深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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55話です。話が進む回となります。


第55話 最果ての始動

「ん……」

 

「班長、起きたようです」

 

「おはよう、雅维」

 

 

 目を覚ました雅维が最初に知覚したのは、声であった。

 事務的な声での報告と、自身に向けられた暖かい、聞き覚えのある声。その二つから瞬間的に記憶を再生し、雅维は慌てて起き上がろうとし。

 

 ……しかし、少し考えてこれは夢だと考え、再び深い眠りへと移ろうとする。

 何故なら、その目ざめの挨拶をしてくれる声の主を自分は裏切ったのだから。深手を負わせたのだから。怨嗟の声ならまだしも、そんな暖かな調子の声をかけられるわけがないではないか。そう否定し、その意識は再び沈んでいく、そのはずだった。

 

「……訓練に遅刻しますよ」

 

「わわっ、困ります!」

 

 が、直後かけられた声により、雅维はがばりと体を起こす。訓練に遅れると班長はともかく厳格な将軍にどんなお叱りを受けるかわからない。寝すぎていた。

 

「……って、そんなわけないですよね……はは……」

 

 完全に目は覚めた。だが、この場所は地球の訓練場でもなければ、宿舎でもない。先ほど、状況は把握したはずなのに。地球に、いや、地球で既に捨ててしまった仲間達との生活にまだ未練があったのか、と雅维は自嘲気味に笑う。

 

 

「目を覚ましたか、君に色々と聞きたい事がある」

 

 そんな雅维に尋問するかのように話しかけるのは、第二班班長、島原剛大。

 

 その隣でまあまあ、と険しい表情の剛大を制するのは、第一班班長、ダリウス・オースティン。

 

 

 二人の周囲では、先ほど雅维が交戦した裏アネックス連合と第四班の班員が作業の為走り回っている。

 

 そして、彼女にとってはそれよりも重要なものが二つ。

 

 それは、首に包帯を巻かれ隣に座っているプラチャオと、付近に見える裏第四班の宇宙艦であった。

 

 

 

 話は数十分前まで遡る。

 

 

 雅维を倒し、重傷を負ったプラチャオを何とか応急処置していた時に突如健吾の元に届いた通信。それは、剛大からのものだった。

 

 第四班との決戦、その後のテラフォーマーの奇襲により裏アネックス連合は奪取を諦め、第四班は放棄せざるを得なくなった第四班の宇宙艦。その周囲のテラフォーマーをダリウスと共に掃討したというのだ。

 もちろん健吾はそれを居並ぶ皆に話した。それによる効果は絶大であった。

 

 裏アネックス連合の士気は上がり、第四班班員達の中にいた隙を見て裏アネックス連合を倒す、と考えていた派閥の意思は完全に折れる事となったのだ。

 それは、剛大が生きている、という情報そのものが理由の一つ。

 

 第四班の班員は班員を連れた欣が剛大と交戦を始めた、という情報を持っている。

 指揮官、という意味では班長の拓也よりも幹部搭乗員と呼べる欣。それが、敗れたという可能性が高いからだ。

 

 拓也が行方不明になり、欣は敗北。さらには、その欣を下した男の隣には『一位』がいる。

 どのような能力なのかは第四班にも把握できてはいない。二位と三位はその真のベース生物の情報を入手し、それがどちらも強力な毒を用いるものであったため解毒薬を用意していた。

 

 だが、一位に関しては全くの謎。剛大や拓也、エレオノーラのようにとにかく直接戦闘能力が高いのか。ヨーゼフやエリシアのように特殊な能力に重きを置いているのか。そのどちらなのかもわからない。しかし、わかる事もある。それは、彼らのいずれよりも強力である、と判断されているからこその順位である、という事だ。

 

 それに、膨大な数だったであろう第四班宇宙艦周囲のテラフォーマーを残らず掃討したという事実、それだけでその実力の証明は十分と言えるだろう。

 

 

 脱出の目途は立った、後は皆がこっちに来るだけだ、という剛大。

 皆のいる場所は幸い丁度そこから脱する地下道を出て少しの所だ。

 塞がってしまった穴もダリウスの能力で何とかできる、との事で引き返すだけで脱出が可能なのだという。

 

 そして、その通りにとんとん拍子で話は進み、雅维と戦闘不能で絶対安静のプラチャオを運ぶという手間は増えたものの、皆は第四班宇宙艦にて合流を果たした。

 

 

 これが、現在までの経緯である。

 

 

 

「……別に、多くを語ってもらう必要は無い。聞きたいのは一つだけだ」

 

 ダリウスに諭され、少し表情と声色を柔らかくする剛大。

 だが、その質問する調子の強さだけは変わらず。

 

 

「君は、誰の命令で裏切りを遂行した?」

 

 

 雅维の裏切り。裏切り者とそのスポンサーであった裏第四班、元を辿ればU-NASA第四支局。さらに元を辿れば、中国そのもの。彼女はそれらを裏切った。では、彼女の元々の所属はどこなのか?

 

 地球であれば、国という集団だけではなくその内部でさらに細分化された集団、そもそも国に所属していない集団といった様々な組織が存在する。そこにおいて雅维が裏切り行為を働いたのならば、いくらでもその候補は考えられる。

 

 だが、ここは火星だ。送り込まれた人間はこの計画だけで96人。"裏切り者"の人数は不明であるが、彼らは一つの組織である。

 この火星の戦場における集団は、各国班の六つと"裏切り者"の計七つと言えるだろう。

 

 そして、雅维は各国班が結託した連合軍の第四班襲撃部隊と当の裏第四班、どちらもを攻撃した。では雅维は"裏切り者"に属する人間なのか? と言われると、それも違う。

 

 "裏切り者"は一つの集団に数えられるが、実態としては裏第四班の手足のようなものだ。これまでにも、少なくとも裏アネックス連合軍がこれまで交戦してきた中には、中国から離反するような動きは見られない。

 今でこそ中国の指令から外れバラバラに行動しているが、それは"裏切り者"の指揮官であるアナスタシアとその直属の幹部の喪失、テラフォーマーの強襲といった事態によりパニックに陥り指令など聞いていられない、という状況だからであり、中国に逆らう、というものではない。

 

 ……ならば、明確に殺意を持って連合軍と第四班を攻撃した雅维は、一体何に属しているというのだろうか?

 

 

「……雅维」

 

 名前を呟かれ、雅维は隣のプラチャオを見る。心配そうな瞳。死に直結する致命傷を負わせたのに。

 憎悪されて当然、今この瞬間殺されてもおかしくないのに。

 彼女は己の属する組織に忠誠を誓っていた。このまま黙って拷問の末殺される、それでいいと思っていた。

 だが、目の前の、周りとなじめなかった自分をいつも気にしてくれていた優しい同僚の事を考え。それに続き連鎖的に次々と班員の皆の顔が浮かび上がる。厳しい訓練ではあったが、きちんと自分達の体調と能力を考え接してくれた欣。上司、というから緊張していたが、実際には気さくで班員皆と上司部下関係無く仲良くしていた拓也。教育役として色々な事を教えてくれた鈴。雅维が関わってきて、先ほど捨てたはずだった人々。

 

「……わかりました、全部、お話します」

 

 ごめんなさい、と自分の主に謝り、雅维は目を閉じる。地球に帰ったら自分は主に粛清されるだろう。でも、それでいいのだ、と。

 

 

「やあやあ諸君、調子はいかがかな!」

 

 しかし、雅维が語るより先に、周囲に声が響き渡る。

 雅维の代わりにそれに答えよう、というように、岩陰から姿を見せたのは、一人の金髪の男とそれに付き従う数人の人間であった。

 

 幹部搭乗員以外の裏アネックス隊員共通の隊服に、背に背負った槍状の武器。

 少し小柄なその男は、柔らかな笑みを浮かべながら近づいていく。

 

 いきなり現れた男に警戒する皆。

 

「いやあ、本当にここまで生き抜いた事、おめでとう!」

 

 それに対し、その緊張を解くかのように、男は祝福の言葉を送るのだった。

 

―――――

 

「ははっ、ここまで、か」

 

 彼は、涙を流しながら笑っていた。

 自身の決定、その結果である目の前に迫りくる死に恐怖し、でも、自分にそれを決断するだけの勇気があった事に対しての精一杯の誇り。

 

 宇宙艦の入口の防衛線は崩壊し、戦闘員の二人はテラフォーマーの群れにバラバラにされ。"裏切り者"の男も、引き下がりながら必死に抵抗しているが、もう長くはないだろう。

 やろうと思えばいつでも脱出する事ができた。この火星を抜け出して、地球へと帰還する事ができた。

 しかし、彼はそれをしなかったのだ。自分が死ぬとわかった上で。

 

「こんな事ならもうちょっと親孝行とか……そんなガラでもないか」

 

 制御室にいる彼は宇宙艦の隔壁を下す。だが、小型の宇宙艦でさらに防火用のものであるため、それは少しの時間稼ぎにしかならない。

 そもそも、中に侵入された時点で負けと言える。

 

 

 制御室のスライド式ドアをバンバンと叩く音。それと共に、ドアが少しずつ変形していく。

 

「お迎えが来たみたいだなぁ」

 

 吐き捨て、涙をぬぐい視界をはっきりとしたものにして、彼は『薬』を手に持つ。

 エンジニアである自分の戦闘能力はたかが知れているが、それでも一匹くらいは道連れにしてやる。

 奮起した彼。その瞬間、まるで彼の覚悟と合わせたかのようなタイミングでドアを突き破り、三匹のテラフォーマーが室内に突入する。

 

 人間離れした瞬発力とその腕に持った棍棒。あ、やっぱ無理だわこれ、と彼は諦めるが、それでも一矢報いようと変態によって得た牙を眼前に迫ったテラフォーマーに向ける。

 

 

 

 手足が痙攣し、その機能を失い崩れ落ちる。

 

 

 ぐしゃり、と頭が潰れ、内容物が周囲に飛び散った。

 

 

 体の中身がドロドロと流れ出る、凄惨な死体。

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

 無残な死は、彼では無く三匹の襲撃者に訪れた。

 

 

 

「間一髪、ってトコだったな、大丈夫か? 大丈夫じゃなきゃ困るけどよ」

 

「レナート……!」

 

 頭を握り潰した事により手に付いた脳漿を払う大男が、凶悪な笑みを浮かべもう片方の手の親指を立てる。

 

 

「……宇宙艦の操作ができるヤツが全滅で脱出不可、なんてシャレにならないからな」

 

「はいはーい、ヨハン君ピースしてピース……ちょ、冗談だって」

 

 行動不能になったテラフォーマーの頭を踏みつける軍服の青年と、旧式の携帯電話でその写真を撮っている、何故か学生服風の衣服を身に着けた少女。

 

 

「アンタら誰……?」

 

 ごもっともな意見。しかし、命が助かった。目の前の光景からそれを察し、彼はへたり込む。

 さらにその背後に続くのは、十数人の今となってはこれでも大人数と言える人々。

 事情が掴めない、そんな彼の無防備な腹に、容赦のない追撃が加えられる。

 

「い、生きてます! 生きてるんですよね!? あああどうしようかと良かったぁ……」

 

 突然飛び込んできた小柄な人間。その頭が彼の腹に直撃し、さらにぐりぐりと動きダメージを与える。

 

 

「は、班長……痛いって……離れてくれよ」

 

 

「……」

「……さあ、早く脱出の準備を」

 

「顔怖いよ、オッサン、ヨハン君」

 

 複雑な表情をしているレナートとヨハン、それにつっこむ恭華。

 頼りにしている副長からは嫉妬の目で見られ、謎の若者が二人。

 これまでとは別方向に危機を感じる謎な状況であるがかといって安堵で泣いている第三班の皆のアイドルであるエリシアを力任せに引き剥がす事など彼にできようはずも無く。

 

 

 それが落ち着くには、三分ほどがかかった。

 

 

「えっと、こちらが火星の基地から一緒に逃げてきた各班の皆さんです」

 

 どうも、と挨拶する彼。見知った顔も多い。エンジニア枠での集会で会った事があるからであろうか。

 

「それで、この二人が"裏切り者"の元幹部さんです」

 

 彼は、飲んでいた水を吹き出した。

 頭を軽く下げる事すらしないヨハンと、紹介にあずかりピースをしている恭華。

 

 これは色々と厄介な奴を連れてきたぞ、と思う彼であったが。

 

「……マルクの奴は、どうしたんですか」

 

 それとなく、知りたかった事をエリシアに聞く事にした。

 レナートと並ぶもう一人の副官。その姿が、この宇宙艦には無かったのだから。

 

「はい……どこにいったのかわからなくなっちゃって……」

 

「アイツ、地球で訓練してた時『俺がゴキブリに負けるわけねえよ!』つってたのにな……」

 

 荒くれ者揃いの裏三班をまとめ上げる指揮官であるレナートと違い、もう一人の副官、マルクの役割はエリシアの護衛であった。本来ならばレナートが宇宙艦の護衛に戻るはずであった。

 しかし、異形のテラフォーマーとの交戦によりこちらでもテラフォーマーと交戦する可能性が危惧された事、部隊の指揮ができるレナートを本陣に置いておきたかった事、というような理由から、対テラフォーマー戦に長けたマルクを宇宙艦に戻しておこう、という事になったのだが、その際中に姿を消してしまったのだ。

 

 

「まあ、他の宇宙艦に行ってる、って可能性もあるし……」

「はい……」

 

 しょんぼりとしているエリシアを慰めるレナート達。

 

 

 少しの疑問を残しながらも、その数十分後、メンテナンスを終えた艦は空へと飛び立つのだった。

――――――

 

 

「マルク・アルマゾフ、第三班所属の12位で手術ベースは『オオゲジ』だっけ?」

 

「うんうん、よく知ってるね、流石は幹部搭乗員だ」

 

 ダリウスの楽しそうに答える男、マルク。

 その口調は軽く、他国の幹部搭乗員とはいえ、敬意の欠片も無い。

 

「それで、何故君はここに?」

 

「いやー、祝脱出! って事で君達のお祝いに来たんだよ」

 

 剛大の質問に対しての要領を得ない答え。

 

 

「手術受けた人間が大量に襲い掛かって来ると思ったら次はゴキブリ達で、いくつかの班は宇宙艦が爆破テロに遭ったりして、まあ色々と苦難を乗り越えここに辿り着いたってワケだ……うん、凄いね」

 

 この場に居並ぶ皆が潜り抜けてきた戦場。それを思い返すようにマルクはしみじみとした表情を浮かべる。

 

「爆破……? どういう事だ」

 

 マルクが語った内容。その中に、聞き慣れないものがありチャーリーが疑問を口にする。

 

「いやはや、これで君達は地球に帰ってハッピーエンド、ってわけだね」

 

 チャーリーを無視し、マルクは続ける。それは、先ほどと同じ、中身の無い賛辞。

 

「お祝いって言ったけど、軽い冗談だよ」

 

 しかし、急に場の空気が変わる。これまで調子よく語っていたマルクであったが、ふとその表情からは笑みが消え、冷たく無機質な瞳の奥の光が、その場に居並ぶ全員を貫く。

 

 

 

「すこし数が多すぎるから、間引こうかな、って思ってさ」




観覧ありがとうございました。

さらっと脱出する第三班組といきなり登場して幹部搭乗員二人に喧嘩を吹っかける危ない上によくわからない奴登場というカオスな回ですが、今後で色々とわかったりするのでのんびりと見守ってやってください。

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