「突入部隊の損耗率は4割を突破、総指揮官は死亡、他幹部は内部で交戦中と思われる」
「欣将軍より、敵到達予測地点への到着、警戒を続行との事」
「爆発により『二位』の死亡はほぼ確実」
テラフォーマーでさえ近づかない不毛の地域、そこに陣を構えた一隻の宇宙艦。
いくつかの設備がその周囲に展開されたそこでは、慌ただしく通信が飛び交い連絡員が移動を繰り返していた。
裏アネックス第四班。『裏切り者』の背後で手を引いていた、今計画でのトラブルの元凶とも言える集団である。そんな彼らの表情には、黒幕としての余裕……ではなく、焦りの色が浮かんでいた。
彼らの目的は単純だ。"アネックス計画"における第四班、活動を援護するため、裏アネックスの他国部隊を駆逐する。それが成されれば、アネックス計画側の第四班がアネックス本艦の制圧及び電波塔の掌握による地球への通信を途絶した後、アネックス計画側の他国部隊も始末する。
小惑星群分析の名目で飛ばした輸送艦によって用意した資源で火星の各所に基地を築き、多数のMO手術被術者という圧倒的な戦力を備えた『裏切り者』。たかがアネックス計画の100人、裏アネックス計画の96人。自分達や協力者を含めて勘定したとしても容易く押し潰せる戦力差である。はずだった。
しかし現実はエンジントラブルの仕込みにより各班を分断したその直後の襲撃は全て失敗、その後の継続的な攻撃でも次々と人員は撃破され、ついには基地の一つを制圧された。
余裕は無く、士気も高いとは言えない。所詮は地球で廃棄物扱いされたクズどもだ。状況が悪いと知ればこちらに反旗を翻す可能性が無いとは言い切れない。そう考えた本部の判断は、『全軍特攻』である。
幸い、表アネックスの第四班の計画は順調に進行中のようだった。アネックス1号を占拠し地雷や防空レーザーといった兵器で守りを固めれば、近代兵器を持たない他班では手出しができなくなるだろう。ならば、『裏切り者』の戦力の価値はそれほど高いものではなくなる。
裏アネックスの各班が一カ所に固まってくれたのはある意味では僥倖と言える。一つの場所に集中しているのであれば、一気に殲滅する事が可能だ。
生き残った『裏切り者』はその勝利である程度の士気の保持ができるだろうし、地球に帰還した後の褒美なりなんなりで釣ればいい。
……本部の判断は、『裏切り者』が裏アネックス計画各班を撃破する事を前提としたものだったのだ。生き残った連中をどう使うか、沢山いすぎると面倒だから口減らしの総力攻撃、その後は裏第四班は表第四班と合流し守りを固め、裏切り者は適当に別動隊として動かせばいい。
しかし、今のこの状況。押されているではないか。総指揮官であるアナスタシアは相討ちにこそなったもののヨーゼフとの交戦で死亡し、基地内部のアナスタシア直属の他の幹部たちとの連絡もとれていない。
敵基地制圧が進んでいない事は、内部からの頑強な抵抗がはっきりと示している。
さらには、この艦が捕捉され、基地を敵の部隊が出立したとの連絡まで入って来たではないか。
このままでは、『裏切り者』の壊滅どころか自分達まで危うくなってきている。
「オイオイ、話がちげえよ……」
切迫した状況の中心で報告を聞き、周囲に指示を出す青年。欣に代わり、士気を取っている第四班の本当の幹部搭乗員。そんな彼に、つっかかる人間が一人。
「……何がだ」
無精ひげと鍛えられている事が伺えるがっしりした体形、しかしどこか病的な目つきの、隻腕の男である。アネックス計画支給の制服を身に着けていない事から、彼が計画の正式な人員でない事が伺える。
「これで勝てる、後は後方の任務って話だったじゃねえか……!」
青年に食ってかかる男。体格でも男の方が明らかに大きい。しかし、その顔にはどこか怯えの色が浮かんでいる。
「まあ落ち着けって」
以外とフランクにぽん、と男の方を叩く青年。直後、パリパリという空気が小さく爆ぜる音と共に男の体がびくん、と跳ねる。
「て……めぇ……」
衝撃でふらつきながらも態勢を立て直し、男は青年を睨む。その目に映るのは深い恨みの色。
「クソッ、これだから信用できねえんだ、それにてめぇは……」
男は、言葉を最後まで言う事ができなかった。青年が右手で男の首を掴み、吊り上げたからである。
「か……ひゅ……」
「黙れ……。またこうされたいのか?」
先ほどまで冷静だった青年の眼に、怒りが宿る。青年が指をさしたのは、男の左腕。肘より少し上の部分から失われているその部分であった。
鋭利な刃で切断したわけではなく、力任せに骨を折った後で引きちぎったかのような痛々しい傷跡に、残っている部分から肩にかけて見られる、焼け爛れたかような、変色している肉。
いよいよ恐怖に支配されたのか、見るからに裏の世界に生きているかのような大の男が涙を流し、許しを乞うように弱弱しく首を振る。
「班長、そのくらいに」
そのまま首を握りつぶさん勢いの青年をなだめるように、一人の班員の青年が声をかける。
「……プラチャオ、この艦の防備はどうなってる?」
それに肯定的な反応こそ示さないものの、青年は男を半ば放り捨てるように離し、プラチャオに聞き返す。
「班長もご存じかと思いますが、この艦は高速性と量産性に重きを置いた小型のものなので、アネックス1号に搭載されているような防衛システムは重量の問題から配備できていません」
「ああ、わかっている」
宇宙艦の周りに展開されている装備は、仰々しい機械ではあるものの、それは殺傷を目的としたものではなく通信用の機材である。
アネックス1号との合流を前提として設計されている裏アネックス計画の宇宙艦には、個別で任務を遂行できるほどの装備は搭載されていない。それは、テラフォーマーに対する防備としても同じ事だった。そもそも、こっそり持ち込みたくとも、設計の段階でそこまで重量に余裕がないのだ。
「ですが、我が班と先遣隊より選び抜いた精鋭が周囲を固めています」
「期待してるぞ、プラチャオ」
「欣将軍も配置に付いていますし、この艦には指一本触れさせません」
プラチャオに向けて少しだけ、複雑そうな笑顔を見せる班長。少しだけ休憩をとる旨を班員達に伝え、宇宙艦の中に戻っていく。そこでぼそりと蚊の鳴くような小さな声で呟いた一言、それを聞いたのは艦内の人員を含め誰もいなかった。
「どうせあいつらは来るんだろうけどな」
―――――
ごく少数ながら襲ってくるテラフォーマーの迎撃、付近の『裏切り者』の指揮、各部隊への指示と帰って来てから働きづくめだった班長が休憩に入るのを見送り、プラチャオは艦の影でうずくまる男を助け起こした。
「大丈夫ですか?」
「おう……ぐっ……あの野郎……」
任務から離れた勝手な行いで解任されたとはいえ『裏切り者』の幹部である。全体の輪を乱す粗暴な男だが、戦力としては離れられては困る。プラチャオは男に肩を貸しながら、その傷跡を横目で確認する。
班長の戦っている姿を見たのは地球で一度だけだ。だが、それは異常という他なかった。あまりにも闘争と他の生物に対する殺傷に特化しているかのようなその性質。これだけで言えば、該当する生物はそこそこの数いるだろう。しかし、班長のそれは度が過ぎていたのだ。その戦いにて示されたMO手術ベースの生物のものであろう複数の特徴が複合して存在している性質。それは、地球上のあらゆる生物を探しても存在していないような、そんなものだったのだから。
どうやらその生物は研究所で飼育されていたようだが、実働部隊であるプラチャオはその詳細まで知る事はできず。
変態用の『薬』こそ見せてもらったが、それこそその薬で変態できる生物の中でそんなものはいないような系統だった。
個人的な興味は尽きないものの、ただ一つだけはっきりとしている事がある。
『強い』という事だ。今の状況で、これ以外のものが必要あるのか? ……いいや。
自分の頭の悪い事は自分がよく知っている。考えても結論が出る類のものではないのだろう。
そう考えを打ち切って男を適当な所まで見送り、再び前線警戒の任務に戻ろうとしたプラチャオの耳に飛び込んできたのは、一つの通信員の連絡であった。
「欣将軍より、敵と交戦のため一時的に通信遮断。敵は一名のみ」
「第ニ班班長、島原剛大、との事です」
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