深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第43話です。

頑張ってチャーリー、この戦いに耐えれば第四班に勝てるんだから!次回!という感じの回です。あと少し長め。


第43話 曇りのち晴れ

「悪い事は言わない、降伏するなら命だけは助けてもいい」

 

「そいつは聞けない相談だ、そっちこそ降伏するなら考えてやってもいいぜ?」

 

 本陣である宇宙艦の前で襲撃者達に降伏を促す第四班の班長。対するは、第一班副長、チャーリー。

 お互いに牽制し合い、無言でチャーリーを睨む班長と、殺意に満ちた笑みのチャーリー。

 

 

「交渉決裂、だなァ……やっぱここで始末しとくか!」

 

 数秒の硬直時間は班長に飛びかかるチャーリーでキャンセルされ、早くも戦闘の幕が上がる。

 

 パッチ型の薬を当てたチャーリーの体がみるみる内にそのベースとしている生物の姿に変化していく。

 それに対し、班長は何の反応も示さない。

 

 変態により発達した牙で班長の喉元を狙う。が、直後。

 

「うおぉ!?」

 

 班長が口から黄色い霧状の液体を吹く。危険を察知し、身をよじってその液体を何とか避けるチャーリー。

 だが、液体の一部が避け損ない、左腕に掛かってしまう。

 

「ぐあぁ!」

 

 ジュウ、という音と共に、それが付着したチャーリーの毛皮が溶け落ち、地の肌を晒しさらにそこにも痛ましい痕を残す。

 未知の敵、ここは一旦距離を……取る事などせず、再度の突撃、班長から真正面から組み合い、力比べを仕掛ける。

 

 チャーリーのベース生物の武器は牙と爪。一方の班長は毒液のような何か。正面からの戦闘ならば、と考えたチャーリーであったが。

 

「っ、なんだコイツ……」

 

 だが、単純なパワーにおいてもチャーリーは押されていた。至近距離でチャーリーは敵の姿を観察する。赤黒い皮膚。体節のようなものが腕の部分に見られるが、それ以外の特徴は見られない。昆虫や節足動物であれば、複眼が眼に見られたり三つ目以降の眼が額に生成される場合が多い。

 強力で長い牙や顎を持つ生物であれば、それが腕に形成できたりもするが、それも腕に黒く短いナイフのようなものが数本並んでいるだけで何の生き物であるか、までは推測ができない。

 ならば、主力の武器は毒だ。そう考え、チャーリーは一瞬背後を見て班員達にジェスチャーを飛ばす。

 

「気は済んだか?」

 

 班長の言葉と共に、口が開かれる。避けられない距離からの毒液。しかし、チャーリーは怯まず。逆に班長の口にその爪を繰り出す。

 

「……」

 それを腕で防御する班長。爪が突き刺さり、血を流す。硬いわけではない。だが。

 

 即座に爪を抜き取り、チャーリーは追撃する事なく離れる。

 硬くはない。攻撃もしようと思えば普通に通る。だが。

 

 アレは全て、筋肉の層だった。

 さらに、その傷は徐々に塞がっていく。

 

「お前ら、見たか……手が抜ける相手じゃねえ……一気に仕留めるぞ……」

 

 一時的に下がり、班員に指示を出す。

 

 班長は前に出てくる気配も無ければ勿論退く様子もない。

 宇宙艦を防衛しながらこちらを仕留めようとしている、とチャーリーは推測し、二人の班員と共に駆ける。

 

 敵の班長以外は班長の戦いを見守り、動きを見せない。しかし、こちらが総員でかかればいつ動き出すかわからない。ならば、牽制として数名を残しておくのが好手。

 

 

チャーリーと二人の班員はバラバラに別れ、それぞれの方向から班長に襲いかかる。凶暴な獣の爪と牙、それが班長の体に突き立つはず……であったが。

 

「が……」

 正面から突撃したチャーリーが班長の大振りの一撃を受けて倒れこむ。

 だが、チャーリーの犠牲によって班長の死角から二人の班員が攻撃を仕掛ける。

 

「アアアァァ!」

「ぎゃあぁぁ!?」

 

 だが、すぐさまその二人の班員は地を転がる事となった。

 班長の背から、腹から、胸部から、いたる所から液体が噴き出たのだ。

 突然の事に回避できずモロにそれを浴びた二人は苦痛でのたうち回る。

 

「ひ……や……」

 

 変態して鳥類型となった班員の女性が、恐怖のあまりその場を逃げ出そうと飛ぼうとする。

 だが、それが許される訳もなく。

 

 班長がコートの裏から取り出したのは、楔型の武器。それを女性に対して投擲する。

 それは腰に突き刺さり、それだけであればまだ飛ぶ事は可能であったのだが。

 

 次の瞬間にそれは爆ぜ、同時にその体は何らかの衝撃を受けたかのようにのけぞる。

 そこに、爆ぜた武器の中身に充填されていたのか、黄色の液体が拡散し、容赦なくその身を焼き溶かす。

 

「か……ひゅ……」

 

 虫の息で墜落した女性。その全身には火傷のような爛れた痕が残り、皮膚が、もしくはその中身から溶けているのかどろりといくつもの傷口ができ血が溢れだす。

 

「なんで……だよ」

「ウソだろ……」

 

 他の第四班が動くのを警戒していた残る二人の班員も、この一瞬の惨劇に何もする事ができない。

 

 班長はそれに近づき、その腕を振り上げ。

 

 

 

 

 

 その腕は、背後から掴まれた。

 

「……オイオイ、うちの班員、苛めてくれんなよ……」

 

 そこには、怒りに身を滾らせた彼らの副長がいた。

 

――――巨大な体が武器となるのは、自然界では当然の理である。

 

 だが、この生物は自身より巨大な敵に平然と立ち向かい、打ち倒す。

 

 それは、彼らが糧とするヘラジカのような大型の草食哺乳類。

 

 それは、餌を奪わんとするライバル。

 

 それは、飼育下で争わされたホッキョクグマ。

 

 

 

 どのような秘策を用いているのか?

 

 猛毒でも持っている?

 

 群れで狩りをする?

 

 いいや、罠を作れる?

 

 

 

 ……どれでもない。彼らはただその頑丈な体と牙で戦い、強大な敵に対しては急所を一撃で破壊する、という戦術を以てそれを打ち倒す。

 

 

 

 そんな凶暴な獣は、この窮地に口を歪めて笑った。

 

 

 

 

 チャーリー・アルダーソン

 

国籍:アメリカ

 

 

 

26歳 ♂  179cm 80kg

 

 

 

『裏マーズ・ランキング』7位

 

 

 

 

MO手術 “哺乳類型”

 

 

 

 

 

 

 

―――――――クズリ――――――

 

 

 

―――――――――――

「オオオォォ!」

 

 雄たけびを上げ、欣と剛大がぶつかり合う。剛大の胴目掛けて振るわれる欣の拳。重量の乗ったその一撃を、剛大は蹴りで迎撃する。棘の少ない体の背面側、つまり腕の内側にあたる部位を狙って放たれた攻撃は、その腕を容赦なくへし折り、勢いを殺す。

 

「まだだ!」

 

 しかし欣は距離を詰める事を諦めない。力を失った腕を即座に引き下げ、勢いの乗ったそのままでもう片腕を繰り出す。

 それを紙一重の所で体を屈ませて避け、足払いを仕掛ける剛大。

 

 後ろに下がって回避しようと試みた欣であったが、その背後にある物を見て舌打ちし立ち止まる。

 そこには、先ほどの剛大の策により開いた穴が広がっていたのだ。

 

 脚を振り上げた直後に屈んで回避、そこからの足払いという急激な動作を繰り返した影響か、威力としてはそこまで高くなく、それは欣を転倒させる事はなく、右足を少し軋ませただけで止まる。

 

「っ……」

 

 それと同時に、剛大の脚に突き刺さる毒棘。

 両者決定打に欠ける戦い。欣の戦闘能力は高いが、ベースそのものの腕力については特別高いものではなく、剛大の攻撃力は非常に高いが、オニヒトデの防御はそれを封殺する。

 

 そう、単純なパワーで言えば、千日手は避けられない戦い。

 だが、両者猛毒を持つ生物の戦い。

 

 剛大は攻勢を緩めない。スタミナで負け、防御力で負け。恐らくは経験でも負けている。

 だが、それでも捨てられないものがある。

 

「剛大君、君は何故ここに立っている?」

 

 欣は再生した腕で剛大の毒針を受け止めながら問いかける。

 

「どういう意味だ……?」

 

「……君のような未来ある若者が、何故このような場所にいるのか、と聞いている」

 

 欣のその言葉に、戦闘中のおしゃべり、というような余裕のある態度は見られない。

 ただ、どこか嘆き悲しんでいるかのような、そんな場合ではないのに聞かずにはいられないような、そんな感情が剛大には読み取れた。

 

「……金が、要る」

 

「そうか……」

 

 それ以上は聞かなくてもいい、と欣は話を打ち切り、再び攻防に移る。

 双方から挟みこむかのように襲い来る欣の腕を両手でそれぞれ受け止める。

 攻撃にも防御にも棘が邪魔をする。拮抗しているかに見えるこの状態でも、剛大の腕にはいくつもの棘が突き刺さり、血を流す。

 

 持久戦に持ち込まれれば負けるのは必定。ならば。

 

 蹴りを放つ。もう既に何度も見せているその一撃、両手を封じられている状態でそれを放つ事も、タイミングもその速度も欣は完全に剛大のそれを読んでいた。

 

「おっ……ガッ……!?」

 

 だが。欣が自身の脚を使い捨てて防御しようとしたその時。空気が震え、直後、防御動作を遥かに上回る速度でその腹に剛大の足が突き刺さる。

 

 

 これまでとは格段に威力の違う一撃。それに欣の巨体が吹き飛び、数メートル後退する。

 

「おぉ……何と……これは……」

 

 

 鈍く光を放つ剛大の脚。そこに付いているのは、金属でできた防具のような機械。

 

 

――専用装備。

 

 それは、テラフォーマーに利用されないことを条件とし、ランキング上位にのみ保有を許された武器だ。

 その中でも幹部搭乗員(オフィサー)の持つそれは特殊な武具や装置であり、さらに幹部搭乗員の中でもとある理由から明確な三つの区分がされている。

 

 一つは、一位、二位。『裏マーズランキング』の頂点に立つベース生物。強化を行う為ではなく、αMO手術を用いてなお人間の手に余るその能力を100%引き出した上で完全に御する為の『制御装置』。

 もう一つは、三位。三つの区分の中で他二つのどちらの特徴も併せ持つ、『強化機』。

 

 最後に、四位二人と六位。強力なベース生物の特性をさらに強化する『武装』。

 

 

 

 

 この中で、四位の剛大が属するのは最後の区分。

 

 彼のベースであるトビキバアリの最大の特性とは何なのか?

 

 怪力? いいや、それは他の蟻でも多くが持っているものであるし、上回る種も多い。

 

 毒針? 確かにその強さは蟻に限らず昆虫界でも指折りのものである。だが、それに近い強さの毒を持つ蟻は存在する。

 

 

 

 態勢を立て直そうとする欣。数メートルの間合い。

 

 本能的に危機を感じて腕で顔を守る。それが間に合うか間に合わないか、というタイミングで毒針と刃が繰り出され、骨片による強固な防御を貫き欣の左眼に穴を開ける。

 

 

 ……それは、脚力。 単騎で獲物に飛び掛かりそれを屠る、蟻の中でも数少ない戦闘技能。

 

 

――局所的真空・噴気式加速機『SYSTEM:Icarus(イカロス)』。

 

 

 大気を吸引し、それを噴射する事による加速。それに加えて。

 

 

 急速な吸引による、ごく一瞬の武装付近の真空状態化。

 

 

 

 これによって可能とされる、空気抵抗も摩擦も無視した高速の脚技。

 高速機動を可能とするトビキバアリの能力のさらなる強化。

 

 

「舐め……るなッ!」

 

 自身の眼に突き刺さった毒針を無理やり引き抜き、欣は反撃の一撃を繰り出す。

 だが。その場に、既に剛大は存在していない。

 

 残った右眼で剛大の位置を捕捉する欣。

 跳躍によって空中に逃れている剛大に向けて岩の欠片を掴み、投擲する。

 

 が、それは空中で急激に姿勢を変化させた剛大によって容易く回避される。

 

 トビキバアリのジャンプ力は敵に襲い掛かる際の跳躍に用いられるもので、生物としては蹴り技や空中戦に用いるわけでは無い。

 しかしながら、この専用装備が加われば。

 

 動きの限られる、跳躍した状態でありながら、噴射による姿勢転換。さらに。

 

「なっ」

 

 欣は目の前の後継に驚きを隠せない。

 先ほど離脱する為に空中へと上がったはずの剛大が、一度の着地も無しに再びこちらに脚から突っ込んでくるのだ。運動エネルギーの向きに逆らった動き。それは、急激な大気の逆噴射によって可能となるもの。

 

 まさに、その名の通り天を駆けるが如き機動を可能とする装備。

 

 それに対し、欣は。

 

「……良いだろう……」

 

 潰れた眼を再生しながら、欣は剛大を真正面から迎撃する。

 

 その体内から漏れ出すのは、淡い光。

 

 

 明確な変化はすぐさま現れた。

 

 欣の体を突き破り、三本の腕……といっても、人間のそれではなく無数の棘を有したオニヒトデの腕が現れる。

 

 

 極めて高い再生能力。そして、本来ならば人間の四肢では済まないような本数を持つそのベースの腕。

 頭足類の触手とは異なり普段から発現しない特性であるそれを、細胞を暴走させる事によって無理やり発現させる兵器、『SYSTEM:Arachnē(アラクネー)』。蜘蛛、を意味する単語に由来するその名称は、毒棘に覆われた無数の腕を生成するオニヒトデを、MOベースとして用いたのではあまり感じられない蜘蛛の悍ましい姿に喩えて付けられた名。

 本来であれば欣の偽装したベース、『イイジマフクロウニ』に用いられる再生能力を持たないウニのベースを持った体を急速に再生させるための装置であったため、本来の名称はまた別にあり、この名称は第四班に引き渡されてからのものである。

 

 

 両者、専用装備を用いた戦い。

 

 茨姫の城もかくやという量の棘と腕の欣に対して、剛大の左腕に生成された刃が振り下ろされる。その攻撃は無数の棘に抑え込まれ、本体まで到達せず。

 

 反撃に腕を背中に回され、拘束される。オニヒトデの捕食方法。それは、相手にのしかかった上での胃袋を体外に出しての直接消化。

 

 全身を毒棘に突き刺され、処置しなければ命も危ういという状態の剛大。いや、それ以前に目の前にある差し迫った死の気配。

 無数の棘と再生可能な強固な腕の防衛線。専用装備の威力を上乗せした蹴りでも、それを貫くのは容易ではない。外せばおしまいだ。

 

 どうすればこの場を脱する事ができる? 思案の末、出たのは一つの答え。

 

「うおぉ!」

 

 その脚の一撃を、地面に振り下ろす。いくつも空いている穴は、元々そうなるように仕込んだものだ。

 普通ならば、いくら強力な一撃といえどボコボコと落盤を引き起こすには至らない。これは、一つの賭けである。そして。

 

「!?」

 

 剛大の足元には、ぽっかりと穴が開いた。

 一度の衝撃で崩れかけていた場所に、再度、直接の一撃。これによって、脱出口を開く。

 

 欣も黙っておらず拘束を強め剛大を逃さんと動くが、剛大の動きに一歩遅れた。

 それに加え、もう一つの要因。

 衝撃で周囲の穴から舞い上がる、『ズグロモリモズ』の粉。剛大を囲い込むような形となっている欣は皮肉にもそれから剛大を守る形になってしまっている。

 

 その身に刺さった棘を薙ぎ払い、戒めを解いた剛大は落下。

 

「……逃げられると」

 

 深い穴ではない。せいぜい3mあるかないかという深さにある地下通路だ。

 それを追おうと脱出口を覗き込む欣。

 

「逃げられると思うな」

 

 その目に映ったのは、穴の底で構えを取った剛大であった。

 逃げる為ではなく、追わせてからのカウンター。その意図を即座に察した欣はオニヒトデの腕と自身の腕の二重の防御を構える。

 

 ……ここで、避けるという判断もできたであろう。

 欣にそれをさせなかったのは、自身とそのベース生物と専用装備の堅牢さへの絶対の自信。

 

 だが、一つ、ただ一つ見落としがあった。

 αMO手術被術者同士の戦いで、正気であれば、勝って生き残り戦い続ける、という道を目指すのであればまずとらない選択肢の事を。

 

 

 

 剛大の腕には、二本の注射器が刺さっていた。

 

 

 襲い来る強烈なアッパー、それに次いで専用装備の起動により無理やり打ち上げられた脚の一撃により、防御を固めた欣の体が浮き上がる。オニヒトデの防御が次々と突破され、欣の胴体に大きな衝撃が加わる。浮き上がり吹き飛ばされた直後、体勢を持ちなおそうとしたその時、欣の腹に激痛が走る。

 

 

「……勝つのは、勝つのは第四班(我々)だああぁァ!!」

 

 視認するまでもない、致死の毒針。既に離脱し、こちらに向けて再度攻撃姿勢を取る剛大に向けて欣は叫ぶ。

 

 直後、再び体を突き破って現れる、十本近い数の毒棘を纏った腕。がくがくと痙攣するそれは、既にまともな状態ではない事をうかがわせる。

 暴走、と形容するのが最も近い、細胞を強制的に高速で分裂させる専用装備。さらにその装置を人為的に暴走させる、というような使い方。通常の使用ですら多大な体力を消耗し寿命をけずるそれを用いてでも勝利を掴まんとする欣。

 

 その異形の怪物という風貌の欣に正面から突撃する剛大。

 

 

 両者の攻防は、一瞬の内に決着がついた。

 

 

「……かふっ……」

 

 ぎちぎち、と機械が軋むような音と共に、欣の体の中から漏れ出ていた光が弱まっていき、止まる。

 それと同時に、オニヒトデの腕が、欣本体から生えていた棘が、植物が枯れ朽ちるようにぼろぼろと崩れ落ちていく。

 

 欣の体には、二つの穴が開いていた。一つの穴から覗くのは、機械の残骸。

 もう一つの穴から覗くのは、内臓。だが、その臓器は医学に携わる人間から見れば、奇異に見えた事だろう。

 

 何故ならば、そのような臓器は普通の人間には存在しないものであったからだ。

 

 無尽蔵の再生能力を持つオニヒトデ。だが、再生できないものが一つと一グループ。一つは、脳。ヒトデ以上の再生能力を持つ生物ならもしや、という部位ではあるが、少なくともオニヒトデはこの意識の中枢までは再生を行う事ができない。そして、一グループ。

 

 MO(モザイクオーガン)αMO(アルファモザイクオーガン)。人間に他の生物の能力を与え、制御するための中枢。人間由来ではないこれも、再生は不可能であった。

 

 専用装備の濫用によって細胞が疲弊しきったのが原因なのか、MOを穿たれても変態から戻る事が不可能、という末路ではなく、オニヒトデの表皮がぽろぽろと剥がれ、体内を埋めていた骨片が破壊されたMOへと帰っていくように全身から消え、変態前の状態に戻る欣。

 

 

剛大は、それを見届けた後、その場に座り込んだ。体は動かない。過剰摂取、と言えるほどの本数の『薬』を用いたわけではないが、何十もの毒棘を受け、意識も限界に達した状態で、剛大は一つ、息をつく。

 今の状態で人間に戻れるかは、五分五分。

 

 

「……剛大君」

 

 息も絶え絶え、という状態であるが、欣が剛大に話しかける。

 まだ息があったのか、という反応を見せる剛大。

 

「最後に、私の時間稼ぎに付き合ってはくれないか」

 

「……」

 

「ふっ、有難う……」

 

 剛大の沈黙を肯定、と判断したのか、欣はぽつり、ぽつり、と少しずつ話を始める。

 剛大としては即座に第四班本拠地に駆け付けたい所であるが、もう体が動かない。回復を待つまでは、この男の最後の言葉を聞こう、と考えたのだ。

 

 

 

「私は、汚染の酷い地域で生まれてね……それこそゴミ山の中にぽつんぽつんと家がある、という形だったよ……」

 

 欣は、目を細めて昔を懐かしむように語る。ゴミ山の中の人家、碌に映らないテレビ、分厚い雲に覆われた空、汚染物質の含まれたべたつく雨。欣の語るその全てが、剛大の暮らしていた日本とはかけ離れた現状を突きつけていた。

 

「世話になった近所の年上の人が三人いたんだ」

 

 ゴミ山の中の地獄、だがその中にも、子ども達には仲のいい同年代、というわずかな救いがあった。

 

――烱! タマゴ食うか? なんか硬いけど!

――もう遅いからウチに泊まってけよ

――本を見つけたの、一緒に読みましょ

 

 手術の代償として精神を蝕まれても今もまだ忘れないその声を頭の中で思い返し、欣は少し間を置いて続ける。

 

「私はある時、空というのは本来は青いものである、水とは透き通っているものである、と知ったのだよ。そして、都会に出ようと考えた」

 

 ゴミ山の住民が都会に出ていく、それがどれほど大変な事なのか、欣も欣の近所の子ども達もぼんやりとではあるがわかっていた。しかし、欣は諦めず勉強をし、子ども達はそれを見守っていた、という日々が続き。

 

「そして、いよいよ私は金を貯め、故郷を離れようと思った。だが、できなかった」

 

 こんなに自分に良くしてくれている皆を見捨てるような形で、自分は故郷を出るのか。それに思い悩み、十年少しという時間の苦労の結晶、それをいよいよ発揮する機会を欣は諦めつつあった。

 

「……そんな時だった、彼らがお金を持って私の所にやって来た」

 

――立派な政治家になってこの村をきれいにしてくれよ

――俺らバカだからさ、代わりにお前に頼んだ!

――いってらっしゃい、烱

 

 彼らは自身の持っていたわずかな金を欣に託した。そして、それと同時に言ったのだ。

 

――大人に聞いたけど、この村に国からの補助金が出るようになったらしい、だから安心して行って来い

 

 と。

 

 欣はその言葉で決意を決め、涙ながらに故郷を離れた。

 

「見送りの時には、四人揃って大泣きしたものだよ……」

 

 ふふ、と優しげな笑みを浮かべる欣。

 

 

「それからは、成り上がるのに必死だった」

 

 毎日が命がけながらもどこかのんびりした様子があった村での暮らしとは違い、激しい権力闘争と忙しい都会の暮らし。勿論、一日たりとも故郷を忘れた事はなかった。だが、多事多端な日々の中でそちらに目を向ける事は中々できなかった。

 

「そして、軍の中でも立場を持つ地位まで上り詰めた、というわけだ」

 

 発言力の強い上級軍人。軍人そのものは政治に関与できるものではないが、政治家に個人的なパイプを、もっと言うなら弱みを握って働きかける、という形で口出しができる。

 

 欣はそれを実行し、実際にそのパイプを手に入れた。

 

「これで故郷を救える、そう思ったさ。そんな時だった。軍の伝で情報が入って来たんだ」

 

 その情報が欣の元に届いたのは、休みの日、故郷への手紙を書いていた最中の事だった。

 故郷から欣のいる都会へ手紙を届けるのは配達や情報統制の問題で難しかったが、欣の側から故郷へは欣の地位もあり比較的簡単に行えた。故郷へメッセージを送るのは、欣の習慣であった。

 

「村が()()()ダムに沈められた、とね」

 

 それは、当時の中国の省に国から通達されたものであった。

 要約すれば、環境への配慮に関して他国がうるさいからゴミ山を一定量以下まで減らせ、と。

 その対策として、これはゴミ山ではなくダムである、という強引な解決を試みたのだ。

 

 勿論、住民には何の通達も無しで。村の周囲に何かの土台が築かれている、くらいの事は理解できていただろう。だが、それが何か、まで理解できる人間は村にはいなかったのだ。

 

「狂ったように調べたさ。何故通達があった時点で察せなかったのか、何度も苦しんだ。そして、わかった」

 

 

「彼らが言っていた、国からの補助金、などというものは存在しなかったのだと」

 

 都会に出て、何故これについて真っ先に調べようとしなかった? ああ、簡単な事だ。

 自分は、世話になった兄貴分姉貴分の彼らの事を、いつまでも信じ切っていたのだ。

 欣は、自身を攻めた。だが。

 

「でもね、私はそれについて今から調べようとはしなかった。いいや、調べられなかった」

 

「……剛大君、何故だかわかるかね」

 

 欣の問いかけに、剛大は答えられない。自分の性格であればすぐにでも調べるだろうが、何か事情でもあったのかと疑問が渦巻くだけだ。

 

「怖かったのだよ、真実を知るのが」

 

 国が故郷に補助金を出す、というのが嘘だったのか、それとも、彼らが自分を送り出すために嘘をついていたのか。

 もし前者であれば、欣は国を憎む事になるだろう。軍人として出世していくうちにできた同僚や部下たち、それさえも憎しみの対象となるのではないか、と思った。

 もし後者であれば、自分は自責の念に押し潰され、二度と立ち直る事はできないだろう。

 

「それを忘れようと必死で打ち込んだ。いっその事消えてしまおうと成功率0.3%の手術を受けた」

 

 しかし、成功してしまった。まるで、運命が自分を呪ってでもいるかのように。

 

「そして、最初に失ったのは、色覚だったよ」

 

 皮肉なものだ、と欣は笑い、直後咳こみ、血を吐く。

 傷口は既に再生能力を失っているため塞がらず、血は流れ出るばかりだ。

 

「私は、あんなにも焦がれて望み、求めていた青空を、二度と感じる事ができなくなった」

 

 剛大は、やはり何も言わなかった。

 

「なぁ、剛大君……一つだけ、聞きたい事がある」

 

「……何だ?」

 

 欣が一度閉じた目を微かに開き、剛大に懇願するように、ぽつり、と言葉を漏らす。

 

 

「今、空は何色だろうか……?」

 

 火星の空。晴れ間が見える時はあるが、今は分厚い雲が覆う曇り。 

 既に欣は視力も喪失仕掛けているのだと剛大にははっきりと感じ取れる。

 

 故郷の為に戦い続け、それを失い、亡霊のようになりながらこの火星にやってきたこの男。

 剛大は、一度上を見上げ、二度ぶつかり合った強敵の眼を見て、はっきりと答える。

 

「……青色だよ、澄み渡るような青だ」

 

 剛大の言葉を聞き、欣はその強面に穏やかな、しかし少しの後悔を滲ませた表情を浮かべる。

 

「そうか……嗚呼、宏哥、耀哥、璃姐…………貴方達に……あの空を……見せてあげたかった……」

 

 それを最期に、その体は完全に動きを止めた。

 剛大はそれを見届け、立ち上がる。

 

 そしてゆっくりと、第四班の宇宙艦の方面に向けて歩き始めた。




観覧ありがとうございました!


ちょっと作者をぶん殴りたくなるようなベース紹介が近々あるので皆さん、この宣言を先に読んでおいて衝撃を小さ目にしてピコピコハンマーくらいでお許しいただきたい……

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