深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第52話です。文字数と比べると話が進んでる、そんな感じの回です


第52話 陰謀の穂先

「全く、面倒事が増えてしまった」

 

 船内の十数カ所に仕掛けられた不審物を確認し、それが爆弾であると解析の結果判明し、除去。

 火星への突入を目前に控えた時期に、想定外の作業。

 

 それを終え、エロネは一つ息を付いた。

 何と無謀な、大胆な犯行なのだろうか。船外の厳重な監視をすり抜け、さらにはこの一族自家用船『ノア1号』の高度なセキュリティシステムを突破し、爆発物を仕掛ける。

 

 並大抵の技術でできる事ではない。いいや、重要なのはそこではない。ニュートンの一族、その当主を火星から帰還させる任務を担ったこの機体を葬ろうとする、その行動が実行に移された事が問題なのだ。

 

 恨みを買った覚えは無い、などと無知鈍感を晒すつもりはない。一族はその目的を果たすため、様々な団体、組織、果てには国さえも利用してきた。その命を付け狙う輩がいる事自体は当然と言ってもいい。

 しかし今回ではそれをコントロールできなかった。コントロールできない何かしらの勢力が存在する。そこに、今回の問題がある。

 

 敵対する勢力は多いが、その多くは既に一族の手の平の上にある。一族に全面抗争を挑もうとするような過激な指導者が誕生しそう、もしくはしてしまった時には失脚させ、時にはガス抜きとして一族にとって価値の無くなった施設への破壊工作や襲撃といったものをわざと見逃したり。

 そこまで影響力を行使できずとも、監視程度ならどの勢力に対しても行っている。それは敵対的なものだけではなく、中立、友好的な所に対してもだ。

 

 それが、今回では監視をしそびれたと言うのだろうか。

 それならばまだマシと言えるだろう。たとえ人類の最先端を行く一族と言えど、全ての物事に置いて完璧に完全に、とは言えないだろう。今回の件でミスや見落としが原因ならばそれを補えなかった体制のどこかに致命的な欠陥があった、という事だ。

 

 だが、もし仮に、敵が上手だったのだとしたら。一族の力を以ても、その動向を捉えきれなかったのだとしたら。

 

 

「槍の一族、でしょうね」

 

「……」

 

 突然かけられた声とその内容で、エロネの考えは中断された。

 

「あら、あなたは知らなかったかしら、あの連中の事」

 

 爆弾処理の手伝いを一切しなかった事に対する抗議の無視は伝わっていないようだ、とエロネは諦め、声の主に向き直る。そこに立っていたのは、社交界のただ中にいるかのような服装と手にした日傘が特徴的な女性であった。

 

 ファティマ・フォン・ヴィンランド。エロネと同じく、一族当主であるニュートン家の親戚筋に当たる家の出の人間である。

 

「……彼らは監視対象だ、それに、いくら我らの分家だとしても、そこまでの力はあるまい」

 

 それについてエロネが知っている情報は、正直の所あまり多くない。自分の『新界』やファティマの『ヴィンランド』と同じく、ニュートンの一族に連なる家系の一つ。普段は他の一族との関わりを断ち引きこもっている。一族の者達には忌避されている。一族にとっての『予備品』の役割を担っている。

 そして、ここ20年程前から怪しい挙動が見られる。

 

 そのくらいだ。

 

「あまり込み入った事情までは知らない、と言っておこうか」

「そう、なら教えてあげましょう。爆弾仕掛けてきたヤツの素性くらいは知りたいでしょう?」

 

 エロネはそれに無言を返す。知りたいと言えば知りたいが、そこまでがっつく程のものではない。

 

「連中はね、私達の最初期の当主とそれに付いていった一族の変わり者から始まったのよ」

 

 違う、知りたいのはそこじゃない。昔話じゃなくて今の事情が知りたいのだ。そんなエロネの内心の声はもちろん聴き届けられず、ファティマの話は続く。

 

「『一族が存亡の危機に瀕した際の備え』を目的としてその当主は当主の座を次代に譲って研究に没頭、それに付き従った奴らはニュートンの姓を捨てて当主の名の一部……だったかしら、を新たな姓として分家を立ち上げたそうよ」

 

「成程、そんな一族に尽くす自己犠牲に溢れた連中が反旗を翻そうとした、と」

 

「ええ、もしかしたら最初からこの時を待っていた、のかもね」

 

 曖昧に笑うファティマと聞きたい事とは少し違ったが興味深い話だ、と顎に手を当て考え込むエロネ。話が一度途切れ、船内は静まり返る。

 

 

 程無くして船内に響いたシステム音声は、火星の熱圏を突破した事を二人に知らせた。

 

 

「……到着、だな」

 

 そして、彼らは火星の地へと降り立ったのだった。

 

―――――――――――

 

 

 ただ、無力感がそこにはあった。また、助けられてしまった。一緒に帰りたかった。地球に無事帰還して、皆で何してくれてんだこの野郎と一発ずつぶん殴って、それから。そんな前向きな未来を、期待していた。

 

 もう戻れない、遥か崖の上。その様子は伺えない。しかし、追手が一匹たりとも先に進んでこない事を考えれば、そういう事なのだろう。

 

 

「……俊輝」

 

 肩を貸してくれている、守るべき人の声。今の彼を支えるのは、それだけであった。

 一歩、また一歩、と前に、この星から脱出する希望へと向かって足を進める。

 

 その足取りは重い。

 それは肉体的疲労だけではない。まるで、自分自身が進むな戻れ、と体を引っ張って必死に止めようとしているかのような感覚。

 今すぐ戻って、手を貸したい。そうすれば、二人ならば、もしかしたら。

 

 しかし、それを振り切って、もう一歩、踏み出す。

 この状況で、戻る事はそもそも不可能だ。さらに、このくたびれきった体で、何ができる?

 いつ何が襲ってくるかわからないこの状況で、専用装備を失って自衛能力の大部分を削がれた静香を置いていくのか?

 

「静香、俺さ、どこで間違えたのかな……」

 

 そんな答えの出ない問いを、申し訳ないと思いながら隣の静香に投げかける。自分の夢へと進む為の金が欲しい、ただそれだけの単純な動機だった。地球の未来を守る、なんてバカな妄想としか思えない任務に参加する、それだけで誇らしかった。そこでできた友人達との日々、それを失わないために戦う、それだけでも価値がある、そう思っていた。

 

 その結末が、これなのか。このまま歩き続ければ、自分と静香は火星を脱出する事ができるだろう。だが、ただそれだけだ。

 金は手に入るのかもしれない。でも、自分達は何を生み出せたのだろうか。不毛に戦い、殺し合い。未来の為に、何ができたのだろうか。友人達は何人がまだ生きているのだろうか。……あいつは、いつまで生きていてくれるのだろうか。

 

「間違えてないよ、きっと」

 

 その穏やかな返答も、俊輝は飲み込む事ができなかった。全てを否定して欲しかったのだ。お前のやった事は無駄だったのだと。ただの自己満足の果てに何もかも失った愚か者なのだと。

 

 

 答えは出ず、友を見捨てて歩く道のり。そして、その結末は。

 

 

 

「あらあら、随分とまあボロボロになってしまって」

 

 俊輝と静香、二人の目の前に現れたのは、自分達が乗ってきた第2班の宇宙艦。その外に出ているのは、直径3~4m程の球体状の機械。そして、そこに佇む一人の老婆。

 

 第六班幹部搭乗員、エレオノーラ・スノーレソン。テラフォーマーとそれを操る混成部隊との戦闘、本部での決戦により班員の多くを失った第六班最強の戦闘兵器。

 その身は無数のテラフォーマーの体液と自身の血に塗れ、全身の傷跡はここに至るまでにどれだけの戦闘を繰り広げてきたかを物語っている。

 

 ここに幹部搭乗員がいる事自体は不思議ではない。恐らく本部での戦闘は既に終わり、各員で火星からの脱出を図っているのだろうと二人は考える。そうなれば、どこの国の宇宙艦だとか拘っている余裕は無い。裏アネックス計画に用いられた宇宙艦はいくら高速性能を発揮するため積載量を犠牲にしているといっても二十や三十人を乗せるくらいならわけはないからだ。

 

 

 問題は、何故この老婆がたった一人でここに立っているのかという事。さらには。

 

 

 

 

 何故わざわざ脱出ポッドを船外に出しているのか、という事だ。

 

 

 

 

「ねえ、丁度いいから聞きたいのだけど」

 

 

 

 この状況で、二人の頭に、悪い予感が浮かび上がる。

 いやいやまさか、そんな事が。『裏切り者』にもそんな余裕は無かったはずだし、テラフォーマーにもそれをする理由は無いからありえない。そう考えて、二人は疑問を投げかけてきた老婆へと耳を傾け。

 

 

 

第二班(アナタたち)、この宇宙艦飛べないくらいにぶっ壊したのかしら?」

 

 

 

 直後、希望が暗闇に沈む、そんな音がしたような気がした。

 

――――――

 

「……第四班、何か情報を持ってないか」

 

 地下から脱した一行もまた、宇宙艦を目指して進んでいた。ダニエル曰く、基地を乗っ取った際にも地下道を掘って襲撃したのだから第五班の宇宙艦は基地からそこそこ近いだろう、との事でそちらを目指す事に。

 だが、一つ問題があった。

 

「今基地の内部、どうなってるんだろう」

 

 そう、通信設備は使用できるものの、本部からの通信は途絶え、今現在何が起こっているのかは不明な状態。

 第五班の宇宙艦を目指すなら一度本部に戻ってからヨーゼフが基地を制圧した時のトンネルを通って艦へと向かう、というルートが正当なものに思える。

 しかし、基地内部の事情がわからない以上、迂闊に入ってしまえばよくて裏切り者、最悪テラフォーマーの巣窟に足を踏み入れるハメになりかねない。

 

 それを避ける為に、何とか情報を掴みたいが、斥候を出すには時間も人員も余裕が無い。

 

「……内部を知る方法はあります」

 

 が、そこに一人が声を上げる。

 その声を聞いて、裏アネックス連合と第四班、それぞれの勢力はそれぞれ違った理由から驚きの表情を見せた。

 

「お前確か剛大さんと戦った……」

「やめろプラチャオ、裏切るつもりか!」

 

 裏アネックス連合からは、半ば捕虜のようでおとなしくしてはいたものの協力する、という姿勢を見せていなかった第四班の人間から声が上がった驚き。

 

 当の第四班からは、班長である拓也に留守を任せられたプラチャオが直々に自分達の持つ強みを提供しようとした、という事への非難という色が強い驚き。

 

「……我々が生き残るには彼らと協力せねばならない……違いますか?」

 

 プラチャオが自分の仲間である班員に放ったのは、殺気すら混じった一言。拓也から託された仲間達である班員。自身の役目は、それを無事、班長の望んだ通り地球まで返す事。

 その意思をくみ取った者、ただ殺気に気圧された者、理由はそれぞれであったが、第四班の内部からの不満は収まっていった。

 

「エリセーエフ博士……貴方達が『裏切り者』と呼ぶ人々の指揮官側の情報に依存せずともこちらだけで状況把握できるように隠密任務に長けた人員を一人、基地に送り込んでいたのです」

 

「なるほどな、お前らでも反乱起こされない保証は無いからな、監視って意味も合わせて必要だろうな」

 

 プラチャオの説明にチャーリーが頷き、時間が無いから早く頼む、と催促し、それに頷きプラチャオは通信機を耳に当てその電源を入れる。

 

 

雅维(ヤーウェイ)、聞こえますか? 基地の状況を教えてください」

 

 仮にこれで応答があり報告が届けば、その隠密任務の隊員を回収して次の選択肢を判断すればいい。基地が安全であれば進み、そうでなければ次の候補の宇宙艦へ。……もし応答がなければ、基地の内部は極めて危険な状況という事はほぼ確定であろう。

 

「プラチャオ君ですか? ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 通信に答えたのは、少女の声だった。声の主を確認した後、弱弱しい、しきりに謝る声。

 

「どうしましたか、雅维(ヤーウェイ)、何かまずい状況なのですか?」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 不安げに、心配そうに返すプラチャオ。しかし、その返答もまた、か細い謝罪が続くばかり。

 何が起こったのか、裏アネックス側に捕まってしまったのか。それなら問題は無い、自分達も似たようなものだ。それとも、何らかの形で負傷して動けないのか。

 プラチャオは不安になり、どう聞いたものか、と考える。

 

「本当にごめんなさい、プラチャオ君……班員の皆…‥他の班の皆さん……」

 

 大丈夫、謝る必要なんかない。ひとまずはそう少女を宥めようとしたプラチャオ。

 しかし、その言葉を出そうとする前に、次いで少女の言葉が続く。

 

 

 

 

「ごめんなさい……今、あなたの後ろにいます」

 

 

 

 その意味を脳内で咀嚼するより早く、プラチャオの首が裂け、血が噴き出す。

 それに驚愕しながらも、素早く出血した首筋を押さえ、反射的に蹴りを放つプラチャオ。

 

 だが、その攻撃はまるで幻影を掴んだかのように空を切るのみ。

 一方の、そこに居並ぶ皆にも、何が起こったかはわからなかった。

 

 殺気のようなものも、攻撃さえも無く、突然、プラチャオの首から血が噴き出た、ただそうとしか見えなかったのだ。

 

――――――

 

――――海賊は本当に幽霊か?

 

 

 擬態とは、外敵や獲物を欺く為の手段だ。外敵を欺く為、外敵の恐れる強い生物を装う。外敵が興味を持たない死体を装う。獲物を欺く為、獲物の好物を装う。同種のパートナーを装う。地形を装う。

 

 先の例は全て、獲物の視覚に訴えかける手段である。それとは異なる擬態の一種に、化学擬態と呼ばれるものが存在する。その名の通り、化学物質を用いて行う擬態だ。獲物の好むフェロモンを用いておびき寄せる、といったものが代表と言えよう。

 

 この生物も、化学擬態を用いる生物の一種だ。

 

 では、この生物は何に擬態するのか。それは。

 

 

 『無』である。

 

 

 危険を回避して生息地を選ぶ昆虫や両生類は、捕食者であるこの生物の生息地のみは避ける事ができない。

 気が付けば、その胃袋に収まる事となる。

 

 

 

 

「……ごめんなさい、ごめんなさい、皆さんを帰すわけにはいかないんです、ごめんなさい……」

 

 大振りのナイフがきらめき、第四班の班員の一人が首を正面から引き裂かれ、一瞬で絶命する。

 だが、攻撃前の予備動作、攻撃後の離脱、誰もその気配を読み取れず。

 

 彼女の弱気な、本心からの謝罪の声と同じく、それは虚無の中であった。

 

 

 

 

 

雅维・ヴァン・ゲガルド

 

 

 

 

 

 

国籍:中国/?

 

 

 

 

 

 

 

17歳 ♀  154cm 46kg

 

 

 

 

 

 

 

 

MO手術"魚類型"

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――カイゾクスズキ―――――――――――――――

 

 

 




~おまけ~

???「雅维ちゃん、君の能力はできる限り隠した方がいいと思うんだ」
雅维「わ、わかりました頑張ります!」

ーーーーー

欣「君の特性を教えてもらおう」
雅维「気は……わわ、違って……」
雅维「大人になったらお尻の穴が顎の下に来ます!(ありがとう魚図鑑……!)」
欣・拓也・プラチャオ・鈴「!?」
※結局その後ごまかせませんでした


 どう考えても純中国人じゃねえだろお前、ってフルネームですが所属していた時はその部分は偽名を使っていました、今後紹介されるかは不明であります

 また、当小説の設定で一族の最初期の当主がニュートンの家名を持っている、というのは原作で明かされているニュートン一族の設定の『苗字にさえ執着が無い』というところから微妙な部分なのですが、半オリジナル設定という事でご了承ください。

観覧ありがとうございました!

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