ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第105話 「必要の部屋で」

 ダンブルドアとハリーは、クリミアーナ家の応接間へと通されていた。テーブルの上に、温かそうな湯気をたてる飲み物が用意された。ダンブルドアがさっそく手を伸ばしたが、ハリーは、きょろきょろと部屋の中を見回している。

 

「ええと、おじいさんはホグワーツとやらの先生さまなんですよねぇ。で、こちらが生徒さんってことですね」

「いかにも、そうじゃよ。それにの、アルテシア嬢も大事な生徒なのですじゃ」

 

 ダンブルドアに出されたのは、クリミアーナ家に代々伝わるという秘伝の飲み物である。いつもアルテシアが好んで飲んでいるものだ。これがマクゴナガルであれば紅茶となる。

 

「それはどうも。けど今は学校がありなさるでしょう。こういうことは休暇になってからのほうがいいんじゃねぇですかね。お手紙差し上げたと思うんですけど」

「さあて、なんの話かわからんが。なれど休暇になるまで待っていては、学校の勉強も遅れてしまいますのでな」

「それはそうでしょうが、退学としたのはそちらでしょう。そう聞いてますけどね」

 

 ここでパルマも、椅子に座った。いつもアルテシアが座る場所の、その横である。自分の席ではない。そのほうが話がしやすいと思ったのだろう。

 

「まさにわしらは、そのことで来たのじゃよ。処分のことは忘れ、学校に戻って欲しいと思うておるのじゃが」

「あらま、そうでしたか。じゃあ、あのこととは別なんですね。おかしいと思ったですよ。おじいさんがいるなんて」

「なんのことかね?」

「いいえ、べつに。ですけど、学校に戻らずとも、アルテシアさまは毎日、勉強を欠かしてはいませんですよ」

 

 どうやらパルマは、勘違いをしていたらしい。アルテシアが友人2人を連れてくるといっていたので、その2人が来たとでも思っていたようだ。

 

「勉強とは言うが、魔法書のことじゃろう。ホグワーツで友人たちと学ぶのは、また違った意味があると思いますぞ」

「おや、そうですか。ですけどクリミアーナでは、こうしてきたんですよ。前の奥さまもそうでした」

「それは、アルテシア嬢のお母上のことかな。たしかお母上は、亡くなっておられるとか」

「ええ、そうですよ。アルテシアさまが5歳になられたばかりの頃でしたけど」

 

 そのときマーニャは、まだ25歳。あまりにも早すぎる死であった。

 

「クリミアーナ家には、縁続きの家というのはあるのですかな。ご親戚の家が近くにあったりはしませんかな」

「えっ、それはまた、どうしてそんなことを」

「ここへ来る途中に、そっくりのお方を見かけましてな。聞けばこの近くに住んでおられるとか」

「ああ、そのことですか。それは親戚ってことじゃねぇですよ。まあ、この家の守り神ってところですかね」

「どういうことですかな」

 

 それはクリミアーナ家に掛けられた保護魔法なのだと、パルマが説明する。ハリーはそのことに驚いているようだが、ダンブルドアは楽しそうに聞いていた。

 

「なんとのう、あれが魔法だとは。驚くばかりじゃが、では次に来るときは道には迷わぬじゃろう」

「先生、どういうことですか」

 

 これは、ハリーだ。ハリーがしゃべったのは、ここに来て初めてということになる。

 

「あの女性が、わしのことを記憶してくれたと思うからじゃよ。もちろん、キミのこともな」

「でも、どんな魔法なんでしょうか。あの人とは、ちゃんと話ができたのに」

「ハリー、忘れておるようじゃが、キミは2年生のときヴォルデモート卿の日記帳と対決しておる。記憶や知識などから人の姿を生み出す方法はあるのじゃろうて」

「あれと同じだって言うんですか。あれは、闇の魔法だったのでは」

「これ、ハリー。保護魔法じゃと言うておるのに。なにしろこれは、かなり高度な魔法じゃよ。この家に害を為そうとする者を近づけぬための工夫なのじゃと思う」

 

 この魔法だけではない、この家には、他にも魔法が掛けられているようだとダンブルドアは話を続けた。だがそれを、パルマが中断させる。

 

「すみませんね、おじいさん。難しい話はあたしにはよく分からないんですよ。そりゃ、魔法学校の先生さまはお詳しいでしょうけど」

「おお、これはすまなんだ。ところでアルテシア嬢は、いつごろ戻ってくるじゃろうか」

「なんとかってのと話をしたら戻ってくるとは言ってましたけどね。まあ、夕食には間に合うように帰ってきてくれると思いますけど」

「ふうむ、であれば出直すしかないかのう。また来てもいいかね?」

 

 もちろんパルマは、拒否などしなかった。そのままダンブルドアとハリーを門のところまで送り、最後に一言。

 

「今度からは、連絡してくださいな。あたしもそれなりの準備とかできますからね」

「おお、そうじゃな。では明日の夜、時間は8時でどうかね?」

「そのときに来なさるということですか」

「そうじゃよ。アルテシア嬢にそう言うておいてくれるかの」

「あの、先生。ぼくも、ぼくもいいですよね?」

 

 どうしようか。ダンブルドアは迷ったに違いないが、結局、うなずくことになった。

 

 

  ※

 

 

 必要の部屋では、アルテシアとドラコとが話をしていた。ドラコのほうは、必要の部屋が用意したアルテシアのダミーだと思っているらしく、特に隠したりするでもなく、自分の置かれた状況を話していく。その発端は、ヴォルデモート側による魔法省襲撃の失敗であったようだ。

 数か月もの準備期間をかけた作戦であったが、ハリー・ポッターを罠に掛けて魔法省におびき出すことには成功したものの、肝心の予言を手に入れることはできなかった。しかも8人ものデス・イーターが捕らわれるという失態も演じているのだ。作戦遂行の責任者であったルシウスも魔法省に捕らわれている。

 そしてヴォルデモートは新たな作戦を計画。ドラコは父親の責任を取らされる形で難しい任務を命じられたというのだ。

 

「どうしよう、どうすればいいんだ。アルテシア、教えてくれよ」

「落ち着いて、ドラコ。それであなたは何をしなければいけないの。何を命じられたの?」

 

 アルテシアとドラコは、テープルを挟んで向かい合わせで椅子に座っていた。話をするのに椅子やテーブルが欲しいと思ったとき、必要の部屋が用意してくれたのである。

 

「デス・イーターたちがホグワーツに侵入できる手段を確保しなくちゃいけないんだ。ホグワーツを襲撃するためにね」

「それで、校長先生を殺すっていうのは?」

「ダンブルドアがいなくなれば、闇の帝王に歯向かう者はいなくなる。不死鳥の奴らは問題じゃない」

「殺せって命令されたの?」

「ああ。ぼくなら、怪しまれることなくダンブルドアに近づけるからね。油断しているところで死の呪いを掛けることができる」

 

 これは大変なことだとアルテシアは思った。冗談だよ、びっくりしたか、とでも言ってもらえたならどんなにいいか。

 

「ふーっ、ちょっとは気が楽になったよ」

「ドラコ」

「必要の部屋が作り出したニセモノだってわかってても、アルテシアと話ができたんだ。元気が出てきたよ」

 

 人に言うことで、少しは気が楽になったのだろう。かすかに笑ってみせたドラコだが、アルテシアのほうはそうはいかない。

 

「ドラコ、わたしはニセモノじゃないわよ。本物だから」

「は? 本物だって。まさか。必要の部屋が作り出したものだろ」

「違うわ。ちょっと用事があって、こっそりと学校に来たの。たまたまドラコを見かけて、あなたがこの部屋のドアを開けたとき、一緒に入り込んだのよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。本物だって。ほんとにアルテシアなのか」

 

 ドラコを信用させるのにはなおも時間を要したが、本物だと納得すると、今度はうっかり秘密をしゃべってしまったことを後悔し始めた。

 

「アルテシア、これはぼくの問題なんだ。キミに何かして欲しいわけじゃない。ニセモノだと思ったから話したんだ。誤解しないでくれ」

「でもドラコ、そうしなきゃ、例のあの人に叱られるんでしょ」

「そんなこと、キミは心配しなくていいんだ。これは、ぼく自身が解決しなきゃいけないんだ」

 

 これがドラコの問題であるというのは、そのとおりだろう。だがアルテシアは、知ってしまったのだ。聞いてしまった以上、知らぬ顔などできるはずがない。

 

「わたしにもできることがあるはずよ、ドラコ。わたしに手伝わせて」

「バカいえ、危険なんだぞアルテシア。失敗すればどんなことになるか、おまえはわかってない。例のあの人は、闇の帝王は……」

「大丈夫、大丈夫だから、ドラコ。ほら、わたしを利用するって思えばいいじゃないの。きっと何かの役には立つはずよ」

 

 ドラコからは、すぐに言葉が出てこない。考えているのだろう。どうするのか一番良いのか。アルテシアも、無言のままドラコを見ている。ドラコに課せられた使命はダンブルドアを殺すこと。だが果たして、ドラコはそれをアルテシアに命じるのか。そのときアルテシアは、ダンブルドアを殺すのだろうか。

 

「ドラコ、あなたはスリザリンだけど、わたしには親切にしてくれた。助けてくれたこともあったよね。今度はわたしが」

「まてよ、アルテシア。ぼくがキミを助けたって?」

「クィレル先生に追いつめられたとき、あなたがスネイプ先生を呼んでくれて助かったことがあった。ソフィアのことも気にかけてくれてるし、わたし、感謝してるのよ」

「そんなことを、いまでも覚えてるっていうのか。なるほど、成績優秀なわけだ。まてよ、そうか」

 

 なにか、思いついたらしい。そのことによる興奮のためか、いくぶん顔が赤くなっているようだ。

 

「わかったよ、アルテシア。キミに手伝ってもらえることを思いついた。フェリックス・フェリシスだ」

「え? フェリックスって、幸運の液体とか言われてる魔法薬のこと?」

「知ってるのか、さすがだな」

「実際に見たことはないわ、知識として知ってるだけ」

「それでも、ぼくよりははるかにましさ。作れるか?」

 

 フェリックス・フェリシスは、スラグホーンが授業の褒美とした魔法薬だが、そのときはハリーが手にしている。

 

「わからない。難しい魔法薬みたいだし、時間もかかると思うけど」

「だろうな。でも効果は絶大なんだ。これを飲めば、その日1日、何をやってもうまくいくらしい」

 

 フェリックスさえあれば、とドラコは言うのだ。たった大さじ2杯分でその日は何をやってもうまくいくのだから、その状況下でなら完璧な計画を作りあげることがことができると考えた。八方ふさがりの状態から脱することができるはずなのだと。

 

「頼むよ、アルテシア。ぼくには無理だけど、キミの魔法薬学の実力ならできるはずだ。フェリックスさえあれば、きっといい方法が見つけられるはずなんだ」

「だけど、簡単じゃないんだよ、失敗するかもしれないし」

「そんなこと気にするもんか。アルテシアがやってもできないのなら、あきらめもつく。そのときはそのときだ」

「わかった、やってみる。だからドラコ、ムチャはダメよ。助けてくれる人は、ほかにもいっぱいいると思うよ」

 

 そこでドラコは、なぜか寂しそうな顔をして見せた。

 

「アルテシア、そんなのは、誰もいやしない。ぼくはひとりさ」

「え?」

「魔法省の攻略に失敗し、父上は闇の帝王の信頼を失った。すると、どうだ。クラップもゴイルも、ころっと態度を変えた」

「まさか、そんなこと」

 

 だがそれは、本当らしかった。いずれはアルテシアにもわかることだが、このところドラコは、一人での行動が増えている。

 

「そんなことはいいんだ、アルテシア。キミがこれまで通りでいてくれればね」

「パンジーは? 彼女はどうしてるの」

「あいつは、さみしそうにしてるぞ。誰かがいないからだと思うけど」

 

 その誰かとは、おそらくはアルテシアであるのだろう。そう言われてアルテシアが浮かべた笑みは、きっと苦笑い。

 

「だけどアルテシア、本当に退学なのか。もう、どうしようもないのか」

「うん、そうみたい。魔法省は、やっぱりクリミアーナを認めてくれなかった。わたし、悪いことをしたとは思ってないんだけど」

「でも今日は、どうしたんだ。どうやってここに? まさか、学校に入り込む方法があるのか」

 

 もし、それがあるのだとしたら。ドラコは、ヴォルデモート卿による命令の一つをクリアできることになる。だがそれは、いわば『姿くらまし』であり『姿あらわし』のようなもの。アルテシアの魔法による結果なのだ。同じことをデス・イーターにやれといってもできるはずがないし、アルテシアとしても、侵入方法をヴォルデモートの側に提供するつもりはない。仮に提供したにせよ、それは数年かけての魔法書の勉強となる。それではデス・イーターは納得しないだろう。

 

 

  ※

 

 

 昼食時間のホグワーツ。その大広間を、ソフィアはグリフィンドールのテーブルをめざして急ぎ足。そこにパーバティの姿を見つけると、その横に座った。

 

「パチルさん、アルテシアさまを見ましたか?」

「は? なに言ってんの。ソフィア」

「アルテシアさまです、学校に来てるかも知れないんです」

 

 そこでパーバティは、しぐさでソフィアを黙らせ、すばらく周囲を見回した。どうやら、いまの話を誰かに聞かれたようすはないようだ。3人分ほどの間を開けた場所にはハリー、ロン、ハーマイオニーの3人組がいたが、どうやら日刊予言者新聞を前にして、その記事に注目しているらしい。『スタン・シャンパイクが捕まったって?』という声が聞こえた。そんな、彼らにとって目を引くような記事が載っていたのであろう。

 

「そういうことは、大きな声で言っちゃダメだって」

「あ、そうですよね」

「でも、どういうことなのアルが来てるって?」

 

 声を小さくしたパーバティが、空の皿に昼食料理をとりわけ、ソフィアの前に置いた。どうせなら、ここで昼食を食べろということだ。

 

「手紙が届いたんです。学校が休みになったらクリミアーナに来れないかって書いてありました」

「いいじゃない、一緒に行こうよ。あたしもクリスマス休暇になったら行くつもりだから」

「ええ、さすがにもう行かなきゃって思ってますから行きますよ。それはいいんですけど」

 

 その手紙は、いつの間にか彼女の荷物のなかに紛れ込んでいたらしい。当然、フクロウで届けられたものではない。問題は、どうやって届けられたのかということ。

 

「どこかで見てたんだと思うんですよ。ホグワーツに来たんじゃないかと思うんです」

「なるほどね。だとすれば、わたしらのやることは決まってるよ」

「え?」

「この状況じゃ、さすがのアルも顔見せられないでしょ。だったらあたしらが場所を変えるだけ。さあ、早く食べちゃいな」

 

 退学となったアルテシアが、堂々と大広間に姿を見せるはずがない。そんなことになれば、それなりの騒動となるのは間違いないのだから、そんなことをするはずがない。

 

「大丈夫、黙って帰ったりはしないから。アルテシアだからね」

「あ、パチルさん。それ」

「え? あっ!」

 

 まさに、いつのまに、であろう。パーバティの前に封筒が置かれていたのである。そのとき2人は、背後から肩を叩かれた。すぐさま後ろを見たものの、そこに人の姿はない。だが間違いなく、その感触はあったのだ。

 パーバティが立ち上がり、自分の後ろの空間をギュッと抱きしめてみせた。

 

 

  ※

 

 

「おかえりなさいまし。留守中にお客さまが見えられましたですよ」

「だだいま、パルマさん。お客さまって誰?」

「ええと、おじいさんと男の子でしたけどね。はて? 名前はなんでしたっけ」

 

 もちろん、ダンブルドアとハリーのことである。だがパルマは、その名前を忘れてしまっているらしい。あるいは、聞いてはいなかったのか。

 

「でもね、明日の夜8時にもう1回来るっていってましたよ」

「おじいさんは、きっと校長先生だと思うわ。男の子は……」

 

 たぶん、ハリーだろう。そう思ったが、アルテシアはその名前を口にはしなかった。なぜ、クリミアーナへ来るのか。それが、わからなかったのだ。軽く、ため息。もう、関係ないはずなのに。

 

「お友だち2人っておっしゃってたのとは、別の人たちなんですよね?」

「違うわ、ソフィアとティアラの2人よ。ソフィアに手紙を渡して、ティアラにも伝えてもらうように頼んできた。あの2人は連絡取り合ってるみたいだから、そのうち返事がくるんじゃないかな」

「ティアラって、もしかしてクローデル家の娘さんのことですか。アルテシアさまは、その人を知ってなさるんですか?」

 

 パルマもびっくりしたようだが、アルテシアも驚いていた。ここでクローデル家の名前が出てくるなど、思ってもみないこと。

 

「学校で会ったの。ずっと昔にクリミアーナと関係があった家なんだけど」

「ええ、ええ、その通りです。もう言ってしまいますけど、このパルマはクローデル家とのご縁でマーニャさまのお世話をすることになったんですよ」

 

 そのことを、アルテシアは知らない。だがマーニャは承知していたこと。でもなければ、クリミアーナ家に入り込めるはずはないのだ。パルマが、そのことの説明を始めた。

 

「ティアラさんがお生まれになるとき、その場にいましてね。その縁で、マーニャさまの妊娠がわかったとき、あちらの奥さんからマーニャさまのところに行ってくれないかとお話をいただいたんです」

「じゃあパルマさんは、もともとはクローデル家の人だったんだね」

「そうじゃねえですよ。そりゃ色々と付き合いはありましたけどね。アルテシアさまはクローデル家のことをどれくらいご存じなんですか」

「ほんの少し、かな。ずっと昔に騒動があって、それでクリミアーナを離れたってことくらい」

「その騒動のことですけど、原因とかはご存じなんですかね?」

 

 このことにパルマは触れたくなかったはずである。だがティアラが来れば、いやティアラと知り合いだというのなら、時間の問題としてアルテシアは、そのことを知るだろうとパルマは考えたのだ。ならば、自分の口からそれを告げてしまおうということ。

 

「わたしが知ってるのは、結果だけ。調べればわかるのかもしれないけど、そんなことはいいんだ」

「なぜです?」

「だって、ティアラはティアラだから。ずっと昔に何かがあったとしても、それでティアラが別人になったりしないよ。ティアラがティアラなのは変わらない。それにね」

 

 そこでなぜか、アルテシアは言うのをやめた。一歩、二歩と歩き、パルマの後ろへ。それに合わせてパルマも体の向きを変えるが、アルテシアの背中を見ることになる。

 

「もしかして、クリミアーナの側に問題があったのかもしれない。何があったのかはわからない。それを知るのが怖いだけなのかもしれないけど」

「あたしが聞いた話では、騒動の火種はクローデル家ですよ。向こうの人たちもそう言ってましたですよ」

「そうだね、わたしもそう聞いたことがある。でも、なぜそうなったのか、その理由が抜けてるんだよね。パルマさん、知ってる?」

 

 そのことをパルマは、知っているのかいないのか。ここではパルマは、何も言わずに黙っていた。パルマにしては、めずらしいことである。アルテシアが振り向いた。

 

「パルマさん、なにか気にしてるのかもしれないけど、わたしはパルマさん大好きだよ」

 

 その笑顔にパルマも表情を緩め、軽く息をはいた。

 

「あたしもですよ、アルテシアさま。昔のことなんか気にしちゃいません。でもそのティアラさんとやらが来るのなら話しておかなきゃと、そう思っただけです。必要なかったですかね」

 

 それに対するアルテシアの返事は、にこにこの笑顔だった。

 

 

  ※

 

 

 その翌日、アルテシアは早朝からずっと書斎にこもりっきりとなっていた。材料として何が必要なのか、どのように煎じればいいのかを知らなかったため、散歩にも行かずに調べ物をしているのである。もちろん、ドラコに頼まれたフェリックス・フェリシスのことだ。

 とはいえ、書斎にある蔵書の中にフェリックス・フェリシスに関する資料があるかどうかは不明である。自分の家にある本ではあるが、さすがにアルテシアもその全ての内容を把握できてはいない。だがそれが幸運の液体と呼ばれていることや、煎じるのが難しい魔法薬であることは知っていた。何かで読んだか誰かに聞いたのかはわからないが、自分の身近にフェリックス・フェリシスに関する物があるのに違いないとアルテシアは思っていた。

 あるいは、ホグワーツの図書館で見たのかも知れない。それを否定はしないが、自身の図書館の利用具合を思ったとき、可能性は低いと考えざるを得ない。なにかあるのなら、クリミアーナ家の書斎のはずだ。

 

(でもなぁ)

 

 アルテシアはため息をついた。改めて、書斎にある本の量に驚いているのだ。一通り目を通しているはずなのだが、その背表紙を見ただけでは内容を思い出せない本が意外と多い。結局のところ手にとってページを開いてみなければならず、それなりの時間もかかることになる。

 ドラコによれば、期限は特に定められていないという。だがそれは、表面的なことでしかない。その間にヴォルデモートは他にやっておきたいことがあるだけであり、それらに目処がついた時点でその期限は到来するのだ。余裕はないと考えるべき。

 ふーっと、もう一度ため息。そして、本棚を見る。

 仮に探している物が見つかったとしても、そこにあるのはいわば基本レシピでしかない。それが魔法界において認められた方法であることを否定はしないが、それだけでは不足なはずだ。完成度をより高めるための工夫という研究を重ねてこそ、初めて真に効果のある魔法薬を作ることができるのだ。だが果たして、そんなことをしている時間はあるのか。

 本を調べながらも、そんなことを考える。スネイプの顔が、頭の中に浮かんだ。スネイプであれば、フェリックス・フェリシスのことは知っているはずだ。効果的な方法も知っているはず。なにかアドバイスを……

 だがアルテシアは、首を横に振った。

 どうせまた、ホグワーツには行くことになるのだ。ドラコのこともあるし、なによりゴーストの灰色のレディにまだ会ってはいないのだ。必ず行かねばならない。そのときに、スネイプと会うことはできるだろう。だが。

 

(先生にはご迷惑だよね)

 

 スネイプからは、マルフォイ家から何か言ってきても相手にしてはいけないと言われている。だが一方で、学校に来ればドラコと話をしてもかまわないようなことも言われた。それは、どういうことなんだろう。アルテシアは、考える。

 考えているときは過ぎたのではなかったのか。すでに決めたのではなかったのか。そんな思いは、当然のようにある。だが、なかなか思い通りには行かない。

 

(とにかく、ここの本を調べてみてからだよね)

 

 なにか見つかれば。あるいは、何も見つからなかったならば。

 臨機応変。そのときに考えればいいのだし、それで自分の決めたことが変わるわけではない。変えたりはしない。

 次第にアルテシアは、蔵書の山を調べることに集中し始めた。果たして、フェリックス・フェリシスに関する資料は見つかるのか。それからまたたく間に時間が過ぎていく。もしかするとアルテシアは、今夜の8時にダンブルドアが訪ねてくることは忘れてしまっているのかもしれない。だが幸いであったのは、パルマがいたことだ。たとえアルテシアが忘れていようとも、ダンブルドアの出迎えはパルマがするだろう。応接間に通してお茶などを出しておき、書斎までアルテシアを呼びに来るであろうパルマがいたのである。

 


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