深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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この話は少し特殊な扱いです、一言で言えばネタバレみたいな感じです(意味不明)
この回に読み飛ばしたら今後ストーリーや設定の理解に困る、というような情報はありません。内容の一端は本編でも語られるものです。
登場人物の一人の過去&内心の回となっていて、この話を先に読むと本編を読む際に色々見方が変わってくる可能性があります。具体的にはここでは申し上げられませんが、途中まで読んで「あ、これ今読まない方が良さそうなやつだ」と思われたら飛ばしてしまってください。


第46.5話 疑念の砂漠の底より

 

 生まれた時から、いい事など何一つ無い人生だった。

 

 

 日本人の母と中国人の父。日本で大手の製薬会社で開発職として勤めていた父親に、その会社でパート勤務をしていた母親。ごく普通の恋愛結婚で、ごく普通に幸せだったという。

 

 だが、父は嵌められた。自分が信じていた、同郷の友人に。

 

 金に目が眩んだ技術漏洩。その責任を、そいつは俺の父に押し付けたのだ。

 職を追われ、国にいられなくなった両親は父の生まれ故郷へと海を渡る事となった。俺がまだしゃべる事もできなかった時の話だ。

 

 新たな土地で、両親は必死に頑張ったそうだ。幼い俺を育てる為。母にとっては慣れない土地で。父は周囲の悪意ある人間から一度国を捨てた裏切り者、などという理不尽な罵詈雑言を受けながら。

 

 努力を重ね、十年近くの歳月が経ち、両親は新しい事業、詳しくは教えられなかったが宇宙開発か何かの機関へと部品を納入するというものを始め、それが軌道に乗ってきた次の年の事だった。

 

 両親は、また裏切られた。

 

 事業の立ち上げに協力してくれた実業家だった。最初から、俺の両親のそれを奪う目的で手を貸してきたそうだ。

 

 起業を決めた時の父の喜んだ顔は今でも頭に焼き付いている。

 

 

―――子どもの時からの友達がバックアップしてくれる事になった、と。

 

 

 両親に二人の話をせがんだ時、悪い事をした俺に説教をする時、父は決まって最初に裏切られた時の話をしてくれた。

 付き合いこそそんなに長くなかったけどいいヤツだと思ってたんだけどな、お前は友達に悪い事したりしちゃダメだぞ、と。

 

 俺はそれを守って幼少期を過ごしてきた。だが、俺と両親が暮らしていた場所はお世辞にも治安がいいとは言い切れない場所だった。お人よしは食われるだけ。それは、子ども達の間でも同じだったんだ。

 気を許せる友人、といえるような人間はいなかった。裏の探り合い、子どもと子どもの間で何と馬鹿らしい。でも、俺は父を尊敬していたし信じていた。だから、いつか本当に、お互い信じあえる友達ができると信じて日々を過ごした。

 

 そう俺に教えた父も、同じ考えだったんだろう。その結果が、コレか。

 俺は、この一件で他人を信用しなくなった。気を許して共に笑い合うような関係を持たなくなった、というべきか。

 

 

 両親は、再び辛い暮らしに転落して、俺を学校に通わせてくれてはいたが、少しずつその明るさを失っていった。

 今度こそ立ち直れなかったのか。それに加えて、同級生との関わりも碌に持たず学生生活を楽しむ様子もなくいつも暗い顔をしている俺を見るのが嫌だったのだろう。

 

 

 そして、ある日唐突に、何の前触れも無く、俺は国の実験台として両親に売られた。

 

 朝起きて、いつものボロ小屋ではなく病院のような場所のベッドで寝ていた時に、俺は自分がどうなったのかをすぐに察し、自分で思い返しても驚くほど冷静にそれを受け入れていた。

 

 これまで両親はずっと頑張ってきた。馬鹿正直に人を信じて。努力すれば報われる、と。何か特別なものを望んでいたわけではない。ただ、人として、人並みに幸せになりたかっただけなんだ。でも、それを世の中は許さなかった。

 

 俺は両親に裏切られた、のかもしれない。だが、俺は両親を恨んだり憎んだりはしなかった。……ただ、疑うだけではなく、人を嵌めてでものし上がってやろう、と思うようになったが。

 あの人達は本気で俺を愛してくれていた。でも、ある日、ぽっきりと折れてしまったのだろう。

 俺を売って手に入れた金で、二人は何をしているのだろうか。幸せになってくれていれば嬉しい。

 

 その後、俺は両親の消息を調べた事はない。

 

 それはともかくとして、俺は実験台として、手術を受ける事になった。

 当時は何かよくわからないものとしか考えなかったパッチテストのようなものを行い、その結果を見て、周りの白衣の連中が喜んでいた事を覚えている。俺は、その何かに適性があったようだった。

 

 本手術の前日、好きなものを食べさせてもらえる、という事だった。

 売られてきた実験動物への情け。ああ、これは、死ぬ可能性が高い手術なのだと理解できた。

 

 

 そして、目が覚めて。

 

 

 

 俺は、手術に成功したようだった。そこで初めて聞かされた、俺の手術と、俺がこれから従事する事になる任務の話。

 

 他の生物の因子を体内に埋め込み、人の身でその生物の持つ技能を使用できるようにするという、夢のような技術。

 俺に組み込まれた生物は、希少かつ非常に強力なものであるという事。

 成功確率が1%を切っていたという事。

 

 

 そんな大仰なものを施してまで、何がしたいのか?

 その答えは、思ったよりもシンプルで。

 

 

 人類の未来の為に火星に飛び立つ。……そして、それを裏切り、皆殺しにする。

 

 俺は、その実働部隊を総べる立場となるのだ、と。

 

 

 任務そのものには、特に思う所はなかった。元々拒否権なんてなかったし、裏切りは世の常。むしろ、これまで散々裏切られてきた自分が、逆に裏切ってやるのだと。自分の両親を苦しめた世界に構う事などないのだと。

 

 ただ恐らく、その任務で死を迎えるだろうと思った。

 一方的な戦いではなく、相手は必死に抵抗するだろう。

 

 武術の心得もない俺が、人を取り仕切る役割などした事もない俺が、戦場で最後まで生きて残れるなどとは、とても思えない。

 

 そんな俺に、連中は良い事を教えてくれた。

 指揮官という立場であるが、お前の価値はその身に取り込んだ『能力(チカラ)』なのだと。お前の仕事は、

それを振るいデータを得る事が殆どなのだと。

 その通り、事実として自分と共に任務を遂行する部隊には副官という名義で軍人の出の人間がいて、部隊運用は主にそちらに任せておけばよかった。

 

 指揮権や決定権は自分にあったが、それを己が振るう事は稀だった。一応、指揮官としての訓練は受けたには受けたが。

 

 班員達は俺にはあまり近づいてこなかった。当然だ。兵器に友や仲間など必要ない。俺があまり触れ合うような事をしなかった、というのも理由だったのだろう。

 

 

 そんなある日、友人ができた。といっても、人ではない。研究室で飼育されていた、俺の『能力』の元となった生き物だ。赤黒くて大きいミミズのようなそれに、俺はよく話しかけていた。

 

 独りぼっち。その生き物はきっと故郷に仲間とか家族とか友達がいて、無理やり連れてこられた。俺は周りに誰もいなかった。理由は違えど、同じ立場。

 

 訓練が辛いだの今日のご飯がどうだっただのの愚痴をそいつに聞いてもらい、そいつは理解しているのかしていないのか、それに反応を返す。

 

 変わり映えのしない日々が続き。

 

 

 

 ……俺は、クレジットカードを落として空腹に苦しんでいた。何やら面倒な手続きがあるらしく、しばらくかかるとの事。手持ちの金は殆どない。仕事の話以外をしない班員に借りる事などできるはずもなく。

 

「おーい、大丈夫ですかー。えっと、死んでないよな……」

 

 疲労と空腹が限界に達し、床に倒れる俺に、声をかけてきたのが一人。

 日本第二班所属の、俺と同い年の男だった。

 "9位"。俺が参加する計画は、それの本計画の増援部隊という名目のもの。

 そこに付けられるランキングの基準は、『手術』を受けた人間を相手取った際の能力で定められている。

 その中の9位。ランキングを偽装している俺を除いて各班の幹部が占める6位に相当近い、計画を遂行する上での脅威の一人。

 

 そのような立場のアイツ、俊輝は。疑わしい立場である俺に。逆の立場であったら無言で離れるような状況で。 初対面である俺に笑いながら話しかけ、とりとめもない話をしてきたのだ。

 なんだコイツは。そう思いながらも、俺は適当に話を合わせた。

 

 ……楽しかった。打算も目的もなく、ただ会話をするのが。信用はしていなかった。四班所属の俺から情報を得るために接触してきたのだろう。そう考え、逆に利用してやる、くらいの感覚だった。

 だが、そんな俺に俊輝は自分の持っていた食糧を渡し、さらに食事をしよう、などと言いだしたのだ。

 

 未知の生き物だった。だが、俺の驚きはそこでは終わらなかった。

 ラーメンライスなる謎の料理。ラーメンが中国料理で米が日本の主食だから日中友好、などという謎の理論。そもそも中国でも米は主食の一つだ、というのは飲み込んだ。

 

 問題なのはその後の、お会計の時。

 あいつは、俺が金を持っていない事を知った上で食事に誘い、さらには俺の分まで金を払ったのだ。

 

 金が入ったら返す、と言った俺に、あいつは言ったんだ。

 

 素直に受けてくれ、友達だろう、と。

 

 

 何を言っているのだろうか、と思った。だが、同時にこうも思った。意味の無いような会話を楽しみ、困った時には助けてくれる。これが、俺がこれまでずっと避けてきた、逃げてきた、友達、というものなのか、と。

 勿論食事の一度程度で完全に信用したわけではない。俺はそこまで甘い人間ではない。だが。

 

 俺はその事を研究室のあいつに喜々として報告したのだ。その部分はいまいち記憶にないが。そして、その次の日。

 

 研究室の、俺と同じ独りぼっちだった、俺の1番目の、いいや、0番目と言えるような友達は。

 サンプル採取の無理が祟り、死んだ。

 

 

 それから、俺は第二班の連中とつるむようになった。俊輝と、その友人たち。

 色々な事をして遊んだ。それこそ、小中学生かよ、というようなものから、親睦旅行の時に女子風呂の覗きや落とし穴を掘る、というような危ないものまで。

 

 ああ、間違いなく、楽しかった。本当に。友達というものは、こんなにも素晴らしいものであったとは思わなかった。これまでの反動もあってオーバーに感じているのかも、とは思ったが、それでもいい、とその思考は切って捨てた。

 

 

 そして、そうやって楽しく騒いだり馬鹿をやったりした日の夜は決まって。

 

 

 

 

「オエェ……」

 

 眠れず、吐き続けた。

 

 自分は、彼らを裏切るのだ。かけがえのない友という存在を、彼らの自分に向けてくれるものを、己が踏みにじるのだ。

 計画に参加した事を悔やんだ。いっその事、彼らに全てを打ち明けてしまおうか、と考えた。

 

 だが、それをして何になる、と踏みとどまった。それがどこかから自身の所属に漏れてしまえば。いや、確実に漏れるだろう。一般人の出で国への忠義も怪しい自分には監視が付いているだろうから。

 そうなれば、友の死期が早くなる、それだけの結果に終わるのだから。

 

 

 

「班長、最近明るくなりましたね」

「そうか?」

 

「あの……これ、実家から送られてきた野菜です……」

「あ、ああ……ありがとう……」

 

「空の散歩しようぜ! ほら、あたし飛べるから!」

「悪い、高所恐怖症気味なんだ」

 

 第二班の連中と一緒に過ごすようになってから、自分の班員たちからも話しかけられるようになってきた。

 無自覚だが、前よりも表情が柔らかくなっていたのだろう。

 

 親交というのは決して悪いものではない。それが友に人類を裏切る共犯者の仲間であるなら、信用するというのも。

 自分の内心の変化には少し驚いたが、それでもそれは良い変化だ、と信じ、班員達とも会話をし、業務の手伝い、アドバイスを積極的にしたし業務後の付き合いにも参加した。

 

 こうして、国を裏切れない理由が一つ増えた。

 

 

 

 出発の日が近づいて来た。嫌だ、嫌だ、と夜は布団の中で泣き喚き、睡眠薬の量は日に日に増えていく。

 もうどうしようもない。俺は、せめて友達が苦しまないように最期を迎える事を祈る事しかできなかった。

 

 本当は、彼らにお礼がしたかった。俺が貰った、彼らにとってはなんてことの無い、俺にとっては抱えきれないほど大きなものの一部でもお返しがしたかった。

 

 会わない方がいい、そう考えていた。

 

 でも。

 

「一つ、提案がある」

 

 珍しい班長の言葉に、俺の部下たちはこちらに顔を向けてくる。

 俺が提案したそれを聞いて、反応は様々だった。不審がる者、疑いの目を向けるもの。それが当然だったが、何故かそれを受け入れた者もいた。

 

 

 ついに地球を旅立つその日。俺は、第二班の高速宇宙艦に乗り込んだのだった。

 

 

 スパイ、隙を見せればその場で殲滅。そんなもっともらしい理由。だが、その裏の俺の本心に、班員の皆は気付いていたのだろうか。今となっては、その答えがどうであっても何も変わらない事だが。

 

 

 勿論、剛大班長の監視を受けながらも搭乗員として受け入れられ、班員の皆とわいわい騒ぎながら到着まで訓練の日々。火星に辿り着き、自分は知っていた襲撃を受け、これを追い払い。

 

 偵察の任務で、俺と俊輝、静香は火星で待機していた連中の仕切り役の一人、アレハンドロと遭遇した。

 クスリでも使っていたのか、今作戦の統括である俺の顔もわからず襲い掛かって来るアレハンドロに、俺は内心呆れながらも、感謝していた。

 

 ここが潮時であると。できる限りきれいな形で友達と決別する機会を与えてくれたのだと。

 なんと汚らしい考えなのだろう。俺は、この状況に至って、裏切り者である自分をその最期まで軽蔑してほしくない、と考えていたのだから。

 

 こうして、俺は第四班と合流し、元の任務に戻った。

 準備を整えた上での今日迎えた大攻勢。

 

 総力で、裏アネックス計画をぶち壊す。

 地球で一緒にはしゃぎまわった仲間達は、何人が生き残っているだろうか。そんな事に思いを巡らせ、俺はその指示を出した。

 

 

 戦場は膠着し、むしろこちらが押されている。そんなさ中、襲撃してきたのは、第一班の残党。自分の班員達を傷つけさせはしない、と戦い、これを撃破する。

 

 その後やってきたのは。俺が、もう会えないと思っていた人達だった。

 

 内心でどんなに狂喜した事か。

 ああ、これで。もう二度と会う事は無いと思っていた彼らを、助ける事ができる。捕虜という名目で。

 

 ただ、同時に思ったのだ。知られてしまった。裏切り者、であると。俺はもう、彼らの友ではいられない、と。

 

 最後に、あいつがやってきた。俺の、最初にできた友達。

 

 

 最初に、できる限り感情を出さずに言う。

 全ては虚偽であったと。最初から、お前たちを利用する為だったのだと。

 

 皆はそれに絶望した表情を見せていた。そして、あいつがやってきた後、それに追い打ちをかけるように言い放つ。

 

「常識的に考えて一班を仕切る幹部が敵になる国のただの班員と馴れ合うわけねえだろ、馬鹿か?」

 

――――やめてくれ

 

 それでいい。

 

――――違うんだ

 

 俺はお前達のお友達なんかじゃなくて。

 

――――俺は――

 

 ただの、敵だ

 

――――俺は――――

 

 

 

 大切な思い出を、自ら穢した。

 

 

 もういいだろう。いつまでも馴れ合っている場合じゃない。いい加減に夢から覚めろ、と。

 

 

 俺の内心にぽつんと浮かんできたそれは、彼らに向けた言葉だったのか。それとも。

 

 

「わかった……だったら」

 

「ぶん殴って謝らせて……地球に連れ帰る」

 

 

 その言葉を、俊輝は全く理解していないようだった。初対面の時の事が頭に浮かぶ。

 あの時は、自分が俊輝の事を全く理解していなかったが。今は、逆だ。

 

 皮肉なものだ、と俺は笑う。

 

 俊輝が己の腕の刃を構え。俺もそれに対して自身の武器を取り出す。

 

 友達ではない。裏切り者……ですらない。最初からそっちの仲間じゃなかった、そう言っているだろう!?

 

 

 俺が、お前を叩きのめして、捕虜として地球に送り返してやる。

 単に敵に利用価値があると考えられてそうされた、お前が考えるのはそれだけでいい。

 

 

 皆、昔の俺のように思わないでくれ、友達に裏切られた、などと考えないでくれ。何も信じない、昔の俺みたいな人間にはならないでくれ。

 裏切ったんじゃない、最初から、友達なんかじゃなかった奴なんだと思ってくれ。

 

 

 

 

 

 ああ、俊輝。

 

 疑心の底に沈んでいた俺を、馬鹿みたいに笑いながら掬い上げてくれた、かけがえのないしんゆ……いいや、俺にお前をこう呼ぶ権利などないか。友よ。

 

 

 

 もし奇跡でも起こるのであれば。

 この絶望的なまでの戦力差を覆せるのであれば。

 お前の力がそれに値するのであれば。

 

 

 

 

――この醜い、心の無い兵器を、お前の手で、ただの敵として殺してくれ

 

 

 

 

 




観覧ありがとうございました。

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