深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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久しぶりの本編です!


第29話 それぞれの疑問

「もう六日目、ですか」

 

制圧した基地、その司令室での定例会議。一つの議題が終わり次に移る準備をしている合間、エリシアが呟く。

 

あの後、第一班の生き残りも合流し、全ての班が合流することには成功した。そこまではまだよかった。

だが、その後にはさまざまな問題が待ち構えていたのだ。

 

基地の内部配置の確認、通信ログの解析、今後の身の振り方。戦闘員重視で構成された裏アネックス計画は、技術者に関しては最低限でアネックス一号との合流を第一に考えていたため、多くの技術者を必要とする今は非常に辛い状況である。さらに各班自分の艦をがら空きにするわけにもいかず、留守番のため班員の一部はこの基地へは来ていない。

戦力が分散されるのは非常に痛いものの、各国それぞれ己の利益が一番なため、あまり強く言うこともできない。

 

そんなこんなで、少ない人員の中基地の整備を休みなしのハードワークで行っていた。

いつ敵が奪還のため動くのかわからない以上、現状の把握は最優先事項であった。

 

しかし、懸念していた敵の襲撃は全くなくすでに五日が経とうとしている。

アネックス一号との通信はつながらず、偵察や捜索部隊を時々出してはみるものの、成果は全くなし。

唯一得られた情報は、この付近のテラフォーマーの個体数が少しづつ増加していることだった。

不審であるし嫌な予感がしたが、差し迫った危機というわけでもない。

 

 

「ああ、我々にはいくら時間があっても足りない。しかしだ、これは少し……不自然」

 

剛大も同じ事を考えていたのか、それに答える。

班員たちを休ませる時間ができたのはありがたい。だが、アネックス一号といまだに連絡がつかない事は不安材料以外の何物でもなかった。

 

「……では次に、私から。例の特殊個体のテラフォーマーの解析結果が出た」

 

準備を終え、次の議題。担当であるヨーゼフが前に立ち、資料を広げる。

二人は再び、話を聞く態勢に。

 

「簡潔に言えば、奴の異常な姿は寄生虫によって引き起こされたものだ」

 

ロシアの副官、レナートが遭遇した手が三本、足が五本の異形のテラフォーマー。それに関する話のようだ。

まだ一個体しか確認されていないとはいえ、それだけしかいない保障はない。警戒は必要だ、ということでヨーゼフは死骸を回収、この基地の設備を使って解析を行っていた。

もちろん研究所のような設備はほとんど無かったが、それでもテラフォーマーに関する研究はこの基地でも行われていたようで、ある程度の機器は整っているという状態。これは幸運と言えるだろう。

 

「寄生虫ってだけであんな姿になるんですかね?」

 

第一斑班長、ダリウスが疑問を口にする。筋力の大幅な強化、部分的硬質化、まるで死にかけのような表情。筋力はタンパク質の摂取という答えで片付くものの、他は少し考えづらい。

 

「この寄生虫は本来鳥類を終宿主とする種であり、この手足の本数の異常というのは中間宿主である両生類に見られる特徴だ」

「さらにもう一種、ハリガネムシに近いゲノム配列を持つ個体が複数確認できた」

 

つまり、何が言いたいのか。なんとなく察している者、全く見当がつかない者、反応は二者に分かれていた。

 

「結論を言えばこの二種の寄生虫は遺伝子改造されている。前者はテラフォーマーを宿主とし、手足の異常を発生させられるように、後者は宿主の脳に対しての影響力を増すという形で」

 

遺伝子改造。その言葉が示す意味をわからない人間はいなかった。

このテラフォーマーは、正確にはこのテラフォーマーをこのような状態にした寄生虫は、人の手によって作られたものである、と。

 

「黒色の硬化、これもまた解析の結果から『ハリガネムシ』のMO手術が施されているという事が判明している」

 

ハリガネムシ。カマキリの寄生虫として代表的な、誰もが一度は名前を聞いた事があるであろう生物。

その印象の多くは気持ち悪い、でありその生態や特徴に目が向けられる事は少ない。

 

「硬くてぐねぐね動くんですよね」

 

そう、ハリガネムシの特徴。それはその名の由来にもなっている全身を覆う強固なクチクラ。

その細い体からは考えられないような頑丈な構造を持ち、甲虫のような同じクチクラの鎧を持つ生物の弱点である関節の継ぎ目も存在しない。さらに、体の最外部を守るクチクラだけでなく内部の筋肉を構成する筋繊維構造も非常に強い、という研究結果が報告されている。

 

体表を覆うクチクラ故か芋虫やミミズのような柔軟な動きはできず、のたうち回るかのような動きをするが、その欠点もMO手術ベースとしてしまえば一気に解消されるだろう。

 

「今回見られたケースは部分硬化だけだったが、今後同様のMO手術ベースで筋力の増大などさらに能力を増した個体が現れる可能性も見られる。外見的特徴は配布しておくので確認されたし」

 

以上で報告を終える、とヨーゼフは言葉を切り、資料を片づけて自分の席に戻った。

 

「ひとつ、質問があります」

 

少しためらい気味に手を上げ、ヨーゼフに言葉を投げかけたのは、エリシアだった。

以外な人間の発言に少し驚く他の五人。

 

「寄生虫、ってテラフォーマーに寄生できるようになっているんですよね?」

「ああ、今行える簡易な遺伝子解析と状況からの予想ではあるがそのような形質が見られている」

 

「……じゃあ、この火星に辿り着くまでにはどうやって生きたまま運んできたのですか?」

 

それは、あまり大切ではないようで、何か重要な意味を持っている、そんな気がする疑問であった。

寄生虫は他の生物の体内を転々として一生を送っている。葉っぱの上にされた糞に混じった卵を芋虫が取り込んでその体内で孵化、それを鳥が食べてその体内で成虫になって産卵、卵は糞に混じって葉に落ちた卵のみが次の世代へと移るチャンスを得る……というように、複数の生物の体内を転々とし、さらにその上で特定条件でのみ成長できる、という複雑な生態を持つ種も多い。

 

そんな寄生虫の数々を、火星に運んできてテラフォーマーに感染させる、さらにはMO手術のベースとして使用できるほどの数を確保する事が可能なのだろうか?

手術ベースとして使用するだけならば冷凍保存でもしておけばいい。サンプルと遺伝子だけ残っていればいいのだから。だが、テラフォーマーに感染させる分は別だ。卵だけを持って来てもその生態の中でテラフォーマーに感染するまでの中間の宿主まで火星に持ってくるのは現実的ではない。

 

他の生物を持ち込んでしまえば、何かあってテラフォーマーに奪われた際にベースとして使用される危険もある。

そんな危険を冒してまでこのような事をする必要があるのだろうか?

それによって得られる利益は強化した、しかし制御できるかもわからない異形のテラフォーマー。

戦力といえば戦力だが、それだけだ。それなら、その寄生虫や宿主を持ち込む際のリソースをMO手術被術者に割り振った方がはるかに有用であろう。

 

この話は、明らかに相手にとって利益が出るものとは思えないのだ。

 

「わからない、というのが答えだ」

 

ヨーゼフは溜息をつき、首を振る。その表情からは、不確定情報があるという苛立ちと、研究者としてすぐに解き明かせないのが残念、という二つの感情が読み取れた。

 

「そう、ですか……」

 

わからないと言われた以上、仕方がない。エリシアは手をと頭を下げ、そのまま押し黙った。

 

「では本日の会議は終了、にしましょうか」

 

エレオノーラの一言により、今回の集まりは解散。班長達はそれぞれ、配布された資料を持って自らの班員達が待つ班に帰っていく。

ここ数日の情報交換、得られた情報は正直に言って少ない。地球からの救援の目途も立っていなければ、彼らが合流すべきアネックス一号との連絡も取れていない。

 

「……さて、解析の続きをするか」

 

一人残ったヨーゼフは立ち上がり、のびをする。エリシアの先ほどの質問。正直に言って盲点だった。

何故寄生虫などというものが持ち込まれているのか。この疑問に対する答えは二つ。

 

そこまでするほどの利益があるか、そこまでしなくても持ち込めるか、だ。

 

 

異形のテラフォーマー。それ以外にも何か重大な研究がある。それならば、多少のリスクを覚悟してでも各種宿主とその飼育設備を持ち入ってまでする事は理解できる。

 

そうでないなら、何か特殊な事情か技術があって寄生虫を軽く持ち込む事ができるのだろう。

 

どちらにせよ、厄介な話だった。

 

「何かを、見落としているのだ」

 

独り言をつぶやく。

本来の宿主ではないテラフォーマーに適応している寄生虫。

今回の件はテラフォーマーに適応するように遺伝子改造がなされている、と考えるのが自然だろう。

だが、それが違うとしたら? テラフォーマーではない、何か他の生物に適応できるように改造された寄生虫が偶然テラフォーマーにも適応していたから使った、などとは考えられないだろうか。

 

いや、くだらない仮定だ、とヨーゼフは考えを放棄し、部屋を出ようとした。

 

 

「博士、もう一度聞きたい事がある」

 

声をかけられ、足を止めるヨーゼフ。

部屋の出口に、剛大が立っていたのだ。

 

「機密に抵触しない限りなら構わん」

 

少し警戒した様子で言葉を返すヨーゼフ。

 

それに対し剛大は、ヨーゼフを睨み付けるような固い表情でその質問を口にした。

 

 

「貴方は食べ物の味がわかっているか?」

「……」

 

答えは無言だった。それは、質問の意味がわからない、という風ではなくて。

 

「逆に聞こうか。視界が突然真っ暗になる事はあるか? 内臓に焼けるような痛みを感じた事は? 体が突然動かなくなる事は? 目の前の仲間が仲間と認識できなくなる事はあるか?」

 

いくつもの言葉を並べ立てるヨーゼフ。

剛大はその質問の意味を解する事ができなかった。

 

 

「何を……言っている?」

「わからないか、ならまだ君は大丈夫という事だ」

 

言い捨て、ヨーゼフは剛大の隣を通り過ぎ階段を下っていく。

 

「長生きしたければ、『薬』を使わない変態は控える事だ」

 

剛大に施された術式、MO手術の次世代型。その開発者である博士はそれだけを言い、剛大の視界から消えていった。

 

 

剛大は自分のポケットからケーキを取り出す。

それは、先日ヨーゼフにもおすそ分けしたものと同じで。

ヨーゼフがごく普通に美味しい、と感想を述べたそれで。

 

 

静香が砂糖と間違えて塩を投入した、美味しいなどと言えるはずのない代物だった。

 




観覧ありがとうございました。

久々の本編なのに寄生虫の話しかしてねえ!
次回からバトル増えていきますのでお許しを……

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