ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第104話 「個人教授始まる」

 スネイプとマクゴナガルが、並んで歩いていた。校長室でダンブルドアと話をした帰り道である。

 

「校長が迎えに行くということですが、どうなると思われますかな。いやその前に、クリミアーナ家を訪ねることができるのでしょうかな」

「どういうことです?」

 

 遅い時間であり、生徒たちは寮にいなければならない。なので廊下に2人以外の姿はない。歩きながら話しても、問題ないというわけだ。

 

「あの家には、おもしろい仕掛けがされています。もちろん、ご存じでしょう?」

「ああ、そのこと。なるほど、道に迷うとは、そういうことでしたか」

 

 ダンブルドアと話をした際に、スネイプはそんなことを言っている。マクゴナガル自身は経験していないのだが、あの家の保護魔法により、スネイプはクリミアーナ家訪問の際に足止めをされた形となっているのだ。

 

「わたしは経験していませんが、クリミアーナ家歴代の魔女によって色々な魔法がかけられているようです。アルテシアにも、その全てはわからないのだとか」

「ほう」

「忠誠の術とはまた違った意味で、あの家の安全は確保されています。たとえ例のあの人であろうとも手出しなどできないでしょう」

「では、校長の誘いはうまくいかないほうがいいのでしょうな。吾輩は、学校に来て欲しいのですがね」

「わたしもですよ。できるだけ、あの子の近くにいたい。ですがあの子は、あの子なりの考えで行動するでしょう」

「ふむ、その邪魔はしたくないといったところですかな」

 

 マクゴナガルは、ただ笑ってみせただけ。もうじきマクゴナガルの部屋へと着くのだが、話が続いているからか、スネイプはそのままマクゴナガルの隣を歩いている。

 

「これはクリミアーナ家の意志、みたいなものだと思いますね。誰にも、どうすることもできはしない。きっと、なるようにしかならないのです」

「なるほど。しかし、クリミアーナ家歴代の魔女たちには会ってみたかったですな。実に素晴らしい。あの保護魔法には興味がある」

「同感ですね。会えるものなら、わたしはマーニャさんに会いたい。確かめたいのです。あの子を、アルテシアを正しく導くことができているのかどうか。あの魔法は、何のためのものなのか。何が正しいのか」

 

 マクゴナガルの部屋へと到着したところで、話は終わり。もう少し時間があれば、あるいはアルテシアから受け取ったレポートの話を持ち出したのかもしれないが、そこでスネイプは自室へと戻っていった。彼自身もまだ、そのレポートには目を通していなかった。

 

 

  ※

 

 

 『半純血のプリンス』とは、誰なのだろう。ときおりハリーは、そんなことを考えた。ハリーが手にした教科書の、元の持ち主。そういうことだが、なぜそれが、今ここにあるのか。そんなことを思うこともある。

 プリンスの本には、いたるところに書き込みがされている。余白や行間などを埋め尽くすほどに書かれており、白いところはほとんどない。おかげでかなり読みにくいのだが、書かれていることは正しく、効果もある。読めば読むほど役に立つので、手放すことなどできなくなっていた。

 

「アルテシアの魔法書って、こういうことなのかな」

 

 ハリーに借りてプリンスの本を読んでいたロンが、そんなことを言い出した。その横で宿題に取り組んでいたハーマイオニーが顔を上げる。

 

「だってさ、これを読むことでハリーの魔法薬の腕は上がったじゃないか。アルテシアもそういうことなんだろな」

 

 それを聞いて、どう思ったか。ハーマイオニーは何も言わずに宿題を再開し、ハリーは腕時計を見てから立ち上がった。もうじき、夜の8時になる。

 

「そろそろ行かなきゃ、ダンブルドアとの約束に遅れる」

 

 またもやハーマイオニーが顔を上げた。

 

「頑張ってハリー。戻ってきたら、ダンブルドアが何を教えてくれたのか聞かせてね」

「大丈夫さ、きっといい授業になるぜ」

 

 友人2人から見送られ、ハリーは校長室へと向かった。肖像画の穴を抜け、誰もいない廊下を歩き、ガーゴイルに合い言葉を伝え、校長室のドアをノックする。

 

「お入り」

 

 ダンブルドアの声がして、ハリーはドアを開けた。校長室の中は、ハリーのみたところ、いつもと変わりはなかった。個人教授のためにと、特に何か準備がされているといった様子はないのだ。ハリーは、ダンブルドアの前に置かれた椅子に座った。

 

「さて、ハリー。わしは、いよいよそのときが来たと判断した。きみは、予言の内容を知った。ヴォルデモート卿が、何故きみを殺そうとしたのかをな」

「予言と関係があることなんですね」

「きみが生き残るために役立ててほしいと思うておる。このことにはキチンと決着をつけねばならんじゃろう」

 

 それは、ハリーも望んでいることだろう。だが、具体的には何をすればいいのか。それが、ハリーには分からない。その方法を教えてくれるのだろうと、ハリーは期待を込めた目でダンブルドアを見ている。

 

「ところでハリー、きみとアルテシア嬢とは、それほど親しいとまではいえぬようじゃな」

「えっ」

「正直に言うが、わしはあのお嬢さんときみとが協力し、共にこの問題に立ち向かうという状況を期待しておった。それはどうやら、難しくなってしもうたようじゃな」

「それは、アルテシアが退学となったからですか。やっぱり退学なんですか」

 

 ハリーは、ここしばらくアルテシアとまともに話もしていなかった。ダンブルドアが言うのはそのことだとハリーは思った。だが口から出てきたのは、退学に関することだった。ダンブルドアは、軽くうなずいた。

 

「このまま退学にはさせぬ。まだ間に合うはずじゃ。わしは、彼女の家まで迎えに行こうと思っておる」

「これから行く、ということですか?」

「いやいや、この時間ではさすがにのう。行くのは明日じゃよ」

「ぼくも行っていいですか? アルテシアと仲直りがしたいんです」

 

 仲直り、という言葉に対してだろう。ダンブルドアが、ちょっと首を傾げてみせた。

 

「ぼく、アルテシアのこと疑うようなことをしてしまったんです。いろいろ助けてもらったこともあったのに」

「そういえば、ハリーと母親のことを話したいというようなことを言っておったのう。ふむ。そんな話でもしてみるかね?」

「はい、先生が連れて行ってくれるのなら」

「仲直りと言うておったが、ケンカでもしたかの。母親同士は仲が良かったのじゃろうし、心配はいらんよ。すぐに仲直りはできるじゃろう」

 

 そうなれば、ダンブルドアがはじめに言ったような、ハリーとアルテシアとが協力してヴォルデモートに立ち向かうという形ができあがることになる。もちろん、うまくいけばの話だが。

 

「ともあれ、この個人教授をどのように進めていくかじゃが」

「はい」

 

 そこでダンブルドアは立ち上がり、入り口の扉の脇にある棚を開けた。そしてそこから、平たい石の水盆を取り出した。その縁には奇妙な形の彫り物がされており、中は光を放つ銀色のなにかで満たされている。これは『ペンシープ』と呼ばれるもので、ここに人から取り出した『記憶』を入れると、あたかもその場面にいたかのようにその人の記憶を追体験できるという不思議な道具だ。

 記憶は人物のこめかみに杖を当てることで、糸状にして取り出すことができる。それを通常はクリスタルの瓶に入れて保存しておき、このペンシープで見るのである。

 

「今夜は過去を見てもらうことになる。より深く正確に理解してもらうために必要なことなのじゃ」

「先生、誰の記憶なのですか」

「ボブ・オグデン、先ごろ亡くなったが魔法法執行部に勤めていた者じゃよ。では出発するとしよう」

 

 ダンブルドアがクリスタルの瓶を出し、ふたを開け、その中味をペンシープに入れた。ハリーは大きく息を吸いこみ、そこへ顔を突っ込んだ。

 次の瞬間には、二人は田舎の小道に立っていた。

 

 

  ※

 

 

 ハリーが談話室へと戻ってきたとき、ロンとハーマイオニーとが残っていた。誰もいなくなっているはずの時間なのだが、ダンブルドアとの個人教授が終わるのを待っていたのだろう。さっそく2人が、ハリーのところへやってくる。

 

「どうだった?」

「これから話すよ。ダンブルドアは、2人には話してもいいって言ったんだ。他には絶対に秘密だけどね」

 

 秘密であるためか、談話室には誰も居ないのに、ハリーたちはわざわざ隅っこへと場所を移して話を始めた。

 ハリーが体験したのは、ボブ・オグデンという人物がリトル・ハングルトンという村を訪れたときの記憶。オグデンは、この日の早朝に起きた魔法法の重大な違反事案に関してゴーント家に派遣されたのであり、いわばハリーは、そのオグデンとともにゴーント家を訪ねたようなもの。ゴーント家は、父親のマールヴォロと息子のモーフィン、そして娘のメローピーの3人家族であった。

 そこで目にしたものを、ひそひそ声で話して聞かせるハリー。ロンとハーマイオニーは、ときおり驚いた声やちょっとした質問などを挟みながら聞いていた。

 重大な違反事案とは、息子のモーフィンによるマグルへの魔法使用だ。マグルの男に呪いを掛け、痛みを伴う蕁麻疹だらけにしたのである。

 

「なぜモーフィンは、そんなことをしたの?」

「メローピーがその男に恋したからだよ。モーフィンたちにすれば、血を裏切る汚らわしい行為ってことになるらしい」

 

 ハリーは、父親が怒りにまかせて娘の首を絞めようとした場面を思い出していた。何十年も前の出来事なのに、ペンシープの効果によってあたかも実体験であるかのように話すことができた。

 結果として、父と息子はウィゼンガモットの法廷で有罪の判決を受けることになる。モーフィンはマグル襲撃の前科があるためアズカバン収監3年、父親はこのとき魔法省の役人を傷つけたことで6か月の収監となった。

 

「それで、メローピーはどうなったの?」

「うん。ぼくもダンブルドアにそう聞いたんだよ。メローピーは、モーフィンが魔法を掛けたマグルの男と駆け落ちしたらしい」

 

 その男は、リトル・ハングルトンに大きな屋敷を構える地主の息子だった。正確なところはわからないが、どうやらメローピーが『愛の妙薬』を使ったらしい。だがその効果による駆け落ち結婚は長続きしなかった。数か月後、男は妊娠していたメローピーを捨てて屋敷へと戻ってきたのである。

 

「でもハリー、メローピーが愛の妙薬を使えるんだとしたら、そんな結果にはならないはずよ」

「途中で使うのをやめたんじゃないかって、ダンブルドアはそう言ってた。赤ちゃんができたことで、自分の愛に応えてくれると考えたんじゃないかって」

「ああ、そうかもしれないわね。本当の愛が欲しかったんだと思うわ」

「でもさ、それは失敗だったんだろ。だったらもう一度飲ませれば済むことだと思うけど」

 

 だがメローピーは、そうはしなかった。あるいはそんな機会がなかったのかもしれないが、このときより2人は、再び会うことはなかったらしい。

 

「それで、赤ちゃんはどうなったの? もちろんちゃんと生まれて元気に育ったのよね」

「そのことだけど、たぶんメローピーは早くに亡くなったんだと思う。子どもは、孤児院で育つことになるんだ」

 

 その子どもの名は、トム・マールヴォロ・リドル。やがてダンブルドアの誘いによってホグワーツに入学し、その後ヴォルデモート卿として魔法界を恐怖の色に染め上げることになる。

 

「こうやってヴォルデモートの過去を知ることはとても大切なんだってダンブルドアは言ってた」

「てことは、例の予言に関係してるってことだよな」

「そういうことだと思う。わかったのは、ゴーントの家がサラザール・スリザリンの血を引いてるってこと。だからヴォルデモートもそうだってことだよ。父親はマグルだけどね」

「それが、あの人と闘うときどんな役に立つのかしら」

「わからないけど、きっと何か意味があるんだよ。あとは、スリザリンが残したものがあったくらいかな」

 

 それは、メローピーが首に提げていた金鎖のついたロケットと、父親の指にあった黒い石のついた指輪である。先祖代々、大切にされてきたらしい。

 

「指輪は今、ダンブルドアが持ってるんだ。どこかの家の紋章が刻まれた指輪だとか言ってたけど、腕があんなふうになったのと関係があるんじゃないかな」

「まさか、それを指にはめたのが原因ってこと?」

「わからない。わからないけど、無関係じゃないと思うんだ。どうやって手に入れたのかは教えてくれなかった」

 

 また別の機会に、とダンブルドアがそう言ったのだ。となれば、その機会を待つしかなかった。

 

「でも、スリザリンから続く家だなんて、すごいわよね。ざっと1000年ってことでしょ」

「それ、アルテシアのとこも同じなんだよな。1000年かどうかは知らないけど、ずっと昔からの魔女の家なんだって聞いたことがある」

「そのアルテシアだけど、ぼく、明日行くんだよ。ダンブルドアと一緒にクリミアーナ家に」

「えっ!」

 

 そのことに一番驚いたのは、ハーマイオニーだった。

 

 

  ※

 

 

「ねぇパルマさん、ちょっと出かけてこようかと思ってるんだけど」

「いつもの散歩じゃなくってことですかね。どこに行くってんです?」

 

 この日の朝アルテシアは、めずらしく森への散歩に出かけていない。散歩に出かけることなく朝食の席につき、ちょうど食事を終えたところである。このところ散歩の時間が長くなっていたのだが、その理由は考えたいことがあったから。その散歩に行かなかったということは、つまり、あれこれと考えている時間は終わったということなのだろう。

 

「お友だちを連れてこようかと思ってるの。2人、いいでしょ?」

「お友だち、ですか。さすがに今は無理だと思いますよ」

「え?」

「だって、学校がありますでしょう。さすがに休暇ってやつにならないと。そうですね、クリスマスのときがいいでしょうね」

「あぁ、うん。そうだよね」

 

 どこに行き、誰を呼んでこようとしたのか。ともあれパルマに言われ、ちょっと考え直したらしい。

 

「で、来るのは誰なんです? まさか今日来たりとかはしませんですよね?」

「ええと、誘えば来てくれると思うんだけど…… そうだよね、学校があるのを忘れてた」

「忘れてたって、まさか。ご自分が行かなくなったからって、そういうのはどうなんでしょうかね」

「ほんとにそうだ。変だよね、わたし。そんなことに気づかないなんて」

 

 学校という名が出てくる以上、ホグワーツの生徒であろうことは容易に想像できる。たとえばソフィアあたり。

 

「もちろん、来なさるのは大歓迎ですよ。でも、向こうさんのご都合も考えないとダメなんですよ。あたしはそう思いますけどね」

「わかったわ、パルマさん。でも、あれだね。ずいぶんと厳しいこと、言うんだね」

「はい、それはもう。間違ってると思ったなら遠慮なく叱ってくれと、マーニャさまに言われてますからね」

 

 そのことをアルテシアは知らなかったが、覚えている限り、これまでパルマから叱られたことはない。せいぜいが、今日のように注意をされるといった程度である。だがそれが、アルテシアには嬉しかった。

 

「パルマさんの言うとおりにするわ。ええと、とりあえず手紙を書いて都合を聞いてみればいいのよね。お休みになったら来られるかどうか」

「ええ、それがいいでしょうね。でも急にどうしたんです?」

「わたし、決めたことがあるの。その話をしたかったんだけど、すぐには無理ってことになると」

 

 一体、何を決めたのか。アルテシアはそのことは言わず、ちょっとだけ考えるそぶりを見せた。

 

「いいわ、わたしに出来ることからやるだけ。気になることもあるし、やっぱり行ってくる」

「行くって、どこへです? たったいま、手紙にするってそうおっしゃったと思いますけど」

「うん、手紙は書くよ。それとは別。ホグワーツにはゴーストがいるんだけど、そのゴーストと話がしたいの。ゴーストはホグワーツを離れることはできないから、わたしが行くしかないの」

 

 それは、灰色のレディのことだろう。たしかにまだ、話が残っていた。

 

「ダメでしょう、それは。もうホグワーツとやらの生徒じゃねぇんですから」

「見つからないように、こっそりとね。大丈夫だと思うよ」

「そういうことじゃねぇんですけど、まあ、いいです。クリミアーナを出るんなら、十分に気をつけてくださいよ」

「わかってる。話をしたらすぐに戻ってくるから」

 

 なんとかパルマの了解を得たアルテシアは、ひとまず自分の部屋へと戻った。ホグワーツの制服に着替えるためだ。ホグワーツでは姿を消しておくつもりなのでいつものローブで問題はないのだが、一応のけじめということ。目を閉じ、頭の中にホグワーツの内部をイメージする。どこがいいかを考えたすえに、いつもの空き教室に決めた。パチル姉妹やソフィアと出会う可能性もあったが、どうせ灰色のレディを探して学校内をうろつくことになるのだ。

 アルテシアは、自分自身を、空き教室に転送した。

 

 

  ※

 

 

「先生、おかしいと思いませんか。もうずいぶん歩いてるのに」

 

 そう言ったハリーの隣を、ダンブルドアが歩いていた。2人はクリミアーナ家をめざしているのだが、どうやらスネイプがこの地を訪れたときと同様の事態に陥っているらしい。家とその敷地を囲む白い壁や後方にある森などは見えているのだが、なかなかそこに行き着かないのだ。

 

「どうやら、なんらかの魔法が掛けられているようじゃな。ただ歩いているだけでは、あの家には着かぬのじゃろう」

「そんな。じゃあ、どうするんですか」

 

 2人は、そこで足を止めた。なんらかの魔法のためだとわかった以上、やみくもに歩いても無駄。別の方法を考えねばならない。

 

「なるほどのう。事前に連絡しておけとミネルバが言うておったが、こういうことであったか」

「先生は、これまで来られたことはないんですか」

「そういうことじゃが、さて、どうするかの」

 

 ダンブルドアがそう言ったところで、その声に応えるかのような声が聞こえた。スネイプのときと同じことが起こったのだ。その場に現れた女性が、声をかけてきたのである。

 

「なにか、お困りですか」

「あ、いや」

 

 さすがのダンブルドアも驚きを隠せぬようだし、ハリーのほうはと言えば、その女性のほうへと数歩、近寄っていった。

 

「アルテシア、だよね。しばらくぶりだけど、ちょっと雰囲気変わった?」

「待ちなさい、ハリー。この人は、アルテシア嬢ではなくて別の人じゃと思う」

「え?」

 

 ダンブルドアにそう言われ、ハリーは改めてその女性に目を向けた。たしかにアルテシアだとするには、年齢的に無理がある。だがその点以外は、まさにアルテシアであった。その女性が、にっこりと微笑んだ。

 

「どうされました? お役に立てるかもしれませんよ」

「あの、あなたは違うんですか」

「何がでしょう?」

 

 ハリーは、ダンブルドアを見た。ダンブルドアは、自身のひげをなでながら、じっとその女性を見ている。

 

「わしらは、あそこに見える家を訪ねてきたのじゃが、なぜだか近づくことができませんでな」

「そうですか、あの家を。では、あの家が誰の家なのかご存じなのですね」

「むろんじゃよ。それにしても、よく似ておられる。あなたは、どなたじゃな?」

 

 人に名を聞く前に自分が名乗れとは、よく言われていること。些細なことではあるが、そんな礼儀も忘れるくらいにはダンブルドアも動揺しているのかもしれない。

 

「わたしのことはお気にならさずに。よろしければ道を教えて差し上げますが、あの家には何をしに行かれるのですか?」

「あの家のお嬢さんに会うためじゃよ。すぐそこに見えているのに、なぜ行けないのじゃろうか。何か、ご存じかの」

「さあ、それは。わたしからは何も申し上げられませんけど、道に迷われたということではないのでしょうか」

 

 だが、目的地は見えているのである。なのにそこに行けないのは不自然だ。ハリーはそう思っていたが、黙っていた。ここはダンブルドアに任せた方がいいと考えたようだ。

 

「ふむ、では道を教えていただけますかな。あの家のお嬢さんに、学校へ来るようにと誘いに来たのですじゃ」

「学校というと、ホグワーツでしたかしら。そうでしたか。わかりました、ご案内しましょう」

「おお、それはありがたい。よろしくお願いしますよ」

 

 ダンブルドアも、いつもの調子に戻ってきたらしい。女性を先頭に歩き始めるが、すぐに質問を投げかけた。

 

「あなたは、アルテシア嬢とはどういうご関係ですかな。外見から察するに、クリミアーナ家と関係ある方じゃと思うが」

「この近くに住んでいる者ですよ」

「あの家の娘を、もちろんご存じじゃろうの。会ったことがあるかね?」

 

 その質問には、答えが返ってこなかった。いつの間にやら女性の姿はなく、ダンブルドアとハリーはクリミアーナ家の門の前にいたのである。

 

「先生、どういうことでしょうか」

「わからんが、着いたようじゃ。さて、行ってみようかの」

 

 2人は門をくぐった。今度は、道に迷うようなことはなかった。

 

 

  ※

 

 

 ダンブルドアがハリーを連れてクリミアーナへと付き添いの姿くらましをしたころ、ちょうど入れ替わるようにして、アルテシアがホグワーツに侵入した。この時点でアルテシアは、ホグワーツ城のなかに入れる立場にない。その資格は失われている状況なので、侵入したということになる。

 日曜日だし、お昼にはまだまだ時間がある。おそらく生徒たちは、大半が談話室にいるだろう。なにをおいてもパーバティに会いたかったが、さすがに迷惑をかけてしまうことになる。ソフィアにしても、それは同じだとアルテシアは思っていた。

 まず、自分の姿を消すことから始める。万が一にも、誰かに見つかるわけにはいかないからだ。これから広いホグワーツ城のどこにいるかわからないゴーストを探すことになる。灰色のレディと話をするのだ目的だが、さて、学校内のどこに居るのか。

 マジックフィールドによる探査をかければ、すぐに見つけられるだろう。だがその場合、わずかだが、ソフィアには気づかれる可能性がある。そうなってはいけないとアルテシアは思っていた。ソフィアには学校があるのだ。パルマに言われたように、休暇となるまで待つべきだ。

 廊下を歩きながら、1つ1つ部屋を確かめていく。ゴーストたちはいつも、どの部屋にいるのか。考えてみれば、そんなことは何も知らなかった。サー・ニコラスはよく大広間で見かけたが、灰色のレディはあまり見かけた覚えがない。

 

(やっぱり、西塔かな)

 

 レイブンクロー寮の近くかもしれない。だとすれば、西塔か。いまアルテシアは8階にいた。上から下へと順にという予定であったが、とりあえず8階を探し終えたら西塔へとそう思ったとき。アルテシアはドラコの姿を見つけた。ドラコは、壁に掛けられた大きなタペストリーの前にいたのだ。思わず隠れようとしたアルテシアだが、姿を消してあるし足音などの対処もしてある。そのため、見つかる可能性はない。

 そういえば、ドラコとも話をしておく必要があったのだ。スネイプがクリミアーナ家に来たときのことを思い出しながら、アルテシアはドラコのほうへと近寄っていった。タペストリーには『バカのバーナバス』がトロールにバレエを教えようとしている絵が描いてある。その向かい側はただの石壁だ。その前を、ドラコは行ったり来たり。何をしているのかとアルテシアが見ていると、なんと、そこに扉が現れたのだ。石壁であったはずなのに、そこに扉が。

 

(そうだ! ここって、あのおかしな廊下なんだ)

 

 それは、探査魔法の練習をしたときのこと。8階のこの辺りに、おかしなイメージを感じたことがあるのだ。ドラコが、扉を開ける。ドラコに続いて部屋に入るのはさすがに無理。なので入り口から室内が見えたのを頼りに、自分自身を部屋の中へと転送する。ほぼ同時に、ドラコが扉を閉めた。

 

「うおーっ、どうすりゃいいんだ!」

 

 いきなり、ドラコが叫んだ。さすがにアルテシアは、びっくりした。大声を出されるのは苦手なのである。

 

「くそっ。ダンブルドアを殺せって。いったいどうやって? ホグワーツへの侵入手段を確保しろだと、ふん、そんなことできるもんか」

 

 声はずいぶんと小さくなっていたが、今度は別の意味でアルテシアを驚かせた。校長先生を、殺す?

 これは、ただ事ではない。アルテシアは、姿を見せることにした。ドラコと話をする必要がある。灰色のレディのことは、ひとまず保留とするしかなかった。

 

「ドラコ」

 

 アルテシアが声を掛け、ドラコが振り返った。

 

「へぇ、さすがは必要の部屋だな。アルテシアまで用意してくれるなんて」

 

 突然アルテシアが現れたことに、ドラコが驚いたようすはない。必要の部屋は、必要としているものを用意してくれる。どうやら、そういうことだと思ったらしい。

 


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