ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第102話 「無言呪文」

 大広間での歓迎パーティーを終えたマクゴナガルが自身の執務室へと戻ってきたとき、ドアの前にはスネイプが立っていた。戻ってくるのを待っていたのであろうことは、明らか。ほんのわずか表情に変化をみせたが、マクゴナガルはそのままスネイプの横を通りドアノブに手をかけた。そして、改めてスネイプを見る。

 

「どうぞ、スネイプ先生。立ち話、というわけにはいきませんでしょうから」

 

 ドアを開けてスネイプを招き入れると、マクゴナガルはそのまま紅茶の用意を始める。この話は長くなると、そう思ってのことだろう。スネイプのほうもそのつもりでいたらしく、テーブル脇の椅子に腰掛けたまま、その用意が終わるのを待っている。そして。

 

「あの娘、学校に来ていませんな。そのことでなにかご存じかと思い、こうして来てみたのですが」

 

 その問いかけに、マクゴナガルはすぐには答えなかった。まずは、スネイプの前に紅茶のカップを置くと、自分の分のティーカップを持ったまま、自分の机の椅子へと腰を落ち着ける。

 

「アルテシアとは昨日、会って話をしてきました」

「ほう」

「ご質問にはお答えしますが、少し待ってもらえますか」

「待てとは、どういうことです?」

 

 もっともな疑問だろうが、マクゴナガルは、ゆっくりとティーカップを口元に運ぶ。そして、一口だけ飲んだ。

 

「もうじき、やって来るだろうと思うのです。何人で来るのかわかりませんが、目的は先生と同じでしょう。申し訳ないのですが、まとめて話をさせてください」

「なるほど。そういうことなら待ちましょう。ですが、来るのは誰です? あの娘たちならば、寮に戻っていなければならない時間ですぞ」

「ええ、その通り。ですが来るはずです。そう思っています」

 

 スネイプの立場からすれば、この時間に寮を出ている生徒を見つけた場合、寮に戻るようにと指導しなければならない。それはマクゴナガルも同じであるはずなのだが、今はこうして紅茶を飲みながら、寮を抜け出した生徒たちがやってくるのを待っている。考えてみれば、おかしな話である。

 

「ところで、あの娘は、処分については納得しておるのですかな?」

「まさか、納得などしているはずがありませんよ。ですが、従うつもりでいるようです」

「ほう。それはまた、なぜです?」

「その話は、また後ほど」

「ああ、そうでしたな」

 

 スネイプもまた、紅茶のカップを手に取った。本題の話が始まるまでは、もう少し時間が掛かるようだ。

 

 

  ※

 

 

「おまえたちの言い分はわかった。だがいまは、寮にいなければならない時間なのだ。おとなしく寮に戻れ」

「もちろん、戻ります。でもそのまえに教えてください。アルテシアはどうなるんですか?」

 

 スネイプの視線にも負けず、そう言い返したのはハーマイオニーだ。ハリーとロンの姿もある。この3人が、マクゴナガルの執務室を訪ねてきていた。まさかここにスネイプがいるなどとは、ハリーたちの誰も思ってはいなかっただろう。

 そのスネイプが、ハーマイオニーの前に立つ。

 

「ミス・グレンジャー。その前に、こうなったことの責任について議論が必要だと思うのだが」

「え?」

「魔法省にて問題を起こせばどうなるか、言っておいたはずだな。いったい、あの行動にはどのような意味があったのだ。結果として何を得たかは知らんが、その影響について考えてみたことはあるのかね?」

 

 それは5年次の終わりのとき、ハリーたちが魔法省に突撃をかけた一件に関してのことだ。もちろんハーマイオニーも気にしていたことであり、だからこそ、こうしてマクゴナガルのところへとやってきたのである。

 

「そ、それは… ですけどあれは、アルテシアにはなんの責任もないんです。それが原因で退学だなんて間違ってます。とんでもないことです」

「では、グレンジャー。責任はどこに、いったい誰にあるというのかね」

「で、ですから、それは」

「あのときにも言ったと思うが、退学うんぬんに関し吾輩は口出しができる立場にない。この場で抗議されようとも、どうしてやることもできん。それは、マクゴナガル先生も同じだぞ」

「で、でも。では、アルテシアはどうなるんですか。本当に退学になってしまうんですか?」

 

 その問いに応えたのは、スネイプではなくマクゴナガルだった。マクゴナガルが椅子から立ち上がり、ハリーたち3人の前に出てくる。

 

「この先どうなるのか。スネイプ先生が言われたように、わたしにもわかりません。わかるのは、いま現在のことだけですよ」

「それでいいです、先生。わかっていることを教えてください」

 

 スネイプには、数名の生徒が来てから話をすると言っていた。その生徒とは、おそらくはハリーたちではなかったと思われるのだが、マクゴナガルは話を始めた。

 

「あの夜、アルテシアは自宅謹慎を命じられました。正式な処分の決定は新学期までになされるという条件付きです」

「それで、魔法省からは… 処分はどうなったんですか?」

「少なくとも昨日まで、アルテシアのもとに魔法省からの知らせは届いていません。約束の期限は過ぎたのですから、魔法省は退学処分が妥当だと判断したことになります」

 

 すなわち退学決定、ということになる。少なくとも、そういう約束になっていた。その締め切りの日とも言える昨日、マクゴナガルは終日、クリミアーナ家にいたのだという。もちろん魔法省から知らせが届くことを期待してのことだが、その可能性は低いとマクゴナガルは思っていたらしい。

 

「こういうものは、最終期限ぎりぎりになってから届くというような性質のものではありませんからね」

「アルテシアはなんて言ってるんですか? 魔法省に問い合わせとかはしてないんですか」

「アルテシアは何もしていませんし、何もしなくていいとも言っています。ですが、この処分は妥当だったのか、はっきりさせねばならないでしょう」

「じゃあ、退学にはなりませんよね」

 

 もしも無用な処分であったなら、退学処分取り消しの可能性はある。だがそれは、魔法省がそうだと認めた場合の話である。ともあれ、魔法省との話し合いが必要となるわけだ。

 

「わかりません。ですが、魔法省に対し抗議は必要ですね。確かめねばならない点もありますし」

「なんですかな、それは」

 

 そう言ったのはスネイプだ。スネイプにとっては、ここまでの話のなかで、特に新しい情報というものはない。すでに承知していることがほとんどなのである。そのスネイプを、マクゴナガルがちらとみた。

 

「OWLの試験結果です。あれは、7月の終わりまでには通知がされるべきもの。それがなぜか、アルテシアのもとには届いていないのです」

「ほう、それはまた」

「ミス・グレンジャー、ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー。あなたたちは、既に結果を受け取っていますね?」

 

 もちろん、3人とも7月のうちに受け取っている。

 

「この通知は、処分とは無関係。なのに、なぜかアルテシアのもとには届けられていません」

「それは、もしかして何かの手違いで連絡漏れになってるってことじゃないんですか? 処分についての連絡も、そうなんじゃないでしょうか」

 

 そこでマクゴナガルは、にっこりと微笑んでみせた。

 

「ええ、確かめなければならないと思っていますよ」

「先生、なにかわかったら、教えてください。アルテシアを退学になんてさせないでください」

 

 ひとまずそれで納得したらしく、ハリーたちはここで、寮へと戻っていった。だがスネイプは、残ったままだ。

 

「何かの手違い、ではないかもしれませんな」

「かもしれません。ですが何かの手違いであって欲しいと、そう思っているのです」

「なぜです? そんなことをしそうな人物に心当たりがあるのですがね」

「仮にそうだとするなら、アルテシアが黙ってはいないと思うからですよ。あの人の場合は、まさに自業自得。それはいいのですが、アルテシアのことが心配です。ほかへの影響も大きくなるでしょう」

 

 どういうことか。そのことを、スネイプは尋ねなかった。その代わりに、こんなことを言い出した。

 

「ところで、あの娘を訪ねてもかまわんでしょうな。話したいことがあるのですが、学校に来るものだと思っていたので、そのままにしてあるのです」

「訪ねるとは、家に行くということですか?」

「場所は知っていますよ。謹慎処分のとき、家まで連れて行きましたからな」

「そうでしたか。では、大丈夫でしょう」

 

 大丈夫という言葉に、いくらかの疑問を覚えたのかも知れない。わずかに首をひねるそぶりもみせたが、スネイプはそのままマクゴナガルの部屋を出た。

 

 

  ※

 

 

「お嬢さんたち、いまは寮に戻っていなければならない時間なのですぞ。まあ、承知のうえのことであろうとは思うがの」

「すみません、校長先生。でも、どうしてもお願いしたいことがあるのです」

 

 パドマである。その横にはパーバティ、そしてソフィアの姿もあった。場所は、校長室。それぞれが椅子に腰掛け、ダンブルドアと向かい合っていた。ちょうどハリーたちがマクゴナガルの部屋を訪れていたときのことで、目的は、どうやら同じようなものであるようだ。

 

「キミたちの大切な友人のことじゃろう。まさか、こういうことになっていたとはのう。このおいぼれも、肝を冷やしてしもうた」

「ご存じなかった、ということでしょうか」

「そうじゃの。あのときは、やむを得ず学校を離れておったゆえ、助けてやれなんだ。この話を聞いたのは、ずっと後になってから。つい最近のことなのじゃよ」

 

 そのときダンブルドアは、ハリーたちが組織したDA(ダンブルドア軍団)が摘発されたことの責任を取った形となり、魔法省と対立して校長職を追われている。アルテシアの問題が起きたのは、学校にダンブルドアが不在のときであった。

 

「アルテシアのこと、なんとかなるでしょうか」

「むろん、そうせねばならんと思っておる。ともあれ、事実確認が必要じゃな。そんなわけで、数日待ってくれるかの」

「確認してもらえるということですよね。アルテシアが本当に退学なのかどうか」

「そうじゃの。分かり次第に連絡すると約束しよう。じゃから今夜はもう、寮へお帰り。ゆっくりと眠ることじゃよ」

「わかりました。それでは、よろしくお願いします」

 

 このあたりが潮時だろう。パドマが席を立ち、パーバティとソフィアもそれに続いた。結局、話をしたのはパドマだけ。それでも、必要なことは全て話をすることができたのだ。3人はここで解散し、それぞれの寮へと戻っていった。

 

 

  ※

 

 

 翌朝の大広間。朝食の場における話題は、ほとんどがスネイプに関することだった。新任のスラグホーンが魔法薬学を教えることになったため、それまで魔法薬学を教えていたスネイプはどうなるのか。誰もが、このことをささやきあっているのである。なにしろダンブルドアは、ただスラグホーンを紹介したのみで、他の教職員の関することは何も言わなかった。

 

「普通に考えれば、スネイプは防衛術を教えるんだと思うけど。ずっとそれを望んでいたってことは有名な話でしょ」

 

 トーストにたっぷりとマーマレードを塗りながら、ハーマイオニーがそう話す。前夜はアルテシアのことばかり気にしていたので、この件については、まったく話をしていなかったのだ。それは、ハリーとロンも同じである。

 

「だけど、スネイプなんかにやらせていいのかな。防衛術よりも、闇の魔法を教えたりしそうだけど」

「だとしても、1年の辛抱だぞハリー。防衛術の教授は、これまで1年しか続いたことがないんだ。スネイプだってそうなるさ」

「いいえ、ロン。残念だけど、今学年が終わったら元どおり魔法薬学に戻るだけかもしれなくてよ」

 

 ロンの言うとおり、防衛術の教授は毎年変わっている。その例でいけば、1年後にはまた違う教授になるということだ。

 

「それより、時間割だよな。OWLの結果で、教科も変わってくる」

「そういえば魔法薬学はどうなるのかしら。スネイプとスラグホーンの基準が同じだとは限らないし、もしかするとハリー、あなた、魔法薬学を続けられるかもしれないわ」

 

 食事が終わっても、ハリーたちがテーブルを離れることはなかった。というのも、マクゴナガルから時間割を受け取ることになっているから。ハーマイオニーのように希望するすべての授業の継続が許される者もいれば、ネビルのように変身術は不許可とされたものの、代わりに『良・E』の成績を取った呪文学を薦められたりする者もいた。ハリーとロンは、スネイプの基準ではどちらも魔法薬学を続けることはできなかった。だがハーマイオニーが予想した通り、スラグホーンの基準では、継続することができるのである。

 そのことをマクゴナガルから告げられ、ハリーは魔法薬学を継続することにした。だがまさかこんなことになるとは思ってもいなかったので、教科書などの準備はしていなかった。

 

「そのことなら、心配いりません。スラグホーン先生が何か貸してくださると思いますよ」

 

 ロンも同じことをマクゴナガルから告げられ、新しい時間割を受け取った。なんと2人とも、1時間目に授業が入っていなかった。ロンが言うところの自由時間を談話室で過ごし、1時間後に闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かう。ちなみにスリザリンとの合同授業になっている。教室の前には、古代ルーン文字学の授業を終えたばかりのハーマイオニーがいた。ハリーたちの姿を見つけ、近寄ってくる。

 

「ルーン文字で宿題をいっぱい出されたわ」

「そりゃ、大変だ。けどキミなら平気さ。宿題を片付けるのは得意だろ、ボクらと違ってね」

「まあ、なんてことを。見てらっしゃい、きっとスネイプも山ほど宿題をだすでしょうよ」

 

 ハーマイオニーが恨めしげにそう言ったとき、教室のドアが開きスネイプが顔を見せた。

 

「諸君、中へ」

 

 教室前に集まっていた生徒たちが、ぞろぞろと中に入っていく。おそらくはスネイプがそうしたのだろうが、教室内の壁にいくつか絵がかけられていた。それらは大けがをしたりねじ曲がった体の部分をさらして痛み苦しむ人の姿だった。

 

「まずは、吾輩の話を聞くのだ」

 

 壁の奇妙な絵に向けられていた視線が、スネイプの元へと集まる。

 

「これまで諸君らは、この学科で5人の教授により教えを受けている。それぞれに教え方など違っていたはずだが、そんな状況にもかかわらず、これほど多くの生徒がOWLにて合格点を取ったことに正直驚いている。諸君らは、今学年よりさらに高度な段階へと進んでいくことになるわけだが」

 

 スネイプが、ゆっくりと歩き始める。そして、パーバティの前で止まった。

 

「さきほど5人の教授と言ったが、実はそれだけではない。教授以外にも、なにやら教えていた者がいたようだ」

 

 スネイプは、まずパーバティを見て、それからハリーへと目を向けた。

 

「今学年では、吾輩の教えに従い、防衛術を学び取れ。闇の魔術は多種多様、常に変化し流動的である。ならばそれに抗する術も、同じく柔軟にして創意的でなければならぬ。より多くのことを知り、己を守ることに役立てよ」

 

 次にスネイプは壁際へと歩いていき、そこに掛けられた絵を指さした。

 

「これらの絵が、何を示しているのか。単に気味の悪い絵だと目を背けるなかれ。これらは、術にかかった者たちがどうなるかを表現したものだ。たとえば『磔の呪文』の苦しみ、『吸魂鬼のキス』の感覚、『亡者』の攻撃を受けた者」

 

 誰もが無言で、それらの絵を見ていく。かつて、実際に術を掛けてみせた教授がいたが、そのときに似た感覚が生徒たちを包んでいく。

 

「さて、諸君らへの課題であるが」

 

 スタスタと大股に歩き、スネイプが再び、教壇にある机の前に立った。

 

「無言呪文だ。魔法というものは、必ずしも声に出して呪文を唱える必要はない。無言呪文の利点は何か、分かる者はいるか?」

 

 ハーマイオニーの手がさっと挙がった。こういうとき、真っ先に手を挙げるのは彼女しかいない。スネイプは、ゆっくりとほかの生徒を見渡したあとで、ハーマイオニーを指名した。

 

「こちらがどんな魔法をかけようとしているかについて、敵対者に知られることがありません」

「さよう。それが、一瞬の先手を取るということにつながる。さらに杖を持たずにできるなら、敵を油断させることもできるだろう」

「でも、杖もなしに魔法なんて、できるはずがありません」

「グレンジャー、吾輩が言いたいのは、そういうことではない。固定的に考えず、柔軟に発想しろと言ってるのだ」

 

 ハーマイオニーの顔が赤くなった。あきらかに不満を感じているらしい。だがそれ以上の反論はせずに椅子に座ったのは賢明だと言えるだろう。実際には、杖を持たずに魔法を使うことは不可能ではない。その例がクリミアーナ家であり、例えばハウスエルフたちもそういうことになる。

 

「できないと思ってしまえば、そこで不可能となる。だが、なにか方法があるはずだと考え続ける限りにおいて、それは不可能ではない」

「でも、現実に杖は必要です」

「黙れ、ポッター。そんなことができる者はいるのだ。そういう例はある。誰しも覚えがあるはずだ。杖も持たぬ幼きころ、身の回りで不思議なことが起こったりしたはずだ」

 

 ハリーから、反論はない。そんな覚えが、ハリーにもあったからである。

 

「それでも疑うというなら、ダンブルドアにでも聞いてみるがいい」

 

 ハリーが黙ってしまうと、スネイプは教室の後ろのほうへと歩き始めた。

 

「吾輩が防衛術を教えることには納得がいかぬ。そういう声があることは承知している。闇の魔法を教えるのではないかと陰口を言う者すらいる。だが、そんな理由でこの授業をおろそかになどするなと言っておこう。学ぶことを放棄すべきではない」

 

 教室内がしんと静まりかえったところで、その足を止める。

 

「では諸君。2人1組となりたまえ。片方が無言で相手に呪いをかけ、片方が無言で対処するのだ」

 

 最初からうまくいくと思うな、これは練習だ。うまくいかなければ、工夫せよ。そんなスネイプの声のなか、無言呪文の練習が始まった。2人1組となれば、パーバティはいつもアルテシアとペアを組むのだが、その相手はいない。ため息をついたパーバティの前に顔を見せたのは、パンジー・パーキンソン。

 

「相手、してやるよ」

「あんたが? 大丈夫かなぁ」

「はっ、あいつがいなくてさびしいくせに。目に涙がにじんでいるぞ」

 

 互いに杖を構えて、にらみ合う。そんな2人を、心配げにみている女子生徒が2人。パンジーとパーバティともに、ペアを組む相手がいないわけではない。例えば、そばで2人を見ているラベンダーとダフネなどはその候補であろう。実際、ペアを組もうとして近寄ってきたに違いないのだが、その前に“対決”が始まってしまったのだ。

 とはいっても、表面上は何も起こってはいないように見えた。ただ、杖だけが動いている。ラベンダーとダフネが、互いに顔を見合わせる。

 

「ラベンダー・ブラウンだよね。わたしと組む?」

「それしかないね。じゃあ、あたしから呪いを掛けるから」

「わかった。でも、無言呪文できるの?」

「ご心配なく。あんたもそうみたいだけど、アルテシアからノートを借りたのは、あたしが一番最初なんだよ」

 

 アルテシアのノートとは、アルテシアが何人かに配った黒い表紙のノートのことだ。最初は手帳、などと読んでいたのだが、ソフィアの意見もありノートということになっている。

 ラベンダーとダフネも、互いに杖を構えて向かい合う。そのようすをスネイプがじっと見ていたのだが、ラベンダーたちは気づかなかったようだ。

 

 

  ※

 

 

 ハーマイオニーの評価では、防衛術の授業は思ったよりも良かったということになるらしい。そんなことを話しながら、ハリーたち3人はぶらぶらと廊下を歩いていた。

 

「あいつの授業が良かったって? それ、とんでもない勘違いだよ、ハーマイオニー」

「そうかしら。無意識にアンブリッジのときと比べてたのかもしれないけど、良かったわ。無言呪文は役に立つと思うし」

「あれだよ、キミがスネイプに指名されて答えを発表した、なんてことがあったからだよ。たぶん、初めてのことだよな?」

「まあ、失礼ね。ちゃんと冷静に判断した結果なんですけど」

「だけど、あんなの、どうやったらできるんだい? ぼくにはさっぱりだよ」

 

 ハリーとロンは、ただの一度も無言呪文には成功していなかった。小声でぼそぼそと呪文をつぶやいてごまかすのが関の山であり、3人のなかで成功したのはハーマイオニーだけだった。

 その3人のまえに、羊皮紙の巻紙が差し出された。それを持ってきたのは、グリフィンドールの下級生。顔は知っているが、その名前に覚えはなかった。ハリーに渡すようにと、ダンブルドアに頼まれたのだという。ハリーは、すぐにその巻紙を開いた。

 

『親愛なるハリー

 土曜日に個人教授を初めたいと思う。午後8時に

 わしの部屋に来てくれるとありがたい。

           アルバス・ダンブルドア

 追伸 わしは「ペロペロ酸飴」が好きじゃ   』

 

「ペロペロ酸飴が好きだって?」

「これ、校長室の外にいるガーゴイルへの合い言葉なんだよ」

 

 いったいダンブルドアは、ハリーに何を教えるのか。今度は、3人それぞれにそのことを予想し合った。ものすごい呪いだとか、高度な防衛術などが挙げられたが、さて、実際はどうなるのか。

 

「あっ、見ろよあれ。あの黒マントはスネイプだろ」

「ほんとだ。学校の外に出ていくということは」

「どこかに行くんでしょうね。姿くらましは学校内じゃできないから外に行くんだわ」

 

 それをロンが見つけたのは、もちろん偶然だ。たまたま、窓の外を見ていて目に入ったのだ。

 

「あんなの見ると、実感しちゃうよな」

「なにを?」

「気づいてないなら言うけど、午後は2時間続きの魔法薬学だぜ。授業があるのに外出なんかできっこない。スネイプは、本当に魔法薬学をクビになったんだってね」

「そういうことは、防衛術の時間に実感できてるはずでしょ。でも、どこに行くのかしら」

 

 だが、ダンブルドアの個人教授の内容と同じで話し合っても答えが出るものではない。すぐさま話題は変わり、休憩の後でハーマイオニーは「数占い」に出かけ、ハリーとロンは談話室に戻ってスネイプから出された宿題に取りかかった。

 

 

  ※

 

 

 ボンッ、という音とともに、スネイプが姿を現わした。場所は、田園風景の広がる片田舎。アルテシアを自宅へと送り届ける役目を負ったとき、アルテシアと別れた場所である。そこからは、そのときと同じくクリミアーナ家が見えた。敷地を囲む白い壁と広い門。スネイプは、そこへ向かって歩き始める。

 すぐに着く、とスネイプは思っていた。だが、ずいぶんと歩いたはずなのに、まだ門にまで到達してはいなかった。しかも、見る限りにおいて、歩いたほどにはクリミアーナ家に近づいてはいないのである。

 

(ふむ。なにか仕掛けがあるようだな)

 

 だとすれば、やみくもに歩いても意味はない。スネイプは、その場に立ち止まった。そして、周囲を見回していく。誰もいなければ、特におかしなところもない。スネイプには、そう見えた。では、どうするか。

 スネイプが、ゆっくりと杖を取り出した。魔法によって、今の状況を調べようとしたのだろうが、それはうまくいかなかった。背後から声をかけられたのである。

 

「なにか、お困りですか」

 

 すぐさま振り返ったスネイプの目に飛び込んで来たのは、女性の姿。軽やかに微笑んだその笑顔を見て、スネイプはかなり驚いたようだ。驚いた理由は、その笑顔に見覚えがあったから。

 

「どうされました? お役に立てるかもしれませんよ」

「あぁ、いや。実は、あそこに見える家を訪ねてきたのだが」

「そうですか、あの家を。あなたさまは、あの家が誰の家なのかご存じなのですか」

「クリミアーナ家のはずだ。吾輩の教え子の家である」

「教え子?」

「さよう。新学期が始まっても学校に来ておらぬ故、様子を見に来たのだ」

 

 いったい、この女性は何者なのか。スネイプは、そんなことを考えていた。数え切れないほど何度も見た顔であり、よく知っている相手である。だが、別人であると判断せざるを得ない。

 

「わかりました、道を教えて差し上げましょう。その教え子の名前を聞かせてくれたなら」

 

 そう言って、またにっこりと微笑んだ。笑った顔は、まさに同じ笑顔。スネイプは、軽く頭を振ってみせたあと、その見覚えのある別人に、教え子の名前を告げた。

 


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