深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第33話です。今回もバトルがメイン。


第33話 魔物と魔物

 地下の戦闘から数分。裏切者の幹部、アナスタシアとヨハンは堂々と地下の穴へと去っていったが、俊輝とダニエルは傷を負ってこれ以上の追撃は不可能、といった状況だった。

 相手は恐らくバイロンと同じくαMO手術を受けているであろう二人に加え、どこか様子がおかしい、何故か二人に付き従っている異形のテラフォーマーが三匹。一方のこちらは傷を負った二人。片方は毒を受けてすぐにでも治療しないと危ないという状態だ。

 

 この戦闘による両勢力の優勢劣勢は傾いたとも傾いていないともいえなかった。『裏切者』の主戦力である一人を倒す事ができた、それに加えほんの少しとはいえ他の主戦力の能力の情報が手に入った、それだけ見れば大きな成果とは言えるだろう。しかし、相手の戦力はいまだ強大で、数の差による劣勢は覆しようがない状態。そこで、此方側の主戦力である『裏マーズランキング』でも比較的上位に当たる二人が負傷し、一時的に戦線離脱を余儀なくされてしまった。

 地下通路には戦闘員はいるもののそこまでランキングは高くない。本陣を守っている幹部搭乗員(オフィサー)は全員、地上から、空から押し寄せる軍勢を相手に戦っている状態だ。地下は本来敵の侵入を想定しておらず、防御はそれでも地下を通った奇襲があった際のための最低限の戦力しか置かれていない。

 早く、この事を本部に知らせなくては。侵入口が開かれ、いつ地下からも敵がなだれ込んでくるかわからないという事を。

 二人はふらふらとした足取りで上層へとつながる階段を昇っていく。

 

 あの地下道からはまだ敵は出てきてはいない。あそこに残されているのはバイロンの死体だけだ。

 放置されたバイロンの死体は調べれば何かがわかるかもしれないが、今のこの状態でそんな事をしている余裕は無く、あの場所に置いていく事となった。

 

「ひでえ事しやがる」

「まったくだな」

 

 敵の幹部、アナスタシアと呼ばれていた女性がバイロンを始末したのだろうか。あの場の状況からしてそれには間違いなかったのだろうが、色々と疑問が残る。

 一体バイロンは何をされたのか。触れられていたわけではない。何らかの飛び道具を使ったのだろうか。だとすれば、あの杖をついた動作と自分たち二人に攻撃しなかった事の理由がつかない。

 脅威である事には変わりないものの、不確定情報が多すぎる。

 

「上は大丈夫なのか?」

 

 いくら幹部搭乗員とはいえ、一人で数十人を相手にして持ちこたえる事は可能なのだろうか? 俊輝はそんな事を考える。自分たち日本班の班長は1対1のタイマンを考えれば裏アネックスでも最強クラスの戦闘能力を有している。現在は出撃の準備が整うまでは裏切り者を迎撃している。だが、1対多数となればどうだろうか?

 

「ダニエルの方の班長って強いのか?」

「二位だからな、そりゃ強いさ。それに能力も広域制圧に向いている」

「そうか……」

 

 当たり前の事を聞いてしまった、と一つため息をつく俊輝。見るからに性格悪そうなダニエルの班の幹部搭乗員、『裏マーズランキング』2位の男、ヨーゼフ。普通に考えれば、自分の班長よりも評価された点があるからこそランキングが上なのだろう、と。どのような能力かは知らないが、ダニエルの言葉通りなら今のこの状況に適したものなのだろう。

 

 さらに他の幹部搭乗。ロシアの小さな女の子と、ローマ連邦のお婆さん。一見して、どちらも戦闘に向いている人種とは思えない。ランキング最上位の幹部搭乗員である以上、それが杞憂であるとは思うのだが……。

 だが、本当に数人の大きな戦力だけでこの数の敵を抑えきれるのか?

 

 同じ疑問を繰り返し、今後の戦いに一抹の不安を覚えながら、毒の影響で少し歪む視界の中、二人は応急治療所への道を急いでいた。

 

――――

 

「ああ、つまんねぇな、ザコしかいねぇ」

 

 一方こちらは基地に開けられた大穴付近。そこに立つ、一人の男。全身を覆う黒光りする甲皮に、王冠のように頭から生えた三本の雄々しく、鈍いツヤを持つ三本の角。相対するは、すでに変態が解けてしまい、足を震わせながらも男を見返す青年。

 巨躯の男と、一人の班員が対峙していた。その周囲には、数人の死体。ここで戦闘が行われ、そして決着が付こうとしている事は想像に容易かった。

 

「へ、へへ……てめぇみたいのまでいるとはな」

 

 追い詰められ、壁を背にする青年。名は(しょう)。第一班と第四班の戦闘の際、俊輝たちの脱出を手助けした一応の戦闘員だ。だが、そのベースである『ハダカデバネズミ』は戦闘向きとは程遠い。このような無謀な戦闘になってしまった理由は、彼が各戦線の連絡役を務めていた際に運悪くこの戦闘に遭遇してしまったからだ。逃げる間もなく実際に戦っていた戦闘員は壊滅し、敵の矛先は彼に。

 

「おっ、俺って有名人?」

 それに反応し、『裏切者』の男が興味ありげに翔に聞き返す。

 

「そりゃ知ってるさ、30人近く殺して死刑執行されたはずの連続殺人鬼、ジェネジオさんよぉ……」

 

 弱弱しい声でそれに答える翔に満足げに頷き、鋭い眼つきのまま笑みを浮かべる男、ジェネジオ。

 翔の言葉通り、ローマ連邦での白昼堂々の連続殺人事件、その犯人の男である。

 

「ハッ、俺が生きてるのがおかしいってか。でもよ、それ言ったらお前らの側のボスも人の事言えねえだろうが、知ってんだぜ、俺らと五十歩百歩なクズ野郎がいる事くらいよお!」

 馬鹿にした様子で語るジェネジオの言葉に、翔は少し疑問を覚えた。しかしすぐにその意味に気づく。なるほど、各班の班長の中にはそのような立場の人間もいるのか、と。確かに、死刑囚なら成功確率の限りなく低いαMO手術の素材にするにはちょうどいいのかもしれない。もしかしたら、自分の班の班長も……。

 そんな考えが一瞬頭を駆け巡り、翔の目に影がかかる。……だが。

 

 背中は壁。目の前には強敵。もう後はない。自分は間違いなく殺される。戦闘員でも歯が立たない相手だ。戦闘員に数えられるか数えられないか、という程度の、しかも変態も解けている自分では瞬殺されるだろう。でも、それでも譲れない事がある。

 

「かもな……でもよ、お前らと違って人類の未来のために動いてんだぜ、その人たちはよ!」

 

 殺される前に一言だけ。たとえ、もし自分の班長が、他の班の班長が、過去に取り返しのつかない罪を犯していたとしても。それを自分達に隠していたとしても。

 窮地に陥っている世界を救うため、手を合わせている事は変わらない事実。

 世間からすれば裏切者と幹部搭乗員、その立場は同じような存在なのかもしれない。でも、彼らは自分たちを導いてくれているのだ。それだけは、たとえ死ぬとしても譲れなかった。

 

 

「あっそ。じゃあ死ね」

 あっさりと、ただ一言言い放ち、ジェネジオは手刀を振り下ろす。

 言いたい事は言った、と翔はそれを受け入れ、目を閉じる。

 

 次の瞬間、天井が崩落した。轟音と共に岩が降り注ぎ、大きな振動と土煙が辺りを包み込む。

 それに素早く反応したジェネジオが回避を優先した事によって助かった翔だったが、状況を飲み込めず動く事ができない。

 

 その目に映っていたのは、自分に背を向け土煙の向こうを睨むジェネジオと、その土煙の向こうにうっすらと見える影。ひとまずは生きている、その実感が湧いてきてじんわりと広がってくる安心感。だが、その土煙の向こうにいるのが何者なのか、検討もつかない。上層で爆発でも起きたのだとしたら、こちらが追い詰められている証左でもあるのかもしれない。

 だが、何はともあれジェネジオは今翔の方を見ていない。土煙が何であろうと逃げるべきだ。判断し、翔は駆け出す。それを無視して、いや、無視せざるを得ないジェネジオ。その目は、全ての神経は、煙の向こうの存在に向けられていた。

 

 

「近道しようと思ったのだけど、ちょっと強引すぎたかしらねぇ」

「テメェは……」

 

 土煙が晴れ、その姿が明らかとなる。

 そこに立っていたのは、一人の老婆。ジェネジオを上回る長身とその周囲に展開した四本の触手が、凄まじい悪意を放っていた。第六班班長、エレオノーラ・スノーレソン。『裏アネックス』と『裏切者』。両陣営の最高戦力同士の相対。

 ジェネジオはその姿を見て、一瞬身を震わせる。

「おうおう、誰かと思えばローマの―」

 

 威嚇をしながらの会話。それは、一言目から成立する事なく終わった。

 甲皮の隙間の一つである首の部分を狙って高速で繰り出される貫手。それを既のところで回避し、反撃に転じる。地を蹴り、ほんの一歩でエレオノーラの懐へと潜り込み、その腹へと拳を叩き込む。しかし、その攻撃は身を捩ったエレオノーラによって回避された。

 

「遅ぇ!」

 しかし、ジェネジオはそれで攻勢を終えたわけではなかった。エレオノーラの回避方向を読み、そちらへと左腕を置くように繰り出す。

 

「……へぇ」

 ジェネジオの予想通りに動いたエレオノーラの脇腹にジェネジオの左腕が、その振り回した力に加えてその腕から生えている棘が突き刺さる。本人の剛力に加えて、ベースとなっている生物の力も加算された一撃で吹き飛ばされるエレオノーラ。

 

―――――

 動物における『ライオン』。海洋生物における『鯨』や『鯱』。各界で最強と言われて頭に浮かぶ生物だろう。

 では、昆虫における最強とは? 

 多くの人は『カブトムシ』を思い浮かべるのではないだろうか。雄々しき角、頑強な甲皮と筋肉、それに裏打ちされたパワー。いずれも、昆虫の王と呼ぶに相応しい。

 

 ……では、そのカブトムシの中で最も強い種とは何なのか。この生物は、その一つとして堂々と名乗りを挙げている。機敏な動作と怪力による純粋な戦闘能力。闘争を好み、さらには死した相手を捕食するわけでもないのに解体する際立った獰猛性。発達した三本の角による一本角の種に比べた戦術の幅広さ。その全てが、この種を最強の名に相応しいものとしている。

 

 

ジェネジオ・バルバドス

 

国籍:イタリア/インドネシア

 

31歳 ♂ 194cm 112kg

 

 

αMO手術『昆虫型』

 

 

 

――――――――コーカサスオオカブト――――――――

 

 

―――――

 

 壁に叩き付けられる間際、触手でそれを回避したエレオノーラにさらなる追撃を加えるジェネジオ。だが、二本の触手がジェネジオの攻撃を受け止める。

 

 引き戻される触手を掴み、ジェネジオはそれを力任せに引きちぎろうとする。だが。

 直後、ジェネジオの顔にエレオノーラの壁への激突を阻止した三本目、四本目の触手が襲い掛かった。

 蛸の筋力から繰り出される目への突き。本来の触手の用途ではないが、直撃すれば死もあり得る威力の一撃だ。

 

 しかし、顔を狙った攻撃はその面積の狭さ故回避が容易である。頭を下げ、軽い動作でそれをいなしてジェネジオは前進する。触手は四本ともエレオノーラの体を離れ、すぐには引き戻せない状態。

 今なら、本体に一撃を加える事ができる。

 

「……フッ」

 

 だが、ジェネジオはエレオノーラが薄い笑みを浮かべたのを見逃さなかった。何かある。直感でそれを読み取り、身を翻す。そこでジェネジオが見たのは、方向転換して襲い掛かってくる四本の触手。このままいけばエレオノーラに一撃を加える事はできただろうが、その後触手によって拘束され、勝負は決していただろう。『コーカサスオオカブト』の力ならそれを解く事も可能かもしれないが、相手がさらに『薬』を使い、過剰摂取状態になろうものならそれを振りほどく事はできないだろう。対抗しようにも、拘束された状態では『薬』を使う事はできない。詰み、である。

 

 ならば、こちらの選択肢だ。襲い来る四本の触手のうち二本を両手でいなし、もう二本を回避する。

 ……そこでジェネジオの背中に重い衝撃が走った。四本の触手の相手をする、それは、エレオノーラ本体に背を向ける事と同義だ。

 

 ジェネジオの背に、エレオノーラの右腕が突き刺さっていた。そこは、二枚の羽を守る甲皮と胸部の甲皮、その境目だった。構造的に最も脆い区画、そこを正確に貫いていたのだ。

 

 血を吐くジェネジオ。しかし、その顔には笑みが浮かんでいる。

 

「……一つアドバイスしてやる、バアさん」

 

 背後からの呼吸でエレオノーラが手を引き戻そうとする気配が感じられるが、遅い。

 ジェネジオは両羽の甲皮を開く。それと同時に、胸部の甲皮が少し浮かび上がるかのように開かれる。ジェネジオの体に向けて加えられていた力のまま、エレオノーラの手と腕はその空いた隙間に入り込む。そして開いた羽と胸部の甲皮、それを一瞬は閉じられた。

 胸部の甲皮と両羽の甲皮、MO手術被術者戦ならばそれだけで武器にできるほどに鋭利に発達しているそれらに挟み込まれたら、どうなるか?

 

 答えは単純、ボトリという音と共に地面に落ちる肉の音だった。

 

「切り札ってのは最後まで取っておくもんだ」

 




観覧ありがとうございました。
コーカサスオオカブト、有名どころで強い虫なので本当なら話の最後にプロフィールとともに明かす原作タイプの紹介をしたかったのですが、次の話の都合で途中に入れる形となってしまいました。

次回の話、もしかしたらこの話の投稿の翌日に投稿できるかもしれません。
次回と次々回で一纏まりな話なので早く続きが書きたいぜ!という気分なのです。珍しくも。実際はどうなるかわかりませんが(

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