深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第45話とダダ被りなタイトルですけど意味はあったりするので許してください!
第51話です。


第51話 裏切った者

「いつつ……ここは……?」

 

 衝撃に目の前がブラックアウトした俊輝。その視界に周囲の景色が再び映り始めたのは、内臓が宙に浮く嫌な感覚が収まってから十秒程の事であった。

 

「お前たちの艦まではまだだ、流石に三人の重量じゃひとっ跳び、とはいかなかったようだな」

 

 疑問に答えたのは、俊輝の右隣ですでに立ち上がっていた拓也。

 改めてまじまじと見たその体には、『ゴライアスオオツノハナムグリ』『オニヒトデ』の能力を持ったテラフォーマーとの交戦で無数に付いた傷と、再生が間に合っていないのかそこから流れ出す血液。

 

「なんとか……なったけど……ごめん……飛ぶのは……無理かなぁ……」

 

 左隣には、へたり込む静香。目立った外傷はそこまでではない。しかし、その羽には、焼け焦げたような痛ましい痕が残っていた。

 一発逆転、ともいえる脱出劇。それは何のコストも支払わずに、とはできなかったようだ。専用装備のリミッターを外した運用、それの代償である、体に直接触れている機器の急激な過熱によってできた火傷。

 ふとその横を見るとそこには赤を帯びた専用装備が転がされていた。

 

 

「何か冷やすものとか……っ!?」

 

 静香の火傷を見て慌てて周囲を見回した俊輝の視界が再び暗転する。それと同時に襲い来たのは、体の自由を奪う痺れだった。

 

「薬は使ったが、まあ暫くはお前も使い物にならんだろうな」

 

 

「薬?」

 

 拓也の言葉に一瞬疑問を感じた俊輝であったが、すぐに状況を理解する。脱出する時に拓也が手渡そうとした薬。あれが、自分の症状を緩和するものだったのだろう、と。

 

 

「第三班班長の能力の一つ、キロネックスの毒に対する特効薬だ」

 

「……ああ、ありがとう」

 

「勘違いするな、この状況で人質に死なれたら俺が困るだけだ」

 

 拓也は中身の無くなった『薬』の容器を放り捨て、それを踏みつぶす。

 

 静香を背負った俊輝と現在の所有物を確認する拓也はゆっくりと歩き、行き止まりに辿り着いた。

 

 現在、三人はもう少しで第二班の宇宙艦に到達できる距離にいる。だが、運の悪いことに、そのもう少しというのは距離の話だ。三人の眼前には、崖の切っ先がまるで悪趣味な飛び込み台のように姿を見せていた。

 

 高さにして30mほど。MO手術で強化された体とはいえ、現在の満身創痍な体で飛び降りるには無茶がある高さ。徐々に下っていくルートはあるが、時間がかかる。

 

 

「それに、事態は度を越して深刻、という事だ。安心している場合でもゆっくりしている場合でもない」

 

 拓也の言葉は、彼ら火星派遣実戦部隊の現状をはっきりと示していた。

 俊輝と静香は知る由も無いが、彼らが補助しその任務を完遂させる為の『アネックス1号』計画搭乗員たちもまた同時期に始まった大攻勢によりテラフォーマーの大群に襲われ、さらには中国の戦略宇宙艦『九頭竜』も標的の確保及び生存している搭乗員の殲滅を狙い動いている。

 

 拓也は、焦っていたのだ。テラフォーマーの攻撃はもはや嘆いても仕方がない。それはアネックス一号の方も同じ事情だ。問題は、拓也の同郷の連中の動きであった。

 現在は『ミッシェル・K・デイヴス(ファースト)』と『膝丸燈(セカンド)』確保のために駆けずり回っている事だろう。それが成功にしろ失敗にしろ、結果が出た後はアネックス一号の生き残りを狩る目的に移る。

 

 ……では、その後はどうなるだろうか。

 

 中国は、とんでもない爆弾を火星に残してしまっている。

 現場が暴走しました、では済まされない、施設まで構築した上での多数の人員の派遣。それを用いたアネックス1号増援部隊の妨害。通信が来ないそちらの方面の自国部隊。

 

 言い逃れができない証拠と、不安要素。それを放置するような事があるだろうか。

 

 間違いなく、彼らは埋めに来る。『裏切り者』と『裏アネックス計画』を。

 さらに、拓也は知っていた。他の班は勿論、当の裏第四班でさえ拓也と副官である欣にしか通達されていないとある情報。

 

 それは、この火星に、秘密裡に一隻の宇宙艦が派遣されている事。中国軍上層部とそれと裏で繋がりを持っているある集団が共同で飛ばした、『九頭竜』より小型の、しかし武装した搭乗員を満載した機体が、残存人員の救助という名目でやって来るという事を。

 

「…‥ハッ」

 

「どうした、拓也」

 

 何が、救助だ。どう好意的に解釈しても、火星の戦場でデータ採りを終えた新型兵器の『回収』、が限界。そのメインとなる任務は、後始末、だろう。αMO手術の中でも特に戦闘面での高い能力と希少性を持った自分と、上級軍人である欣は無事に地球へと帰還できる事だろう。生きた状態で利用価値のある欣はともかく実験動物の自分が帰ってからどうなるかは知った事ではないが、問題は他の班員の皆である。

 

 裏第四班の班員は、『裏切り者』と同じように一般から募集、軍人でも事情があって、という人間が多い。

 行動が外部に漏れれば国が傾きかねない、そんな人員を今の計画が成功したとも言えない戦況でわざわざ生かしておく必要があるだろうか。……拓也は、それの答えをはっきりと出していた。だからこそ。

 

 

「無様なものだ、と思っただけだ。班は潰走、半ば捕虜。健在なのは班長(オレ)だけだ」

 

「なぁ、拓也」

 

 

 

 先ほど踏みつけた空になった点鼻薬型の容器を見つめていた拓也。

 

 

「俺達に協力してくれ……地球に帰って、そしたら」

 

「断る」

 

 

 それは、今更な話であった。これまで協力して、三人は今ここに辿り着いている。

 ただ、あえて今この協力する、を改めて言う意味。それを拓也は理解し。

 

 

「俺はどこまで行っても国の兵器だ、残念ながらな」

 

 

 はっきりと拒絶した。

 

 

「それにほら」

 

 

 弱っている俊輝と静香が気付いていなかった、視界の果て。それを指差し、拓也は溜息を付く。

 

「俺達を逃がす気は全く無いらしいな」

 

 その先には、黒の軍勢が再び迫りつつあった。

 二軍に分かれて進撃する濁流のような群れ。そして、その二軍の中間、その奥にはもう一つの群れが。

 

 三人はその群れ、さらにその群れの最奥部に見えた一匹のテラフォーマーの姿をはっきりと確認する。それは、小柄で額に模様の刻まれた、他のテラフォーマーとは明らかな差異を持った個体。

 

 

「く……そっ……」

「……」

「逃げられは……しないよね……」

 

 うんざりとした様子の俊輝。無表情の拓也。疲弊しきった静香。三人がそれぞれの表情を見せ、再びそれぞれの武器を構える。

 

 敵の数は先の戦闘より少ない。能力持ちの姿も見られない。断続的に響いてくる爆発音のような何かを聞くに、裏第四班の宇宙艦で起こっている戦闘に戦力が割かれているのだろう。

 ならば先ほどよりは、と一瞬だけ三人は考えるが、その甘い考えは即座に自身で否定する。

 

 先ほどの戦闘では、MO能力を持ったテラフォーマーの実戦試験、という目的が感じられた。しかし今回は、その能力持ちのテラフォーマーは見られない。

 性能試験を行うつもりが無いのであれば、躊躇なく大群で押し潰しにかかってくるだろう。

 

 

「ここが限界、か」

 

 

――――――――――――

 

――同刻 第三班宇宙艦

 

 

「……レオンが死んだ、そろそろ脱出時だろ!?」

 

「もう少し、もう少しだけ持たせろ!」

 

 テラフォーマーによる各戦線への同時攻撃。その影響は、宇宙艦で待機している人員にも及んでいた。

 戦闘員の多くを引き抜いた留守番用の部隊。数に限界があり、火器類や防衛装置も最小限のものしか搭載していない状態で数十匹のテラフォーマーの攻勢を耐え忍んでいるのが、この第三班であった。

 数としては大したものに見えないかもしれないが、数少ない戦闘員で対処するには無理がある数だ。

 

 現在各国宇宙艦の状態は、第四班攻撃と基地の防衛、最初から総員で合流、とそれぞれの事情で無人状態となっている第一班、第二班、第五班。剛大とダリウスがテラフォーマーと激しい戦闘を繰り広げている第四班近辺。そして、人員がまだ待機している第三班と第六班というものである。

 

 

 第三班の残存人員は四人。残りの十二人を最初の合流と本部防衛の為に派遣している、という状態。

 戦闘員は三人、技術者が一人。技術者と言っても荒くれ者の中では何とかこなせる、というレベルのそれであるが。

 その戦闘員の一人、レオンが止まないテラフォーマーの猛攻により力尽き、残りは二人。

 三人で何とか抑え込んでいた均衡が崩れ、ここから一気に崩壊する事は想像に難くない。

 

 脱出するなら、今だ。今撤退を指示し素早く火星を離脱すれば、戦闘員の二人も助かるかもしれない。いや、しかし。

 

 彼は艦を任され、有事の際には艦の離脱、その判断の権限も与えられている。班の皆が愛する班長と、尊敬……というかバカをやってきた仲間達の中で一番頭の出来がマシだった副長から。だがしかし。

 

 

「班長……レナート……俺は……」

 

 やろうと思えば、すぐに撤退の意思を伝え、戦闘を行っている二人を素早く収容。即座に火星を飛び立つ事が可能である。でもしかし。

 

「オイ」

 

 苦悩する彼に、唐突に無遠慮な声がかけられる。

 

 生き残りは三人。外で戦っているのは一人。では、この声は。

 

「俺が戦ってやろうか?」

 

 

 それは、足元に簀巻きにされて転がされている男から発せられていた。

 火星に降り立った初日にエリシアの襲撃で壊滅した基地の唯一の生き残り。捕縛されてエリシアのあまり理解していない拷問により色々と情報を吐かされて主力が基地に合流するため艦を出た後はそのまま放置されていた『裏切者』の兵士の一人である。

 

 その脇には、没収した刀。戦況は最悪、猫の手も借りたい状況。しかし、ここで『裏切者』に所属していた人間を解放していいものか。

 

「時間が無いんだろう? 安心しろ、俺も死にたくない」

 

 

「……いいだろう」

 

 リスクはある。だが、やるしかない。

 

「二人とも艦内に撤退、入り口で迎え撃つぞ!」

 

「そうこなくっちゃな」

 

 二人に指示を出し、それと並行して男の拘束を解く。

 

「不審なマネをしたら……わかっているな?」

 

 それに答えを返す事は無く、男は刀を持ち、艦の入り口、撤退を終えた二人の方向へと走っていく。

 

 

 彼にはわかっていた。今ここで戦闘員が一人増えようとも、戦局を覆せるほどではないと。鳴り物入りのように解放したが、解放された男は所詮裏切り者の一般戦闘要員の一人。大した実力もないだろう。

 

 

 しかし、少しでも時間を稼ぐ。その為ならば。

 そう決意し、『薬』を持ち彼も指揮所を後にする。

 

 

「さあ、人生最後の賭け、って感じなのかねぇ」

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

「……静香、飛べるか、とは言わないが、何とか死なない程度に着地、できるか?」

 

 

 

 それを口にしたのは、拓也だった。

 戦況は絶望的。傷だらけの三人では万に一つも勝ち目は無いだろう。

 意思の強さ、それで乗り越えられる状況を遥かに超えている。

 

 脱出する先は一つ、今の三人にはあまりに高い、地獄の口のようにも見える崖。

 

 

「……二人、は無理だと思う」

 

「ん」

 

 静香の答えを聞き短い返答を返し、拓也は目の前のテラフォーマーに突貫する。

 振りかざされた棍棒、それより一手早い動作でその首に雷機雷を突き刺し、炸裂させる。

 

 

「こんな所で……死ねるか!」

 

 戦いの興奮に猛る俊輝が手に形成された大顎を振り、テラフォーマーの両腕を切断。主だった攻撃手段を失ったその個体を突き飛ばし、向かってきていたもう一体に対する盾とする。

 

 しかし、次の瞬間。

 

「がっ!?」

 それをすり抜けてきた一体の拳が、腹に突き刺さる。そこまで深い傷ではない。だが、骨がへし折れる音。

 その衝撃でふらついた俊輝であったが、何とか意識を保ち、背後に跳ぶ。その直後、追撃に移ろうとしたテラフォーマーの体に横殴りに雨のような液体が降りかかる。

 

 何だ、とそれを確認する動作を取った瞬間、その甲皮はブスブスと音を立て、徐々に薄くなっていく。

 毒液だ、と認識するもその暇を与えず繰り出された一撃により横腹から体内を貫かれ、神経節のマヒにより活動を停止するテラフォーマー。

 

「悪ぃ、拓也」

 

 今はまだ何とか捌いている。だが、二人では限度があった。静香の専用装備が使えず、満身創痍である以上、戦力には数えられない。ランキング上位と言えど、その性質は純粋なスペック勝負の接近戦を仕掛ける俊輝とは真逆の、専用装備に頼った中遠距離戦。専用装備が無ければ、羽に毒を持つとはいえ、素の体も、本人の戦闘技能も強くは無い鳥類型。

 

 ここで終わり、か。と三人の誰ともなく考え始めていた。これまで、どれだけの戦いを潜り抜けてきた事だろうか。二度の裏第四班との激突。俊輝の、バイロンとの戦闘。そして、テラフォーマーとの交戦。

 傷を癒す暇も無く繰り返し、その結末が、この戦場。

 

 

「なぁ……拓也……」

 

 拓也が先ほども聞いた話の切り出し、それを息も絶え絶えな調子で俊輝は漏らす。

 

 

「死んで、くれないか……?」

 

 

 その言葉に、拓也の眉が動く。その感情の機微が何なのかは、第四班班長として再会してからの表情を隠している拓也のそれであるため、俊輝には朧げにしかわからない。

 

 

「一人で、とは言わないから……さ……」

 

 じりじりと迫るテラフォーマーの群れ。それを見据える拓也と、体力の限界なのかへたり込み、だが背に静香を守りながらの俊輝。

 

「こいつだけ、逃がしてあげたいんだ……」

 

 元々修羅場に慣れておらずこれまで振り絞って来た勇気も限界で震える静香、地球からついてきた幼馴染を一度だけ振り向き、俊輝は再び立ち上がる。

 

 その目には、弱弱しく、吹けば消えてしまいそうな、しかしまだ残っている闘志の炎。

 

 

「だから、俺と一緒に、ここで死んでくれ」

 

 

「断る」

 

 ……その返答は、先のそれと同じであった。突撃してきたテラフォーマーの一匹を避け、首をへし折りながら、拓也は俊輝の願いを否定する。

 

「じゃあしょうがないや……静香の事、たのん……」

「私、まだ戦え……!」

 

 持てる限りの『薬』を取り出し、俊輝は一歩前に出る。二人の問答に耐えられなくなったのか、今にも倒れそうな様子で、静香もまた立ち上がろうとする。

 

 そんな二人に対して。

 

「ははっ……一緒に死んでくれ、なんて翔とか健吾が聞いたら爆笑しながら変な噂バラ撒きまくるぜ? やめとけ」

 

 拓也は、笑いながら答え、二人を蹴り飛ばした。

 

 

 

「なっ……!」

 宙を浮く俊輝は、脳内の分泌物質の影響かゆっくりと流れる時間の中、拓也を見返した。

 地球でできた友人。自分達の計画を邪魔し、多数の犠牲を出した宿敵。その力を競い合った、好敵手(ライバル)

 

「拓也ああぁぁ!」

 

 そんな、俊輝にとって一言では表せない、一人の人間は。

 

 同じ班の仲間達と地球でバカをやっていた時と同じ、笑顔を浮かべていた。

 

―――――――――――

 

 

「そうだ、言い忘れてた」

 

 吹き飛び、放物線を描く二人を見ながら、拓也は少し小さ目の声で、まるで独り言であるかのように。

 地球でできた、初めての友人。自分達が排除すべき宿敵。その力を競い合った、好敵手(ライバル)

 

 そんな、関係は数多くあれど、拓也にとってはただ一言に集約できる、でも気恥ずかしい、そう呼ぶ権利なんて無い、そうやってずっと先送りにしてきた、その呼び方。

 

「あの時はご馳走様、美味かったぜ、ラーメンライス」

 

 落下していく俊輝。それが聞こえているのかいないのか、聞こえていたら少し嬉しいかな、と思いながら、拓也は少し迷い、忘れてなどいない、最初から用意していたその言葉を口にした。

 

「あばよ、親友」

 

 

 

 

 

 

「ジョウ……ジ」

 

 ボスの指示が出たのか一斉に突撃するテラフォーマー達。そのほぼ七割は拓也に殺到し、残りは落下する二人を追撃せんとする。

 

 だが、空を飛んだ十数匹のテラフォーマーは一瞬の内に宙を覆った光る結界に掛かりその羽と喉を焼かれ、地に伏せた。

 同時に、二本の雷機雷が拓也の左右に投擲され、その間にまるで柵を作るかのように電撃が走る。

 

電気(コレ)が欲しいんだろう? ……いいぜ、全部くれてやるとも」

 

「……ジ」

 

 先遣部隊が一瞬で焼き尽くされたのを見て、小柄なテラフォーマーの顔に抑えきれない激情が浮かぶ。

 ガラガラ、という音と共に落ちるのは、五本の『薬』の容器。

 

 

「でもな、ここから先には一歩も進ませねぇ」




観覧ありがとうございました。

~前に入れ忘れていたおまけ~

ゴライアスじょうじ「じょうじ(俺がやる ニンゲンなら打撃に弱いはずだ)」


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