深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第46話です。ふと見返すとサブタイトルに「決」の字が結構な割合でありますね。
……決戦とか決闘って使いやすいんだもの!しょうがないじゃない!

 戦闘プラス会話です。


第46話 赤い決戦

"worm"。芋虫、青虫、蛆虫、蚯蚓(ミミズ)等の体が柔らかく手足の無い下等な生物の総称。

 

 

 

 

 

 

 それに加え。

 

 

 

 

 

 

 古き神話で、足を持たぬ龍を指す言葉である。

 

 

―――――――

 

 

 その正体は、砂漠環境に適応し特殊な進化を遂げた蚯蚓(ミミズ)の一種であった。

 

 

 食性は土中の豊富な有機物を食らう平和的なものから肉食に寄った雑食に変化し。

 

 

 その生活域を生き抜く為、獲物を食らう為に発展したその能力の数々。

 

 噂に違わぬ電気。それを用いた電気定位と放電による自衛。かつてはそれを受けた時の症状から火を吐く、と考えられていた、酸を含む強力な筋肉毒。

 

 砂漠の深層を住処とするための、流砂の中を掘り進む事ができる程に発展した筋肉。

 

 その全てが、他の生物との闘争における凶器として機能する。

 

――――――――――

 

「いやー、何日ぶりだっけ? 1日目に別れて今が7日目……ま、何でもいいか」

 

 現在、2620年4月19日。彼らが火星に到着して7日目の昼である。『アネックス1号』着陸から2日の遅延。

 彼らは知る由もないが、現在アネックス1号方面でも第四班と第一、第二班による電波塔を巡る攻防が繰り広げられている。

 この電波塔が破壊されれば、火星の全てが地球に知れ渡る事となり第四班の計画は頓挫。

 

 裏切り者も裏アネックス四班も、何らかの形で始末される事はほぼ確定と言える状態となってしまう。

 正直に言って綱渡りな戦況。しかし、そこでも拓也はマイペースに数を数えている。

 

「……生きてたのか」

 

 少しはその衝撃から立ち直った俊輝が、目の前の状況を見れば当たり前にわかる事を呟く。

 

「ああ、生きてたよ、"9位"」

 

 それに対して、拓也は目を大きく開き口端を歪めて笑みを浮かべながら答える。

 その表情と物言いから、彼の自身へ向ける思いが。その立ち位置から、彼がどのような立場の人間であるのか。はっきりとわかってしまう、それでも。

 

「拓也、何でだ、お前は……地球でも……火星に来る前でも……っ!」

 

 言葉を詰まらせながら、俊輝は尋ねる。二重ドッキリだよ、味方かと思ったら敵かと思ったら味方でしたー! などという、冗談みたいな回答を大真面目に求めて。

 

 

「常識的に考えて一班を仕切る幹部が敵になる国のただの班員と馴れ合うわけねえだろ、馬鹿か?」

 

 表情を無に変え、冷たく言い放つ拓也。そこに、U-NASAで健吾達も一緒に女湯を覗きに行って運悪く見てしまったエレオノーラとのホラー映画の如き鬼ごっこを割に合わなすぎるとか言いながら潜り抜けたり落とし穴を掘って武を引っかけようとして自分達が落ちたりしてバカみたいにはしゃぎまわっていた時の笑みは全く無く。

 

 

「……わかった、だったら」

 

 俊輝が己の腕に形成された刃を構える。その目には、裏切られた憎しみでも悲しみでもなく。先ほどまでの迷いでもなく。

 

「お前らは他の相手をしてろ。この"9位"は俺のオトモダチだからな、俺が始末する」

「ぶん殴って謝らせて……地球に連れ帰る」

 

 俊輝の見た事の無い下卑た表情で皮肉を言い、拓也は懐から三本の『雷機雷(ボルテージマイン)』を取り出す。

 それに対し、俊輝は決意に燃える目で拓也を見据える。

 

 地球で出会い、長い時間とは言えないが、普段の業務、日常生活、遊び、と様々な時間を共に過ごした友。

 

 そんな彼は、その全てが偽りであった、と語る。

 

 だったら、やってやろうではないか。よくも裏切ったな、と殴り。

 

 裏切っててごめんなさい、と謝罪の言葉を聞き。

 

 そして。

 

 もう一度、最初からやり直そう。

 

 

 彼と自分達の友情、それの何もかもが幻想であったとしても。

 

 地球での思い出の数々、それの裏に彼を信じた自分達への嘲りがあったとしても。

 

 それでも、地球で笑いあった友として、友であるとまだ自分は考えているからこそ。

 今更償えなどと言えない。言う権利もない。許してやってくれ、と皆に言える権利もない。

 でも。

  

 あの時に皆と一緒に笑いあい、バカをやった拓也の全てが、根っこの奥底までが『裏切り者』だったと思いたくないんだ。

 

 

 馬鹿な考えであるとはわかっている。相手は今回の事件の黒幕。そんなヤツに何を、と言われる事は承知の上。

 それでも、と俊輝は戦いを挑む。

 

 

 先に仕掛けたのは俊輝だった。持っている情報は、拓也のベース生物が環形動物だという事。

 環形動物型用の薬で変態している以上、そこはごまかせる部分ではない。

 

 環形動物の特性。筋肉の塊であるという事と多くの種が持つ再生能力。それにさらにプラスして能力を持っているであろう拓也。どう対するのか、俊輝は頭の中で組み立てる。

 

「はっ、遅えんだよ!」

 

 その距離は約10m。戦闘向けのベース生物であるが特別素早いというわけではない俊輝が走り始めるのを見てから、拓也はその進行方向を読んで『雷機雷』を投擲する。

 

 俊輝に向けての一本と、その回避ルートを塞ぐように二本。

 それを俊輝は足を止める事なく正面から迎撃する。

 

 右腕の大顎で構え、それを打ち落とそうとする姿勢を見せる俊輝。

 それに対して凶暴な捕食者の笑みを浮かべ、拓也は右手を俊輝に向ける。

 

『ゴビサバクオオチョウムシ』の電気は発電機構こそ『デンキウナギ』のそれと似たものであるが、毒腺や毒を貯めこむ袋、絶縁体となる脂肪の少なさからその電力はそこまで強いものではない。人間サイズの生物の体内を一撃で焼き切る程の威力はないが、それで十分。

 打ち落とす為に『雷機雷』と接触した瞬間に放電し動きを止め、そのまま追撃を加える。

 

「……なんちゃって」

 

 だが、その拓也の思惑は俊輝の一言と動きによって崩された。構えはそのままに、打ち落とさず、身を低くして

飛来する『雷機雷』を避ける俊輝。そこに拓也の放った電気が吸い込まれるが、既にその下を通過している俊輝には当たらず。『雷機雷』の起爆によって発生した少しながらの追い風を受けて速度を増し、拓也の懐に迫る俊輝。

 

 それに怯む事は全くなく、拓也は口を開く。

 突撃する俊輝にそこから不意打ちで放たれる細胞を壊死させる筋肉毒と酸の混じった毒液。拓也が勝利を確信した直後。

 

「よっ……と!」

 

 俊輝は方向を替え右に大きく体を動かし、毒液を回避する。

 一度も俊輝に見せていないそれを回避された動揺で一瞬動きが鈍る拓也。

 

「うらァ!」

 

「チッ!」

 

 その隙を見て俊輝が振りかざした刃を拓也は右手で受け止める。

 切断こそできなかったが深く腕に刺さった刃に対して、放電で撃退を試みる。

 

 だが、それを知っていたのか素早く刃を引き抜き一歩下がる俊輝。

 

「何故わかる? ああ、お前」

 

 自身の動きとその攻撃が読まれている事に対して、拓也は俊輝に質問しようとし、すぐに理由に思い当たる。

 それに対して、俊輝は自己解決しようとする拓也に被せるようにその答えを堂々と言い放った。

 

 

 

 

 

 

「UMAファンって前に言ってたっけ」

「お前の考える事なんざお見通しなんだよ」

 

―――――――――――――――

 火星 基地内部

 

「……ここは……」

 

 青年が目を開いた時に最初に入ってきたのは、岩だらけの天井であった。

 自分は何をしていただろうか? 今ここにいるのはどのような経緯だろうか?

 

 ……自分は、こんな所で寝ている場合だっただろうか?

 

 意識の復活と共に記憶が次々と蘇っていく。

 自分は誰と共に、何の目的でやってきたのか。何がどうなってここにいるのか。

 

「ドクター!!」

 

 自身の恩人と同僚達と共にやってきた。理由は、自身の恩人が従っている連中がそう命令をしたから。自分は、戦いの中で気を失って。

 青年、ヨハンは身を起こそうとする。しかし、起き上がる事はできない。怪我による影響ではなく、体を縛られているのだ。

 

「……うるせえ、お嬢が起きたらどうすんだ……俺の傷にも響く」

 

 叫んだヨハンを咎めるような声は、近くから響いてきた。何とか体を横に倒し、その声の主を確かめようとする。

 数秒かけて横倒しになったヨハン。その目には、眠る少女が大写しになった。

 銀色の長髪。柔らかで触れれば壊れてしまいそうな肌。可憐さを感じる整った顔立ち。その体の所々に傷があり、お世辞にも上手、とは言えないが包帯が巻かれている。

 

 恩人と同じその顔を見て、ヨハンの内心に浮かぶのは喜びの色。だが、すぐに状況を分析し、その喜びは沈んでいく。声の男が呼んだお嬢、というもの。恐らく目の前の彼女の事だ。

 男の声に聞き覚えは無いが、かのお方にお嬢、などという呼び方をする人間は自分の知る限りではいない。

 

 ならば、この少女は。

 

「ドクターは……エリセーエフ博士は……どうなった……?」

 

 掠れる声を絞り出し、ヨハンは祈るように男に問う。

 男は答えない。この情報をどう扱うべきか、と考えているのだろう、とヨハンは思い、その答えを静かに待つ。

 

 いくらかの時が流れ、その答えは。

 

「わたしにも聞かせてください。ヨーゼフさんと……あの人が、あれからどうなったのか」

 

 それを言われる前に、ヨハンの目の前にいた少女が目を覚まし、ヨハンと同じ疑問を口にする。

 その口調は、声は、ヨハンの恩人、アナスタシアと似ている……というかほぼ同じであったが、それでもヨハンには違いがはっきりとわかった。

 

 この少女は、アナスタシアではなく自身を倒した第三班班長、エリシアであると。

 オリジナルとクローンの関係の両者。偶然にも地球を遠く離れたこの火星で両者はぶつかり合い、アナスタシアが勝利し。その後ヨーゼフが戦いに割って入りアナスタシアと交戦した。ヨハンはアナスタシアとエリシアが戦闘を開始する前に気を失っていたためそこから何があったのかは知らないが、自分がここで囚われ、エリシアがこの場にいるという事は、つまり戦いの結果はそういう事だったのだろうとぼんやりと思う。

 

「お嬢!? まだ安静に!」

「大丈夫です、それより状況を……」

 焦った声でエリシアの体調を慮る男。

 それに、ふらふらとしながらも立ち上がるエリシア。

 

「わかった、コイツはともかく貴女には状況確認の義務ってヤツがある……」

 

 それから、男の話が始まった。あの後、第五班班長、ヨーゼフとアナスタシアが交戦し、その際に男がアナスタシアに囚われていたエリシアを奪還、その後自身も攻撃を受け数人の班員の犠牲を出しながら撤退。

 ヨーゼフとアナスタシアの交戦は観測手によると交戦地域での爆発を確認、両者それに巻き込まれたであろう、と。

 

「そうですか……」

 その戦闘の結果はヨハンとエリシア、両者とも容易に想像ができた。

 特にヨハンは、アナスタシアと自分が従っている国がどのようなものかわかっているからこそ、そういったものを仕込むであろう、と。

 アナスタシアの体はもう限界である事はわかっていた。だが、それでも現実を突きつけられると。自分をここまで導いてくれた恩人がもういないのだと。ヨハンはぽっかりと体に大穴が開いたように苦痛を感じる。

 

「それと、ヨーゼフ博士がお嬢に伝えておいて欲しい、と言っていた事が一つある」

「……なんでしょうか……」

 

 気落ちした声のエリシアに、男は少し躊躇う様子を見せた。少し過保護なのではないか、とヨハンは思わないでもない。

 

「君のお姉さんの仇を君に討たせてあげられずすまない、と」

「……そうですか……」

 

 寂しさと悲しみ、ほんの少しの口惜しさの混じった表情を浮かべ、再びふらりと倒れこむエリシア。

 それに小さな悲鳴をあげる男だったが、エリシアがまだ意識を保っているのを確認し、ほっと息をついている。

 

「ヨハン・アウフレヒト。『裏切り者』幹部の一人。お前と、取引がしたい」

 

 それは、唐突に告げられた話であった。『裏切り者』の自分と取引? 何の冗談だ? と。

 

「お前たちにもう帰る手段は無い。だが、俺たちにはある。つまり、お前を地球に返す事ができる。その代わりだ……お嬢を守ってくれないか?」

 

 自分の生きる意味と言ってもいい人を失った。もうどうでもいい。もはや地球に帰る事も。かと言って、これ以上彼らと戦う意味も無くなってしまった。ヨハンは思案する。このまま殺されようがどうされようが、何も変わらぬ事だ。

 

「……」

 

 エリシアは、考え込むヨハンの顔を見ていた。大切な人を失い、抜け殻のように。

 それはかつて、エリシアも経験した事だった。ある時に姉を、『手術』を受けた時に姉妹の全てを。

 ヨハンがアナスタシアと、エリシア自身にとって姉と呼ぶべきなのか母と呼ぶべきなのかわからないあの人とどのような関係であったのかはわからない。でも、とても大事な人だった、という事くらいはわかる。

 

「ヨハンさん……でしたか……? お願いです、自暴自棄にならないで……生きていれば、生きてさえいれば、きっと……何とかなりますから……」

 

 エリシアはヨハンの頭をそっと抱きしめ、涙を流しながら、懇願するかのようにぽつぽつと話す。

 実験生物として生きてきて、成功率が1%以下の手術を受けて、今こうしてエリシアは新しい仲間にも出会い火星にやってきている。自分もそうであったからこそ。人生の中で何度も自暴自棄になっていたからこそ、今目の前でそうなっているヨハンに諦めないでほしい、ただただその想いのみだった。

 

 

「……とりあえず縛られてるのが痛いので縄を解いてください」

 

「あ、はい! ごめんなさい!」

 

 ヨハンの声で、エリシアは思わずその束縛を解いてしまう。

 戒めを解かれ、ゆっくりとエリシアの膝から立ち上がるヨハン。

 

 男、レナートが警戒心を露わにし、『薬』を手に持つ。

 

 

「馬鹿な人だ」

 

 

 

 何と愚かな。先ほどの言葉に自分を説得して引き込む、という意図など微塵も感じなかった。

 そして、言われるがままに縄を解くなど。

 

 

 

 

 ……ヨハンは、激しく動揺していた。生きていれば、生きてさえいれば。何故。何故この子が。

 

 

 あの人(アナスタシア)がかつて廃棄物扱いだった自分達に言ってくれた事と同じ事を言っている?

 面識があったわけではないだろう。ならばなぜ、こんな。

 頬に残る暖かい感触。ゴミのように打ち捨てられ、死を待つだけだった自分を拾ってくれた彼女と同じ。その言葉さえも。

 

 

 嗚呼、まだ、あの人は消えてなんかいない。あの人の温かい部分は、内心で本人と比べるのも愚かな劣化コピーであると思いこんでいた、この子の中に。

 

 

 

 

 

「いいでしょう。……僕の力は、君を地球に帰す為に」

 

 

 ヨハンは膝を折り、エリシアにそっと手を伸ばす。少し戸惑いながらもその手を取るエリシア。

 ここに、『裏切り者』と裏アネックス、とても小さな最初の同盟が結ばれたのだった。

 

 

 

 

 そして、その直後。

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー☆ヨハン君、助けに来たよー」

 

 部屋の扉が唐突に開かれ、一人の少女が姿を現した。

 染められた金の髪に、胸元が開かれた軍服の要素が入った学生服。大量のストラップが付いたそれの存在は、ここが戦場である事など微塵も感じさせない。

 

 『裏切り者』幹部。その最後の一人が、そこには立っていた。




観覧ありがとうございました。

GW中にあと1,2話更新できそうですがそれから後はゆっくり更新となります。

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