深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第6話 日本班の決定

“2位”を迅速に確保する。

 

それは、彼らに下された至上命令だった。

極めて強力なベース。訓練時の映像などの公開情報から考えるに他の追随を許さぬ広域制圧能力。

そして、『新手術』の技術。

 

なんとかして、この力を手に入れたい。できれば無傷で、最悪死体でも、それを解析す れば有益な情報が手に入る。そのベースとなっている生物を手に入れられれば、他の上位ランカーの制圧にも使えるだろう。

 

 

岩をくりぬいて作られた一室で、数人の影が話しあっていた。

妖しく揺らめく蝋燭に、これまた岩を加工して作ったと思われる円卓。

それは奇しくも同時刻、地球で行われている各国の首脳会談のようであったが、それと比べてこの会議はあまりに薄汚く、暗く陰謀に満ちたものだった。

 

 

上位ランカーの捕獲と解析、それは大きな戦力になるに違いない。

そう考え、この火星に築かれた基地、天然素材に手を加えた要塞で策略を練る彼らは出撃命令を下す。

先の戦闘では先陣を切った部隊が各班を襲撃したものの、全て撃退されてしまった。

 

ロシア班に向かった部隊に至っては、全滅である。どれが本当でどれが嘘かもわからない各国の幹部搭乗員のMOベース。

それを確かめるためという目的もあったのだが、どれもはっきりとはしなかった。

そして不明な物がもう一つ。各幹部の専用装備。

 

彼らはこの任務に従事する前、地球で依頼人からこのアネックス第二計画の資料をもらっている。

今計画搭乗員のプロフィールが書かれたそれは、敵を知るという点で重要なものだ。

当然そこには、上位ランカーのみ持つ事を許された専用装備も書いてある。

 

ベースの性能をさらに強化するものだったり、汎用性の高い近接武器だったり。

だがしかし、幹部のそれは。

 

 

『SYSTEM:A』

 

『SYSTEM:N』

 

『SYSTEM:Y』

 

『SYSTEM:I』

 

『SYSTEM:K』

 

『SYSTEM:Ar』

 

以上6つ。それ以上の詳細情報、何も無し。

開発時のコードネームであろうものしか書かれていないのだ。これでは、専用装備から真のベースを予測することもできない。

 

彼らは、最大の敵のMO手術ベースを知らないまま戦わなくてはならない。

だがそれは、彼らとて同じ。彼らはここまで、自分達の存在すら知らなかったのだ。

ならば、十分に勝機はある。

 

 

 

そして、彼らの一人、フードを被ったまるで占い師の様な姿の男が、口を開く。

「俺が行って来よう。奴には死相が見えるんでな」

 

言ったきり、答えを聞くこともなく男は部屋を出て行く。

 

その場に居並ぶ人間は、無言でそれを見送った。

 

―――――――――――――――――

 

 

「うし、じゃあそろそろ行動開始といきますか」

 

休息を終えた日本班。静香の塩ケーキという事件こそあったものの、作り直されたケーキを食べ、軽食で腹ごしらえを終えた彼らは、それぞれ自分のベースとなっている生物に合った『薬』を持って外に出ていた。

 

 

宇宙艦の外、日本班の15名+1名が立ち並び、これからの任務のための編成を行っている。

指揮をとるのは、日本班班長、島原剛大。

 

「まずは今後の作戦についてだ」

 

「先程襲撃してきた三人に関してだが、奴らに該当するデータはこちらの搭乗員にもアネックス一号の方にも無かった」

 

それを聞き、ざわつく日本班。

 

 

 

無理も無い。襲撃者達のデータはアネックス一号の100人、今計画の96人、そのどちらにもなかったのだ。

 

と、いうことは。彼らは、アネックス計画で無い何かで火星に居る人間、という事だ。

 

 

裏切り者、と言ってもそれが2つのアネックス計画、合わせて196人の中から出てきたものだけならば、その数はたかが知れている。

 

 

だが、これで一気に状況は悪化してしまった。『裏切り者』の戦力は、また別の方法で火星にやってきていたのだ。

 

これでは、数も特定できないし、どのような装備を持ち、それらがどのくらいの規模なのかもわからない。

 

 

相手の全容をまず知らない事には、対策の立てようがない。

 

「恐らく奴らは我々の出発より前に火星に辿りつき、拠点を構築しているものと考えられる」

 

 

 

少し落ち着きを取り戻したものの、騒ぎそのものは収まらない。

 

 

元々彼らは対テラフォーマーではなく、対人戦も考慮して構成されたメンバーだ。

 

特に幹部搭乗員(オフィサー)の中には、対テラフォーマーを捨て去り対MO手術被術者戦に特化している者もいる。

 

しかし、『裏切り者』と襲いかかって来るテラフォーマー、二つを秤にかけて、どちらが脅威か。

 

 そう言われると、微妙な所がある。

 

 着陸後、アネックス本艦と合流して共同で任務をこなす、それが元々の任務である。

 

 その上で『裏切り者』が行動を起こしたならば始末する。

 

 だが、計画は大きく歪んでしまった。彼らはまだ知らないが、アネックス1号は熱圏上部でテラフォーマーに襲われ、6つの班に分かれて脱出するという『プランδ』に移行している。

 

 当の彼らも艦自体の制御が失われ、不時着という事態になってしまった。

 

 そして、アネックス計画以外で火星に到達できている人間がいるのだとしたら、それは別のロケットでアネックス計画以前にどこかの誰かが火星に人員を送り込んだに違いない。

 

 だとすれば、どのようにテラフォーマーの攻撃を凌いだのかはわからないが、アネックス計画の人員がやってくるまで火星で待機していたという事になる。

 

 いつまでも宇宙艦に籠っているわけにもいかない以上、敵は司令部を構築し、一つの組織としてこの火星で自分達を狙っているという事がありえる。

 

 このまま各班バラバラになってしまえば、組織化している敵に各個撃破されるのは目に見えている。

 

「どのような形かはわからんが、大規模な施設があるはずだ、それを少人数でいくつかの班に分けて捜索する。そして、あわよくば他の班と合流し、戦力を増強するぞ!」

 

 

 小規模偵察による敵拠点発見と他班との合流。それが、日本の決定だった。

 

 

 当然、それに異議を唱える者はいない。全員が、これからの戦いに気を引き締めていた。

 

 その班員達の様子を見て、剛大は真剣な顔で首を縦に振る。

 

「諸君らの活躍に期待する。では、役割分けだが……」

 

 

―――――――――――――――

 

「ったく、俺らが偵察役かあ」

「しょうがないでしょ、ある程度の戦力が無いと危険な任務なんだから……」

「頼りにしてるぜ、上位ランカーさん」

 

 宇宙艦でもやりとりがあった三人組、俊輝と静香、拓也。彼ら三人は火星の岩影に身を隠しながら宇宙艦を離れ、周囲の様子を見張っていた。

 

 ここでは何が起こるかわからない。偶然他の班員に会うかもしれないし、敵に会うかもしれない。

 でかいゴキブリ(テラフォーマー)に出くわさないとも限らない。

 

 だからこそ、慎重を期さなくてはならないのだ。

 

 上位ランカーでなくとも、班員を失ってしまえば遂行できる作戦の幅は大きく狭まる。

 

 今回の計画、各班16人という少人数では特に。

 

 

「さてさて、では」

 

 俊輝は自分のポケットから注射器型の薬を取り出し、自分の首に突き刺す。

 

 

「ん……?」

「おいおい、薬の無駄遣いはダメって班長に……」

 

 その唐突な行動に静香も拓也も不思議そうな顔をする。俊輝の行動が理解できていない様子だ。

 

 二人の反応を無視し、変態した俊輝は腕の付け根に生えた二本の刃で近くの岩を力任せに切り裂いた。

 

「なっ、テメッ、何故わかった!?」

 

 一人の男が、慌てて岩影から退避する。その姿は甲殻に覆われ、すでに変態を終えている様子。

 その重厚な黒色の甲皮は、バグズ手術でもベースの一つにされていた昆虫、『クロカタゾウムシ』のもの。

 あのまま反応が遅かったらいくら頑丈とはいえダメージは避けられなかっただろう。

 

 

「よう、裏切り者さん。アンタも偵察かい? 俺達もなんだ、仲良くしてくれよ?」

 

 男が戦闘態勢を整えようと身構えた瞬間、俊輝の左腕が振るわれる。

 そして、くるくると宙を舞う棒状の物。

 

 男がそれの正体に気がついた時、その顔は見つかった事への焦りから絶望へと変わっていった。

 

「ああぁ! 腕が、腕があ!」

 

 血を撒き散らして地面に落ちた男の腕を踏みつけ、俊輝は一歩前に出る。

 人間に踏まれても平気な『クロカタゾウムシ』の甲皮を一撃で破るほどの力は俊輝にはない。

 だから、どんなに堅い装甲を有する昆虫でも持っている弱点、間接の隙間を『切断』したのだ。

 

――――――――――――――――

 

 その生物は、基本的にはとても温厚である。

 

 だが、その顎の力は強靭で、人間の髪の毛でも切断できる力を持っている。

 

 

 しかし。

 

 

 

 そんな生物の分類の一つ、ある一族は、非常に獰猛。

 

 

 

 複数の個体を同居させれば、そこは凄惨な戦場へと姿を変える。

 

 

 

 そもそも人為的に同居させなくても、捕獲された野生個体ですら欠損が多い事を見れば、この生物の性格というものがよくわかる。

 

 

 そして、その一族でも随一に獰猛、さらにはそれだけで飽き足らず大顎を発達させた種がいる。

 

 人間でも挟まれたら出血は免れず、その顎の力は太さ2cmの枝ですら切断してしまう。

 

 

 その草食昆虫、という響きとは程遠い姿に、その科が関する名のような控え目な表現は全くお似合いではない。

 

 

 無敵のはずの甲皮をあっさり突破され、落ちた腕を茫然と見つめる男。

 

 

 それを俊輝は、真正面から見つめる。

 

 その姿は、獲物を、本来喰らう必要もない他者の命を奪う暴君のそれだった。

 

 

 

 

「そこのイカしたお兄さん、俺は年中無休、15時間くらい営業だ」

 

 

 

 

「お安くしとくぜ、ちょっとその命、切ってってくれよ」

 

 

 

 

 

 

山野俊輝  

 

 

 

 

 

 

 

国籍:日本

 

 

 

20歳 ♂  182cm 79kg

 

 

 

 

『裏マーズ・ランキング』9位

 

 

 

 

 

 

 

MO手術 “昆虫型”

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――オオキバウスバカミキリ―――――――――――――――

 

 

 




観覧ありがとうございました。


ようやく主人公のベース発表です。小説のタグに付けてあった生き物なのでほとんどの方は予想できていたでしょうが……

えっ、紹介が完全に悪役……?

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