深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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番外編7話です。

これまで戦闘と拷問しかしてなかった気がするBBAのキャラクターに少し触れるお話。



地球番外編7話 魔人の回廊

二人は足をひねった老婆を自宅に運び、そしてその自宅を見て驚いた。

そこは、老婆が作業をしていた博物館のような建物だったからだ。

 

老婆の足を水で冷やしながら、シロが質問する。

「お婆さん、こんな所に住んでいるのか!?」

「ええ、昔は部下とかがよく遊びに来ていたんだけど、隠居してからはすっかり人が来なくなっちゃってね。今は個人的なコレクションの場なのよ」

 

「へー、じゃあ高価な品とかも盛りだくさんですの」

「ええ、それはもう沢山。でも昔に友人や仕事仲間が集めてきた物だから私としては正直どうでもいい、ってのが本音なのだけど」

エミリーのいきなりの率直すぎる質問にシロは焦るが、老婆はそれに対し特に疑念も抱いていない様子で答える。

ホッと一安心するシロ。

 

老婆の軽い治療も終わり、二人は先ほどの言葉通り老婆の自宅である博物館の庭に招待される事に。

そこには、生垣と色とりどりの花々、見るからに高価そうなテーブルと椅子、ティーセットがあった。

 

「さあさあ、座りなさいな。お菓子とお茶はちゃんと用意してありますからね」

 

老婆が先ほどまでけが人だったとは思えないような素早さで二人の背を押し、着席を促す。

二人が座って数分後、洒落たデザインのティーカップに入れられた紅茶と数種類の菓子が二人の前に出される。

思えば、食事をとっていなかった。二人は嬉しそうに降ってわいた食べ物に飛びついた。

 

「この紅茶、いい茶葉を使っていますわね!」

「近所のコンビニで12パック4セントよ」

「あうぅ……」

お嬢様アピール失敗。現実は甘くなかったようだ。

 

「お婆さん、そういえばお名前はなんですの?」

 

しょんぼりしたエミリーの少し暗いトーンの質問に生垣をカットしていた老婆は振り向き、笑みを浮かべながら楽しそうに答える。

 

「エレオノーラ。エレオノーラ・スノーレソンよ。お二人は何というのかしら、可愛いお客さん」

 

シロはそれを聞き、ある人物の顔を思い浮かべる。だがその直後。偶然の一致だ、考えすぎか、と首を振る。

ただ姓が被っているだけで、老婆がこのイタリアを含む大国、ローマ連邦の最高指導者の親族であるとは少し飛躍した考えだと。

 

一方のエミリーは、誰かの顔を連想したのではなく、老婆、エレオノーラその人の名前をどこかで聞いた事があるような気がしていた。

――――――――

 

そこからも何気ない世間話をしながらお茶会は進み、若い二人が長時間の着席に痺れてきた頃。

何かないかときょろきょろ辺りを見回したエミリーは、生垣であるものを発見した。

蜘蛛の巣に引っかかった蝶だ。

 

「可愛そうに……」

エミリーは席を立ち、その蜘蛛の巣から蝶を解放してやる。

その様子を見て、エレオノーラは何か含みのある様子で口を開いた。

 

「ねえ、エミリーちゃん。その蜘蛛はどうなるのかしら」

「……と、言いますと?」

 

エミリーはその意味がわからず、聞き返す。

 

「その蜘蛛は、もしかしたらあと少しで餓死してしまうかもしれない。その蝶は、もしかしたら卵も産み終わり、後は老いて死ぬのを待つだけの個体だったかもしれない。貴方は、何故蝶を助けたのかしら?」

 

老婆は笑顔な無表情とでも言うべき全く形の変わらない笑顔でエミリーに問いかける。

その声色に責めるようなものは無い。だが、何やら得体の知れない息苦しさをエミリーは感じていた。

 

「そ、それは蝶がかわいそうだったからで……」

エミリーの回答は蜘蛛の巣から蝶を救った人間が言うであろうごく一般的な理由。誰もが一度くらいは聞いた事があるのではないだろうか。

エレオノーラは続ける。

 

「待って待ってやっと手に入れた獲物を気まぐれで奪われた蜘蛛の事は可愛そうと思わないのかしら」

相変わらず、責めるような口調ではなく平坦な口調だ。

だが、それが何故だか恐ろしく感じる。

 

「救われた蝶と奪われた蜘蛛、気まぐれで蝶を助けた人間。悪いのはどれかしらね?」

「ごめん……なさい……」

 

このやり取りを見て、シロは馬鹿らしい、と思う。エレオノーラの言っている事は正論だ。感情論以外での反論は難しいだろう。だが、見た目で物事を判断してしまう感性をそこまで責め立てるのはどうかとシロは思うのだ。

それは確かに批判されるかもしれない。しかし、軽く諭せばそれでいいのではないか。

 

 

「蜘蛛よ」

「……はい?」

「は?」

直後に口を開いたエレオノーラの内容が二人には理解できなかった。

蜘蛛? どれが悪いか、という今の流れの答えはそれなのか?

 

 

「餌の効率ばかりを追い求めて、気まぐれで獲物を解放してやれる人間という強大な生物が容易に干渉できる領域に巣を作る。その状態でエミリーちゃんに蝶を逃がされたのは、蜘蛛の自己責任だと私は思うのよ。餌の取りやすさという利益と目立った場所に巣を作る事による外部からの邪魔というリスク。それを秤にかけて蜘蛛はここに巣を作り、そしてリスクが降りかかった。それで蜘蛛が騒いだところで、自業自得でしょう?」

 

巣に引っかかった蜘蛛を逃がしてやる話。それは本来、見目麗しい蝶を助け醜い蜘蛛を害するという外見だけを見た考えや自然の摂理に人間が干渉する事への批判、といった意味で語られる内容のはずだ。

 

だというのに、老婆はその事など全く考えていない。ただ、弱者が強者の存在し、弱者の活動に干渉できる領域に存在していたのが悪く、その己の生命をかけた活動が面白半分や獲物への憐憫の感情で邪魔されようがそれは全て場違いな所にいる弱者が悪い、と。

 

 

 

気持ち悪い。率直に、シロはそう感じていた。

一体どんな人生を送れば、今の話からこんな結論に辿り着く?

一体どんな思考回路をしていれば、こんな結論が導き出せる?

 

危険だ。やはり、この老婆には何かがある。

今の所敵意は見えない。いざ戦闘になっても、エミリーには銃が、自分には人為変態がある。

理屈で考えれば負ける要素は皆無だ。

 

しかし、それでも本能的に自分はこの老婆に恐怖している。

エミリーもそれは同じなようで、怯えた表情で絶句している。

 

「忘れちゃダメよ、二人とも。強者からすれば弱者の命などゴミに等しく、命がけの抵抗でさえ享楽に過ぎない。強くなりなさい、貴方たちの生きる世界で強者となれるように」

 

エレオノーラの口調はまるでシロ達の立場を全て知り尽くしているかのような雰囲気を纏っている。

 

「……なんでアンタが、俺達の事を知っている?」

 

シラを切る、という選択肢をシロは即座に切り捨て、疑問を口にした。

相手は、自分達の事情を全て知り尽くした上で話している。

声色が、同じなのだ。シロがこれまでに遭遇してきた悪意に満ちた、それでいてシロの手が届かない、敵わない場所に立っている存在と。

 

 

「そんな事はどうでもいいでしょう? 好意からのアドバイスよ、素直に聞いておきなさいな」

 

少しだけ、ほんの少しだけ変わったエレオノーラの声色。それは、まるで彼女もシロ達と同じような世界で生きてきたかのような。

かつて、踏みつぶされる側だった弱者であったかのような真に迫ったものだった。

 

 

二人の方を振り向かずに話しながら、エレオノーラは蜘蛛の巣に近づいていった。

そして手を振って生垣から蜘蛛の巣を引きはがし、慌てて地面に落ちて退避しようとする蜘蛛を踏みつぶす。

 

「なんで……ですの……」

なんで蜘蛛を殺したのか。

なんでそのような考え方ができるのか。

なんで……こんな捻じ曲がった存在がこんな場所にいるのか。

 

エミリーの発言からは聞きたい内容が複数推測できたが、エレオノーラは一番最初の内容と解釈したらしく、振り向いてその回答を言い放った。

悪意に満ちた、一声で弱者の命を好き勝手にできる無慈悲な強者の威風で。表面上は普段と変わらない笑みを浮かべて。

 

「だって生垣に蜘蛛の巣がついていたら見栄えが悪いじゃない?」

―――――

 

もやもやした気分の二人は、その後エレオノーラに連れられて博物館の内部を見学する事となった。

二人が断って早く帰りたいと考えていた事は言うまでもないが、エレオノーラの雰囲気からしてそれを口にする事は不可能であったという事もまた言うまでもない事だろう。

 

(金目の物はほとんどないな。警備員は一人もいないみたいだ)

 

無言の威圧感で無理やり連れられてきたものの、シロはそれとは話は別だ、と慎重にこの博物館のセキュリティ、展示物の価値などを品定めしていた。

 

この場所は忍び込んで何らかの利益があるのか? 結論は、ローリスクローリターン。

考古学的な価値がありそうな仮面やら何やらの怪しげな品は多いが、売りさばくあてが無い。

絵画はある程度値が張るのかもしれないが、大きすぎて二人で運び出すのは少し辛そうだ。

それにしても、あまり真面目に展示、保管をしようとしている様子がうかがえない。

盗難防止の措置もほとんどない様子だし、展示物の劣化を防ごうとする措置も見られない。

 

 

 

エレオノーラが言っていたような高価な品はぱっと見る限りほとんどなさそうだった。

ここに忍び込んで当面の路銀と生活費を稼げるかはわからない。だが、忍び込むしかなさそうだ。

二人のお財布はすでに餓死寸前なのである。

 

「さて、ここが一番奥、一応館長の私の部屋よ」

 

一本道となった通路を通り最後に招待されたのは、博物館の館長室だった。

大理石の机に少し豪華そうな椅子、その背後には無数の分厚い本が収められた本棚。

 

そして、その本棚の上の壁には、船を襲っている巨大なイカの絵画が飾られていた。

 

「クラーケン、ってやつですか」

「エレオノーラさん、イカがお好きなんですの」

 

「ええ。昔の仕事の部下に描いてもらったのよ。上手だと思わない?」

 

「ほえー、画家さんじゃなくて素人さんの絵なのですね、凄いですわ」

「ええ、私のお気に入りの絵なのよ」

 

 

絵に関してはエミリーが興味を示したようで、エレオノーラに色々と質問して話が盛り上がっている。

今のエレオノーラは、先ほどのような酷薄な様子は無く普通のどこにでもいるおばあちゃん、といった様子だ。

この隙にシロはこの館長室も見渡した。

 

やはり金銀財宝のような金目のものはここにもない。

ただ一つ、壁に無造作に立てかけてある装飾のなされた短剣は高価そうだったが。

 

 

「そういえば展示していないものとかはどこに保管してあるんですの?」

 

エミリーが首をかしげて質問する。この博物館は外から見るに一階こそ非常に広いが二階は非常に小さい、それこそオマケのようなものが建っている。恐らく博物館の区画は一階で二階はエレオノーラの自宅なのだろう。

だったら、所蔵品はどこに置いてあるのだろうか。

 

「ああ、そうね。お高い宝石や私の個人的なコレクションは地下に置いてあるのよ」

「地下への入口はどこへ?」

 

さっきから率直に聞きすぎ! とエミリーに注意したいシロである。

 

「うふふ、ヒミツよ。防犯対策も少しだけは、ね?」

 

ですよねー。という様子でエミリーは引き下がる。

 

「……まあ見てのとおり、つまらない場所だったと思うけれど少しは楽しんでくれたかしら?」

 

ニコニコと今度は裏の無い笑顔でエレオノーラは二人に楽しそうに質問する。

基本的に笑顔のまま表情が変わらないから厄介な人である。

 

「はい、楽しかったですわ!」

「目新しいものが多くて面白かったです」

 

率直に思ったままの感想を口にする二人。エミリーは元お嬢様、芸術品などには少しは興味があるから楽しめたのかもしれないな、となんとなく考えるシロ。

 

「では、よい旅を……っとそうだ、二人には泊まる場所はあるかしら? よかったらここに……」

「いえそこまでしていただかなくても!」

「宿はちゃんとあるので大丈夫です!」

 

慌てて踵を返して博物館を去る二人。

今夜の計画を練らねばならないし、あの油断ならない老婆と同じ場所に泊まる、というのは……という理由で、二人は屋根のある暮らしより野宿を選んだのであった。

―――――――

 

日も暮れ闇が辺りを覆い始めた頃。平和でのどかな農村に数人の黒い影が姿を現した。

 

「……あいつらは失敗したそうだ」

「祖国の面汚しめ」

「ここで取り返せば問題ない」

 

これまた場違いな物騒な発言。しかし、仮にこの農村の住民が彼らの会話を聞いていたからといって彼らの話の内容を理解することは恐らくできない。何故なら、彼らの話す言語は遠いアジアで話されているそれだからだ。

 

 

彼らに与えられた任務は彼らにとっては簡単なものだ。

彼らの同盟国から逃走したという二人の人間の確保。

 

そして、数年後の未来に繰り広げられるであろう地球から離れた戦いの場で確実に脅威となるとある人間の始末。

 

本来なら彼らは後者のみを遂行する予定だった。しかし、前者の任務を受け持っていた部隊が任務に失敗、壊滅したのだ。

ターゲットがちょうどここにいるという情報があったという事もあり、彼らは二つの任務を遂行する事となった。

 

 

「……優先目標は」

「例のヤツの始末だ」

 

戦闘に立つ男の低く小さい一声で部隊六人はまとまり、行動を開始する。目指すは、寂れた農村でひときわ目立つ博物館。

 

音を立てないように慎重に鍵をこじ開け、突入する。

彼らは暗視装置と赤外線探知機の合わさったスコープを覗き、状況を確認する。

 

赤外線センサーは無い。カメラもない。ザルな警備態勢だ。

展示物には特別に何かの装置があるのかもしれないが、彼らは盗人ではないためそれはどうでもいい事だ。

最奥部をめざし進んでいく。

 

彼らの手際の良さもあり、数分で一番奥の部屋、館長室までたどり着いた。二階への階段を発見し、四人が軽機関銃を手に上がっていく。

 

すぐに四人は戻って来た。

二階には標的はいないようだ。

 

一旦部隊の動きが止まるが、隊長が本棚を調べていると、奥にスイッチがあるのを発見した。

一応の警戒をしながら押すと、本棚が左右に開きその奥から地下室への階段が姿を見せる。

日本(イルボン)の漫画が参考資料だ、と隊長がジョークを飛ばし、他の五人は音を立てずに笑う。

 

そのまま、六つの影は地下へと降りていった。

 

 

 

地下へと降りた六人は、その様子に顔をしかめた。

まるで、洞窟を掘り広げて作ったかのようなゴツゴツとした床、壁、天井の通路。

天井を通る、薄汚れたパイプ。

 

パラパラっと隊長の肩に上から落ちてきた錆がかかる。鬱陶しい、と錆を払いながら隊長は自身のスコープと銃、手榴弾を確認する。

 

博物館のきれいに保たれた様子とは打って変わって不気味な雰囲気だ。

だが、そんな事を気にしているわけにはいかない。六人は少し横広の一本道を進む。

 

少し進むと、ちょっとした広間に出た。

相変わらず薄汚いままだが、この場所はこころなしか整えられているように見える。

 

「……クソ野郎が」

「狂人め……」

 

広間に飾られている無数のコレクションを眺め、隊員が各々感想を口にする。

このコレクションに悪い意味で眼を奪われている隊員を横目に、隊長はさらに奥へと続く通路を見やった。

奥に、光が見える。そして、また館長室のような部屋が確認できた。

 

隊員へと檄を飛ばし、コレクションを後目に最後の部屋へと進む。

最後の部屋の内装がはっきりと見え始めた時、隊長は思わず渋い表情を浮かべていた。

なんだこの部屋は。きれいすぎる。

 

これまで通って来た通路と違い、埃一つ無い。

病的なまでに清潔に片づけられた部屋だ。

 

恐らく、この部屋に標的はいる。

全員に、武装準備の命令を下す。

 

この地下だ、ドンパチが始まったらいちいち音を立てる必要もないだろう。

爆発物の使用も地下室を崩さない程度に。

 

 

隊員の装備をチェックする隊長の肩に、頭上のパイプから落ちてきた錆がかかる。

パイプくらい買い換えろ、と隊長は半ば反射的にそれが落ちてきた頭上へと視線を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

老婆と、目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

―――――

「ふぁーあ、私、夜は弱いんですわ」

「ああ、俺も。施設は早寝早起きだったもんな」

 

村で飼われている牛たちが寝静まった深夜、計画を立て終えたシロとエミリーが闇夜を走っていた。

目指すは、博物館。逃避行のため、生きるため。

 

 

二人の弱者は、悪夢の回廊へと足を踏み入れる事になった。




観覧ありがとうございました。
次回、バトル&色々です

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