深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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これでGW分の更新は終了となります。
ここまでは多少無理を押してでも進めておきたかった……




幕間 神のスペア

 2620年 4月 19日 地球 

 

 

 

「……計画は、どうなっている」

「『ノア1号』からの続報はまだか」

 

 城のような大仰な、古めかしくも荘厳な雰囲気を持った、しかし、どこか未来的な印象も与える建造物。その最奥部にある大広間で、彼らは話し合っていた。

 

 そこに居並ぶ彼らに統一感というものは全く見られない。服装、髪、肌、目の色。世界中の人種、民族を適当に選び抜いたかのような光景。しかし、奇妙な共通点が一つだけ。

 

 彼らは皆、まるで、人間であるのに人間ではないかのような、そんな、威圧感に近い風格を持っているのだ。

 

「何、焦る事はない。まあ待とうではないか、我らの当主が、かの深緑の星から何を得るのかを」

 

 落ち着かない雰囲気の彼らを窘めるかのように、その内の一人、まるで浮浪者のようなボロボロの古着を身に着けた中年の男性が一度手を叩く。

 

 それで一応の落ち着きを見せたのか、彼らは再び話し始めた。先ほどの話題も含んでいるが、それぞれの近況や報告などといった内容のものを。

 

 

 『ニュートンの一族』。人間を品種改良し、その先に至らんとする、『新たなる人類』。彼らは皆、それに連なる者達である。

 定例の集まりの日にはまだ遠い。しかし、臨時で彼らは集合し、今この場所で会合を行っていた。

 その議題は、現当主について。

 

 とあるものを手に入れる為火星に赴いた、彼らの当主。その目的の全てを知るのは一族の中でもごく一部である。

 しかし、一族の当主が、最も先へ進んでいる人間が死の危険を冒してまで旅に出ている事に感心を持たない人間はこの場にはいない。

 もし命を落としでもすれば、一族そのものの歴史が一歩後退する事となる。だが、お目当てのものを持ち帰る事ができたのであれば。

 それは、彼らの大望を大きく躍進させる事となるだろう。

 

 その当主を火星まで迎えにいった二人からは定期的に通信が入っており、もう数時間で火星に到着する、というのが最新のものである。

 今の所は問題無し。だが、いかに人類の最先端を進む一族たちといえども、やきもきするし平静な気分を保っていられない事は否定できない。

 しかしながら、その空気も長くは続かず。

 

 

 

 

「やあやあ諸君、調子はいかがかな?」

 

 

 

 

 そんな期待と不安の入り混じった話し合いは、開かれた広間の扉とそこに立っていた人間の姿を見た途端に剣呑な空気を纏う事となった。

 

 この時代には明らかに不釣り合いな一枚布の衣服を纏った金髪碧眼の青年と、その青年に付き従うスーツの年若い女性。二人の服の左胸にあしらわれているのは、二重螺旋とその先端に付いた血に濡れた槍の穂先という紋章。

 

 

「……貴方様を本日の集まりに呼んだ覚えは無いのですが」

 

 

 青年に向けて、誰ともなく声がかけられる。言葉遣いでこそ丁寧であるが、そこに込められた感情は、警戒と軽蔑、そして恐怖。

 

「オリヴィエ様、本日はどのようなご用件で?」

 

 その場に居並ぶ全員の口数が少なくなり、空気も次第に重くなっていく中、ボロ着の男性が皆を守るようにオリヴィエに近づき、恭しく礼をする。

 

「あまり警戒しないでくれたまえ、ミルチャ君。ご用件も何も、皆と同じだけど? ホラ、ジョセフ君の事が気になっただけさ」

 

 その言葉を聞き、ボロ着の男性、ミルチャはほっと息を付く。

 ……わけもなく。

 

「そうですか、では連絡があり次第そちらにも通達するよう手配しましょう。御身に何かがあれば一族の損失となります、今日のところはお帰りを」

 

 できる限り丁寧に接そうとはしているものの、その言葉からは負の感情が抑えられず、ひしひしと部屋全体に伝わる。

 それは、空気だけではなく、現実に、武器と呼べるものを今にも取り出さんとしている人間が何人かいるためだ。

 

「いや、私はここで死んでも別に……まあ、上手くいけばそれでいいと思うよ。ジョセフ君が健闘叶わず火星で死んじゃったり不幸にも帰りの船に爆弾とかが仕掛けられてて宇宙の藻屑になったりした時が私の出番だからね」

 

「ッ! ファティマに連絡しろ! 今すぐ『ノア1号』の臨時メンテナンスを行え、と!」

 

「軽い冗談だよ」

 

 振り返り、大声で指示を出すミルチャと、苦笑いを浮かべ、両手を広げ肩をすくめるオリヴィエ。

 いよいよ一触即発、血を見る事は避けられない、と爆発しそうな空気になってきた、その時。

 

 

「わあ、オリヴィエ様! 来ていらっしゃったんですか!?」

 

 喜びに溢れた声で、広間の扉の一つから、一人の少女がオリヴィエに駆け寄る。

 着物の一種、袿を何枚も重ねた、時代錯誤という点ではオリヴィエと似たような装束に、腰に差した太刀。

 長く艶やかな黒髪と細身ではあるが整った体形と幼さが残りながらも気品を感じさせる容貌を持った、和人形のような、という表現が似合っているその少女は、オリヴィエの手を握り、服装と全体から染み出す優雅さに似合わない身軽な動作でぴょんぴょんと跳ね、全身で喜びを表現している。

 

「うん、久しぶり。大きくなったねー」

 

 オリヴィエも少女の頭を撫で、柔らかな笑顔を浮かべる。久しぶりに会う親戚との和やかな対面。色眼鏡無しで普通に見れば、そう思えるような光景。

 しかし、この場に居合わせた両陣営ともで、そう思わない人間たちが。

 

 

 片方は、ミルチャ達、そこに居合わせた一族の皆。程度の差こそあれど、少女に軽蔑するような目を向けている。これは、オリヴィエという人間と仲良くしている、という理由もあるが、この少女という存在そのものへ向けられたものでもあった。

 ここに居並び話し合う一族の人間と同部屋ではなかった、という点から、その理由の一端が伺える。

 

 

「……そろそろオリヴィエ様から手を放して欲しいっす、チコちゃん」

 

 ……もう片方。それは、オリヴィエに付き従う秘書の女性。チコ、と呼んだ少女の肩を掴み、無理やり引きはがす。

 

「あ、いたんですね、しえいちゃん」

 

「しえいじゃなくて希维(シウェイ)、っすけどね」

 

 我関せず、なオリヴィエの隣でお互い笑顔で会話をする二人。その姿は友達のそれだ。しかしである。

 

 

「オリヴィエ様は今から帰るんすから、いい加減服を握るのをやめるっす」

 

「あら? オリヴィエ様は何もおっしゃっていませんよ? しえいちゃんが決める事では無いのでは?」

 

 バチバチと散る火花。そしてついには。

 

 

 

「私とオリヴィエ様の仲を裂こうだなんてしえいちゃんの泥棒猫!」

「チコちゃんには色々とまだ早いっす!」

 

 チコの手が動き、空気を薙ぐ音。同時に、希维が自身の懐に手を入れる。

 

 人間の最先端を行く一族の人間でさえ目で追うのがぎりぎり、という速度で、両者は両者にそれぞれの凶器を向ける。

 

 希维の首の横、1センチもない距離でぴたり、と停止した極薄の刃。

 チコの眉間に突きつけられた、ナイフを着剣した拳銃。

 

 両者一歩も動じず、そのまま時間のみが経過する。その沈黙がどれだけ続くのか、と居並ぶ一族が思い始めた頃。

 

「さ、帰ろう。用事は済んだ事だし、長居しても皆さんに悪いしね」

 

 オリヴィエの言葉で、二人はお互いの武器を下す。

 

 

「うう……お帰りになってしまうのですかぁ……」

 

「支度するっす!」

 

 がっくりと肩を落とすチコと、デキる従者ですよ、とアピールしながらもチコにふふーん、というしたり顔を向ける希维。

 二人は、背を向け部屋を後にする。

 

「あ、そうだ」

 

 扉をくぐるその時、オリヴィエは首だけを後ろに向け居並ぶ面々を見回す。そして。

 

 

 

「『神』に至るのは一人でいいと思わないかい?」

 

 

 

 宣戦布告をし、今度こそ扉を閉め、オリヴィエは去っていく。

 

 

 

 

 静寂に包まれた室内、そこに入って来たのは、通信の連絡だった。

 

 

 

 

「ノア1号より、臨時の艦内点検を行った結果、十二カ所に不審な物体を発見、これを処理したとの事」

 




観覧ありがとうございました。

 次回からの更新は作者の事情によりのんびりとしたものになる予定です。ただ、最近凄く小説書くのが楽しいので隙を見つけて書けてしまったら案外早く更新するかもです。

自分で読み返すとなんか最強系主人公みたいですねこの人。

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