深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第5話 新技術

「MO手術の後継を開発する」

 

 

 それは、最初のMO手術成功者が誕生してからわずか五年後にとある国の研究所に下された命令だった。

 

 

 この地球のあらゆる生物をベースに手術ができる、革新的な事だ。だがしかし、今だに一部の生物は適合者が確認できない、もしくは元々適合が不可能だ。それに、不慮の事態で『薬』が使えなかったら。

 

 

 根本的な見直しが為され、徹底的に問題点や改善点が洗い出された。

 

 

 それらが十分に考慮され、開発は開始されたのだったが……

 

 計画は、困難を極めた。全てがシュミレーションで対処できるわけがない以上、当然、人体実験も視野に入って来るだろう。そうなれば、人間を集めてくる必要がある。しかも改善点が見つかった、というだけで具体的にどのようにそれを改善していくのかは全くわかっていなかった。

 

 

 当然スタッフはMO手術開発時と同じ人材が大多数。MO手術が成功してそれの安全性などのチェックも終わり、やっと一息ついた、という所での新たな激務。

 

 士気も上がらず、時間を空費する日々が続いた。

 

 結果だけを言ってしまえば、六年で手術は完成、最初の成功者も無事に現われここまではよかった。

 

 その後研究チームの主任が発展途上国から多数の人間を買い取り人体実験を進めていたとして全ての罪を押し付けられ、死刑に処され投獄されるという痛ましい事件もあったものの、新たな手術はMO手術を超えるものとして秘密裏に誕生した。

 

 

 だが、この手術には欠点も多かった。急ごしらえと追いつめられた研究者の狂気が、力と引き換えに大きな代償を生んでしまったのだ。

 

 

 成功確率:約0.3%。

 最初の被験者が成功したのは、奇跡にも近かったのだ。

 一人目で成功したので成功確率も安定していると思っていたのだが、その考えは甘かった。

 

 

 そして、この手術で使う特殊な材料のために、必要経費も激増。

 ただでさえ危険を伴うMO手術の約100分の1の成功確率で、一回当たりに十数倍の費用。

 

 その他にも問題点があったのだが、これは闇に葬られてしまった。それは研究者はもちろん、被術者でも察しのいい人間は気付くものであったが。

 

 

 軍事用語で『ハイローミックス』という言葉がある。

 

 高性能だが高価な兵器とそれなりの性能だが安価な兵器を混合して採用するという意味で、全て高級品で揃えようと思うと予算がかさみ過ぎるため、必要な部分だけ高級品を、そうでなくてもいい部分には廉価品を、という兵器の配備方式だ。

 

 思想としてはこれと同じなのだが、ハイの方があまりにハイ過ぎた。

 いざアネックス計画が発表され、人員が募集された時も、この手術は敬遠され、普通のMO手術がメインに据えられた。それも当然だ。誰が単純計算で1000人に3人しか生き残れない手術なんか受けようと思うのか。

 

 リターンに対してリスクがあまりにも大きい、だが成功した時のその性能は一級のもので、捨てるにはあまりにも惜しい。そう考えた政府は、とある策に出る。

 

 それは、この手術を公表し、各国から幅広く被術者を集めるというものだった。

 そこまでしても結局アネックス計画の枠は埋まってしまい、その国の幹部搭乗員(オフィサー)もMO手術を受けた人間が務める事になったのだが。

 

 

 

 悲嘆に暮れる関係者に、ある吉報が入る。アネックス計画に加え、追加で人員を火星に送る計画があると。

 

 これを好機とみた関係者はこの手術を大々的に薦めた。MO手術に勝る能力。これまで不可能だった強力なベースへの適合。ここで、各国から少しづつ人は集まった。

 

 各国の上層部には要求した能力を満たすベースがあり、それに適合する人間が欲しかったのだが、残念ながら提示されたそのベースに合う人間は一人としていなかった。だからこそ、この新たな手術に注目したのだ。

 

 

 当然、手術に成功したからと言ってその生物をベースに出来るとは限らない。

 個人個人の適性もMO手術と同様に存在するからだ。

 

 

 だが、自国民を何万と調べても適応しそうになかったベースをもしかしたら……という希望がある。

 賭け、というと聞こえが悪いが、結局はそういう事である。

 

 

 当然政府が手術を望んでも、受ける当人はそんなものは望まないに決まっている。

 犯罪者にも人権があるし、軍人を使うにはあまりにもコストが大きすぎる。

 

 

 結局は0.3%か死刑か、という話になったり、金が無い人間が集まってきたりして、ある程度の人数は揃った。そして運命の手術。手術開始前は四ケタいた人間が、最終的には二ケタまで減った。手術の成功確率からして、奇跡のような成功数だ。

 

 その中でも各国が要求したベースに適合した人間が選び抜かれ、火星に飛び立つ事に。

 

 残りは地球でお留守番である。

 

 なぜこの力を使わないのか? それは、一重に和を乱さないためだ。

 

 この手術を受けた人間は、その殆どが訳ありである。

 

 その中には、凶悪な犯罪者も混じっている。そんな連中が任務に参加して、それをこなす事ができるだろうか?

 

 単純な理由であるが、そのような事情があるのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 長い通路を歩きながら、壮年の女性が歩いていた。

 今回の計画について、臨時の首脳会談があるのだ。

 

 ドイツ首脳、ペトラ。彼女はある資料を見ながら、馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

 それは、『裏マーズランキング』のまとめ。幹部搭乗員の欄だ。

 

―――――――――

―位 ダリウス・オースティン (米) 昆虫型 『ツェツェバエ』

4位 島原剛大 (日) 昆虫型 『トビキバアリ』

―位 エリシア・エリセーエフ (露) 爬虫類型 『アカウミガメ』

―位 エレオノーラ・スノーレソン (伊) 棘皮動物型 『テヅルモヅル』

―位 ヨーゼフ・ベルトルト (独) アメーバ動物型 『ネグレリア・フォーレリ』

――――――――

 

「ふふ、どの国も嘘つきばかりだわ。本当の事が書いてあるのは1つあるかどうかくらいじゃないのかしら」

 

 彼女はこの計画の自国幹部搭乗員から話を聞いていた。

 どいつもこいつも化物じみたスペックの生物の癖に、実力を出しながらうまくごまかしていた、と。

 

 あの尊大で自分に敬意なんて払っていないのがあらかさまに見てとれる博士も、仕事に関しては忠実にやってくれるじゃないか、と薄く笑みを浮かべる

 

「まあ、あの無礼者に頼らざるをえない時点で私にも問題があるけど」

 

 

 そんな事を考えながら、ペトラはページをめくる。

 ランキング上位者の欄。そこには、偽りない強力なベース生物達とその適合者が記されていた。

 それを自国の人間を探して読み進め、MO手術発祥の国、その女王はため息をつく。

 

「それにしてもウチの国は武闘派が少ないわね……」

 

――――――――――――――――

 

 

「薬の使用数は……14本か。まあこんなものだろうな」

 

 戦闘を終え、調査の準備を整えるために宇宙艦に戻った日本班。

 

 その班長、剛大は今後の計画を練るために自室に籠っていた。

 班員には十分な準備が整うまでは警戒は怠らずに自由時間を過ごしてくれと告げてある。

 

 突然の奇襲とはいえ、一人が犠牲になってしまった。班長として、日本の幹部搭乗員(オフィサー)としてこの責任はとらなければならない。そう考えながらも、剛大は書類を書き留める。

 

 勝手に薬を持ちだしていたり、最近の若者は……と言われそうな言葉づかいをしていたりとところどころ問題こそあるものの、この日本班の部下達は皆優秀だ。

 

 戦闘に関しても、十分に対応できるだろう。逆に、戦闘員の少ない班が危険に晒される可能性が高い。

 そのあたりと連絡をとって合流できないものだろうか。

 

 今回の任務は各国で独立して行う事になってしまった。だが、他の班と合流できれば、それはやはり心強いものとなるだろう。

 

 そこまで思考を巡らせて、剛大は自分の考え方が昔と比べて大きく異なっている事に気が付く。

 冗談なのか本当なのか、自分が受けたMO手術と似て非なる何かは、さらにベースの生物に自分が近づくらしい。だから好物や行動が無意識の内にそれに近いものになる、と。これが怖い話なのか愉快な話なのか、剛大は固いと自覚している自分の頭で考える事もしなかったが、案外事実なのかもしれない。

 

 自分のベース『トビキバアリ』は集団生活をする昆虫の代表、アリでありながら単独で狩りを行う。

 では自分は、そのどちらが近いのだろうか。

 

「班長! 静香がケーキ作ったんです、一緒に食べましょうよ!」

 部屋の外からの声で、その考えはかき消される。

 すぐに行く、と返事をして、書類に手早く書き加え、剛大は部屋を後にした。

 

 

 

「皆、さっきは戦いに参加できなくて本当にごめんなさい! おわびにもならないけど、ケーキ作ったから食べてください!」

 

 ショックで動けずに戦闘に参加できず、宇宙艦の奥で待機していた静香。そんな彼女の趣味はお菓子作りである。激しい運動後の甘いおやつに、歓声を上げる搭乗員達。

 狭い船内でのせめてもの娯楽、という事で、食料品類は豊富に積み込んであったため、こうしてお菓子を作る事も可能なのである。

 

「イエーイ」

 

「うぇぇぇぇい!」

 

「……」

 

 剛大もテーブルに座り、自分の目の前に差しだされた小さなショートケーキを見て、心の中で苦笑する。

 やっぱり自分は、『アリ』なんだな、と。

 

 

「では、いただきまーす!」

 静香の隣に座っている俊輝がジュースの入ったコップを持ちあげ、ハイテンションで食べ始める。

 それを見て、恥ずかしそうにする静香。

 もちろん、身内の恥的な意味である。

 

 

 しかし、そう上手くはいかない。皆が同時にケーキに口を付けた途端、その顔は難しいものになった。

 

「しょっぱい……?」

 

「パねえっすわ」

 

「塩だこれ!」

 

 もはや定番ともいえるミスをやらかした静香の顔が、蒼白になっていく。

「重ねがさねごめんみんな! すぐ作り直すから! 班長もすいません!」

 

「……」

 剛大は、無言でケーキを口にしていた。顎に手をあて、何かを考え込んでいる様子だ。

 

 

「……班長? まさか塩にアレルギーとかが……」

「流石にそんなのはないだろ」

 何人かが心配そうに声をかけるが、剛大はすぐに頭を上げ、全員を安心させる。

 

「ああ、いや大丈夫だ、静香、ありがとう」

 

 そのまま席を立ち自分の部屋に戻っていく剛大。

 

 日本班出動まで、あと94分。




観覧ありがとうございました。

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