深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第49話です。能力見せ&過去回なので話は全然進みません。


第49話 呪歌の残響

 西暦2619年10月20日 U-NASA 食堂

 

 

 

「剛大さん、僕の話を聞いてくれませんか」

 

 食事を終え、そろそろ店を出ようか……と考えていた剛大。その体のどこにそれだけの量が入るのか、というくらいに皿を積み上げ、そこで体力が尽きたのかくたっと机に突っ伏し、寝息を立てているエリシア。

 

 会議が終了した後の、ダリウス発案の昼食。厳格さの塊のような欣。人格的に危険な匂いがするヨーゼフとエレオノーラ。彼らはちょっと……という事で幹部搭乗員(オフィサー)の中でもまだまともに仲良く会話できそうな剛大とエリシアを親睦相手に選んだという事情はさておき、それはある程度上手くいっていた。

 

 それぞれの班員がどうの、お国事情の愚痴などを語り合い、それも一息つき、そろそろお開き、の時間。

 

 突然の言葉に、剛大はぴたり、と伝票に伸ばした手を止める。

 

 剛大が今までの会話でダリウスに抱いた印象は、人付き合いのいい好青年、といったもの。

 年齢的には一つしか変わらないが、どうもさらに年の離れた後輩のようなものを彷彿とさせる。

 

 会話では終止笑顔で、基本的に聞く側。暗い話にも他人の事情と理解して全てを知ったような口を聞くような真似はせず、しかしフォローや慰めはきちんと入れるような人間。

 

 そんな彼が、無に近い、しかし、どこか不安のようなものを顔の端々に浮かべて、剛大に話を切り出してきた。

 

「……僕が、これまでにしてきた事の話です」

 

 剛大は、無言で首を縦に振る。

 幹部搭乗員は、軍人出身に限らず、一人を除いて強力なベース生物の適性で選ばれている。それは、新型手術の成功確率があまりに低いため、軍人を使うとあまりに犠牲が大きすぎる、というのが大きな原因だ。

 

 成功確率の低い、失敗すれば死という手術をわざわざ受ける人間。それは、きっと色々訳があるに違いない。

 剛大のような、自分が死んでも家族に金が入れば、という人間。エリシアのような、強制的に受けさせられた人間。

 

 そして、あるいは、死刑の代わりにそれを受けた、などという者も。

 

「ありがとうございます。そうですね、じゃあ……最初は1000年くらい前の話からしましょうか」

 

 

――――――――――

 

――――――ハデトセナゼミ

 

 

 学名『Distantalna splendida』

 

 

 東南アジアに生息するセミの一種。

 

 

 日本では夏の風物詩として広く知られるセミ。一般的なイメージとしては、『寿命が短い』『うるさい』くらいのものである彼らは、あまり目立たない特徴を有している。

 

 

 その鈍重そうな見た目からは考え難い、高い飛行能力。

 

 樹液を吸う為に発達した、樹皮を容易く貫通する強力な口吻。

 

 

 

 さらには、海外に生息するいくつかの種に見られる、強力な毒とそれを外敵に送り込む毒針。

 

 

 

 そして、人間大となればあまりに強力な、広域に渡る鳴き声。

 

 

 

 これらの特徴が、あらゆる生物の特性が同等の立場になって戦うMO手術戦において、生態系ピラミッドの序列を覆しあらゆる生物を鏖殺する強力な兵器として機能する。

 

 

 

―――――

 

 

 事情は、聞いていた。彼が、己の欲望を満たす為に多くの人間をその手にかけてきた事。それを人の道を外れた方法で処分してきた事。いいや、その処分する、という過程こそが彼が望んだものであった事。

 

 そして、彼はそんな事を望んでいなかった事も。

 

 

 

「……言いたい事は色々あると思います。でも、今は生き残るしかない」

 

 ダリウスの言葉に、剛大はふらりと立ち上がる。それに反応するかのように、距離を取り様子を伺っていたテラフォーマーの群れが、二人に向かって突撃する。

 

 剛大に向き合うダリウスは、それからは完全に背を向けている状態。しかし。

 

 ダリウスと剛大の間に挟まるように、二機の無人機が移動する。その直後。

 

 突撃してきた数十という数のテラフォーマーは、一匹残らず粉々に消し飛んだ。

 剛大の耳に飛び込んでくる轟音が耳を激しく打つ。

 

 

 ダリウスのベース生物である『ハデトセナゼミ』は毒と針を持つという特性以外は他のセミとはそこまで大差がない。体長は日本産のアブラゼミとそう変わらないし、鳴き声の大きさも特筆するほどではない。

 

 しかし、それですらこの威力。

 

 テラフォーマーが得意とする、テラフォーマーだからこそ可能な、己の身を軽くうち捨てて敵の攻撃を受け止め、後に続く仲間達で敵を叩く。それすら許さぬ、絶殺の一撃。

 

 

 それを補助する為のダリウスの専用装備は二つ存在する。しかし、そのどちらもが、能力を強化する、というようなものではなく、むしろαMO手術を持ってすら制御が困難な能力を押さえつける為に存在している。

 

 

 

 『消音装置』。

 楽器等では騒音を避けるため。銃火器では音によって所在を把握される事を防ぐため。

 それらの機能は、それぞれの器具の内部に仕込まれた機構により、外部へ放出する音を防ぐためのものである。

 

 しかし、すでに放出された音を消す手段が存在する。

 

 

 それは、その音と逆の位相の音を出し、音を打ち消す事。

 

 

 これを可能とする装置を搭載した無人機を移動させる事により、特定方向への加害を抑え込む。

 

 

 

 そして、彼の体内に埋め込まれている装置。

 

 

 『SYSTEM(システム): Azathoth(アザトート)』。

 

 

 暴走するエネルギーの塊。それを見ただけで存在の根底を破壊される。

 

 

 ……この宇宙そのものは、微睡む彼の夢に過ぎない。

 

 

 そんな、余りにも悍ましく強大な邪神の王の名を冠した専用装備。

 

 

 どのような凄まじい機能があるのか。いいや。

 

 

 

 

 それは、ただの拘束具に過ぎない。

 

 

 

 目を覚ましてしまえば己すら崩壊する、その本来の力を抑え込み、眠りの底に沈めておくための。

 

 

 

「……どうした、害虫……その程度か……?」

 

 ならば、と手負いの剛大に襲い掛かるテラフォーマーの首を掴み、次の瞬間テラフォーマーは体液の霧と化す。

 

 

 

 

 ……これが、『1位』。『裏マーズ・ランキング』96人の頂点に立つ男の能力。

 

 ただの人間に与えられた、最強と呼べるまでに昇華されたベース生物の超常の力。

 

 

 小型の戦術核に匹敵する加害半径を有する攻撃を数秒とおかないインターバルで放つ事のできる、まさに『兵器』の領域にまで押し上げられた力。

 

 

 

「舐めるなよ、人間を……殺すなよ、人間を……それは……絶対に……」

 

 正気を失ったかのような怒りの表情で、ダリウスはテラフォーマーを叩き潰す。

 そこには、彼がここに来るまでに抑え込んでいた、その本性の姿があった。

 

 

―――――――――――――――

 

 人間が、大好きだった。好きで好きでたまらなかった。誰かが喜ぶのを見るのが好きだった。人が楽しそうにしていれば、自分も同じように楽しくなった。そう、とても、好きだった。何故なのかは自分でもわからない程に。

 

 

 そんな僕を、両親は優しい子として扱ってくれた。父は有名ではないものの熱烈なファンが付いていた歌手で、僕にも音楽の道を歩ませようとしてくれた。母は料理研究家で、僕によく料理を教えてくれていた。

 

 両親はよく、楽しそうに喧嘩をしていた。あの子は将来歌手になるんだ、いいや、料理人にするんだ、と。

 僕は毎回、それに仲裁に入ったのだ。どっちにもなるから仲良くして、と。

 

 十歳の時の事だ。父は突然、いなくなってしまった。母にそれを聞いたけど、帰ってきたのは毎回、「父さんは遠い所に行ったのよ」という答えだった。

 

 その意味がわからない年齢ではなかった。今思えば、その言葉は、僕にそう思わせるためのフェイクのようなものだったのだろう。

 

 

 父さんの為にも立派な歌手になって、母さんを喜ばせてあげる為にも立派な料理人になる。そう思い、僕は必死に練習をして、勉強をした。学校での成績も上の中、といったところで、友達も多かった。

 

 歌手として……といっても、場末の酒場で歌を披露してチップをもらう程度のものだったけど、とにかく歌手としてお金を稼ぐ機会を手に入れ、同時にその酒場で調理担当としてアルバイトをしていた。

 

 

 酒場で僕の歌を聞いてくれるお客さん。チップをくれる親切な人、チップを渡す程じゃない、とは言いつつもしっかり聞いてくれる人。僕を無視して飲み食いしている人。

 

 料理を食べてくれる人達。一人暮らしだから、という事でお邪魔して料理を作った時に喜んで美味しい、と言ってくれた友達。僕の成長を喜んでくれる母さん。もっと精進しろ、と酔っぱらいながら言われてしまった、酒場のお客さん。

 

 僕の人生で関わってきた人々。ああ、皆、大好きだった。

 

 

 でも、不思議に思ったんだ。大好き。本当にだ。この感情に偽りはない。でも、これは何なんだろうか? 両親にも、友達にも、恋人にも、他人であるお客さん達にも、皆に向けて存在する、この好きという感情は。思春期になって勉強して知った、愛や恋、友情といったものじゃない、ただ平等に、平坦に存在するこの好意は、一体何なんだろうか?

 

 

 ……そして、ある日の事だった。クラスメイトの一人が、放課後に僕を呼び出し、散々に罵った。元々、殆ど関わりは無かったけど時々僕の事を疎ましい目で見ている奴だった。たぶん、明確な理由は無いけど何となく嫌い、という感じで偶然機嫌が悪かったのだろう。料理の事、歌の事。彼は僕の頑張っている事を全否定し、何やら人殺しの物語の主人公がお前にそっくりだ、などという難癖を付けて僕に悪口を放ち続けた。自分の大切なものを否定されてカッとなり。

 

 気が付けば、僕の目の前には、頭から血を流して倒れている彼の姿があった。

 

 そこで僕は、事の重大さと、もう一つの事に震えていた。

 

 

 

 目の前の死体に感じる、この好意は何だ?

 

 

 

 死体である事が重要ではない。僕をさんざんにけなした彼に対する僕の感情が、これ?

 

 

 いや、今はそれに悩んでいる場合じゃない。ひとまずは、目の前のこれを何とかしないと。

 

 彼の体を持ち上げた時に、べったりとした血が僕の手に付いた。

 

 

 それを、僕は。よせばいいのに。いいや、何かの本能が僕に訴えかけてきたのか、それを止める事ができず。

 

 

 

 そして僕は、この好意の正体を理解した。

 

 

 

 僕の家は裕福で、母さんの職業柄、良い食材を良い腕で調理した最高の料理を僕は常日ごろから味わっていた。

 

 

 だから、僕の舌は肥えている、と自称してしまっても構わないだろう。

 

 

 

 その日、僕が食べた食材は。僕の事が大嫌いだったその食材は。

 

 

 これまでの人生で食べてきた料理が廃棄物か何かに思える程に、おいしかった。

 

 

 

―――――――――――

 

「日本に出回ってるかは知りませんけど、『人喰らいエスメラルダ』って物語、知ってますか?」

 

 

「いいや、知らないな」

 

 

「じゃあ、説明しますね」

 

 

 

 アメリカ大陸にまだ国ができていなかった頃の話です。ある所に、一人の奴隷の少女がいました。

 

 彼女の名はエスメラルダ。赤色の髪に白の肌、美しい緑の瞳を持った、故郷では歌姫として多くの人に愛されていた、それはそれは可愛らしい少女でした。

 

 彼女は、開拓の為にアメリカ大陸に送られました。でも、それが嫌で、偶然にも機会を経て逃げ出す事に成功しました。

 

 しかし、女の子一人で生きていくには、あまりに苛酷な、まだ発展段階の国。彼女が逃げ込んだうち捨てられた廃屋では、何もする事ができません。

 

 日に日にやつれ、死が少しづつ近づいてきたエスメラルダは、苦渋の決断をしました。そこを通りかかった旅人を襲い、荷物を奪ったのです。本当はこんな事はしたくなかったのでしょうが、仕方なかったのです。そして、自分の事がばれてしまわないように、その旅人を殺してしまいました。

 

 旅人の死体は丁重に埋葬し、エスメラルダは荷物の中の食糧を手に入れ、ひとまず生き永らえました。しかし、それは長くは持ちませんでした。川や海で魚を取ればよかったのかもしれません。何か作物を育てればよかったのかもしれません。でも、裕福な家庭に育った彼女にはそのような知識も経験もありませんでした。

 

 

 餓えた彼女は再び、旅人を襲いました。荷物を奪ったのですが、何と、食糧が入っていませんでした。このままでは死んでしまいます。荷物の中身を売って食糧を買おうにも、街に出れば奴隷だった自分の立場がばれてしまうかもしれません。

 ……目の前に、肉があるではありませんか。

 

 

 こうして、エスメラルダは旅人を襲って、その肉を食らうようになりました。しかし、か細い少女が旅人を自ら襲って成功する可能性は低く、これまでの成功も偶然のようなものでした。そこで、彼女はある事を考え着きました。

 

 旅人が自然道を歩いていると、美しい歌声が、突然響いてきました。

 自分と同じ旅人が、無聊を慰めているのかなと思い、旅人はその声のする方に向かいます。

 

 そこにあったのは、古びた廃屋です。旅人はそこに入り、そこで彼の意識は途切れました。

 

 

 そんな事が繰り返されていたある時、エスメラルダは一人の男性に出会いました。

 捕えた旅人なのですが、彼はエスメラルダの声に惚れ込み、彼女に一目惚れしてしまったというのです。

 

 これまで捕えてきた旅人には恐ろしい殺人者としか思われず、奴隷になる前にもそんな経験の無かったエスメラルダは、彼の情熱的なアプローチにすっかり惹かれてしまいました。

 

 ……ここで、彼が機転を利かせてエスメラルダの隙を付いて逃げ出すという展開になれば、この物語は終わっていたのでしょう。

 しかし、彼もまた正常な人間ではなかったのでしょう。

 

 二人は、仲良く暮らし始めました。子どももできました。そして、二人揃って旅人を襲撃し、その肉を食らい、荷物を奪ったのです。

 

 しかし、その生活は長くは続きませんでした。

 

 度重なる行方不明、『歌で旅人をおびき寄せる魔物』の噂を重く見た開拓団が、武装してやって来たのです。

 

 探索の末に二人は見つかり、廃屋から見つかった無数の人骨が決めてとなり、その場で殺されました。

 

 ですが、まだ幼かった赤ん坊は、何の罪も無いと助け出されたそうです。

 

 

 

「……なんていう、オチも何もない悪趣味な話ですよ」

 

 

「何故、このような話が作られたんだ?」

 

 渋い顔をしながらも首を傾げる剛大に、ダリウスは苦笑いを浮かべる。それは、遠い何かを見るような、曖昧な調子で。

 

「実話を純粋に描いた話だから、ですよ」

 

 そこで、ダリウスは少し戸惑い、やがて意を決したように、続く言葉をゆっくりと語ったのだった。

 

 

「エスメラルダ・オースティンという名の、哀れで狂った少女のね」

 

―――――――――――

 

 あれから、色々と変化があった。

 

 僕の歌に変化でもあったのか、人気が広がった事。

 料理人として認められ、立派なレストランのシェフとして身を立てる事ができた事。

 

 父さんは、死んだのではなくて、人を殺して、……そしてそれを食べて、捕まったのだという事。

 

 僕に罵声を浴びせた彼の言っていたはるか昔の物語に、僕と同じ姓の、恐ろしい殺人鬼がいた事。

 

 

 ああ、これはきっと、僕だけの感情ではなかったのだろう。

 

 父さんも、僕と同じような感情と悩みを抱いていたのだろうか。

 

 

 

 この好意が何なのか、理解できなかった。

 

 僕に悪意を向けてきた人間のそれでさえ、この上なく美味しかった。

 

 この僕の好意は、一体どのようなものなのだろう。

 

 

 

 

「おいおいー、こんな所に二人きりで呼び出して、お前そういう趣味でも……っ!?」

 

 わからない。

 

「あ、あのね……私、初めてだから優しくしてほしいな……え……?」

 

 わからない。

 

「あんた……やっぱり……あの人の……子なんだね……」

 

 ……わからない。

 

 

 

 沢山、試してみた。でも、どれも同じなんだ。どんなに僕に近くて、僕の事を想ってくれていた人達でも、何も変わらないんだ。好きなんだ。僕を大嫌いと言った人間と同じで、好きなんだ。

 

 

 

 わからない。教えてくれ。誰か、誰か。僕に。好き、とは何なのか。愛、とは何なのか。

 

 

 

 そしてついに、それを知る事は無く、僕は裁きを受ける事となった。

 

 薄暗い監獄の中で、僕は思い返していた。

 

 

 僕が、この好意の正体を確かめようとしなければ、こんな事にはならなかったのだろう。

 父さんは、僕が生まれて育つまで、これに耐え続けていたのだろうか。何と立派な人なのだろう。

 僕は、負けたのだ。これはきっと、遥か昔に僕に連なる人達に刻み込まれたものなのだ。

 

 何としてでも、人ではなく食材としてその肉しか理解する事ができなくなるような、呪いなのだろう。

 いいや、もしかしたら、それさえも言い訳なのかもしれない。ただの狂人の、先祖への責任転嫁なのかも。

 

 

 ああ、人間が、大好きだ。その意味は、わからない。それでも、時々神に願いたくなる。

 

 僕に、人間を肉としてではなく、人間として愛する心が塵程でも存在し、いつかそれが見つかる事が。

――――――――――

 

「ダリウス……」

 

 疲弊しきり、言葉を発するのもやっとという剛大を、ダリウスは何も言わなくていい、と手で制す。

 自分の過去を語った人間。自分が、他人を全て平坦な同じ感情を抱いて見ている異常者であるという事を知る人間。信用などされなくて当たりまえ。悍ましい化け物として見られていても仕方がない。

 

 

「僕の事が信用できない、恐ろしい、ってのはよくわかります。でも、今だけは信じてください。ちゃんと、剛大さんと班員の皆は守って……」

 

「いや、『薬』をくれないか」

 

 自嘲するかのような笑みで、ダリウスは両手を上げる。だが、剛大の言葉であっけに取られ。

 

 

 

「ハハ……はははっ! ですよね、そうでなくっちゃ! 何言ってるんだ僕は! ごめんなさい、守るなんてのはとんだ失礼だった!」

 

 狂気さえ浮かぶ喜びの混じった声で笑い、ダリウスは剛大に『薬』を渡す。

 

 

 それを隙と見たのかダリウスの背後から襲い掛かるテラフォーマー。

 

 しかし、ダリウスの首を掠めるかのように放たれた蹴りにより、頭を砕かれ吹き飛ばされる。

 

 

 

「有難う、さあ、行こうか」

 

「ええ、目標は……とりあえず部下達の救助、ですかね!」

 

 体がまだ動く、という事を確認し、剛大はダリウスの肩をぽん、と叩く。

 

 同じ"昆虫型"の能力を持つ二人は、テラフォーマーの群れに臆する事なく、前へと歩み始める。その行き先にあったのは、一隻の宇宙艦。剛大の目的地、第四班のそれであった。

 

―――――――――――

「ねえ、ミッシェルさん」

 

 夕暮れのビルの中で、ダリウスは椅子に座るミッシェルに、目を向けないまま話しかける。

 

「どうした、やっぱり怖くなったか?」

 

「いえ、どの道断ったところで、って感じですし……一つだけ聞いておきたい事があるんです」

 

 少し声色を落とすミッシェルと、それに少しだけ笑うダリウス。

 

「僕のベースとなる生物、って、選べるのでしょうか?」

 

 興味本位ではなく、少しだけ期待と不安の入り混じったような感情の声。

 

「いや、もう決まっている」

 

「そうですか」

 

 

「能力にすれば凄く危険で強い生物、だそうだ。成功者が出れば1位も狙えるかも、くらいの」

 

 それが慰めなのか何なのかよくわからなかったが、ミッシェルが若干フォローをしているかのように聞こえて、思わず薄くではあるが表情が緩んでしまう。

 

「何か希望でもあったのか?」

 

「いえ、ただ、もし手術を受けるんだったら」

 

 凄く危険で強い生物。この時点で希望は叶いそうにないや、と思いながら、ミッシェルの問いかけに軽く答えながらダリウスは窓から街を眺める。

 

 その目はふと一つの建物に吸い込まれる。それは、街外れの牧場の屠殺場だった。

 

 

「草食の生き物がいいなぁ、って思いまして」




観覧ありがとうございました。


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