深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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何やら意味深なサブタイトルですがわりとそうでもないです。

今回は本編の進み具合は少しゆっくりで半分説明会&第二部に登場予定のキャラの顔見せみたいな感じとなっております。


第36話 朽ちる世界、記憶の残滓

 決戦の地である火星の小山、内部にある基地。その近くに広がる平地にいくつかの影が立っていた。

 この場所はそこをよく見まわす事ができるスポットである。

 

 もちろん、テラフォーマーに見つからないように山の表面には施設はないため、外見上はただの山である。いや、だったと言うべきだろうか。

 

 

「む……第三突入口は押されているようです」

 

 現在、この山にはいくつもの穴ぼこが空き、そこからは黒煙が噴き出していた。

 時々、強い勢いで人間が投げ出され、地面に叩きつけられ無残な姿を晒している。

 

 いくつもの突入口と戦闘の様子。これらが、これまで完璧に偽装され、その上テラフォーマーが本能的に避けるある物質を散布してあった小山内部の基地の姿を露わにしていた。

 

 テラフォーマーが『裏切り者』を、裏アネックスを積極的に狙わなかった理由。それは、この辺り一体のテラフォーマーの絶対数が少なかったから、というものもある。だが、それより大きな理由がもう一つ。

 

 彼らは、『アネックス一号』に大きな戦力を割いているのだ。

 戦闘員の比率が多いという都合から総合的な戦闘能力はアネックス一号搭乗員より高く、奪う事のできる能力にそこまで差があるとも思えない、そして、大群を動かすには距離が遠い。

 

 これらの複合的な要素が、テラフォーマーを彼らの戦場に乱入させないでいた。

 だが、黒煙。小山の内部に確かにある、人間が築き上げた『施設』。これらが知られてしまったら?

 

 

 少し雲行きの怪しい戦場。それを見守る二つの影。

 

 

「……私には、もう時間が無いのですよ」

 

 杖をつき、物憂げな表情でぼんやりと基地を、戦闘を見つめるアナスタシア。

 その目には、虚しさとどこか焦りが入り混じっていた。

 

「何を仰います、地球に帰ったらしっかりとした治療が受けられますよ」

 彼女の護衛であるヨハンが慰めるかのように話しかけるが、そちらを向く事すらせずにアナスタシアは話を続ける。

「あはは、慰めはいりませんよ。……いいえ、貴方は知らないんでしたね、ごめんなさい」

 

 その言葉の意味をヨハンが問いかけようとした、その時。

 

「……けほっ」

 

 アナスタシアが、赤い液体を吐き出した。どろりとした、それは、もう既に時間が経っているかのような赤黒さを持っていて、その重大さを物語っていた。

 

「ドクター! 早く薬を……ッ!?」

 焦ったヨハンがアナスタシアに駆け寄ろうとしてある事に気づき、驚愕に顔を歪める。

 

 肉が、沸き立っていたのだ。

 肉が沸き立つ。一見何を言っているのかわからないようなその表現が、今のアナスタシアの体の様子を語るのに一番適切な表現であった。

 

 それが起こっているのは、左腕から肩にかけて。まるで、水が沸騰し無数の泡が発生するかのように。アナスタシアの体内から何かが外界に出ようとするかのように、アナスタシアの皮膚がぐにゃぐにゃと動き回り、その肉が膨れ上がり、収まり、また膨れ上がり。一瞬のうちに連続してそれを繰り返す。

 

「……ああ、大丈夫ですよ……でもね、もうあんまり残ってないんです」

 

 表情を変えないままその部分を右手でそっと撫でながら、こんと杖で地面をつくアナスタシア。

 その様子を見て、何が、とは聞けなかった。それの答えは、先ほどの呟きと同じものなのだろうから。

 

 しばらくして、肉の沸き立ちは収まり、何事もなかったかのように症状は引いていた。

 その間、血を吐いていた時以外はずっと基地を見つめていたアナスタシア。

 

 アナスタシアの体は、徐々に崩壊へと向かっている。それはヨハンにもなんとなくわかっていた。

 戦災孤児であった自分が拾われた時。バイロン達と出会った時。孤児院の管理を手伝った時。そして、火星に赴いた時。生まれつき体が悪いとは聞いていた。だが、ここ数年の変化は明らかにおかしい。肉体の異常だけではなく、精神面でも。

 

 弱気ではあったが心優しい彼女が。死ななければなんとでもなる、と自分や仲間達に教え、励ましてくれた彼女が。実の子のように接していたバイロンを、始末した。

 何が起こっているのか、わからない。……いや、本当は、何となく察しがついているのだ。ヨハンはちらりとアナスタシアの顔を見る。

 

「……どうしましたか、ヨハン?」

 それに気づいて穏やかな笑みを返すアナスタシア。ヨハンは思わず目を逸らす。頭の中に響く頭痛は、定期的に体を襲う痺れは、まだ止まりそうになかった。

 

――――――――――――

「あはは」

「えへへ」

「あそぼうよー」

 

 耳に入ってくる楽しそうな声。それを頭の隅に追いやり、力を振るう。

 味方は付近にはいない、ならば、十全の力を発揮できる。

 次々とアメーバの海に沈んでいく『裏切り者』。空間を覆う瘴気に蝕まれ、次々と敵は倒れていく。

 耳鳴りは止まらない。体中に激痛が走り続ける。目の前の人間が、人間と認識できなくなる時がある。

 

 そして。

「ねえ、なにしてるの?」

 

 無邪気な声が、絶えず耳に入ってくる。

 もう少し待ってくれ、と心の中で言い聞かせ、戦いを続ける。

 

 私は、罪を重ねすぎた。本当は、本当に贖罪などというものを望んでいるのなら。

 

 

 

―――αMO手術など、世の中に出すべきではなかったのだ。

 

 

 

 その性質に気が付いたのは、いくつかの被験者を見た後の事だった。低い成功率と引き換えにした、特殊生物への適合と通常の投薬で従来のMO手術における過剰摂取に近い能力、そして弱体化はするものの投薬せずとも変態可能な特性。

 

 リスクは、最悪の成功率。それだけだと思っていた。自分の作り上げた技術は、それだけを引き換えに力が得られるものだと。

 

 αMO手術のつ三つの利点。それらは全て、一つの特性を根拠としている。

 それは、『MO手術よりも大きくベース生物側に偏った細胞のバランス』。

 

 これがあるからこそ、通常の投薬によって大きな力を発揮できるし、薬を使わずとも己の意思さえあれば変態を行う事ができるのだ。

 

 特に、後者。己の意思によって細胞のバランスを崩し変態し、薬が入手できない状態でもある程度の戦闘能力を発揮できる。

 イレギュラーな事態が当たり前の戦場で。己の身一つを武器にする状況も非常に多い潜入で。

 この特性は、非常に有用なものである。

 各国はこの特性に注目し、絶賛した。中国など、その特性のみを突き詰めた『紅式手術』という独自技術を別に開発していたほどだ。

 

 

 しかし、気づかなかったのだろうか。各国の連中は、そして、自分は。

 傾いたバランスを、さらに傾ける。そんな事を繰り返せば、どうなるかだなんて、すぐわかる事だろうに。

 

 

 じわじわと、侵食されるのだ。ベース生物の因子に。そして、失っていくのだ。人間としての在り方を。

 最初に、味覚がなくなった。

 次に、時々目の前が真っ暗になるようになった。

 

 唐突に皮膚感覚を喪失する時がある。自分が奪ってきたものの声が聞こえる時がある。目の前の仲間が、戦友が、敵が、人間ではない何かに見える時がある。驚くほど無機的な思考に支配される時がある。

 

 意識も徐々に希薄になってきているのがわかる。きっと、長くは持たないのだろう。

 もう時間は残っていない。せめて、この戦いが終わるまでは……

 

 そう願う権利すら、きっと私にはないのだろうな。

―――――――

 

―地球 某国 某所

 

「~~」

 

 寂れたスラム街を、一組の男女が歩いていた。

 傍から見るに、上流階級の青年とその付き添い人、だろうか。

 

 端正な顔立ちに美しい金髪、適度な長身、すらりとしながらも鍛えている事がわかる肉体。

 全てにおいて完璧、という表現が相応しい容姿を持っている青年。

 このスラム街で鼻歌を歌っているという感覚から、中身は完璧とは言い難いものなのかもしれないが。

 

 

「ああー、待ってくださいオリヴィエ様~!」

 

 オリヴィエと呼ばれた青年を追いかけるのは、早足で歩くオリヴィエに置いていかれそうになって慌てている女性。年齢は二十ちょっとくらいであろうか。少し短めの黒髪に、溌剌とした表情、女性としては若干高めの身長。

 仕事着としてであろうか、スーツを着ているものの、全体として活動的なその様子は、秘書というよりは運動部の後輩、という印象を与えている。

 

 

「んん? これはすまない、久しぶりに外に出られて嬉しくてね、ついついはしゃいでしまったよ」

 

 薄暗いスラム街ではしゃぐも何もないのだが、オリヴィエは心からこの状況を楽しんでいる様子だ。

 

「そうっすかー! それならしょうがないっすねー!」

 

 それに対して、へにゃっとした笑みと元気な声を返す女性。こちらも少し感覚がズレているご様子。

 

「うん、ここはいい所だね。そろそろお昼にしようじゃないか」

「はいッス!」

 

 両者ハイテンションで敷物を用意し、まるで花見でもするかのように弁当を広げだす。

 だが、彼らのお楽しみタイムは長くは続かなかった。

 

 数人の見るからにごろつき、という男たちが、一瞬のうちに二人を取り囲み、ナイフ、金槌というような各々の得物を手にじりじりと距離を詰めてきたのだ。

 この場所の治安と二人の無警戒っぷりからして、この展開は非常に妥当といえよう。

 

 

「おいイケてる兄ちゃん、痛い目見たくなかったら……」

「うーん……」

 

「なっ……!」

 ならずもの達の内で最も大柄な、恐らくはリーダーであろう男がオリヴィエを脅迫しようとしたその瞬間、座って弁当を広げていたオリヴィエは男の真正面に移動していた。

 

 そして、顎に手を当てしげしげと男を上から下へ視線を移動させながら観察する。

 

「力強さは十分、役に立つか立たないか……」

「オイ! わけわかんねえ事……」

 

 男の声はまたしても中断された。先ほどの中断理由は、オリヴィエが突然目の前に現れた事による驚き。

 そして、今回は。

 

「あ……ぁ……」

「……やっぱりいらないね、ゴミだねこれは」

 

 男の腹に、深くオリヴィエの手が突き刺さっていた事による痛みである。

 その手は腹を破り、深く体内まで達していた。引っこ抜けば即座に大量出血。

 だが、男はその苦痛以外に別の不快な感触に襲われていた。何かが体から奪われているような、そんな感触。

 

 しかし、その意識も長くは続かない。その次の瞬間、オリヴィエが懐から取り出した剣でその首を刎ねたからだ。

 

 古典的な武器でありながら機械的な装飾、特に刃の部分に走る幾何学模様がどこか近未来的な印象を与えるその剣は、少しの抵抗も感じる事なく首を切断し、返す刃で横に立っていたもう一人の胴を真っ二つに切り裂いた。

 

 勝てない。明らかな差を感じ、蜘蛛の子を散らすように逃走する男たち。それをわざわざ追う事もせず、オリヴィエはもう一度座りなおし、弁当に手を付ける。

 

 それとほぼ同時に鳴り響く携帯電話の音。オリヴィエは心底不快そうに明らかに文明に取り残された旧式のそれを耳に当て、相手の声を聞く。

 

「宇宙旅行してる子たちからだ……現当主様をお迎えする用意が整ったそうな、まったく間が悪い」

 

 電話を切り、オリヴィエは女性に苦笑いしながら告げる。

 そんなオリヴィエの口に卵焼きを運びながら、女性は屈託の無い笑いを浮かべて答えを返した。

 

「へぇー、あの人達も無駄な事しますね」

 

「うんうん、全くだよ」

 

 卵焼きを噛みしめながら、オリヴィエは女性の答えに満足そうな笑みを浮かべ、楽しそうに口を歪めた。

 

 

「神になるのはオリヴィエ様っすのにね」

 

―――――

 

「ようこそ、ここが我々の本陣ですよ。私を殺せば、貴方達の勝ちです」

 

 唐突に、アナスタシアが少し大きな声を出す。

 それに反応し戦闘態勢を取る、ヨハンとアナスタシアの周囲を守る異形のテラフォーマー達。

 

 アナスタシアの言葉の意味はすぐにわかった。

 基地を望むアナスタシア達の背後から、少人数の集団が姿を現したからだ。それを確認するかしないか、という一瞬の後、風を切る音と共にアナスタシアの左胸を正面から、つまりは基地方向から飛来した石が貫き、外から見てもはっきりとわかる大穴を開ける。

 

 

 同時に異形のテラフォーマーのうちの一体に細い糸のようなものが絡みつき、一瞬でその全身の甲皮の隙間に毒を打ち込む。

 

 

 はっきりと敵を視認したヨハンの目に映ったのは、すでに変態を済ませた数人の肉体派、という外見の集団と、その中央に立ち覚悟を決めた表情を浮かべる銀髪の少女だった。

 

 




観覧ありがとうございました!

次回、バトルになるかどうかわかりません

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