深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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三つの戦いが同時並行という無謀な回。次からは三つ同時、なんて事にならず一つに注目か二つ同時くらいになるはず……


第42話 決闘と諦観と狂乱と

「敵は一人、地形と未だ仕掛けてこない所を見るに恐らく狙撃手は無し」

 

 眼前の敵を見据えながら、欣は状況を分析する。障害物の少ない平地。あるものと言えば人一人がぎりぎりで身を隠せる、というくらいの大きさの岩がいくつかあるのみ。大軍の伏兵を隠すには不十分な場所と言える。そこを、一人の男が一歩、また一歩と進んでくる。

 

 日本第二班班長、島原剛大。先の戦いで欣と交戦し、戦闘は中断されたもののほぼ敗北したと言える、裏アネックス側の最大戦力の一人。

 それを迎撃するのは、本来の中国幹部搭乗員(オフィサー)の帰還により後方指揮から前線へと移った中国・アジア第四班班長代理、欣烱明。班長代理というその立場。しかし、それは各国の幹部搭乗員より劣る戦闘能力を示しているわけではない。彼もまた、αMO手術の被術者であり、『裏マーズ・ランキング』の最上位に名を連ねる偽りなき実力者だ。

 裏アネックス計画の幹部搭乗員は戦闘能力は勿論の事、実戦経験豊富で訓練を長期間受けてきた指揮官としての能力が問われる部分も大きいアネックス1号のものと比較して戦闘兵器としての側面が強い。軍人や国家機関からの出が多いアネックス1号の幹部搭乗員と比べて、ベース生物を除けば戦闘能力の低い未成年の少女や科学者、指揮を任せるにはあまりに危険なマフィアの元首領まで属している事から、それが伺えるといえよう。

 

 その点、アネックス1号の四班幹部搭乗員である劉、今現在この火星に向かっている戦略宇宙艦の指揮を執っている凱、爆と同じ将軍と呼ばれる地位にある軍人の欣はアネックス1号側の幹部搭乗員に近い立場にあると言える。

 

 

「総員、変態準備」

 

 欣の指示と共に、彼に付き従う3人の班員がそれぞれの薬を取り出す。

 

 一対一でも勝てる相手だ。それは、先の戦闘とベース生物同士の相性がはっきりと示している。

 強力なパワーと針と牙、二つの凶器に加え猛毒と跳躍力を有する『トビキバアリ』の能力。

 接近戦では最強クラスのベースである。インファイトに持ち込めば、幹部搭乗員を含めても勝てる人間は少ないだろう。

 

 しかし、一方の欣の能力。自ら攻めるまでもなく、全身を覆う毒棘が敵を迎撃し、それを潜り抜けた攻撃でのダメージは骨片による強固な守りが和らげ、それさえ貫かれたとしても欠損部位は極めて高い再生能力により即座に回復する。そんな、MO手術被術者戦の花形である肉弾戦をあざ笑うかのようなサンゴ礁の悪魔『オニヒトデ』の能力。

 その上で、あくまでも警察組織の所属であった剛大と軍人である欣の実戦経験の差。

 

 勝利は揺るがない。だが、油断などしない。その油断こそが、絶対的に優位であり第四班の班員に触れさせる事すらせずに他班を殲滅できたであろう今の彼らをこの状況に貶めているのだから。

 

 

「一人で来た、という事は投降しにきたのかね、剛大君」

 

 戦闘の間合いの二歩前で立ち止まった剛大。先に口を開いたのは、欣。

 それに対して、剛大は無言を貫く。その目に映るのは、怒りと決意。

 

 単体で自身に勝る敵に加え、さらに加わった戦力。紛れもない死地というものだ。

 

「そうでないなら……」

 

「『アネックス戦力増派計画』裏切り者、欣烱明以下第四班班員」

 

 欣の背後の班員がその続きを言おうとしたそれに被せ、剛大がぽつり、と言葉を放つ。

 

「総員、この場で制圧させてもらう」

 

 剛大の言葉にいきり立ち、三人の班員が剛大に向けてそれぞれの一撃を放つ。

 

 しかし、その攻撃が剛大を捉える事はなかった。その姿が、三人の眼前から一瞬でかき消えたのだから。

 

「……上だ」

 

 元の立ち位置から動かない欣が、目線を上げる。一歩退いた位置からの状況分析、それに合わせて三人は跳躍した剛大を視界に映す。

 跳躍、それはトビキバアリにとって逃避の手段ではなく、獲物へと躍りかかるための攻撃姿勢。

 

 隙だらけの着地時を狙おうとする三人を待ち構えるのは、強烈な打撃だ。

 殺意の籠った笑みを浮かべ、剛大を待ち構えるその内の一人に向かって、剛大はそれを振り下ろし。

 

「同じ手は食わん!」

 

 その一撃は、横から割り込んできた肉体によって防がれた。味方の慢心、剛大の戦術、それを見抜いた欣が、己の体で味方を守ったのだ。即座に迎撃に転じられるほどの反応時間ではなかったため、剛大に反撃を行う事はできず離脱を許したが、跳躍は隙ではない、という情報を三人に与える事ができた。先の戦闘でこれを受けたプラチャオは直感と優れた反射神経からこれを避ける事ができたものの、今現在剛大と戦っている班員はそれに劣るのか、回避は間に合いそうになかった、という状態。だが、それに欣の支援が加わる事によって補っている。

 

 戦闘中にいつでも敵についてのんびり説明ができるような余裕のある敵ではない以上、こうして実戦の中で情報を得る事で、徐々に戦局を優位へと傾けるのが欣の戦い方である、のだが。

 

「逃がさん」

 

 三人のうちの一人が、腕から生成された毒針を剛大へ向け、突撃する。しかし、それは軽くいなされた。反撃に背後から背骨を貫き胴の中央に突き刺さるのは、猛毒の針。

 

「ぐっ……」

 

 よろめく敵にさらなる一撃を加えようとする剛大。それを阻止しようと、欣の右腕が剛大に向けて振るわれる。

 

 しかしそれも計算の内、剛大はそれに対して班員が突き刺さったままの腕を動かし、欣へとそれを向ける。

 人間の盾。単純ながら有効な、物理的な防御と敵に対する精神的な動揺を誘う手段。

 

 

「やれ」

 

 欣の指示と共に、班員の一人が動揺する事なく剛大と盾とされた仲間に接近する。直感的に危機を覚えた剛大が刺さった針を抜き、もう既に意識を失い、死を待つのみとなっていた班員はどさりとその場に崩れ落ちる。

 剛大は刺さった針と痙攣する体の感触からこの班員がもう長くない、拘束を解いても同じだ、と判断し、欣達の側からは体の表側、ぱっと見て最もわかりやすい表情から班員の状態を察して剛大ごと攻撃しようと判断したのである。

 

 剛大がいた場所を液体がかすめる。外れて岩に辺り、鼻を突く臭気を剛大は感じとる。酸だ。

 二発、三発と連続して放たれるそれを常に動き回る事で回避し、次の獲物に目星をつける。

 

 

 このままでは埒が明かないと判断したのか、酸を放っている班員と欣に目配せし、残った一人の班員が剛大に向けて突撃する。その身は黒い甲皮に覆われ、甲虫である事が伺えた。

 

 回避に専念している剛大に向けてその太く変異した腕を振り下ろす班員。それを剛大は、両手をクロスさせ受け止める。お互いがこの状況を打破しようとその腕を動かし、それに合わせて両者の姿勢、位置もじりじりと動く。

 だがその直後、この攻撃は間違いであったとこの班員は思い知る事となった。

 

 膠着状態ならばそれ以外の人間は一方的に攻撃する事ができる。しかし、剛大を狙った酸は剛大には届かない。何故なのか? それは、他ならぬこの班員によって酸の射線が塞がってしまっているからであった。

 酸を放つ班員、剛大と殴り合う班員、剛大。それが一直線に並んでしまったが故に生じた、飛び道具を生かせない陣形。

 

 しかし、これは単純にこの班員のミスというわけではない。この班員は最初から一方的な酸による掩護射撃をできる状態を狙い、剛大と組み合おうとした。そのため、突撃こそ正面からであったが剛大と組み合う際には少し軸をずらし、酸の射線が届くような位置をとったのだ。誤算はその後の剛大の動きで、組み合った状態から動かれ、まんまと自身の体で射線を遮る状態となるよう誘導されてしまっていた。

 

「っ! 将軍!」

 

 酸による射撃が望めないのなら、近接戦闘で。そう考え、班員は欣を呼ぶ。が、その直後。

 

 下がれ、と叫ぶ欣の声を、班員は聞く事ができなかった。

 両者の腕がぶつかりあった状態で、班員の顔目掛けて突然下から打ち上がって来る一撃。それをもろに受け、その首は一瞬上に伸びあがったかのような動きをし、ゴキリ、という嫌な音を立て、あらぬ方向に曲がる。それと同じくして体は力を失い、その力を向けていた方向、剛大に向けてしなだれかかるように崩れ落ちる。

『トビキバアリ』のジャンプ力、それを支える強大な脚力による蹴りの一撃。

 

 崩れ落ちる死体を身軽なステップで避け、剛大に自身の追撃がいなされた場合射撃ができる班員を無防備にしてしまうと考え足を止めた欣と距離を取り、欣と同じく動きを止め、二人を見据える剛大。

 

 対する欣と班員の二人も、同じく相手の様子を伺う。

 

 

 ……現代戦とは、個の性能のブレが少ない戦いである。コンピュータと高性能化した武器の性能、それらの連携を円滑に行えるようにするネットワークがモノを言う戦いでは、一人で数十人、数十機を撃破するエースが生まれる事はごく稀であるし、それと相対する事はさらに稀だ。

 

 

 それは、現代戦に適応した軍人である欣の死角であった。

 彼の戦場は、一定の能力、数の味方を率いて一定の能力、数を持つ敵と戦う近代戦であり。

 

 ()()()()、を相手にする事を想定したものではなかったのだ。

 

 そして、その指揮を崩され、二人の部下を失い、戦術を再構築する、目の前の敵に集中する、その隙を剛大は見逃さなかった。

 

 

「翔ッ!!」

 

 剛大の突然の大声にその意味を察する以前に反射的に二人は剛大をさらにはっきり視界に映す。

 

「あいよぉ!」

 

 

 だから、反応が遅れた。威勢のいい、戦場の参加者ではなかった、その声に。

 

「なっ、うわぁっ!?」

 

 それと同時に、欣の隣にいた班員がもんどりうって倒れる。その体には、ネットが絡みついていた。

 

 冷静さを崩さず、だがその表情に抑えきれない怒りと驚きを浮かべその声の方向を見る欣。

 

 そこには、岩陰から姿をのぞかせる一人の男がいた。

 第二班所属、樋之浦(ひのうら)翔。

 

 第二班の若きエンジニアであり、『ハダカデバネズミ』のベースを持つ青年の手に握られていたのは、携帯火器には適さないようなサイズの銃型の武器。

 

『対テラフォーマー発射式蟲捕り網』。裏アネックス計画は対人戦を重視した編成となっているため、対テラフォーマー用の非殺傷武器であるこれは搭載されてはいなかった。基地の備品である。テラフォーマーによる利用とその発展を防ぐため高度な銃火器こそ持ち込まれてはいなかったが、アナスタシアへと送る研究用の検体を入手するためにこの武器は配備されていたのだ。

 

「同じ手は食わん、と言ったな」

 

 即座に判断し翔の方に足を向ける欣に暇を与えず、剛大は自身の脚を、思い切り地面に振り下ろす。同時に、剛大の脚部に付属している何らかの機械のようなものが鈍く光を放つ。それを受けて急加速したその脚が地面を穿ち、揺らす。

 地を撃つ一撃、それの意味は。

 

「もう一度食ってもらうぞ!」

 

 敏感に察知し、欣は身を翻す。それとほぼ同時に、欣の足元が崩れ穴が開く。

 

 それは、その場所に限った話ではなかった。戦域の所々が次々と崩落し、穴が姿を見せる。

 元々『裏切り者』達が基地間の連絡路として使っていた地下道。それを掘り広げ、部分的に地表近くまで彫り上げ、強い衝撃によって崩落する落とし穴を作り出す。

 エレオノーラに救われた翔が剛大が戦闘に突入する前に先行して罠を仕掛けておく、それは並大抵の苦労ではなく。他の穴掘りができる班員も動員しての一大計画であったが、その効果ははっきりと表れていた。

 

「ウワアァァ」

 

 情けない悲鳴を上げ、ネットに絡めとられていた班員は穴へと落ちていく。『裏切り者』の連絡路はそこまで深い場所に作られていたわけでは無い。一時的な戦線離脱だ、むしろ戦場に転がされているよりも落とし穴の下で復帰をした方が良いのでは、とすら考えられる。

 

 が、落ちた衝撃で穴の底にあったものが舞い上がり、穴の外にちらほらと現れ出てくる。それは、黒とオレンジ色の粉。

 

 先の戦いでそれを知っていた欣はそれを吸わぬよう口を押える。

『ズグロモリモズ』の猛毒を含んだ羽毛を『8位』の専用装備によって砕いた粉末。

 穴の中から聞こえてくる苦痛と絶望の色を含んだうめき声がだんだんと小さくなっていく。

 

 

「ご苦労だった。後は手筈通りに」

 

「了解。……班長、ご武運を」

 

 短い会話を交わし、翔は岩陰に身を隠す。

 欣は考える。恐らくは退避用の通路が用意してある。これを追うのは無意味だ。木っ端の班員を追いかけ幹部搭乗員を本丸に送ってしまう。これがどんなに愚かな判断であるかは言うまでもない事実。

 

 ……ここまでしてやられた。三人の部下を失い、敵は無傷。

 だが、それが何だ? ここまでしてやられた。そうだ。しかし、それで作り出せた状況は?

 ただの、両者無傷の1対1という状況ではないか。

 

「決着をつけようか」

 

 剛大が一歩前に出る。欣は動かず。

 

 

 両者、一呼吸。そして。

 

 

 日本第二班と中国・アジア第四班、二つの将が激突した。

 

 

 

―――――

―同時刻、第四班宇宙艦周辺

 

「……敵部隊接近!」

 

 前線への人員の輸送を終えた猛禽類をベースとする班員の女性が、上空を旋回し、その接近に気付く。

 

「班長……」

 

「ああ、もう起きてる」

 

 敵の接近に班長を呼び出そうとした班員の背後からかかる声。それは、殆ど休憩時間が得られなかった悲しみという指揮官に相応しくない感情を含んでいた。

 

「おはよう班長! えっと、人数は4人で……」

 

「あと土の下に2人いる」

 

「へ……?」

 

 二人の会話に警戒を強める班員たち。

 

「ああ、皆、下がってていいぞ」

 

 だが、そんな皆に対し、班長はなだめるかのように、しかしその顔に表情を浮かべず指示を出す。

 

「俺は兵器、だからな。戦いは任せて様子を見ていてくれ」

 

 そう言い、『薬』を摂取する班長。その身は甲皮ではない、赤黒い色をした表皮に包まれる。

 

 

 数秒後、ぼこり、という音と共に班長の数歩先の地面に穴が開き、一人の男が姿を見せる。

 

「こんにちは、『7位』、第一班副長、チャーリー・アルダーソン」

 

「ははーん、てめぇがボス、ってわけかい」

 チャーリーと呼ばれた金の天然パーマの青年は、自身の名を呼んだ敵を眼前に見据える。

 

 それとほぼ同時に、班長を取り囲むように穴から一人、周囲から四人のアネックス計画制服に身を包んだ第一班の班員が現れる。

 

前に出ようとする第四班の班員達を手で制し、班長は無言、無表情のままチャーリーにかかってこい、と顎を引く。

 

「二班の連中を待つまでも無い、ここでお前をぶちのめさせてもらうぜ」

 

 そのワイルドさが伺える顔にそれに見合った野性的な笑みを浮かべ、チャーリーと班員達は『薬』を打ち込んだ。

 

―――――

――同時刻 火星 逆侵攻経路

 

「……第一班が奇襲を仕掛けて、俺達が本命、か」

 

「大丈夫かな……」

 

 物陰に身を隠しながらの移動。『裏切り者』に見つかるのはもちろんの事、テラフォーマーに見つかるのも無駄な戦闘によって目的の遂行が遅れかねない。

 このようにして、日本第二班を主体とし他班の一部班員を含んだ第四班宇宙艦への攻撃作戦部隊の本体は歩みを進めていた。

 

 8位の静香、9位の俊輝、13位の健吾、17位の武、18位のダニエルと言った『裏マーズランキング』の高位ランカーを多く擁する主力部隊であるこのグループは、基地防衛の戦力の中からできる限りの戦力を捻出した、反攻部隊の総力と言える集団である。

 

 反攻を担当するのは北米第一班と日本第二班、本来ならばこれに第三班も加わる予定だったのだが、敵の想定外の大戦力により損耗が激しく、班長副長共に戦闘不能という状態のため出撃できず。

 ダリウスと剛大、二人の班長はそれぞれの任務で動いているため別行動となっている。幹部搭乗員が参加できないのは厳しいが、それでもやらねばならない。

 

「おっとっと」

「……俊輝、調子どう?」

 

 小石につまづき、よろめく俊輝に、静香が心配そうに声をかける。

 この班が第一班に大きく遅れているのは、重要な戦力である俊輝とダニエルの治療に時間がかかったから、という理由がまず一つ。

 バイロンとの戦闘によって負った傷とその毒の症状は軽いものではなく、医療設備の限られる基地で本格的な治療が望めない状況の中限りの事はした、というものであるため、全力での戦闘を行えるか、と言われると微妙なところである。

 

「俺は大丈夫だけど、お前こそどうなんだよ」

「私? 全然元気だけど」

 

 逆に心配をする俊輝に対して、静香は平然とした態度で返答する。しかし、その足取りは重く、時折ふらついている。

 落とし穴に設置するトラップの材料である多量の羽毛を確保する為の能力の連続使用に加え、第四班との戦闘時の打撲。総力とは言うものの、最もランキングの高い二人はどちらも万全とは言い難い状態である。

 

「俊輝っち、静香、辛くなったらいつでも言えよー」

「ああ、お前たちに倒れられては意味が無い」

 

 健吾と武は先頭を歩く二人を心配そうな様子で見守る。

 似た者同士で無茶をする二人だ、限界が来た時には止めなければ、と。

 

 

「……ん? 誰かいる?」

 

 誰かが言ったそれに反応し、班員達は影で休憩していた大岩に身を隠した後、こっそりと顔を出して覗く。

 

 その通り、そこには一人の男がいた。

 ボロボロの衣装にポンチョのような腕を隠す外套を纏った大男。

 無精ひげを生やした、鍛えられてはいるがどこか不健康そうな雰囲気を纏っているそれは、どう考えても味方ではない、という風貌である。

 

「裏切り者の見張り、かな」

「どうする」

 ひそひそと、対処を考える班員たち。だが、その中で明らかに違う反応を示した人間が二人いた。

 

 

「あれって……」

「アイツ……間違いねぇ……」

 

 不安げな表情を浮かべる静香と、抑えきれない衝動を必死にこらえようとしている俊輝。

 

 どうしたのか、と聞こうとした健吾だったが。

 

「……俺がやる」

 

 低く、呻るように、拒否など許さない、という威圧を含んだ感情で、俊輝が皆を見回す。それに気おされ、皆は黙ってしまう。

 

 そして、少しの間会話が成され。

 

 

 

「……よう、久しぶりだな」

 

 岩陰から出て、男に近づいていく俊輝。その声こそ平静を保ってはいるものの、全身から立ち上がる殺気が、その内心を男にはっきりと伝えていた。

 

「お前は……ああ、あの時の、あの時の、あの時の」

 

 何やら様子がおかしい男の事など気に留める事も無く、俊輝は注射器を首に刺し、さらに歩み寄る。

 それを見る男は恐怖ではない何かで体を震わせ、点鼻薬型の『薬』を打ち込む。

 

「お前の首を裂き切ってアイツの墓に見せてやる」

 

 俊輝は、仲間には、いや、これまで敵にすら見せた事の無い冷徹な声で。

 

「て、めぇのせいで……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛クソクソクソ!! 殺してやる殺してやるぅぅぅぅ―――!?!!?」

 

 男は、タガの外れたような、狂っている調子の声でまくし立て。

 

 

 親友の敵討ちと狂乱の果て、二人の戦いは始まった。

 




観覧ありがとうございました。

今さら登場の第一班副長。場面的にどう考えてもかませ不可避な状況に見えますが頑張ります。

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