深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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幕間です。裏アネックスの生存者発表&各班の生還した人々(一部)のそれぞれの話となっています。



幕間 青き命の星のプロローグ

――国連航空宇宙局特別火星探索部隊支援計画 通称『裏アネックス計画』に関する報告書

 

 本計画は同時に行われた火星探索計画『アネックス計画』の支援及び想定される障害の排除を目的としたものである。

 各班16人を定員とした6班を編成し各班別々で高速宇宙艦により一足先に出立した『アネックス1号』を追う形で地球を出発、ほぼ同時期に火星に到着し『アネックス1号』と合流し共同で任務を行う、というのが想定されていた計画である。

 しかし、6機の宇宙艦全てに同時に発生したエンジントラブルによって各艦はそれぞれ火星の別地点に不時着という事態となった。

 その後は各班独自に行動し、2620年4月19日をもって生存人員の脱出が完了、計画は終了した。

 各班の火星到着後の動向については資料を参照されたし。

 

 

――――――――

――2620年6月 ローマ連邦大統領府

 

 裏アネックスヨーロッパ・アフリカ第6班 生存者:0人

 

「……チッ」

 

 ヨーロッパの国々が寄り集まり形成された新興の大国、ローマ連邦。その最高権力たる連邦大統領、ルーク・スノーレソンは一人で座るには寂しい広さの特別応接室で一つ舌打ちをした。

 

 今回の火星探索計画において、最も大きな利益を得たのはこのローマ連邦と言える。

 4000体を超える多数のサンプルを確保し、さらにはMO手術の次の時代を切り開く者、のコピーも入手した。

 そんな大きな戦果を上げた火星派遣部隊であったが、その生存者はほぼいない。

 

 アネックス計画の第六班の生存者は1人、一族の自家用船で帰還したジョセフ・G・ニュートンのみ。……これは、特段問題ではない。元々、そういう計画であったのだろうし、ルークが口を挟める部分ではないのだ。

 裏アネックス計画の第六班の生存者は0人。班長を含め全滅、である。……これもまた、問題ではない。

 

 裏アネックス計画の第六班の搭乗員に関しては、幹部搭乗員であるエレオノーラ以外ではローマ連邦という国が何か口出しをする間もなく搭乗員が決定していた。唯一ローマ連邦の意向といっていいものが反映されていたエレオノーラも、その素性はかつてヨーロッパ全土を恐怖に陥れていたマフィアの首領、という重罪人である。

 

 エレオノーラの処刑を取りやめさせαMO手術が成功した上で、という条件付きで戦力として迎え入れていたのはルークの意思だ。しかし、彼女が生きている事が知られればルークが並みの不祥事以上に国民からの支持を失うであろう事は容易に想像ができるのもまた事実。

 いずれ何かの機会で国民に知られる、そうでなくても弱みとして他国の工作員に情報を利用されるような事態になる前にどこかで使い潰さなければならない人材であったのだ。

 

 だが、中々来ない来客を待つルークは、その事を考え複雑な表情を浮かべる。

 

――――ねえルークちゃん、この国はこの国として生きていくのがいいと思わない?

 

 ローマ連邦を作ったのは、このヨーロッパに生きる人々の意思の力ではなく、とある一族の陰謀。ルークもまた、それと深い繋がりがある立場だ。

 

 

――――もし私が生きて帰って来たらよ、そういう泥臭い路線もどうかしら?……どういう意味かって?

 

 MO手術、他の生物の力を得るその技術。それを失敗、死の危険を無しに受けられるとしたら。

 ルークもそれに魅入られ、他にも理由はあるが一族と協力をしている。それは、エレオノーラも知っていた事だ。だから、エレオノーラはこんな事を言ったのだろうか。思案するルークの一人の時間は、その直後に終わりを迎える事となった。

 

 

――――悪い友達とは縁を切りなさい、と言ったのよ

 

「……残念だったな、ババア」

 

 入口のドアが開き、来客が姿を見せる。それは、金髪碧眼の青年。

 頭の中に残る残滓を振り切るように、ルークは席を立ち、来客を出迎える。

 

「さあ、これからの話をするとしようか」 

――――――――――――――

 2620年8月 ドイツ 軍研究所

 

 裏アネックスドイツ・南米第5班 生存者:7人

 

「そうか、あいつは死んだのかい」

 

「……はい」

 

 MO手術の本場、ドイツ。裏アネックス計画においては幹部搭乗員に施されたαMO手術の施術、幹部搭乗員の専用装備の作成といった技術大国の面目躍如たる役割を果たしていた、主要国の一つ。

 

 だが、実際に得た成果は彼らが最も少ないと言えるだろう。アネックス1号の第5班は早期に壊滅、その技術力を遺憾なく発揮して手術を施された重要な搭乗員であるエヴァ・フロストこそ戦死した班長、アドルフ・ラインハルトの能力を伴って帰還したものの、それはマイナスを多少回収できた、というだけで成果に繋がっているわけではない。

 裏アネックス計画第5班は幹部搭乗員であるヨーゼフ・ベルトルトが火星に潜んでいた中国の子飼い、通称『裏切り者』のリーダーとの戦いで相討ちになる形で戦死、他搭乗員も『裏切り者』やテラフォーマーとの戦いで徐々に数が減っていき、最終的にはアネックス連合軍として戦った人員やエンジニア枠として基地に残っていて第3班の宇宙艦に乗り込んだ人員、今計画では日本と並び多い計7人が帰還する結果となった。

 

 そんな生存者の一人、裏アネックス計画第5班の副官であったダニエルは、MO手術研究が活発に行われていた軍研究所、その中で一人の女性と話をしていた。

 

「可愛げの無い後輩だったが……フン、人の上に立つなんてらしくないマネをしたもんだ」

 

「……少なくとも僕にとっては班長は立派な方でした、ベルウッド博士」

 

 静かに、あまり感情が伺えない表情で煙草を吸いながら、ダニエルと向かい合う白衣の女性、ジェシカ・ベルウッドは語る。

 ダニエルの裏アネックス計画に関する国への報告はすでに終わっている。これは、彼の個人的な行動であった。U-NASAで、火星への旅路で、火星で、ヨーゼフから聞いていた、研究者として駆け出しであった頃の先輩の話。

 その本人に、自分の口から今回の話をして、そして自分が尊敬していた研究者の話を聞かせてもらおう、そう考えてここに足を運んでいた。αMO手術の研究を行うに当たって避けては通れないMO手術の技術と、αMO手術でのみ適性を得られる特殊な生物に多い高難度のものを扱うに当たってのノウハウ。

 

 ヨーゼフが駆け出しの科学者であった頃、αMO手術の開発チーム主任であった頃、そのどちらにおいても様々なものを授けたのがこのベルウッド博士であった。

 

「αMO手術、か……開発が難航してる、ってのを最後に連絡は途切れちまったが、まさかあんな事をするとはね」

 

「……いつも、うなされていました」

 

 軍研究所に居た頃のヨーゼフが、案外ドジを踏みやすいどん臭い奴だった、と酷評されていたり、αMO手術の研究をしていた頃でもまだ関係を断ってはいなかったり。子どもに関する相談事をして一蹴されていたり。

 誰にも頼る事無く我が道を行く天才、と思っていた班長の意外な一面に、ダニエルは自身でも気づかない内にうっすらであるが笑みを浮かべてしまう。

 

「ところでアンタ、これからどうするかは決めたのかい?」

 

「はい」

 

 それは、ヨーゼフに関する話を終え一旦休憩、というタイミングで唐突に投げかけられた質問だった。

 ダニエルは他の生存者たちと同じくU-NASAに関する職を斡旋されている。

 だが、彼は己の進むべき道を既に決めていた。

 

 彼の尊敬する、今は亡き班長が、堅物の現実主義者が一度だけ、火星に到着する目前でダニエルに語った、その言葉。

 

――――私はね、未来を救いたいのだよ

 

 それをもう一度思い出し、火星で戦いを繰り広げ帰還した科学者の卵は静かにはっきりと、それを目の前の博士に言い切るのだった。

 

「ワクチン開発に携わりたいな、と」

 

――――――――

2620年 5月 中国某所

 

 裏アネックス中国・アジア第4班 帰還者:5名 生存者:0名(公式声明にてアネックス計画第4班班長劉翊武に呼応し裏切りを画策したとして全員処刑との事)

 

 彼らは、苦境にあった。証拠は消した。多少の不都合は国の力で捻り潰す事ができる。だが、それでも限界はある。本来であれば、それは簡単に済むはずであった。千をも超える戦力を秘密裡に火星に派遣し前線基地を築き、裏アネックス各班のエンジンへの破壊工作と通信を分断し、後はアネックスと裏アネックス両方の他班を血祭に上げてミッシェル・K・デイヴス(ファースト)膝丸燈(セカンド)を確保する、ただそれだけのはずだった。

 

しかし、その結果はどうだろうか。火星に派遣した部隊は裏アネックス各班連合の頑強な抵抗の前に敗れ去り、それは逆に中国が裏切りを手配していた証拠としてマイナスに働いている。裏アネックス第4班そのものも他班とテラフォーマーの攻撃によって壊滅状態に陥り、班長と副官が未帰還となっている。さらには、後始末の為に派遣した宇宙艦との連絡も途絶えたという。

 隠蔽工作こそ行っているが、それもどこまで持つものか。政府、軍、U-NASA支局はそれぞれの対応に追われてんてこ舞いである。軍の一部が中国そのものと協力関係にあったとある勢力に敵対する勢力と手を結んだ、などという噂もまことしやかに囁かれており、内部にも不安を抱えている。

 そんな予断を許さない状況。ここで、また同じく予断を許さない事態となっているとある施設の状況がこれである。

 

 

「は、はい……えっと……その……あーん」

 

「ありが……って熱っ! 熱いです一旦ストップですストップ!」

 

「ヘタクソか!」

 

 見晴らしのいい広めの病室のような一室、そこにいたのは、三人の男女であった。首に包帯が巻かれ、手足にギプスを付けられベッドに寝かされた青年。見るからに重傷、という彼はまともに身動きできない状態で顔に熱々のスープをかけられ悶絶している。

 

 彼に慌てて謝るのは、ベッドの傍に立つ少女。その手に持っているのは、スープの入った椀とスプーン。少し照れた表情で青年にスープを飲ませようとしているが見事に失敗し、まるで拷問か何かのようにその顔にスープをかけてしまっている。

 

 そんな二人に慌てて割って入るのは、青年と同じく怪我人で左腕にギプスを巻いている女性。

 ……予断を許さない状況である。

 

 

 裏アネックス各班連合軍は裏第4班の宇宙艦で火星を脱出し、その中には裏第4班の生き残りであった彼らも含まれていた。

 帰還中の艦内でどのような話し合いがあったのかは定かではないが、中国が国として裏切りを行っていた、という明確な証言を彼らは行わなかった事もあり、帰還直後にU-NASA第四支局に回収されはしたものの処罰はされず、反乱分子として処刑した、という名目のためしばらくは表には出られない……という事で今この状況となっているのである。

 

「ああもう、あたしが代わりに……ってそんな顔すんなよ雅维……」

 

「鈴、雅维、とりあえず僕は大丈夫ですから……」

 

 雅维の持つ椀とスプーンを預かろうとした鈴が、何故だか泣きそうな雅维の表情に後ずさり、青年、プラチャオはそんな二人を見て苦笑い。そんな、穏やかな第4班、であるが。

 

「プラチャオ君、してほしい事あったら言ってね……私、何でもするから……!」

 

「オイオイ……何でもとか言ったらこのムッツリがとんでもない事言いだしかねないぞ」

 

「変な印象を与える言い方は止めてください鈴」

 

 申し訳なさそうな雅维の声色に、プラチャオは一抹の不安を覚える。彼女は一度何者かの指示で自分達を裏切った。テラフォーマーとの乱戦のさ中で有耶無耶になってしまったが、それは裏アネックス、自分達第4班を含めた対裏アネックス、テラフォーマーという三つ巴にもう一つの勢力が存在している事を意味している。それについて雅维が語った内容は多くない。

 彼女が属している、彼女の生まれでもある『ニュートンの一族』の分家、『槍の一族』と称される集団。

 それは、一族全体とは別の方向を向いている勢力なのだと言う。

 

 しかし、雅维もそこまで込み入った話は知らないそうで、深くまで情報を得る事はできなかった。しかし、それでも――

 

「……」

「……時間、ですね……行ってきます」

 

 無言でドアを開け部屋に入って来た男が、無言で雅维に目を向ける。中国軍の上級軍人、凱将軍である。

 それに付き従い、雅维は部屋を出ていった。

 

 そう、それでも情報源としては有力なものなのだ。中国軍の一部と協力関係を結びつつある『ニュートンの一族』。それに反抗の姿勢を見せようとする『槍の一族』。存在そのものが謎であった彼らに関する情報は、中国としても喉から手が出る程欲しいものだ。そのため、雅维は連日半ば尋問めいたものを受けていた。

 

 

「……なんか凱将軍、火星から帰って来てから機嫌悪くない?」

 

「焦ってるというか動揺しているというかなんというか……」

 

 裏第4班は凱将軍とはアネックス計画以前から面識がある。彼らの上司であった欣が同じアネックス計画に携わる将軍という事で話し合う場が多く、班員であるプラチャオ達もそれに立ち会う機会が何度かあったのだ。

 そんな彼らから見て、今の凱将軍は何かしらの不安を抱えている、そのように映っていた。

 

 とは言っても今は国全体がドタバタしている状況だ、軍幹部である凱将軍も色々と大変なんだろう、雅维の事は心配だが怒りに任せて人に暴力を振るうタイプの人では無いからそこに関しては大丈夫だろう、と一応の納得をし、怪我人の二人は再び体を落ち着けた。

 

――――――――

 2620年 9月 U-NASA共同墓地

 

 裏アネックスロシア・北欧第3班 生存者数 4人

 

「……お嬢、風邪引くぜ」

 

「もう少しだけ、ですから」

 

 U-NASAの土地の一角に並べられた墓標。降りしきる雨がと空を多う灰色の雲が暗い雰囲気を醸し出すこの場所で、エリシアとレナートはいくつもの花束を持って歩いていた。

 今計画の犠牲者は多い。皆死を覚悟していた、と言えばそれはきっと嘘になるだろう。死を覚悟していても、死にたい、と思っていた人間など殆どいないだろう。死の瞬間というのは、どれだけ怖いものなのだろうか。

 

 山のような自分と同じ顔の屍の山の上に偶然立つ事となったエリシアは、自分がマグレで死を乗り越えただけなのだと考えている。死というものがどんなに傍にあり、少しの不幸で触れてしまうものなのだ、と知っている。だから、それが叶わず死んでいった人達を、地球の未来の為に命を落とした人達に、とても申し訳が無い、と考えているのだ。

 

「皆、きっとそれぞれに守りたいものがあって、大事な人がいて……なのに、ふふ、おかしいですよね? 何も持っていないわたしが生き残って……ごめんなさい……」

 

 また一束、墓に花を添え、エリシアは涙を流す。レナートはここにエリシアを送る事に反対であった。自分の境遇もあり死に対して敏感なエリシアは、傷つき自分を責めるのだとわかっていたから。

 

「何も無いなら、これから作りゃいいじぇねえか。お嬢、まだ17なんだからよ……」

 

「……そうかもしれませんね、ありがとう、レナートさん」

 

 レナートに笑顔を向けるエリシアであったが、それはどこかぎこちなく、やはりその言葉を完全には受け入れてはくれてないな、とレナートは内心で嘆く。

 第3班火星派遣部隊の功績は大きい。アネックス計画では膨大な数のサンプルを手に入れ、A.Eウイルスの研究では他国の先を行く事が予想できている。一方エリシアとレナートの所属である裏アネックス第3班も、多数の生き残った人員を救出した上での脱出だ、ロシアのアネックス計画は自国への利益も他国への恩を売るという形でも多大な成果を上げたと言えるだろう。しかし、一つだけ不安要素が。

 

「しっかし、マルクの野郎がまさかな……」

「ん……何か言いましたか?」

「いや、独り言だ」

 

 エリシアに聞こえないような小さな声で、レナートはごちる。

 帰還後、数日して届いたU-NASA第3支局への抗議と搭乗員の出頭命令。

 思い当たる節が何も無かったエリシア達が疑問を抱きながら向かった先で聞かされたのは、第3班の裏切り疑惑。戦闘中に行方不明となっていた副官、マルクが脱出を試みていた各班連合軍を襲撃した、という話であった。

 勿論、班としてはそのような意思は無く、エリシア達に基地で救出された他国の搭乗員の後押しもあり、この襲撃はマルクが単独で目論んだ事である、という結論に落ち着いた。

 

 疑惑自体はそれで済んだのだが、エリシア達には引っかかる部分があった。今現在第3支局ではマルクの素性について調べが進められているが、何も不審な情報は入ってこないのだ。特別な生まれというわけでもなく、裏アネックスに参加した経歴についても特に偽ったりしていた部分は無し。何らかの組織に属していたり接触していた、という情報も一切ない。全くクロの部分が見当たらないのだ。

 では何故、という答えを出せるような情報も無いため、今は何とも言えない状況だ。何とも薄気味の悪い話である。

 

「……これで最後、ですね。帰りましょうか……ってあうぅ!?」

 

「あれ? お姉ちゃん! お姉ちゃんじゃないですかぁ!?」

 

 最後の墓に花を添え、お祈りを済ませてレナートの方を向いた、その時であった。

 エリシアの横腹に、人間の頭が突き刺さる。

 その衝撃でよろめいたエリシアであったが、ぶつかって来た相手がエリシア以上に小柄という事もあり、倒れるまでには至らず。

 

「いたた……って、え……あなた、ナタリヤ!?」

 

 ぶつかってきた直後のその両手を背中に回し、お腹に抱き着く形となった突然の来訪者の顔を見て、エリシアとレナートはそれぞれ別の意味で驚きの表情を見せる。

 

 エリシアよりもいくつか年下くらいの、小さな女の子。しかし、その顔はエリシアと全く同じであったのだ。

 レナートは、顔が全く同じ、その事実に驚き。

 

「ナタリヤ……生きてたんですね!……よかったです……ナタリヤ……本当に……」

「わっ、お姉ちゃんいつの間にか感情豊かに……って苦しいよぉ……」

 

 顔をくしゃくしゅに歪めて、死んだはずの妹、その一人を抱きしめるエリシアと、お腹に押し付けられる形で息が苦しくなり暴れるナタリヤ。

 

「あー……つまり、お嬢と同じ……」

 

 火星で見た、第3班皆のアイドルであるエリシアと同じ見た目の、しかしおぞましい怪物のような存在であった彼女のオリジナル。エリシアから聞いた過去。それらを思い出し、レナートはナタリヤの素性を把握する。

 

「はい、お姉ちゃんの妹のナタリヤです! はじめまして、ゴリラみたいな人!」

「ゴリ……」

「こら、ナタリヤ!」

 

 エリシアの拘束をすり抜け、挨拶をするナタリヤ。天真爛漫な様子で毒を吐かれショックを受けるレナート。ナタリヤを叱るエリシア。そんなどこか微笑ましい状況ではあるが、エリシアはふと気になった事が。

 

「……ナタリヤ、どうやってここに来たのですか?」

 

「ん? あ、『はかせ』に送ってもらったのです! お墓参りがしたいそうで、わたしもお姉ちゃんに会えたらなーって付いて来たんですけど、本当に会えてびっくりです!」

 

「はかせ……?」

 

 ナタリヤが指を差した方向、そこには一人の男性が傘を差して立っていた。白衣に片眼鏡が印象的な、なるほど博士だな、と言われると納得するその男性は、ナタリヤが指を差している事に気付いたのか、エリシア達の方に歩いてくる。

 

「ああ、こんにちは……ナタリヤちゃんのお姉さんですね。自分は今ナタリヤちゃんの保護者をやっている者です」

 

「どうもはじめまして……」

 

 穏やかな笑みと共に腰を曲げ、目線をエリシアに合わせた男性は自己紹介をする。

 ナタリヤの保護者。今ナタリヤはどんな状況でどんな生活をしているのか、それを聞こうとしたエリシアであったが、男性の白衣のポケットから鳴り響いた音が、それを遮る。

 

「はいもしもし……む、了解です。……ナタリヤ、主様からの招集です、行きますよ」

 

「えー……ううん、しょうがないですよね。また会いましょう、お姉ちゃん!」

 

 エリシアとレナートが何かを言う暇も無く、二人は早足で背を向け去っていく。

 しかし、数十歩は離れたか、というところでナタリヤが踵を返し、エリシアに駆け寄る。

 

「お姉ちゃん、これ、けーたいとか言うやつの番号です! また色々お話しましょう!」

 

「……はい!」

 ナタリヤが手渡したのは、メールアドレスと思われる物が書かれた一枚のメモ。それを大事そうに受け取ったエリシアに向けて手を振り、今度こそナタリヤは去っていく。

 

「良かったな、お嬢……あったじゃねえか、大事なモンがよ」

 

 幸せそうなエリシアに、レナートも嬉しくなり笑いかける。

 だが、その直後にある事に気付き、レナートの顔は険しくなる。

 帰路へと歩き出したエリシア、それに付き従いながら、一度後ろの墓場を振り向き、レナートは目を細めた。

 

「この墓地って一般人にゃ知らされてねぇし勝手に入れねぇはずなんだが……」

 

――――――――――

 2620年 10月 アメリカ 某所

 

 裏アネックスアメリカ第一班 生存者数 4人

 

「初めまして。貴方のご先祖様だよ」

「えーっと、お嬢ちゃん、何を言っているのかな?」

 

 ダリウスは、電波でも受信してるんじゃないか、というような事を言いだした目の前に立っている赤髪の少女に困惑した表情を浮かべていた。

 裏アネックス連合軍として戦い、第四班の宇宙艦で国に帰ったダリウスを待ち構えていたのは、国の特務機関であった。チャーリー達班員が検査室に担ぎ込まれる中、ダリウスだけは特別待遇で薄暗い小さな部屋に放り込まれるというVIP待遇だ。そこでダリウスは、ある会議の中継映像を見る事となった。

 何を話し合っているのか? それは勿論、火星に投入された兵器が無事に帰還してきた、さあ、これからも大事に使うか、それとも解体してしまうか、という議論だ。

 

 数ヶ月の話し合いの後の結論は、処刑は保留、だった。ダリウスは裏アネックス計画中自身の衝動で味方殺しをする事は無かったし、精神的にも安定していたので、元は死刑囚とはいえ計画での成果も考えてまだ生かしておいてもいいのではないか、と考えられたのである。アメリカはアネックス計画で被害を出しはしたが何とか重要な部分は死守できた、という何とも言えない結果を残している。

 

 裏アネックス計画では当初各国が勝手に増援派遣計画を考えていた、という経緯からアメリカと日本はそれぞれ独立した別の班となっているが、アネックス計画では1班と2班は日米の合同班だ。連携を考えるとこちらもそうした方が良かったのではないか、と考えたが、時間の都合と1班の班長は元警察官……という事で死刑囚であるダリウスとはどうしても相性が悪いのではないか、という理由から別々で活動する事になっていた。実際は仲は良好であったが。

 

 結果として標的の二人は守られたため、上層部のご機嫌に左右されていたダリウスの命も繋がれた。

 ただ著名人という事もあり世間に与える影響も鑑みてしばらくはこのお手伝いさんが掃除だのなんだのをしなければいけない何故か広い屋敷と呼べるような家で軟禁生活、という状態であった。

 

 そんなある日朝起きると目の前に突然この少女が! というのが今現在に至るまでの流れである。

 

 寝起きで回らない頭。だが、そんなダリウスにもわかる事はある。

 この少女は普通ではない、という事だ。

 

 ダリウスが現在暮らしているこの家はダリウスが国家として公にできない存在、という事もあり他の家屋と隔離された辺境にあり、セキュリティもなされている。

 そんなこの場所に、普通の人間が入ってこられようはずもないのだ。

 髪は赤、まるでアイドルか何かのようなヒラヒラだらけの赤を基調とした服を身に着けた、歳は14.15くらいと思われるこの少女。

 

「ンン……信じてもらえないかー……折角会いに来たのに悲しいなぁ」

「うん……普通信じないと思うよ」

 

 ダリウスは布団の中でこっそりと姿勢を整える。もしこの少女が敵であった場合、不審な動作を見せた際には即座に迎撃の姿勢をとらなければならない。

 

「成程……証拠があればいいんだね? じゃあ、お見せしちゃおう」

 

 ダウナー系な少女の突然の証拠提示発言にやはり困惑しっぱなしのダリウス。しかし、その困った表情は少女が見せた『証拠』によって一気に変化する事となる。

 

「可愛い子孫のために朝食を作ってあげよう。たーんと食べな」

 

 ベッドによってダリウスの視界から隠されていたため気付かなかった、少女の足元に転がっていた袋。その中身を少女は取り出し、腰に刀か何かのように差していたそれこそ刀、というサイズのナイフとフォークを抜き出し、取り出したものを捌いていく。

 

「やめろ……お前……!」

 

「ンー……ダリウス君はレアが好きかな? それとも生かな? 私と一緒で……だと嬉しいな」

 

 洗練された動作でカットされていく、袋の中の食材。それに耐えられなくなり、ダリウスは少女に向けて飛びかかる。一瞬で左腕から毒針が生え、その体が変質していく。αMO手術による薬未使用の変態。もちろんこの軟禁生活では禁止されていたものだが、我慢ができなくなり、少女を刺殺さんとその白い喉に向けて針を一直線に付き出す。

 

……が。

 

「ああ……寝起きは機嫌が悪いんだ……私そっくりだね」

 

「がっ……!?」

 

 瞬間、ダリウスは壁に叩き付けられた。それは、ダリウスの能力に類似した、音による物理的破壊、もしくは衝撃波のような何か。それの勢いで部屋の家具はぐちゃぐちゃに吹き飛び、当然少女の足元にある袋の中身、人間の腕、脚、胴体、頭、といったものも部屋にばら撒かれる。

 

「……そうそう、この子、お手伝いさんのサリーちゃんって言ったっけ……『ダリウスさんに手を出さないで!』みたいな事を言ってたよ」

 

 床に落ちた頭、生前は美しかったであろう苦痛に歪んだ表情のまだ年若い少女の無残なそれを手に取り、ナイフとフォークを手に少女は笑う。

 

「これはきっとダリウス君に気があったんだろうね……それならきっと」

 

 壁に磔にされたダリウスの体はみるみる内に完全な変態の姿への変わっていく。激しい怒り。それは、少女がその先に何を言うのか、わかってしまったから。

 

 

「さぞかし、君にとっては美味しいんだろうね」

 

「貴様アァ!!」

 

 

 ……この生活になってからダリウスと日常的に仲良く話していた何の罪もないお手伝いの少女を殺された事、そして何よりも彼の深い部分に触れた事、それによって頂点に達した怒り、その衝動のままにダリウスはその能力を解放し、出力を制御せずに撃ち放つ。全力ではあるが『薬』を用いない変態であるため、それはダリウスの肉体を破壊する、という程の出力は無いが、それでもこの屋敷を崩壊させるくらいの出力はある。

 

 当然、目の前の人間一人など軽く消し飛ぶそれは、少女に襲い掛かり。

 

「……ご立派だね。私も鼻が高いよ」

 

「……!」

 

 ……そして、少女は平然と立っていた。

 原理は簡単なものだ。ダリウスの専用装備と同じ、逆の位相の音を当てる事で音を打ち消す。消音装置に搭載されているシステムと同じもの。理論上は、爆音を放てる生物の能力を持っていれば可能な事。しかし、それはコンピュータの制御によってなされるものであり、人間の身にできるものではない。

 

 その可能性を否定しようにも、少女の背後の建物が何の被害も無く健在である、という所から何かで耐えたわけではなく、音そのものを打ち消した、という事実が突きつけられる。それと、ダリウスの攻撃の瞬間に少女の額から生えた触角にも。

 

「……疲れたから今日は帰るよ、可愛い子孫。……君もきっと歌が上手いんだろうね、今度会う時には聴かせてくれると嬉しいな」

 

 急激な能力使用の負荷で地に膝を突くダリウスを愛おしげに見つめ、少女はダリウスの背後、打ち消されなかった能力によって破壊され空が顔を覗く屋敷の破孔から部屋を出ていく。

 

 茫然と座り込むダリウス、部屋に飛び散る人間の残骸。それはまるで、かつての彼が料理をした後のような光景であった。

 

――――――――――

 2620年 11月 U-NASA 

 

「……以上が裏アネックス計画各班の報告と今後地球におけるテラフォーマーの……」

 

 薄暗い会議室で資料を作っていた青年は、腕時計を見てもうこんな時間か、と一度息を吐き、立ち上がる。

 部屋を出て数人の同僚と挨拶をし、U-NASA内の医療施設、その一室へと帰宅する。

 割り当てられた宿舎はあるが、彼の帰る場所は最近はもっぱらこことなっていたのだ。

 

 

「おかえりなさい」

「……おかえり」

 

 ICカードを通しドアを開け、中に入った青年に、病室のベッドで寝ている女性と入口近くの椅子で座っている青年が同時に出迎えの挨拶を向ける。

 いつも出迎えてくれる二人、それに穏やかな幸せと友情を覚え、青年はそれに答えた。

 

 

 

 未来の地球を襲う脅威に立ち向かう人々の、時を変え場を変え繰り広げられる、地球で紡がれる奇譚。

 ……その華々しい活躍の物語の裏で繰り広げられた、戦いの物語。

 

 これは、その第二幕の始まりの物語である。

 

 

 

 

「ただいま、静香、拓也」

 

 

 




 観覧ありがとうございました!
 次回から第二部開始となります、これからもよろしければお付き合いください!

 第二班の生存者あれこれは次回以降語られる予定です。

 
 ところでこれを書いてる途中で重大な事実に気付いてしまったのです。

 ……この小説、第二部からタイトル詐欺になるのだと……


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