深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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ひとまず一区切りです。番外編の中の第一章終了、ってところです


地球番外編4話 シロの傷跡

物陰から音も立てずに忍び寄り、首を掻き切る一撃必殺。

そんな古典的な暗殺のイメージそのものを、この昆虫は実践する。

 

 

獲物がたとえ、頑丈な装甲に身を包んだ甲虫であろうとその硬く鋭い口吻はそれを貫き、それが高速飛行を可能とする蜻蛉であろうと、一たびその奇襲が成功すれば逃れる術は無い。

 

『オオスズメバチ』のような猛毒を持たず。

 

『オニヤンマ』のようなスピードも持たず。

 

『トビキバアリ』のような瞬発力も持っていない。

 

ただ、あらゆる昆虫の中枢神経を一撃の元に貫く『センス』とそれを可能にする『針』。

そして、失敗すれば待っているのは紛れもない己の『死』。

 

それらの要素が、この昆虫を暗殺者、という賞号にふさわしいものとしている。

 

 

――――

 

……ごぼっ、と声の代わりに血反吐を吐き出す音。どうだ? 自分に何が起こったか理解できたか? 

 

「シロ、お前……」

 

……船長とショーンさんの驚く顔が見える。当たり前だ、目の前の人間が突然特撮の怪人になったら驚かない人なんていない。

 

「や、やるじゃねえか」

 

少し退き気味に、密航者の兄ちゃんが俺を見つめる。ああ、慣れてる。同類にすら拒絶されるこの感覚は。

 

「シロ君……」

 

エミリーが涙目で両手を固く結んでいる。怖いのか? この状況が? ……いや、俺が、だろ?

 

――――

 

追手のリーダーと思われる男が、一瞬恨めしそうな表情を浮かべ、崩れ落ちた。

床がみるみる間に血で覆われていく。

 

「簡単に説明します。俺たちは『化け物』です。今襲ってきている連中と同じ」

 

化け物。なんともわかりやすい説明だ、とシロは自嘲する。

もう船長も理解しただろう。自分達が立ち入れる領域ではないと。

 

 

シロは踵を返し、部屋を出ていく。二つの足音が自分達とは逆方向に、もう二つの足音がこちらにやってくるのが聞こえるが、振り向かずに一直線に甲板に。

 

曲がり角に敵がいる。

なんの策も無く一直線に進み、一瞬の動揺をつき左胸を貫き、心臓と背骨を破壊して抜く。もう慣れたものだ。

 

 

最初に人を殺したのは、初めて変態をした時だった。といってもそんなに昔でもない。数年前の事だ。戦闘訓練で日頃から嫌がらせをしてきた相手と『薬』を使った実戦演習を行った時、演習開始から早々に相手は挑発の言葉を吐き始めた。

今思えばそれは安っぽい悪口で、鼻で笑うようなものだったと思う。でも、その時の自分は頭に血が上り、視界が赤く染まったのを覚えている。

……たぶん、相手は挑発の言葉を最後まで言えなかったと思う。

 

気が付けば自分の右手は血に染まっていて、相手の全身も血に染まっていた。慌てて駆け付けた医者は顔を真っ青にしていたけど、研究員の連中は何故かとても喜んでいたのが記憶に残っている。そして、その後孤児院の院長先生が抱きしめて慰めてくれた事も。自分よりも小さい院長先生の手のひらがなんだかとても大きく見えて、罪悪感と混乱と興奮で何もわからなくなっていた自分はなんだか安らかな気分になった。

 

その後も、自分だけが何度も人殺しをさせられた。ある時は孤児として外国から買われてきて怯えている同年代の子どもを。

またある時は刑務所に連れられて死刑囚と思われる大人を。断れば、孤児院の友達を人体実験の材料にすると研究員に脅された。

だから殺し続けた。でも、自分が守りたかった友達は離れていった。まるで、別の生き物を見るような目で。同じ手術を受けた身なのに、まるでおぞましい怪物でも見たかのように怯えながら。

 

きっと、今回もまた同じなのだろう。エミリーも手術を受けている身とはいえ、性格からして戦闘向きじゃない。

あの兄ちゃんも、逃げ出せるような警備の甘い施設にいたのだから、そこまで重要な戦力ではないはずだ。

訳アリだけど一般人の船乗りの二人なんてなおさらだ。

 

また、一人ぼっちになるんだろうか。自分が敵を皆殺しにしてこの窮地を脱して、エミリーと一緒にヨーロッパに辿り着く。それで、エミリーは血に染まった俺に心を開いてくれるだろうか? お互いぎくしゃくしながら、追手に怯えて細々と暮らす。……仲良く二人で、ならそれでも少しは幸せかもしれない。……もう叶わない事だけど。

 

もう一度自嘲の笑みを漏らし、シロは甲板に突撃する。

 

戦闘は続いており、甲板にいる敵は四人。最初の8人と数が合わない。もしかして、自分が最初に甲板に上がった時にいたのが全員では無かったのか? とシロは思うが、今は目の前の敵に集中するべきだ、と頭を振り、敵を睨む。

船員もまだ戦っているが、その攻撃の手は鈍っている。

シロを確認したそのうちの一人が向かってくる。それを両の手首から生えた口吻で迎撃する。

 

「おいシロ坊、なんだよそれコスプレか!?」

 

船についている機銃座を操作していた船員が手首から武器を生やし、触覚の生えたシロに率直な感想を投げかける。だが、シロは無視して先に進んだ。

 

 

「おい、リーダーをどこにやりやがった」

 

「殺したよ」

 

質問に軽く答えるシロに、襲撃者は少し怯えた様子を見せる。その次の瞬間には、怯えた顔を保ったまま襲撃者の一人は胸から血を吹きだしその場に倒れた。

 

 

「……かかってこいよ。バケモノ同士、存分に殺し合おうじゃねえか」

 

 

――――――

 

「まあ、多少同情するけどさ」

 

シロに背を向け、艦内を疾走するのは密航者の青年。

簡単に言うと彼は逃げたのである。何故なら彼は臆病者で、ヘタレだからだ。

 

あの少年、シロには同情する。あの目を見ればわかる。あれは、自分が拒絶されると思いこんで閉じこもってしまう目だ。誰かが傍にいてやらなければいけない目だ。あの隣にいた女の子は、シロが敵を皆殺しにして血に染まった光景を見てもシロを受け入れられるだろうか。そんな事をふと考えたりもするが、自分の命が一番大事。そんなこんなで、彼は今現在、この船からの脱出を目指している。

 

この通路を曲がれば窓のある部屋がある。そうしたら海に飛び込んでおさらばだ。

たぶん、この船は助かる。敵はシロが壊滅させるだろう。追手が狙っているのは恐らくあの二人だろう。ならば、自分は大した追手も差し向けられないはず。では皆さんお元気で、と心の中で青年が思った途端、首に強烈な衝撃が走る。げぶっという鈍い音が喉から出てきて、誰かに首を掴まれた事を青年は理解した。

 

 

「おいおい七彦(なつひこ)君よ、どこに行くんだよ」

 

恐る恐る背後を振り返った青年、七彦の目に映ったのは、髭もじゃの大男、船長だった。

さーっと七彦の顔が青ざめ、体は無意識の内に震えだす。

 

「せ、せせせ船長? なんで俺の名前知って……」

 

「お前が部屋に置いてった鞄に書いてあったんだよ、手作り感溢れる可愛らしいネームプレートがな」

 

―――

「七彦、お前は物をよく無くすからつけておきなさい」

「カッコ悪いからやだー」

「でもね、お前の事が心配だから……」

「母ちゃん……!」

―――

 

「母ちゃん、超オウンゴールだよ……!」

 

今は遠く離れた島国の母を思いさめざめと涙を流しながら、渡された鞄を手に七彦は船長に必死に謝っていた。

 

 

「命だけは! 頼みます、命だけはお許しを! ここで死んでは宇宙に旅立つ予定の従妹に申し訳が立ちません!」

 

「何わけわからん言い訳してるんでい! お前もなんか戦えるんだろ、はよ他の野郎どもを助けに行ってこい!」

「いや言い訳じゃなくて!」

「うるせえ!」

 

こんなわけで、顔が若干陥没した七彦は操舵室に向かった船長と別れ、船員の救出に向かう事に……せずにそのままダッシュで逃げ出そうとしていた。

 

「あ……ぁ……」

「おいおい、女がいやがったぞ!」

 

 

そんな七彦が脱出しようとした直前、横を通り過ぎた通路で見たのは、船員の娘か何か、小さな女の子が、変態を済ませ腕が鎌のようになっている襲撃者に一歩一歩近寄られている、という光景だった。

 

七彦の思考回路が一瞬ストップ。そしてすぐに回り出す。

船自体は無事だ。シロが何とかするだろう。最悪船員だけでも対処できるかもしれない。そう、船は無事なんだ……、船は……

 

「多少の犠牲はしょうがないとかいうけど無理!!!」

 

 

「な、何だお前は!」

脱出ルートに背を向け、通路を曲がって突撃。

襲撃者に対して、手の孔を見せて威嚇する。

 

その孔の意味を理解しているのか、襲撃者は後ずさる。

隙を突き、女の子を脇に抱えて七彦は素早く逃げ出す。

 

「なっ、てめえ変態してねえじゃねーか!」

 

気づかれたか、……さっきの威嚇が完全なハッタリであった事に。

 

「ひゃああああ!! お兄さん誰ですかあああぁぁ!!」

 

「うわこれ俺ハタからみたら変質者か誘拐犯もしくは両方!」

 

助けられた者、助けた物、追う者、全員が叫びながら繰り広げる攻防戦。

薬はこっそり盗んできたから持っているものの、逃げながらでは使用する暇もない。なので。

 

七彦は目に入った壁の複数のスイッチを全てオフにする。どれがあたりだったのかはわからないが、一瞬で辺りは真っ暗に。

 

それでもまだ、足音で追いすがって来る襲撃者。視界が無くとも、音で。そんな彼の耳に入って来たのは、ドアを開ける音。

 

部屋を覗き込んだ男の目に映ったのは、空っぽの小部屋だった。フェイントか、と舌打ちし向こう側の通路を向こうとした途端、何かに押され部屋の中に押し込まれる。そして流れるような動作でドアが閉められた。

 

「クソがあっ!」

 

体当たりするも、ドアは開かない。その手が変化した鎌をドアに突き立てるも、傷が付くだけで貫通する様子は無い。

 

「残念だったな、お前はもう……詰みだ」

「ああ?」

 

小窓から見える七彦は、すでに変態を済ませていた。そして、ドアには通気用の穴が開いている事に襲撃者は気が付く。悪態をついていたその顔は、全てを理解しみるみる間に青ざめていく。

 

 

「……ここから、俺の『能力』を流し込む。お前はもう終わりだ」

 

「待て、やめろ……やめろおおおおおぉぉぉ!!」

 

――――――

 

「よう、エミリー、ショーンさん。怖いか?」

 

血の海の中、追ってきたエミリーとショーンに対して背を向けてシロは震える声で話しかける。

すでに戦いは終わり、シロ以外に甲板に立っている者は誰もいない。

シロの戦いに、二人は参加できなかった。と言うより、戦いですらない一方的な虐殺劇だった。

 

「シロ君、一つ言いたい事がありますわ」

 

「ああ……」

 

シロが振り向かないのは、エミリーの目を見るのが怖かったからだ。

一緒に、性格には半ば向こうが望まない形で連れ出してしまって、しかもこんな惨劇を見せてしまった。

もちろん、一人も殺さずに最後まで幸せにー、なんて夢を見ていたわけでは無い。

でも、これだけの数を殺して。自分がまともな人間である、と受け入れられる自信が、かつての事もありシロにはなかった。

 

「よかった……シロ君が生きててよかったですわ……」

 

その答えは予想に反するもので、シロは思わず振り向く。その瞬間に、エミリーとショーンに同時に抱きしめられた。二人分の重量でふらつき、たまらず倒れるシロ。しかし、ぼろぼろと涙を零す二人はシロから離れようとはしない。

 

 

「シロォ! ごめんなあ……俺たちが弱いばっかりにお前にだけ汚れ役をやらせちまって……!」

「あんな沢山の相手に一人でシロ君が死んじゃったらどうしようって……うわっ、うわあぁぁん!」

 

「ちょっ、落ち着けって二人とも、重い、潰れるーッ」

 

動けずに、やってきた船員に助けを求めるシロだったが、何やら温かい目を向けられて放置されるというそういうのが恥ずかしいと思えてしまう思春期の少年にはきつい仕打ちを受けながらも、シロの心は、少し穏やかで暖かくなっていた。

 

 

――――

その後、乗員が全員集まって被害報告と船長の話を聞く事となった。

三人が死亡、五人が重傷という決して軽くない被害の中、シロ達が自分達の責任だと自ら話し、それを船員は受け入れた。結局悪いのは襲ってきた連中なのだ、という船長の一言で話は纏まり、犠牲になった三人を水葬にするのをシロ達は見守った。

 

「お前らが責任を取る、とか考えなくてもいいよ。ただ、三人の事を忘れないでやってくれ」

 

船員の代表にそう言われた時、シロはこれまで耐えていたものが崩れ落ち男泣きに泣き、エミリーに頭を抱きしめられてそのまま疲れから寝てしまった、というエピソードは前半と分離して笑い話として船員たちに語られる事となった。

 

 

「お前ら、もう知っていると思うがシロとエミリー、あとこの無賃乗船野郎の七彦は変身ヒーローみたいな何かだそうだ!」

 

そして、船長の話した人為変態に関する彼なりの解釈は船員たちに大好評を博し、三人は瞬く間にスゲー奴として祭り上げられた。シロの想像していたバケモノ扱いとは大違いである。

 

「oh……オメンライダー……」

「すげえ! 記念写真を頼む、故郷にオタクの友人がいるんだ!」

「世の中にはまだ俺らが知らない事がいくらでもあるんだな……すげーロマンだ!」

 

「俺の扱いだけなんかひどくない!?」

「酷いのはお前の労働に対する意欲だよ」

「お前あの部屋もう二度と使えねーよ酷すぎる!」

 

船員の総ブーイングを受け、体育座りとなった七彦を庇うように彼が助けた女の子が立ちふさがり、「七彦さんはかっこいいもんヒーローだもん!」との事で純真な女の子の力に海の男たちはたまらず撤退、だが明らかに尊敬以上の感情である熱を持った目を向ける女の子と、それに気が付いていない様子の七彦に女の子の父親の船員は現役マフィア時代を彷彿とさせる凄まじく鋭い眼光を向けるという一幕があったりした。

 

そんなこんなで数時間後船は無事到着、船員たちに見送られながらも三人はついにヨーロッパの土を踏んだ。

期待に胸を膨らませるシロとエミリー、プラスチックの指輪を指にはめて複雑そうな表情の七彦。

だれから贈られたものかは殺意の籠った目線を向ける船員の存在から明らかである。

 

数十分後に七彦が屋台のケバブを食い逃げしようとして見回りの警察官に連行されて早速別れる事になったが、とにかく彼らの新たな旅が始まったのであった。

 




観覧ありがとうございました!
次回、エミリーの分の薬を手に入れるためにある人の家に潜入したりしなかったり

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