深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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番外編3話です。
次回あたりでヨーロッパ上陸。


地球番外編3話 まな板の上の

「先に聞いておく。素直に戻る気はあるか?」

 

甲板で、アリがベースと思われる男が二人に問いかける。

だが、二人の答えは当然決まっている。

 

 

「断る」

「お断りですわ!」

 

脱出する際に盗んだ『薬』の入った注射器を持っているが、使用せずにじりじりと下がるシロ。油断なく拳銃を構え、シロに倣って下がるエミリー。

乗り込んできた敵は8人。シロは変態ができるものの、エミリーは『薬』を持っていない。護身用の銃だけでは少し力不足かもしれない。

 

「なるほど。ではいいニュースを教えてやろう」

 

追手の8人もじわじわと距離を詰め、二人に近づいていく。

 

「へぇ、あの太眉の首席が心臓マヒとかか?」

 

憎まれ口を叩いて様子を伺うが、先ほどまで笑っていた男の顔は能面のように無表情となっている。

 

「『死体が確保できれば構わない』だそうだ」

 

表情を変えないまま、男はシロに言い放つ。シロはそれを聞いても予想通りだ、という表情。

そもそも、自分達が逃走して中国が困る事など、情報の漏洩くらいだ。たとえ生きて連れ戻したところで自分達のような反乱分子など危険すぎて任務には使えないだろうし、他への見せしめのためにも処分されて当然だろう。

始末すれば、でなく死体が確保できれば、というのが少し気になるところだが、今は全く余裕が無い状態だ。

シロは時間を稼ぎながらも、退路を頭の中でシュミレートする。

 

もちろんここまで来て船を見捨てて逃げ出そう、というつもりではない。

 

「え……」

 

しかし、エミリーはそんな事を言われると思っていなかったのか、少しショックを受けた様子だった。

少し顔が青ざめ、小刻みに膝が震えている。

無理もない、とシロは思うが、このままこの場所にいては形勢は悪いままだ。

 

「そういえばさぁ……あんたら中国語にちょっと訛り入ってるよね? もしかして半島の方?」

 

ふとシロが時間稼ぎに言った一言に、男の眉がぴくりと動いた。そして、その顔がみるみる間に怒りで赤く染まる。

 

 

数百年前には中国と日本、アメリカの緩衝地帯となっていた朝鮮半島。

今現在、南北に分かれて戦っていた二つの国は和平し、北では独裁政治がいまだに続き統合こそ叶っていないものの、南はアメリカ、北は中国といった超大国の経済的、軍事的庇護の元、新たな時代を築き上げている。だが。

 

 

「我々を……軟弱で卑劣な南のウジ虫共と一纏めにするな!」

 

二国間のそれぞれの差別意識は根強い。たとえ最高部同士が仲良くしましょう、と言っても国民感情はそう容易く変わるものではない。

事実、南から北、北から南への旅行者への扱いは酷いものがあるし、留学生への苛めも問題となっている。

同じ民族が暮らす二つの国、一見丸く収まったように見えていても、それは表面だけなのである。

シロはぼんやりと予想を立てる。恐らく自分達が逃げてから追手を差し向けたのではない、元々この国にいた子飼いに自分達を追わせているのだろう、と。

 

超大国である中国だ、世界中にいつでも動ける兵隊を置いておく事くらいわけが無いのであろう。

そして、MO手術は薬さえあれば金属探知機にも引っかからない最高の武器である。

何かあった時に即応させるにはぴったりの戦力だ。

 

 

そこで、シロの思考は途切れる。怒りに我を忘れた男が、怒りのままに突撃してきたからだ。

後ろの7人もそれに続く。

よし、釣れた、とエミリーの手を引き、シロは艦内に踵を返してダッシュしようとしたが、目の前の光景で思わず足を止めてしまった。

 

「あがっ!?」

「ぐあああ!」

 

突然、追手のうちの二人が空から降ってきたかのように見える弾丸に打ち据えられ、血を吹いて崩れ落ちる。

驚きに駆られてその場にいる全員が弾丸が放たれた方向を向く。

 

「おうおう、また襲撃かよ! 今回はどこのモンだ!」

「ショーンさん!?」

 

昼に二人を食事に呼びに来ていた船員、名をショーンという男が、軽機関銃を構えてブリッジの上の開けた見張り台に立っている。その鋭い目は、追手たちに向けられていた。

すぐさま反撃が追手たちの取り出した拳銃から放たれるが、ショーンは器用に身を隠しそれを回避する。

 

「シロとエミちゃん、こっちだ逃げるぞ!」

 

そして軽業でシロとエミリーの後ろに飛び降りてきたショーンが二人を船内に引っ張り込み、扉を閉める。

扉が閉まる直前、牙のようなものがドアに突き刺さるが、間一髪でそれはドアの厚みに阻まれる。

 

 

「ふぃー、あぶねえあぶねえ、二人とも大丈夫か?」

 

船内をショーンの後に続き走るシロとエミリーはこくりと頷く。だがその表情は暗く、精神的には大丈夫とは言い難い状態だ。

 

「ん? どした? ……ああ、襲撃の事ね。ビックリさせてごめ―」

「違うんですの!」

 

ショーンの謝る声をエミリーの大声が遮る。

思わず足を止め、エミリーの方に振り返る船員。

だが、その顔には小さな子を安心させるような笑みが浮かんでいた。

 

「気にすんなよ、()()()のお二人さん」

 

 

ショーンは軽く言い放ち、二人の頭をそれぞれ片手でぽんぽんと叩く。

 

「へっ……!?」

「……!」

 

二人の顔が驚愕に染まり、それからみるみる間に青ざめる。

それをショーンはすこし面白おかしい光景であるかのように眺めた後、こんな修羅場なんて慣れっこな様子で再び笑う。

 

「船長も皆最初から気づいてたよ、裏では何日目に自白するか、なんて賭けをやっていたぐらいだからな!」

 

「じゃ、じゃあ密航者のウワサって?」

 

船全体からバレていた、しかし見逃されていたという事実に理解が追いつかず、目を白黒させるばかり。

シロもまた、茫然とした顔をしている。

 

「もちろん、二人を焦らせて自首させるためのウソ……」

 

 

「オラッ、神妙にしやがれ! この密航者!」

「待ってよ船員のあんちゃん! ホラ、俺はあれだ、そう、甲板掃除のアルバイト!」

 

 

通路の曲がり角から、左手に黒い手袋をした一人の青年と彼をがっちりと捕えて連行する船員が現れる。

抵抗するが、頑強な海の男に捕えられてはどうしようもない。

 

「……あー、まあ、よくある事だな、うん」

 

しきりに頷くショーンを見て、二人はこの非常時だというのにこの船の監視体制に一抹の不安を覚えるのであった。

 

―――

 

「「本当にすいませんでした」」

 

「おうおう、若い内にはいろいろ冒険してみるもんだ、むしろ気に入ったぜ」

 

 

船の一室で、騒ぎを聞きつけて合流してきた船長に正座をして頭を下げる三人。

髭を撫でながら、笑顔で聞き入れる船長。

 

密航者が発見された。船では時々ある事だろう。船長がそれを許す。人柄にもよるがあり得ない事ではないのかもしれない。この船長の寛大さには感謝しかないが、シロはそれ以外の事がおかしいと考える。

 

まず一つ目。今現在、この船は襲撃を受けている。それは船長も知っているはずだ。だが、全く動じている様子は無い。

二つ目。襲撃に対応するために銃を持った船員たちが続々と甲板に向かっていくのが部屋から見えるが、その装備は一介の輸送船が護身用に配備している装備の枠を超えている。完全に軍隊の実戦装備のレベルだ。

 

「船長、私とシロ君を行かせてくださいませ、急がないと船員の皆さんが……」

 

焦った様子のエミリー。MO手術被術者相手に銃火器と船員がどこまで対抗できるかわからない。早く自分達が助けに行かなくては、という考えからの言葉だが、船長はあっさりとそれを否定する。

 

「いいや、ガキは守られるもんだ、それにお前らには質問がある」

 

本当なら、ここで船長を押しのけてでも戦いに行くべきなのだ。それはシロもよくわかっているが、今ここで船長に納得してもらう必要がある、そうとも感じていた。

 

 

「船長、その前に一つ聞かせてください」

「なんだ、シロ」

 

「あなたたちは、何者ですか」

 

シロが手を挙げ、船長に質問する。抽象的な内容だが、それはシロの様々な疑問が入り混じったものだった。

異常に実戦慣れした様子の船員たち。ただの輸送船とは思えない装備。さらにもう一つ、以前から疑問に思っていて、そして確信に変わったものがある。

 

掃除をしながら船の設備や部屋の配置を調べていて何か違和感を感じていた。そして、今気が付いてしまった。

この船の構造は、()()のものだ。貨物室のスペースを広くとってあるなど輸送船としての設備こそあるものの、完全にこの船は元々は戦闘を行うために設計されていたものだった。

 

 

「シロにエミリー、『カラマーロ』って知ってるか」

 

 

にやりと笑った船長の答えに、二人は首を横に振った。二人は世間から隔離された山奥の施設で育ったため、世間の情報はほとんど入ってきていなかったのだ。だが、隣で何かを察して驚きと恐怖の混じった顔をしている青年を見て、これはろくでもないものだ、と何となく考える。

 

 

「カラマーロってアレ? えっ、ちょっと待ってウソだろ……」

「そんなんじゃ何言ってんのか二人にわかんねえだろうが」

 

震え声の青年に苦笑し、船長が言葉を続ける。

 

「かつてヨーロッパ最大規模を誇った組織犯罪集団、まあマフィアって言った方が簡単だな、それの名前だよ」

「軍隊でもない一つの組織が戦闘艦を保有してる、なんて言ったら規模のでかさがわかるか?」

 

続きを聞くまでも無く、シロの頭の中では自分の疑問への回答がぐるぐると回っていた。

なんで輸送船の船員が実戦慣れしているの? 簡単な事だ、幾度となく死線を潜って来たからだ。

なんであんな重武装なの? 簡単な事だ、元々この船と船員は血みどろの殺し合いをするために存在していたのだから。

 

「そんなのも過去の栄光、数年前に軍隊まで持ち出して本部が襲撃されてね、組織は壊滅しちまったよ、幹部の連中もほとんど死んじまったらしいし、敵討ちだなんだ言ったって国とドンパチやらかしても勝てるわけねえ、だからこの船は降伏したのさ」

 

「しっかし大統領が中々優しい人でな、この船は国の仕事に従事するって条件で俺と部下たちは罪を免れたってワケだ」

 

「え、じゃあこの船の乗組員って……」

「俺含め全員元マフィアだが何か?」

 

恐る恐る質問し、とんでもない船に乗っちまった、と絶望的な表情をしている青年。

 

 

「ま、んな訳で密航者とマフィア、同じ穴の貉だからお前らにはあんまり強く言いたくもないわけだ。同類だからな!」

 

船長とこの船の意外にブラックな経歴を聞き、何も言えないシロとエミリー。

 

「よしよし、じゃあ今度はこっちから質問だ。今襲ってきている奴らはアレだ、お前らを追ってきたんだろ?」

 

「いやいや、オレそんなの知りませんよ!」

「「はい」」

 

艦長の目が鋭く光る。それに対して、慌てて否定する青年と、申し訳なさそうに肯定する二人。

 

「へ?」

 

何故か、青年が間抜けな声を上げる。当然その謎の反応にその場の全員が一斉に青年を見る。

しまった、やらかしたと汗をだらだら流す青年。

 

「二人と違って仕事もしてないニート密航者の兄ちゃんよ、何か知ってんのか?」

 

船長の事実を突いた辛辣な言葉と威厳と威圧感に満ちた目線に震える青年。

しばらくの沈黙を経て、ついに観念した様子で青年はうなだれた。

 

「すいません、バリバリに俺狙いの追手です」

 

「「へ?」」

 

今度は逆に、二人が間抜けな驚き声を出す番だった。

MO手術を受けた追手。目標は二人だし、襲撃者本人の言葉からもそれは確定している。

なのに、この青年の確信を持った言葉。それが意味する答えは一つだった。

 

「お兄さん、もしかして『手術』を受けましたの……?」

 

それに対する答えは、左手に嵌めている手袋を外す事だった。

二人の会話がわからず黙って聞いている船長は、むき出しになった青年の左手を見て思わず息を飲む。

 

「正解だぜ、エミリーとやら」

 

青年の左手には、穴が開いていたのだ。

それは、『能力』を効率良く使い、さらに強化するために人体に施された手術のものだった。

二人も施設の仲間で何人か、このような人体改造を施された人間を知っていた。

 

 

「……知ってるって事は二人も施設から逃げてきたクチか」

 

「ああ」

「ですの」

 

「悪ぃ、俺にはてめえらが何言ってるのかサッパリ……」

 

船長が三人に説明を求めたのと、部屋のドアが蹴破られるのはほぼ同時だった。

現れたのは、首の折れた船員を片腕で持ち上げている襲撃者の先頭にいた男の姿。

数発の銃弾を受けて出血しているものの、その力が衰えている様子はない。

 

「俺の目の錯覚じゃなかった!?」

 

「なんでぃ、あいつどうなってやがるんだ」

額から生えた触覚とベースとなっている生物の特徴に近くなり変形した体は三人には見慣れたものだが、船長とショーンはその人間から少し離れた姿に驚きの目を向けていた。

 

エモノを見つけた。再び、男は下卑た笑みを浮かべる。

 

「何回も謝ってるけどごめんなさい、船長、ショーンさん」

 

「お、おい、そんな事言ってる場合じゃ……」

 

シロが船長に向き直り、頭を下げる。その手には、注射器が握られている。

男に背を向けた形となるシロの首めがけて、男の腕の一振りが襲い掛かる。

 

 

一陣の風。黄色と黒、そして白の混じった色が、吹き抜ける風に目を閉じる前のエミリーの、船長の、ショーンの目に刹那の瞬間映る。

 

 

 

――――一撃必殺。それは、自然界における最強の狩りの、そして身を守る手段。

 

 

その生物が何の仲間に属するか、と聞けば、ある人は汚らしいというかもしれない。

ある人は明らかな嫌悪感を示すだろう。だが、その生物は彼の親類達の持つ一般的なイメージとかけ離れた生存術を実践している。

 

 

 

 

 

空の王者『オニヤンマ』。卓越した空中機動で獲物を屠る大空の狩人。

 

 

猛毒の軍勢『オオスズメバチ』あらゆる昆虫は彼らの食糧でしかなく、その針は生物の頂点、人間すら死に至らしめる。

 

どちらもかつて『バグズ2号』計画のベースに選出された強靭な空の昆虫である。

 

 

……では、その両者すらも糧とする昆虫が存在する事をご存じだろうか?

 

 

 

圧倒的な速度も持たず。強力な毒も持たず。ただ、一本だけの鋭く硬い針のみを武器に『昆虫最強の暗殺者』と謳われたその生物。

 

 

 

 

 

 

一瞬だけ閉じた視界を再び開いた四人の目に映ったのは、男の首に開いた大穴から吹き出す血の赤に染められた光景。

 

 

 

 

 

「俺たちは、いや、俺は、バケモノなんですよ」

 

 

そして、波風一つ立たない水面のような、穏やかで虚しい笑みを浮かべたシロの姿だった。

 

 

 

 

(シロ)

 

 

 

 

 

国籍:中国

 

 

18歳 ♂ 176cm 66㎏

 

 

 

 

 

 

 

MO手術 『昆虫型』

 

 

 

 

 

――――――シオヤアブ――――――




観覧ありがとうございました。


少し情報を詰め込みすぎたかもしれませんね…
演出の都合上一方的な捕食者みたいな印象を受けるかもしれませんがもちろん返り討ちに合う事もあるらしいです…


次回、ベース解説&戦闘。

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