深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

43 / 161
めっちゃ長いです。
言いたい事は以上です(


地球番外編8話 深海の迷宮

――――

 

博物館に辿り着いた二人は、何やら様子がおかしい事に気が付く。

入口の扉が開いているのだ。しかもそれは普通に開いている、というわけではなくこじ開けられている痕跡がある。

 

「……先客でもいるのかな」

「先を越されそうですの」

 

少し焦った様子で建物に入り、二人は先を急ぐ。

まず初めに入口近くに展示してあった骨董品を。

次に少し奥に進んでできる限り軽くて金になりそうな品を。

 

特に警備システムもなく、作業は終了した。

 

 

普通ならば喜ぶべき展開なのだが、二人は何か違和感を感じていた。

扉をこじ開けた痕跡。それは誰かが二人より先に侵入した、という事を意味している。しかし、減っている展示物はなかった。何故だ?

 

「ま、俺達別に探偵とかでもないんだし、終わりよければ……って事でいいか」

 

そう言ってエミリーを促し、入口の方へと足を向けるシロ。だが、何かを思い出した様子で再び博物館の奥の方を向き、足を進める。

 

「シロ君、どうしたんですの?」

 

「うん、そういえば館長室に高そうな短剣が置いてあったなって。それだけ持っていこうぜ」

 

 

―――――――――

 

「ほうほう、たまにゃ週刊誌なんてモンを読んでみるのも面白いな」

 

豪華な装飾の待合室で、ローマ連邦首脳、ルーク・スノーレソンはコーヒーを片手に雑誌を読んでいた。

本棚に刺さっていた怪しげな都市伝説がどうのこうの書かれた雑誌だったが、読んでみるとこれが案外面白いのだ。

 

ルークはそれの中で一つ、気になるものを発見した。

最近、世界各国、特にヨーロッパで旅行者が行方不明になっているというものだ。これだけなら、犯罪傾向の変化やらで説明できるだろう。しかし、その次を読んでルークは眉をひそめる。

 

数人の旅行者が消息を絶った前の事を調べると、皆が皆このイタリアへの旅行を最後にしている、というらしいのだ。しかも、その数人の旅行者はいずれもこのイタリアへの旅行の事を隠すように振る舞っていたらしい。

 

「……どこの出版社か知らねえが、ウチへの風評被害はやめてもらいたいもんだ」

 

「首相、お客様が参りました!」

 

部屋に入ってくる秘書の姿を見て、ルークは慌てて本を棚に戻す。

今日彼がここにいるのは、U-NASA中国支局の客人がやってくるからなのだ。

このご時世での用事とは、アネックス計画関連で間違いないだろう。

 

さあ、ここからは自分の仕事だ。

ルークは心の中で気合を入れ、やってきた二人の客人を出迎えた。

 

―――――――

 

館長室に入った二人は言葉を失った。本棚が二手に分かれ、地下へと続く穴が顔を見せていたからだ。

昼間にはもちろん、こんなものは無かった。一体何が起こっているのだろうか。

 

 

「先に進みますの?」

「……ああ、行こうぜ」

 

 

―宝石や個人的なコレクションは地下に保管してある

 

一瞬ためらったものの、シロは昼間の話を思い出し、地下へと降りる事を決意した。

想定されるのは、侵入者との戦闘。…もしくは、老婆、エレオノーラとの戦闘。

 

しかし、自分には人為変態が、エミリーには拳銃がある。侵入者は恐らく自分達と同じこそ泥だろう。

エレオノーラは……雰囲気として非常に危険なものを持っているが、とりあえず現在は一般人として暮らしているのだ、本人も老体だろうし、銃と人為変態があれば苦戦するような要素はないだろう。

殺してしまう、というのは流石に忍びない上にこそ泥目的の自分達があまり血を流すのは好ましくないので気絶させる、くらいで。何より、エミリーに人を殺させたくない。

そう考え、シロは地下への侵入を決意した。いつでも『薬』を使えるように手に持って。

 

 

 

階段を降りると、そこには洞窟のような薄暗い通路が広がっていた。

雰囲気も合わさり、かなり不気味だ。

こんな場所に本当に財宝が保管してあるのか。二人は疑念を持ったが、ひとまずは奥に進んでみよう、と一歩踏み出した。

 

次の瞬間、二人は同時に顔をしかめる。

 

「なあ、これって……」

「血の臭い……ですわよね」

 

鉄のような、あの特有の臭いが二人の鼻先をかすめる……などという優しい表現では無く、空間に満ちていた。

この先で何が起こったのか、想像するのは容易かった。

 

恐らく、侵入者なのか老婆なのか、どちらかが……。

可能性としては、丸腰だったエレオノーラがやられた可能性が高い、と二人は想像する。

ならば、侵入者は武器を持っているはずだ。

二人はさらに警戒を強め、いつでも対応できるように慎重に先へと進んでいく。

 

途中から、足元に水たまりが広がっていた。浅い部分に上がってきた地下水か、それとも天井のパイプから水が漏れているのだろうか。

不快な感覚だ。何故エレオノーラは、こんな地下なんかに自分のコレクションや財宝を保管しているんだ?

疑問に思う二人。その答えの一端を、二人は直後に知る事となった。

 

 

二人の目の前に、広間が姿を見せた。これまでの灯が一切なかった通路と違って、薄暗いながらも少数の電球が天井から吊るされていて、ぼんやりとした光がその部屋を照らしていた。

二人は部屋に入り、周囲を見回す。そして、絶句した。

 

部屋の中央、奥の通路へと続く一直線の道を除いて、エレオノーラのコレクションが数十個、並んでいた。

 

 

ギロチン、鉄の処女(アイアンメイデン)、ファラリスの牡牛、三角木馬といった有名どころの大型のものから、ペンチや鉤爪状の名前もよくわからない小型のものまで。

 

 

その部屋は、拷問・処刑器具で埋め尽くされていた。

 

 

「そりゃあこんなもん、地下においとくわな」

 

 

 

……そして。

 

 

その壁には、一面にびっしりと人間の顔が写された写真が貼られている。

壁の面積が足りず、二重三重に貼ってあるようだ。

 

 

「来館者は記念撮影! ってイベントではないですわよね……」

 

いや、写っている人間の表情を見る限り、これは()()()()、なのだろう。この館の主にとっての。

 

まあ拷問器具コレクションが展示してあるだけなら、まだそういう博物館なんだな、と納得できるかもしれない。趣味の良し悪しの事は無視するとして。

だが、この部屋に置いてあるコレクションは展示できない、いや、展示したくないのだろう。

何故なら、このコレクションの数々には最近使用した痕跡があるのだから。最近なんてものじゃない、その中のいくつかには、ほんの数時間前に使用したようなまだ生乾きの血が付着しているものもあった。

 

 

「……ちょっと悪趣味、を通り越してるかな」

「……そうですわね」

 

二人で押し黙り、それからは無言のままその部屋を通り過ぎる。

通路はまだ奥に続いている。そして先ほどの電灯のせいで見えてしまった、足元に広がる血と水の混じった水たまりを踏みながら、二人はそろそろと歩いていく。

 

ぱらぱら、と何かが上から落ちてくる音がする。

錆か、天井の土か。

 

シロはその音を聞き、本能のままに一瞬で判断した。エミリーを突き飛ばし、自分は地面に転がって回避動作をとる。

 

刹那、二人がいた場所を二本の腕が挟み込んだ。

 

 

「上だッ!!」

 

シロはそういうものの、もう上を見る必要はなくなっていた。そこそこの重量のものが着地する音が聞こえたから。

 

二人は起き上がり、音のした方向へと目をやる。

 

「ようこそいらっしゃい、歓迎するわ」

 

そこには、嬉しそうな表情で二人を見つめるエレオノーラの姿があった。

 

 

普通じゃない。そんな事、さっきの部屋でわかっていた事。

気絶させる? 甘すぎる考えだった。無力化する手段を選んでいられるような相手か?

 

シロは素早く注射器を自分の腕に打ち、変態する。

エミリーは拳銃を構え、エレオノーラを威嚇する。

 

武器では圧倒的優勢。だが、実戦経験は恐らく比べるまでもない事だろう。

先手必勝。シロは変態によって手にいれた針を構え、突撃しようとする。

 

だが、それはあっさりと回避された。エレオノーラの動きはまるでシロが動き出す前からその行動がわかっていた、というようなもので、完全に読まれていたとシロは歯噛みする。

 

「そーれ」

 

軽い掛け声とともに、シロはエレオノーラの蹴りで壁に叩きつけられる。そこまで力を加えられていなかったからなのか、ダメージは少ないが。

 

さらにシロの突貫と同時にエミリーが放った銃弾もまた回避されていた。

銃弾を回避するには、銃口の向けられている先を読んで射線から外れるように動く、それしかない。

少なくとも、この近距離では発射されてからの回避はかなり難しい。

 

だが、それが回避された。

シロの攻撃に対応しながら発射された後の銃弾を回避する。

エミリーはその冗談のような展開に一瞬頭が真っ白になるが、エレオノーラが壁に叩きつけられたシロの方へ向かうのを見て慌てて数発の銃弾を放つ。

 

しかし、それもまた回避される。今度は発射後の回避ではない、他所を向いたまま射線を読まれて回避された。

エレオノーラはシロの脚をつかみ、宙吊りになるように持ち上げる。無抵抗のシロ。

 

シロは気絶してしまったのだろうか。エミリーは考える。しかし、銃弾を容易く回避する相手だ、近接戦闘ならさらに勝ち目はないだろう。どうするのか。

その時、シロが眼を開きこちらにアイコンタクトを送ってきた。

シロは何を伝えたいのだろうか。少し考える。

 

 

そして、エミリーは考えに考え、エレオノーラに向かって走り出す。それをエレオノーラはちらりと一瞬だけ見るが、気にも留めない様子でシロへと再び視線を移す。

 

「私を……舐めるんじゃないですわ!」

 

さらに近づき、それからの射撃。距離はわずか3メートルほどだ。

シロの首に手を伸ばそうとしているエレオノーラの左手を狙う。

この近距離でも恐らく回避されるだろう。しかし。

 

エレオノーラは狙われた左腕をひょいと動かし、銃弾を避けた。

瞬間、シロが眼を開く。左腕は回避動作、右腕は自分の脚を掴んでいる。

今なら、針を叩きこめる。

 

よく意味を理解してくれた、とエミリーに感謝しつつ、シロは宙吊りながらも全身の力を込め、必殺の一撃をエレオノーラの胴体に叩きこむ。

今ならスキだらけだ。これが当たれば、生身の人間ならばどうしようもないはず。

 

 

……だが、何か見落としているものがある気がする。仕留められるという確信が、少しづつ疑念へと変わっていった。何だ? 何を見落とした? 異常な回避能力か? 攻撃を先読みされた事か? ……違う。

 

 

エレオノーラは、どのようにして天井からぶら下がっていたのだ?

 

 

「逃げろエミ―」

 

慌ててシロは思考を声に出す。しかし、それは一歩遅かった。

エレオノーラのドレスの腰布を突き破り、四本の触手が姿を見せる。

 

その悪夢のような光景をスローモーションで眺めつつ、シロは自分の行いを後悔していた。

足の力だけで天井からぶら下がり、さらにある程度自由に動くのは不可能じゃないか。

 

だったら、何か体から生えているもので体を支えているのだ。

触手が人間に生えているなんて想像できるわけがない、仕方ない? 何を馬鹿な、自分はそれを可能にする技術が存在する事を身を持って知っているではないか。

 

判断ミスの代償は、容赦無く二人に降り注いだ。

二本の触手がシロの攻撃を受け止め、貫通するまではいったもののその威力を殺す。

 

「がっ……!」

それと同時にシロを宙吊りにしていたエレオノーラの右腕に人間離れした力が込められ、シロの右足が砕かれる。

 

残り二本の触手はエミリーへと襲い掛かり、銃を持つ左手を包み込んだ。直後響く、肉と骨をすり潰す音。

 

 

「あっぅ……!」

あまりの痛みで絶叫する事もできないエミリーの悲鳴。

倒れ、死にかけの虫のように体をぴくぴくと震わせる二人を見て、八脚の怪物は楽しそうに笑う。

 

「うふふ、可愛い悲鳴ねエミリーちゃん、もっと聞かせて頂戴な! おばあちゃんに危ないものを向ける子はお仕置きしないといけないわねぇ」

 

シロをエミリーのいる方向の通路へと放り、今度はエミリーの方へと歩いていくエレオノーラ。複数を相手にした際は一人一人を確実に仕留めるのが碇石というもの。しかし、そんな事はどうでも余裕があった。

 

MO手術……タコか。何故? 何故こんな国の陰謀とは関係のない場所に手術を受けた人間が野放しにされている?

非常事態だが、シロの頭は冷静に疑問を打ち出す。

 

 

「そうそう、二人とも、こんな噂を聞いた事はあるかしら? 『イタリアの片田舎にあるザル警備の博物館の隠し地下室には金銀財宝が眠っている』」

 

「……知らねえよ、そんなの」

 

シロは血反吐を吐き答える。

 

「そう、貴方たちは偶然なのね」

 

偶然。その言葉の意味は。アナタタチは偶然? じゃあ、偶然ではなくここに侵入した人間がいる?

 

「こんなバカみたいな噂を流しただけで、沢山の人が夜中に遊びに来てくれるのよ? 私がするまでもなくこの村に来たって証拠を自分で消してね。何もしないでも玩具が手に入る、最高だと思わないかしら」

 

もう大勢は決している、諦めろ。エレオノーラの今の状況とは関係ない発言からは、そんな意思が伺える。

ああ、この博物館は、食虫植物のようなものなのだ。甘美な匂いに誘われ入ってきた哀れな獲物を消化してしまう、仕組まれた罠。

ぼんやりと遠のく意識の中、シロはそんな事を思った。

 

前にはエミリー、そしてそれに近づくエレオノーラ。この位置に自分を放り投げたのは、エミリーが殺される、又はあのコレクションを動かす犠牲者にされるのを自分に見せるためなのだろう。

こそ泥への見せしめ、というわけではない。きっとあの老婆は、それが楽しくてたまらないのだ。

 

 

 

 

背中から見ても、エミリーが怯えているのがはっきりとわかる。元々心が強い子ではなかった。

そんなあの子を何回も修羅場へと同行させてしまった。

懺悔、というには自分勝手すぎるだろうか。自分への怒りがふつふつと湧いてくる。

何だか、こんな追い詰められた状況だというのに怒りと同時に力が湧いてくるような気がする。

 

そんなシロは、昔の事を思い出していた。

 

―――――――

自分の最初の記憶は、お腹にできた大きな傷口を馬鹿にされている場面だった。

なぜこんな傷口が自分にあるのか。それは、まだ赤ん坊だった時に父母が自分を連れていった客船のパーティでの事故によってできたものだった。父母はその事故で死んでしまったが、父と思われる死にかけの人物から臓器の一部を移植してもらい、奇跡的に自分は助かった。その人は助からないのが自分でわかっていたそうで、何も語らずその後すぐに命を落としたそうだったが。

 

自分に臓器を提供してくれた人が本当の父だったのかは定かではない。良心ある他人がくれた臓器が偶然自分の体に適合しただけかもしれないだが、自分はその父なのかわからない人物の事を誇りに思っていた。

 

そして、ずっといじめは続き、自分はだんだんとその父を恨むようになってきた。

こんな事になるのなら、何故自分を死なせてくれなかったのか。貴方は、呪われた生を俺に押し付けたのか。そう思い続けて生きてきた。

 

ある日訓練で相手を殺した。普段と同じくただ薬で変態しただけなのに、相手の挑発に駆られて自分の意識が制御できなくなったからなのだろうか。思い返せば、あの時相手は父を侮辱したのだっただろうか。自分は何故恨んでいる父を侮辱されて怒りに駆られたのだろうか。

 

その後も何故か自分は特別扱いされ、次々と人を殺させられた。

自分の何が特別なのかは自分でもわからなかった。

 

……ただ、ある日偶然その理由を知ってしまったのだ。

――――――――

 

「なあ、俺さぁ、助けたい娘がいるんだよ」

 

怒りと苦痛で意識を手放しそうになりながら、シロは心の中で誰かに告げる。

 

「力を貸してくれ、父さん」

 

それは、顔も知らない父で。この力を与えた父がこんなに恨めしかったはずなのに、今この瞬間、自分は父に感謝していた。

 

何故ならば、父はこの呪われたもう一つの力をプレゼントしてくれたのだから。

 

 

「……あら?」

 

エレオノーラがぴくん、と何かを感じ取った様子で顔を上げる。

目の前には動けないエミリーと満身創痍のシロ。だが、彼女の本能が、数十年もの間彼女を守り続けてきた直感が警鐘を鳴らしている。

 

 

横に飛ぶエレオノーラ。だが弾丸のような、と形容するしかない、しかし弾丸より速い物体を回避しきれず、右頬が引き裂かれ、回避し損なった二本の触手がその物体に直撃し消し飛ぶ。

 

「あら……あらあららあら」

 

これまでとは明らかに違う凶暴な笑みを浮かべ、エレオノーラは自分の背後を振り向く。

そこには、シロの姿が、しかし彼本人のベースであるシオヤアブとは異なった色に染まった彼がいた。

 

 

 

 

 

 

―――かつて音速を超えた速さで飛ぶと言われた生物がいる

 

その昔、その生物は時速約1300kmで飛ぶとされていた。

しかしそれは当然間違いだったと判明し、計算され直された値が公表値となる。

 

それは、時速7、80km。現実的な値となってしまった。

 

 

 

しかし、その1cmにも満たない体長で時速80kmを叩き出す生物が人間大になれば―

その生物が属する目の特徴である、蜻蛉に匹敵する、一部では上回るほどの旋回、加速、ホバリング能力が合わされば―

 

 

 

 

速度を大幅に落としながらも急旋回を行って方向転換した追撃が、再度の回避動作を行う隙も与えずエレオノーラの腹に突き刺さる。

 

 

 

 

―――その速度は時速800kmに到達し、本来腐肉を好む平和主義者は圧倒的空戦機動と速度を併せ持った存在へと姿を変える

 

 

 

 

 

 

国籍:中国

 

 

18歳 ♂ 176cm 66㎏

 

 

MO手術 『昆虫型』

 

――――――シオヤアブ――――――

 

 

     +

 

 

―――――『バグズ手術』

 

 

 

――――セフェノミアヒツジバエ――――

 

 

 

 

 

生まれつきのモザイクオーガン。それは手術の確実な成功を約束する。

では、後天的に親、もしくは他人の体細胞内に存在していた他の生物の遺伝子を移植された場合その能力は発現するのか?

 

 

その答えは、今ここに立って戦っている少年、ただ一つだけの成功例だった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

まだ意識は保っている。我を忘れるまでいっていない。

シロは自分のもう一つの能力を制御するのに必死だった。

 

なにせ、イレギュラーな展開でいつの間にか体内にあった能力だ。本来自分のものでない能力を制御するのにはそれだけ神経を使う。

 

 

二本の触手と再生間もないためまだ短い二本の触手がシロを捕えようと網のように展開する。

だが、その高速は包囲網を軽く抜け、打撃をエレオノーラに叩きこんだ。

エレオノーラは早くもこの攻撃に対応し回避したが、避けきれなかった腕の皮膚が引き裂かれ、血が噴き出る。

 

「エミリー! 早く逃げろ!」

 

エレオノーラが後ろを向いた隙に声の限り叫ぶ。

 

「わかりました……わ……」

 

エミリーは躊躇っていたが、拳をぎゅっと握って地下室の出口へとよろよろと走り去っていった。

 

いいんだ、これでいい。シロはエミリーを見送り、そしてエレオノーラを睨み付ける。

エミリーはきっと、自分が勝って後を追いかけてきてくれると思ったのだろう。だから逃げたに違いない。

それでいい、とシロは薄い笑みを浮かべる。

 

 

シロの耳から、血が流れ出した。

元々傷ついている状態での無茶な変態だ、ガタが来るのは当然の事。

あまり長く持ちそうにもない。そもそも、減速したからといってあの速度の攻撃に耐えられるエレオノーラの耐久力が異常なのだ。

 

再び触手が襲い掛かってくる。背に生えた羽を休める事なく動かし、それを避けようとするが避けきれず、拘束されないまでもその重たい触手をぶつける一撃を受けてしまう。

 

よろめきながらも、シロはエレオノーラへと一直線に向かっていった。

 

 

 

―――なあ、エミリー、謝りたい事があるんだよ。

 

歪む視界の中、シロは独白していた。

それは、彼が一生心にしまっておこうと思っていた事で。

 

 

―――俺がお前を一緒に連れてきたの、お前が逃げだしたいって言ってたからじゃないんだ

 

 

眼前に迫る触手と怪物の枯れ木のようで、しかし圧倒的な力を持つ両腕。

速度は落ち続ける。こっちの能力の訓練をしないで使ったツケなのだろうか。

 

 

―――ごめんな、でもさ、言えるわけないじゃんか……

 

 

 

『死』を間近に感じながら、シロは心の中でその本心を口にしていた。

 

 

 

―――独りが寂しかっただけなんて……さ……

 

 

 

 




観覧ありがとうございました。
色々詰め込んだ結果めっちゃ長くなりました!

シロのあれ、もう少し色々伏線とか作ってから今回の出番に至りたかったのですがそれができず唐突な登場となってしまいました……
この長い番外編、のこり2,3話で終了となります。

果たして二人の運命は、追手はどうなるのか、そして放置されている七彦のベースはこの番外編中に出番はあるのか、お楽しみにー

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。