試合の年齢制限が16歳であったなら優勝杯はボーバトンが獲得しておったとな」

「校長先生、それをミスター・ポッターの前でおっしゃるのは彼に失礼なのでは」

「ん? そうかの」

 

 その試合で優勝杯を手にしたのはハリーだが、もう1人のセドリックはすでにこの世にいないのだ。暗にそのことを言いたかったのではないか。

 

「それでは、これで失礼します。気をつけてお帰りください」

 

 あいさつしたのはアルテシア。そしてティアラとともに門の中へと入ろうとしたのだが、なぜかダンブルドアが呼び止めた。

 

「ひとつ、お聞きしてもよいかの?」

「なんでしょう」

 

 ダンブルドアが声を掛けたのはティアラだ。アルテシアも立ち止まるしかない。

 

「あなたは、この家に来るとき道に迷ったりしたかね」

「いいえ、タンブルドア校長。実際に来るのは初めてですが、クリミアーナ家の場所はよく承知していましたから」

「ほう、そうかね。いや、失礼。ではこれで学校に戻るとしよう。おやすみ、お嬢さん」

 

 今度こそダンブルドアは、ハリーを連れてクリミアーナ家をあとにした。すぐにも姿くらましによって学校へと戻るかと思われたが、そうせずに夜道を歩いて行く。

 

「先生、歩いて帰るのですか」

「いいや、さすがにそれは無理じゃろう。それより、確かめたいことがあっての」

「確かめるって、何を」

 

 なおもスタスタと歩いていたが、ふと立ち止まる。

 

「ちょうどこのあたりだったと思わんかね?」

「なにがですか」

「わしらが道に迷った場所じゃよ。あのときはアルテシア嬢そっくりの女性が現れて驚かされたが、さて、もう一度会うことはできるかのう」

 

 そう言いつつ、杖を取り出した。そして杖を構えたまま今来た道を引き返す。つまりが、再びクリミアーナ家へと近づいていくのだが、いったい何をしようというのか。ハリーには分からなかったが、ダンブルドアに着いていくしかない。

 

「何をするんですか」

「いやなに、ちょっと試してみようかと思うての」

 

 クリミアーナ家の門はすぐそこだ。道に迷うことなく来られたことになるが、ダンブルドアはここで立ち止まり、真っ白な塀へと杖を向けた。

 

「レダクト(Reducto:粉砕せよ)」

 

 あっと思う間もなく、ダンブルドアがなんと塀を攻撃。当然のように塀が破壊、されたようには見えた。だが塀はこれまでと変わらず、塀の色にくすみすらもない。

 

「ふむ、修復されたの。保護魔法はちゃんと機能しておるようじゃ」

「でも先生、どういう仕組みなんでしょうか」

 

 そんなことは、ハリーにはわからない。なのでそう尋ねるしかなかったのだが、ダンブルドアはわずかに首をひねって見せた。

 

「さあての。かなり難しい手続きがされておるようじゃが、となると、あの女性の場合はどうなるのかのう」

「どういうことですか、先生」

「クローデル家のティアラ嬢、彼女は道には迷っていないと言うた。つまり、この家の保護魔法はあの女性を素通りさせたことになる。それが気になっての」

「知り合いだったからじゃないんですか」

 

 だがダンブルドアはゆっくりと首を振って見せた。知り合いであるからという理由なら、ハリーとダンブルドアも間違いなく知り合いなのだから。

 

 

  ※

 

 

 ハリーとダンブルドアとがクリミアーナ家の門の外をうろうろしている頃。ティアラはクリミアーナ家の食堂へと案内され、そこでアルテシアと向かい合わせで座っていた。そこにはパルマの姿もある。パルマによれば、ティアラが生まれるときその場にいたのだという。

 

「さすがに覚えてませんね、そんな頃のこと。そういう話も聞いたことはないんですけど」

「でしょうね。クリミアーナ家のお世話になると決めたときからクローデル家との縁は切れたことになってますし、それ以後は連絡も取ってませんから。それで、奥様はお元気なんですかね」

「元気は元気ですよ。今日のことも、自分の代ではないにせよクリミアーナ家との関係を取り戻せそうだと喜んでましたけど」

 

 そんな近況報告を兼ねたようなあいさつがひとしきり続き、話はアルテシアにとってのメインテーマへと進んでいく。

 

「で、呼ばれた理由はなんですか? まあ、大抵のことなら役に立てると思いますけど」

「そのことだけどティアラ、あなた学校はいいの? お休みになってからでいいんだけど」

 

 アルテシアとしては本気でそう言っているのだが、ティアラは笑って見せた。彼女にとっては何を今更、といったところ。というのも。

 

「わたし、学校は卒業したんで時間ならあるんです。手伝うことがあるのなら手伝います。というか、させてもらいますから」

 

 何をやればいいのかと、ティアラはそう言うのである。ソフィア経由でアルテシアからの伝言を聞いたのは、この日の夕方。クリミアーナ家に来れないかという内容に、すぐさま決断したらしい。

 クローデル家は、クリミアーナへの出入りができない状況にある。その原因は、何があったのかすらもよくわかってはいない、まだ生まれてもいない遠い昔の出来事のため。だがそれが解除されるというのなら、拒否する理由などどこにもないといったところ。

 

「ありがとう、ティアラ。決めたことがあるんだけど、そのために力を貸して欲しい」

「もちろんですよ。で、わたしは何をすればいいんですか」

 

 ここで一息、といったところか。アルテシアは用意されていた飲み物へと手を伸ばす。コクコクと咽を動かした後で改めてティアラを見た。パルマがその空になったカップを回収し、おかわりを用意するために立ち上がった。

 

「まずは、いろいろと準備かな。それを手伝って欲しい。クリミアーナを、魔法界に復活させたい」

「復活? もう何年も前にそうしたはずでは。ホグワーツに入学したって聞いたときどんなに驚いたか知ってます?」

「ああ、うん。ホグワーツではいろいろ学べた。入学してよかったと思ってるよ。でも、それで復活したとは思ってないんだ」

 

 どういうことなのか。まだ具体的な話になっていないのだが、ティアラは、その顔に柔らかな笑みを浮かべつつ何度かうなずいてみせた。

 

「もちろん手伝いますよ。あなたの呼びかけに応えるって決めたときからそうするつもりでしたから」

「ありがとう、ティアラ」

「退学処分のことも聞いてますけど、まずはそれをひっくり返してみますか? そもそも、どうして退学なんてことに?」

「さあ、なんでだろ。何も悪いことはしてないと思ってるんだけど。魔法省には嫌われてるのかな」

「調べてみましょうか? 面白いことがわかるかもしれませんよ」

 

 あるいは、ティアラは何かを知っているのか。だがアルテシアのほうは、ゆっくりと首を横に振った。

 

「それより、例のあの人のことを聞かせて。いろいろ調べてたはずだよね」

「例のあの人、ヴォルデモート卿ですか。魔法省の襲撃に失敗した後もデス・イーターを動かしてますけど、目的ははっきりしませんね。おかげで魔法界は物騒になってますから、今は離れてようすを見ているのも一つの手ですよ。この家なら安全だし」

「どこにいるかわかる? 会ってみたいんだけど」

「会うって、本気ですか。なんのために?」

 

 そのティアラに、なおも言葉を続けるアルテシア。そのアルテシアの前にお代わりの飲み物が置かれたが、それには手を付けずに話し続ける。そして。

 

「わかりました。協力しますけど、でもそんなことできる、いいえ、やっていいんですかね」

「もちろんだよ。必ず実現させる。絶対あきらめない。あきらめたらそこまで、それで終わりだから」

 

 アルテシアの決心は固いのだとティアラは思った。もっともティアラとて、ここで尻込みするつもりなどない。学校が終わればソフィアも来るだろうし、アルテシアがやるというのならやるだけ。

 

「ところで、こんな話を知ってます? 例のあの人、ヴォルデモート卿はなぜ死ななかったのか。男の子が生き残ったあの夜、何があったのか」

「ティアラ、それって」

「2人で見ましたよね、例のあの人が復活するところ。あのときヴォルデモート卿は、その答えを仲間たちに得意げにしゃべった。覚えてますよね?」

 

 だがアルテシアからの返事はない。無言のままティアラを見ているだけ。ティアラが小さくうなずき苦笑い。

 

「死なない工夫によって死の呪いを克服した、ヴォルデモート卿はそう言ったんです。やっぱり聞こえてなかったんですね、あのとき。ちょっとようすが変だったから」

「ティアラ」

「わかってます、死なない工夫とは何なのかですよね。わたしも気になって調べてるんです。ほとんど1年掛けましたけど、分かってることはまだ少ないんです」

 

 アルテシアの指示どおりにどんなことでも手伝うが、この調査も続けたいとティアラは言うのである。アルテシアも、そのことを了承した。

 

「わかった、ティアラ。必要なことだと思うし、わたしも調べてみるよ。それで」

「ええ、いま分かってることはお伝えしておきますよ」

 

 そう言ってティアラは、にっこりとわらってみせた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。