すいません、都合により解説の多くが次回に回される事となりました
「……何モンだ、あんた」
レナートは動揺をできる限り体に出さないようにこらえながら、アナスタシアを、自分達に向き直ったその姿を見つめる。
よく見てみれば、完全に同じ、というわけではない。エリシアよりも身長は高いし、黒の白衣から少しだけ覗く肩には縫合の跡のようなものがある。
だが、その顔のパーツ、細かい仕草はほぼ完全に一致しているのだ。母親? 双子の姉? といった予想が上がるが、レナートはエリシアの出自を思い出し、即座に己でその予想を否定する。
そして、その出自から、一つの答えを導き出した。
「あはハ……博士、大丈夫です、まだ間に合いますよ」
しかし、レナートを無視するその目線は、ヨーゼフに注がれていた。自身を追い詰める幹部搭乗員、副官、それに加えての戦闘員。追い詰められている状況なのだが、その目はただ一人しか見ていない。
「私が答えよう、レナート君……恐らく君も察しはついているとは思うが……彼女が、ロシアの機密研究院に次代の人体クローン技術を提供した張本人。……そして、そのクローンの遺伝子提供者だ」
「私が自分の意思でやったのは前者だけですよ、それも今思うと……色々と事情があるんですよ、私にも」
一瞬どこか遠くを見るような仕草をした後、目線を戻すアナスタシア。
何か変わった動きを見せる事もなく、ただ佇んでいる。
「私が、私のせいでこんな事になっちゃったんですよ……エリシアって言うんですね、この子」
左手にぶら下げたボロボロのエリシアをちらりと見て、アナスタシアは悲しそうな笑みを浮かべる。
「かわいそうに……こんなに小さいのに手術を受けて、こんな所まで連れてこられて……」
その笑みは、徐々に歪んでいく。それに呼応してなのか、その左右を守る二匹の異形のテラフォーマーがどこか落ち着かない様子を見せる。
「ごめんね……私が悪いんです、だからあなたも博士と一緒に……楽にしてあげるからね……」
その瞳からは涙が流れ、それが偽りのものではないという事はその場にいる全員が理解できる、その事がはっきりとわかるほどに感情が籠っているものだった。
だが、その表情から、ふと、感情が抜け落ちる。そして、短く息をつき、初めてヨーゼフ以外のそこに集まる戦闘員たちへと目を向けて言葉を放った。
「あ、目障りなので死んでください」
その言葉と同時に、異形のテラフォーマーが動き出す。あまりに唐突な、戦闘開始。
素早く変態を済ませ、最初にそれに対応したのはレナートだった。
だが、その標的は異形のテラフォーマーではない。レナートは一直線に走る。左右から迫りくる異形のテラフォーマー。その中心を走り抜け、狙うは、アナスタシア。
異形のテラフォーマーはヨーゼフに攻撃する様子はなかった。ただ、連れてきた戦闘員に襲い掛かっている。
当然、それに対応する戦闘員たちも素人ではないのだ、変態を行い、それに対応している。
「お嬢を……離しやがれ!」
レナートはその拳を、アナスタシアの左腕に繰り出す。相手の能力はわからない。が、少なくとも変態はしていない。落ち着き払った態度からすれば何らかの対策はあるのだろうが、少なくともエリシアを離すくらいはするだろう。そう判断しての攻撃だ。
「……」
無言のアナスタシア。レナートの拳は、回避動作を取ることもしない左腕に直撃する。
カブトムシの腕力で殴られたそれは。
「なに……?」
一瞬の内に黒色に変色し、その打撃と衝撃をを受け止める。直後、レナートの拳はぬるりとした感触と共に滑り、受け流される。
黒色の変質。それは、異形のテラフォーマーと同じ能力。それに加えての、粘液のような何か。
二重の防御によって、攻撃はいなされてしまった。
「ッ! だったら!」
滑らされた拳をそのまま勢いに任せ、次はもう片方の拳で、今度はその左腕の根本、肩を狙う。
「あらあら……」
黒色の変質はその範囲を増し、肩口までをカバーしようとする。が、今度はレナートの方が一手早かった。
その防御が間に合うよりも早く、拳は防御のされていない、元のひ弱な肉体が晒された肩に直撃し、その骨を砕き、へし折る。
ぐらり、とアナスタシアの体がゆらぐ。隙を晒した。ここで、胴体や頭を狙うべきか、エリシアの救出を優先すべきか。
一瞬考え、レナートはアナスタシアの左腕を、エリシアを掴んでいるその手に打撃を加え、離させる。
戒めを解かれ、宙に投げ出されるエリシア。レナートは素早く反応し、放り出されたエリシアを抱きかかえる。
追撃か、アナスタシアの左腕がエリシアを助けるために跳んだレナートの脚を掴む。だが、その力はレナートを止められるほどではなく。あっさりと振りほどく事ができた。
そのまま、問題なく着地。
「レナート、足を切り落とせ!」
その時、後方で部隊を指揮し、異形のテラフォーマーに対処しているヨーゼフから、唐突に、唐突な内容が焦った大声で伝えられてくる。
「ああ? 何言って……?」
「……ニガサナイ……絶対に……」
それは、レナートがその言葉の意味を考えようとしたのと同時だった。
呪詛のような声と共に、レナートの脇腹に、鋭い痛みが走る。
「がっ……!?」
咄嗟に視線をその痛みが走った場所に移す。そこには、矢のようなものが刺さっていた。
「こっちの体に移しておいてよかったです」
アナスタシアの白衣の袖口から覗いていたのは、小型のクロスボウだった。
白衣の袖に仕込めるほどの小さいものだ、威力も射程も大したものではない。だが。
レナートの体が、徐々に麻痺して動かなくなる。
せめてエリシアだけでも、と部下を呼ぶが、異形のテラフォーマーとの戦闘でそれどころではないようで、焦った様子を見せてもこちらの戦線に参加できる余裕はなさそうだ。
「『オオベッコウバチ』の毒を濃縮したものですよ。お味はいかがですか?」
先ほどの攻防から、アナスタシアの近接戦闘能力はあまり高いものではない、という事はわかっていた。
だったら、それを補うための暗器を仕込んでいる、という事くらいは想像できたはずなのに。
自分の見通しの甘さに怒りを覚えるレナートであったが、今はこの状況を何とかせねば、と反省を中断し思考を巡らせる。
「こっちの体……?」
霞む意識の中、レナートは時間稼ぎを選ぶ。疑問に思っていたのも事実だ。先ほどのアナスタシアの言葉。
こっち、とは何なのか。
「あれですよ」
アナスタシアの指の先にあったのは、首無しの裸の女性の死体。
左胸に穴が開き、それが死因である事が想像できるが。
「まぁ、貴方にはどうでもいい事です」
ふいと顔をそらし、倒れこんだレナートが見る事のできない、戦場の側を見るアナスタシア。
「えへへ、来てくれるんですね、博士」
嬉しそうに笑うアナスタシア、その視線の向こうで、それを睨むヨーゼフ。
異形のテラフォーマーはヨーゼフには反応していない、いや、そう命令が出されているのだろう。
そう踏んだヨーゼフは、先にこちらへとやって来ていた。
これまでに得られた情報。先ほどのレナートとの戦闘。そこから導き出される、答え。
あまりに、救いの無い話だった。
「アナスタシア……君の体はもう……」
どうしようもない虚しい感情と、どうしてこうなってしまったんだ、という行き場の無い怒り。
その二つが混じり合い、ドロドロとした水溜まりとなる。
「私の体はもう、火星への旅にすら耐えられるものではなかった……だから、代わりを作ったんですよ」
特に感情を見せる事もなく語るアナスタシア。
代わり。あの体は、自分のクローンなのだろう。そして、そこに自分の頭を移植していたのだ。
投石によって心臓を貫かれ、あの体は死んでしまった。
それはつまり、再生能力の類は持たないという事。
クローンといえど、MOがコピーできない以上はオリジナルの体が持つ能力は失われているか、またはごく部分的にしか残らないはずだ。
「今の私の体は本物ですよ、私自身のそのものです」
オリジナルの体は、恐らくコールドスリープでもして持ってきたのだ。恐らくは、そちらの方が戦闘に優れている体なのだろうから。
「体を入れ替えれば、生き永らえる事ができる……と、思っていたんですけどね」
独り言のようにつぶやき、空の方を見るアナスタシア。
「頭が、ダメになるんですよね……精神の侵食は、止めようがないのですから……」
自分の体をいくら入れ替える事ができても、頭部だけはどうしようもない。頭部にもαMO手術の影響がある限り、それはリスクを回避できる手段とはならなかったのだ。
「君は……自分のクローンを……」
「ええ、何百体と使い潰しましたよ……あぁ、安心してください。最初から私と同じ体は、心の無い人形しか作れませんでしたから……」
エリシアやナターシャは、赤ん坊の状態から育てられたという。
アナスタシアが作ったのは、自分の頭を移植するための自分と同じ体のクローン。
それを作るには、きっとそれなりのリスクがあったのだろう。
「……何故、君の命は私より早く尽きてしまうんだ」
ヨーゼフの疑問、それは疑問、というよりは答え合わせであった。
αMO手術を受けてから経った時間はヨーゼフの方が圧倒的に長い。
本来ならば、ヨーゼフの方が先にガタが来る、と考えるのが当たりまえと言えよう。
だというのに、アナスタシアはすでに自分の体では火星への旅の期間を耐えられないほどに限界が来ているのだ。
「幾度となく、己の身に手術を施しましたよ……もう、数えるのも億劫になるほどに」
手術。それは、何の手術だったのだろうか。重傷を負った体の治療。生まれつきの病のタイムリミットを伸ばすためのもの。そして……
「ねぇ、博士……私、博士の論文、読んだのですよ」
論文。どれの事だろうか。ヨーゼフは考える。恐らく、MO手術に関するものだろうが。
それに関する研究の論文は機密資料である事は言うまでもないが、『裏切り者』の雇い主である中国ならば、盗み出す事も可能であろう。
「『MO手術の重ね合わせについて、生態的に近い生物であれば十分な成功が望める』。貴方の書いたものです、博士」
「……それを見て、私は思ったのですよ。『生態的に近い』に適応されるのは、一回目に受けた手術のベース生物だけの話なのか? とね」
それは、ヨーゼフにとってはただの答え合わせ。アナスタシアにとっては、尊敬する研究者への、慕う男性への、己の研究成果の発表会。
「総員、下がれ……ここは私が引き受ける」
ヨーゼフの言葉と共に、数人の犠牲者を出しながらも異形のテラフォーマーを相手にしていた部隊は、躊躇いながらもレナートとエリシアを連れて撤退を始める。
ふと、ヨーゼフは物陰から『裏切り者』の兵士が自分を狙っているのに気づいた。それに対処しようとした、その時。
「邪魔をするな」
冷たい声と共に、アナスタシアの背中から、尻尾が伸びた。いや、それを尻尾といっていいものなのだろうか。
正確には、尾てい骨の辺りから骨と、それに付随する肉と皮膚が延長されるかのように、長い腕が一本、生えていたのだ。
それは、異形のテラフォーマーと同じ、本来の人間には存在しない、異形の部位。
それが、『裏切り者』の兵士の首を掴み、持ち上げる。そして、杖で一回地面を叩く。
直後、ヨーゼフははっきりと見た。兵士の首を、皮膚の中を、無数の何かがはい回りながら頭部に上がっていくのを。
「あが……ああああ」
声にならない声を出しながら兵士は泡を吹き、そのまま絶命する。
それを見る事もせず、放り投げるアナスタシア。
「ねえ、博士……見ていただけますか、認めていただけますか……私の研究成果を」
どこか病的な目で粉末型の『薬』を口に含むアナスタシア。そして、変態が始まる。
外見に、そこまで変化は無い。少し肌の色が魚類型のそれに変わった程度だ。
全身を粘液のようなものが覆い始める。
明確な変化は、すぐに訪れた。
肉をかき分けるような、耳障りな音。
それと同時に、アナスタシアの体の肉が沸騰するかのように沸き上がり、ぐにゃぐにゃと蠢く。
体の一部が黒色に変化し、まるで別の生物であるかのようにぐねぐねと暴れまわる。
レナートによってへし折られていた左腕はみるみる間に再生し、元の姿を取り戻した。
テラフォーマーによって接続されていた首の継ぎ目が塞がっていく。
左眼を突き破り、緑色の袋のようなものがそこから飛び出してくる。
全身の部位が、それぞれ別の生物であるかのように全く別の特性を示していく。
その蠢く肉塊の変化を見つめながら、ヨーゼフは一人、嘆きとも失望とも絶望ともとれる声色で、呟いていた。
「なぁ本多博士……私達は、どうしてこうなってしまったのだろうな……」
アナスタシア・エリセーエフ
国籍:ロシア
31歳 ♀ 152cm 49kg
αMO手術 “魚類型”
―――――マンボウ―――――
+
αMO手術
"寄生生物型"
――――ニホンカイレットウジョウチュウ
"寄生生物型"
――――ハリガネムシ
MO手術
"寄生生物型"
――――スパルガヌム・プロリフェルム
"寄生生物型"
――――リベイロイア
"寄生生物型"
――――ペンネ"寄生生物型"
――――エキノコックス
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クム生物型寄生シュードテラノーバ
"メルメコネマ"――――寄生生物型
寄生生物型型フィラリ―――ア生物型
きききせせいいいロドせいぶつぶせいつバゾウム型
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観覧ありがとうございました!
次回、ベース紹介(一部)とアナスタシア回想編と色々な説明とバトルです
なんで成功率30%代、時々0.3%の手術を物凄い数施しても死んでないのか、やっぱりマンボウなんなんだよとかは次回明かされる予定であります