いろいろ詰め込みましたが、何とか10話で終わりました。
「……少々お待ちください」
まだ太陽が昇り切ってもいない朝早く、、イタリアの片田舎の博物館を数人の男女が訪問していた。
屈強な軍人が二人と政治家が一人、その秘書が一人。軍人二人はここまで案内されてきた様子で、二人ともこの村の和かな風景に興味津々なのか隙を見てはあたりを見渡している。
一方の政治家、ルークと秘書は異常に気が付いたようで少し焦っている様子だった。
博物館の入り口の扉がこじ開けられているのと、血の跡が点々と博物館の内から外に道しるべのように続いている。
「……ずいぶんと前衛的な装飾ですね」
軍人の片方、2mを超える大柄に長い髭とメガネを付けた男が、唖然としているルークに声をかける。
ここまでは男、劉にとっては想定の範囲内だった。一方ルークは、少し焦った様子である。
今回の来訪、表向きは中国の表裏アネックス計画現場指揮官がローマ連邦の同じく現場指揮官と会談を行いたい、という理由のものだった。だが、裏では迎えるローマと迎えられる中国、両者ともに黒い考えが渦巻いていた。
まずローマ。ジョセフとエレオノーラという超人と人外、アネックス計画におけるローマ連邦の切り札たる二人の力を見せつけるという示威。
一方の中国。アネックス計画におけるローマ連邦の最大戦力の確認と可能であらばなんらかの形での懐柔。不可能であれば、それを暗殺しローマ連邦の立場を貶めると同時に火星での計画の障害を排除する。
もう一つは、急な事情であるがMO手術関連の逃亡者がイタリア方面に向かったということを重要な部分を隠して通達し、協力を要請すること。
お互いがお互いの目的をわざわざ語らないまでも理解している。だから、ルークには見えるのだ。中国からの使者である二人が内心ではぎらぎらとした笑みを浮かべているのを。
「失礼、呼んできますのでお二人は日陰でお待ちを」
秘書に二人を博物館の庭へと案内し、ルークは博物館の中に入っていく。
一直線に血の跡はあり、それは博物館の奥へ奥へと続いている。
ジョセフからは今朝の連絡でハイジャックに遭ったがなんとかした、との連絡があったばかりだ。ならば、こちらでも何かあったと考えるのが自然だろう。
最奥部の館長室。その椅子の背後にある本棚は二つに割れ、地下への薄暗い入口が姿を見せている。
血の跡もその中へと入っていっている。
なぜ自分が、と独りという事もあり悪態をつくルークだったが、気を取り直して地下へと降りていく。
地下を進み、暗い通路を通ってエレオノーラのコレクションのある広間へと。
そこを舌打ちしながら通り抜ける。いつ見ても気分の悪くなる光景だ。
さらに進んだ奥の通路で一人のニンゲンが何かを眺めているのを見て、ルークはそれに声をかける。
「よう、こっ酷くやられたようだな」
ルークに背を向けていたその人物は声を聞いてその存在に気が付いたのかくるりとルークへと向き直る。
「あらあら、いらっしゃいルークちゃん」
ルークが最初に見た背中側の服はちぎれたように無くなっていて生の背を晒し、その晒されている背の皮膚はほぼ全て無くなり、出血と肉の赤が合わさってグロテスクな様相となっていた。
また、一瞬わからなかったが左腕は肩口から無くなり、その傷跡は焼け焦げたかのように水ぶくれの赤と黒色へと姿を変えている。体の全面にもところどころに火傷らしい跡があった。
背側の腰からは長い二本の触腕が生え、その頭上の二か所ひしゃげているパイプからはぼたぼたと水が零れ落ちている。これであのパイプに恐ろしいまでの力でぶらさがっていたのか、とルークは推測した。
「ああ、これはいらっしゃってるお客様と同郷の団体様からもらったものではないわよ」
エレオノーラはルークの表情を見てすぐに、彼の思考を否定した。
エミリーの手榴弾を目前に受けたあの瞬間、エレオノーラは左腕で顔を庇って顔へのダメージを遮断。同時に粘液で拘束されていた背を力任せに皮膚をちぎって脱出し、この二本の触腕を展開して跳躍、天井へと避難したのだった。
「……ならいいがな」
エレオノーラがなぜ全身に重傷を負っているのかはよくわからないが、推測した理由ではないと聞いて一旦は安心するルーク。
次の瞬間、エレオノーラの欠損した左腕がめきめきと伸び、元の姿を取り戻す。それが終わった後、背側の腰から生えていた二本の触腕はまるで掃除機のコードを巻き取るかのように体内へとするする入っていき、消滅した。
急なモーションにびくっとするルークだったが、それを悟られないよう隠す。
「で、リハビリは済んだかよ」
「ええ、楽しかったわ、とても。まだ元通り、とは程遠いけどね」
MO手術。それは元々人間に存在しない臓器を移植する上に細胞レベルで全身をいじくるというもの。手術を受ければ、健康な成人男性でも術後一週間は昏睡し、その後も元の身体能力を取り戻すまでにそれなりの期間を必要とする。スペック自体は高いといっても老人であるエレオノーラだ、それは例外ではなかった。
だから、この隙をつかれて殺される……とルークは懸念していたが、それは杞憂だったようで。
「それでだ、客を――」
「はいはい、わかっているわよ」
ルークの言葉を、最後まで言うなわかっている、と再生したばかりの左手で制し、エレオノーラは地下室の出口へとルークと共に歩いていく。
「……で、負けたんだろ?」
「……」
ルークが何気なく言った一言に、エレオノーラは顔をしかめる。常に笑顔の彼女には珍しい、それ以外の表情だった。
「体中の傷に加え、天井のひしゃげたパイプ。ただぶらさがるだけならひしゃげさせるほどの力なんて必要ないはずだ。相当焦っていて思わず力を込めたからああなったんだろ?」
「ルークちゃん、貴方の事アホだと思っていたけど見直すわ、流石は大統領ね」
図星なのか、渋い顔のエレオノーラはルークにせめてもの反撃だ、とばかりに子供っぽい嫌味を返す。
ケッ、と笑い、歩調を早めるルーク。してやった、と内心ガッツポーズをとっていたのは内緒である。
―――――
「ドクター、非常に心苦しいことをお伝えしなければいけないのですが……」
昼時、孤児院の子どもたちと共に昼食を食べ、院長室に戻って休んでいたアナスタシアの元を軍服の青年、ヨハンが訪れた。
彼はアナスタシアのボディーガードを担当しているが、平時はこの施設の職員として業務に勤しんでいた。
生真面目な彼は軽いワーカーホリックの域に達していると言っていいほど仕事熱心で、今の休憩時間でも施設の雑用を行っていた。そんな彼が唐突に戻ってきたのだ。アナスタシアと彼女を囲む三人の男女は少し驚いた様子でそれを見つめていた。
「イタリアに出向中の
そこで一つヨハンは咳をする。それは言うまでもなくわざとで、先を言いたくない、といった様子だった。
「この国からの脱走者の確保を要請した結果ですね」
またヨハンは言葉を詰まらせる。ずばずばと物を言う彼がここまで言いよどむのは非常に珍しいことだった。
その話の内容は、この施設から脱走した二人に関してのようだった。確かに二人はMO手術を施した兵士という価値が、その上片方にはそれ以上の価値がある。もっとも、そんな価値はどうでもよく施設の子供たちを実の弟妹のように可愛がっていた彼らからしたらそれはごく普通に興味のある話なのであるが。
「盗難目的で侵入してきたから二人とも殺害した、と例の計画の幹部が語ったらしく」
ぽろっとアナスタシアの持っていたプリンのスプーンが床に落ちた。他の三人もそれを聞き、目を伏せたり愕然としたりそれぞれの反応を見せていた。
「……そう、ですか」
少し声の震えているアナスタシアの返答を聞き、無言で頭を下げるヨハン。そのまま場の空気に耐えかねたのか部屋を出ていってしまった。
「先生、元気出して」
「……残念だったな、あいつら」
「クソッ……もう少し協力してやれてれば」
三人の慰めを制し、アナスタシアは車椅子から立ち上がる。
手に持った機械的な装飾がなされている杖でふらつく足を支え、その軽いであろう小柄な体を重たそうに持ち上げる。
そして一言、また目的が増えてしまった、と内心で覚悟を決めながら、三人になんとか聞こえるくらいの小さな声で呟いた。
「……この敵は、火星でとりましょう」
――――――
博物館での戦いから数日後。二人は山奥の古びた小屋、そのそばにある開けた花畑で朝食をとっていた。
「空が青いですのー!」
「ホント、いい天気だな」
雲一つない晴天、そこで皿を広げ、少し遅くなったがここまで逃げ延びた、そして二人そろって生きていられた、という記念に少し豪華なメニューに舌鼓を打つ。
エミリーのポケットに何故か入っていた大粒の宝石、二人は名も聞いた事がないものだったが、それは足元を見て安く買いたたく闇商人に売ったにも関わらずかなりの額となり、当面の生活資金の問題は無くなった。
だがそれよりも二人が安堵したのは、博物館の戦闘以来、追手の手が途切れている、ということだった。
これまでの逃亡生活では執拗に二人を追い回してきた追手がぱったりといなくなってしまったのだ。
輸送船の襲撃、二人が裏で始末してきた数人の斥候、そして二人は知る由もないが博物館の襲撃犯。
追うことを諦めたのか、別な理由でもあるのか。
いくつか考えられたが、答えを知ることはできそうにもないのでこれ以上考えることはしなかった。
「偽装パスポートとかどっかで作れるかな」
「船の皆さんなら知ってそうですわね」
小さなカップケーキをつつきながら二人はのんびりと今後について話し合う。
今現在、この国の裏社会界隈は輸送船の時に聞いた話でもあるがヨーロッパ全土を支配していた巨大犯罪組織が壊滅した事によって再び戦国時代を迎えているらしい。
競合相手が多いなら安くいけるかもしれませんの、とキャラに合わない計算を見せるエミリー。
「まあ、なんだな」
「この生活がずっと続けば、とか思っちゃいますの」
言いたい事を先に言われた、と少ししょんぼりするシロ。
このまま何事もなければ。追手もこなければ。そう考えてしまう。
今のようなやっと手に入れた、少し貧しいながらも穏やかな生活。一日中訓練を繰り返し、争いの道具として捨てられることもない自由な暮らし。
でも、それはいつまでも続かないだろう。
いつ追手がふたたびやってくるかもわからなければ、不測の事態が起こらない保障もない。この山も今の不景気で管理できず打ち捨てられていた土地だ。だが、その現状がいつまでも変わらないとも限らない。
そうなった時、自分たちはどうすればいいのだろうか。
「大丈夫ですわ、これまで何とかなったのですもの」
「ああ、そうだな、それにさ」
目の前の現実から逃げることで始まったこの旅、一つの山を乗り越えていったんの平穏を得たものの、まだ何も不安は解決できていない。向き合わなければならない事も沢山出てくるだろう。
でも。
「それに、なんですの?」
「いや、なんでもない」
二人ならきっと乗り切れるじゃないか、そんなセリフを頭の中に浮かべ、そして気恥ずかしくなってシロはひっこめた。
「さ、食い終わったら自家菜園にでもチャレンジするか!」
「それって肉体労働……ですの?」
「無論」
「うう……」
いやいやと歯医者に行く事を拒否する子供のように動かなくなるエミリーを引っ張りながら、シロはなんだか楽しい気分になる。さあこれから何をしようか。なんでもできるじゃないか。根拠の無い全能感。それが面白くておかしくてたまらない。
太陽が昇り始めた空には、そんな二人を眺めるように、肉眼ではほとんど見えない暗く緑色の惑星が浮かんでいた。
ーおまけ(一行)
七彦「あれ、オレのベースは?」
ー
観覧ありがとうございました。
これで番外編は終了、次からはこの番外編の三年後、火星での戦いへと再び移ります。
10話にもわたる番外編、お付き合いありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。