深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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地球が舞台の番外編第一話です。

最初の方でこの番外編の主人公二人が、後半である国のボス二人が出てくるよ!


番外地球編1話 二人の逃亡者

―――2617年 4月10日 中国某所

 

孤児院のような施設が、山奥にひっそりと建っていた。

山奥、と言ってもただの山奥では無く、それこそ中国の古い絵に描かれているような切り立った崖の数々を深い霧が覆っているような、そんな場所である。そして、孤児院と言っても灰色の壁に囲まれたその施設は、まるで刑務所か何かのようだ。

 

霧が全てを包み隠す静けさの中に、子ども達の笑い声。これが、この施設の日常だった。そう、数か月前までは。それからはどうなったか。苦痛、嘆き、怒りといった負の感情が込められた叫び声。日夜問わず聞こえ続ける人体と人体がぶつかり合う音。静かな霧の峡谷と山々に、その音はよく響く。だが、それに対し苦情を言う近隣住民も、どこかに通報する良識ある一般人もいなかった。

 

何故ならば、ここはほとんど人の通らぬ僻地であるし、人が通ってはいけないように定められていたからである。

そして今日も、奇妙な木霊のようなその音が聞こえ続ける……と思っていたのだが。

 

その日だけは勝手が違った。

子ども達が、まだ小学生にも満たない年齢からもうそろそろ成人なのではないか、金髪もいれば黒髪も、という年齢から国籍まで様々な彼らが『薬』を使用した戦闘訓練を終え、施設内の宿舎に帰る真夜中の出来事だった。

 

 

突然の爆発音と、見張りと思われる数人の怒号。

そして、爆破された壁の穴から孤児院を抜け出す二つの影。

 

 

「オイ、二人いねえぞ!」

「……追いかけろ、増援も要請するんだ!」

 

 

わらわらと、クモの子を散らすかのように壁の穴から追っ手が飛び出していく。

そして、孤児院の最上階、ガラス張りのドーム型天井と外を見られる窓が多く設置され、ワークデスクが置かれた管理者の部屋と思われる一室で、数人の男女がその逃走劇を見守っている。

 

 

「ハッハー! あいつら、ついにやらかしやがった!」

 

窓を覗きながらゲラゲラと文字通り腹を抱えて大笑いしているのは、アジア系と思われる巨体の強面の男。

顔中を走る古傷が痛ましいが、それを無視できるほどに本人の体格と人相が凶悪である。

 

 

「ちょ、マジ邪魔なんですけど! おっさんどいて、先生が見られないじゃん!」

 

その男を肘で押しのけるのが、髪を金髪に染めてアクセサリーを千羽鶴のようにぶら下げた少女。

 

 

「二人か……逃げ切れるのだろうか」

 

心配そうに眉を動かすのは、見るからに真面目で堅物そうな軍服の青年。

他の観戦をしている皆の邪魔にならないよう一歩後ろに下がっているあたり、遠慮がちな性格がうかがえる。

 

 

「心配すんなヨハン、お役人様ごときに俺たちの弟妹分が捕まるかよ……くくっ……!」

 

車椅子を引いて窓際に移動し、外の喧騒をチラ見して笑みを漏らすのは、金髪の少年。

トゲトゲ頭と少しアウトローな外見をしているものの、いたずらな表情の中に優しい笑みが浮かんでいる。

 

 

「ダメですよバイロン、笑っちゃあ……私達、この後お役人さんたちに申し訳ない顔で言い訳しなきゃいけないんですから……ぷ……あはははっ、頑張れ、頑張れー!」

 

そして、車椅子に乗っていた銀髪の女性が、最初こそ笑っている金髪の少年を窘めていたものの、途中から目に涙を浮かべて感極まった様子で逃走者を応援する。

 

 

 

彼らは逃走者の姿が霧の彼方に消え去るまでずっと見守っていた。

 

 

 

――――――

 

「ダッシュダッシュダッシュだ急げえええ!!」

 

そして一方逃走者。高校生くらいの少年である。黒髪黒目のその色は、夜の闇に都合よく溶け込み、その健脚と合わさって逃走を後押ししていた。しかし。

 

「い、いきなりなんですの!? え? ちょっと? 状況が―」

 

少年が手を引いている少女が、逃走の大きな足かせとなっていた。金髪碧眼に、状況がよく理解できていない様子のフラフラとした足取り。少年に半ば引きずられているような状態だ。

 

「えーっと、アレ? お前、今日の晩飯の時にこんな生活いやですのーって言ってなかった?」

 

混乱する少女に少年は疑問符を浮かべ、足を止める事こそしなかったが問いかける。

 

 

「確かにいいましたけど……」

 

毎日の苛酷な訓練の疲れからふと漏らした言葉。確かに言った。

 

「だから一緒に連れてきたんだけど」

 

「本人の意思関係無し!? しかも行動早すぎますわ!?」

 

「いや、逃げ出したいってのはお前の意思だろうよ」

 

「……」

 

そうだけど。確かに間違っていないが。だが、効果的な反論も何も思い浮かばず、少女は黙り込む。

その足は、もう先ほどのように少年に引きずられるでなく、しっかりと自分で走っていた。

 

「ひゃっ!?」

 

敵から逃走中にずっこけるというお決まりの展開を挟みながらであったが。

 

 

―――

 

「何とか巻いた……か……」

 

「人生で一番長く走りました……わ……」

 

時には息を潜め、時には全速のダッシュで、数時間の逃避行の末に追撃の声は聞こえなくなり、逃走に成功した二人。そんな二人は草陰にこそこそと隠れ、肩で息をしていた。

その草陰を抜ければ、港が見える。一隻の停泊している船が、もう少しで出航しそうな様子だ。

甲板では西洋人と思われる船乗りが数人、ワインとピザを肴に馬鹿話で盛り上がっている。

 

「まさか逃げ切れるとは思いませんでしたわ……」

 

「うん、俺もそう思う」

 

「えぇー……」

 

真顔でそういう少年に驚きである。行き当たりばったりでここまで逃げてこられたというのか。

あの数の追手を潜りぬけて? 自分という足枷を背負いながら? 少女は疑問で頭がいっぱいである。

どちらかと言うとアレコレ考えてから実行に移すタイプの少女にとって、未知との遭遇であった。

 

 

「じゃあ、まずは自己紹介でもしますか!」

 

「えぇー……」

 

本日二回目のえぇー、である。数か月同じ環境で生活していながらも、まだ名前を憶えられていなかった。

それがショックというかなんというかで、少女は肩を落とす。

 

「そちらの名乗りは結構ですわ、シロ君。えーっと、日本人です? それとも中国人?」

 

「何故俺の名前を知っているんだ!?」

 

今度は少年、シロが驚く番だった。彼の本名は『白』まんま一文字。日本人の名前でも通りそうだし、中国人名でもいけそうだ。

何故これまで時々顔を合わせるだけの仲だった女の子に自分の名前がわかったのか、それは人の名前に無頓着な彼にとってはやっぱり未知との遭遇。

 

「私はエミリー、フルネームはエミリー・オーランシュですわ! 出身はフランス、これでもイイトコの出ですの!」

 

「本物のお嬢様はイイトコなんて言葉使わない」

 

「……?」

 

孤児院の個性的な面々に交わってお嬢様時代の礼儀が薄れていっている事に気が付かず、小首を傾げる少女、エミリー。

 

「まあいいや、えと、俺の国籍だっけ? 一言で言えば『不明』かな」

 

「不明?」

 

頬を指でかいて、少し寂しそうにシロは話を始める。

 

「俺、海を漂ってたのを拾われたんだ。で、赤ん坊だったからなんかうやむやになっちゃったわけ。まあそのちょっと前に客船が事故で沈んだからその生き残りだろうってさ、その船が日中の親善パーティだったからそのどっちかだろう、ってどっちでもいける名前が付けられたんだ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

嫌な事を話させてしまった、と謝るエミリー。いやいや、と手を振って笑いながら返すシロ。

それっきり会話は途切れ、二人は黙り込む。

 

「……これからどうするんですの?」

 

その気まずい沈黙を破ったのはエミリーだった。

この状況において当然の質問だったが、エミリーは単純に今後の自分達が気になって聞いたわけではなく、どちらかというと何か話を作らねば、というこの空気を打破する、という意図の方が大きかった。

 

「あー、どうしようなー。ここにいてもどうせその内捕まるだろうし、かといって国から脱出ってのも……」

 

「……ん」

 

エミリーがシロの袖を引っ張る。それに気が付いたシロがエミリーの目線を追うと、そこには一隻の船が。ここに辿り着いた時からあった高速輸送船である。エミリーの言わんとする事にすぐに気が付いたシロは、エミリーの背中を叩いて笑った。

 

「お前、やっぱりお嬢様向いてないや」

 

「失礼な事を言わないでくださいまし」

 

 

こそこそと、しかし一歩一歩を確かに踏みしめながら、二人は船に近づく。

もちろん、すっかり出航前パーティで酔っている船員は二人を甲板掃除のバイトくらいにしか見ていない様子だった。

 

「さあ、ヨーロッパデビュー、しちゃいますか!」

「目指すは花の都ですのー!」

 

こうして、二人の逃亡者たちの物語が始まった。

 

 

――――

 

「ルークちゃん、元気にしていたかしら? ご飯はちゃんと食べてる? 国際会議でいじめられたりしてない?」

 

「うるせえ」

 

黒塗りの車を二人のボディーガードと秘書と共に降りた男、ローマ連邦首脳、ルーク・スノーレソンは出迎えに来た一人の老婆を見て顔をしかめ、短く悪態をついた。老婆の後ろにも黒服サングラスというボディーガードの典型のような二人の男が付き従い、何も知らない人間がこれを見たら政治家同士の対談とでも思うかもしれない。

 

既に人払いは済ませてあるようで、周りには一般人の姿は見えなかった。

 

「ダメよ、貴方は偉いんだから、言葉遣いとかもお行儀よくしないとね」

 

「……首脳にそんな事を言える立場なのですか、エレオノーラ氏」

 

それに対し、ルークの秘書が自分より三周りは大きい長身の老婆に、表情は穏やかに、しかし声色はエレオノーラを威嚇するような調子で窘める。

 

「ごめんなさいねぇ。ついいつもの調子で言ってしまって」

ニコニコとした笑顔を崩さず秘書に謝るエレオノーラ。ここまで反省の色が見えないように謝罪できる人間もそうはいない、と内心毒づくルーク。

 

「手術後の調子はどうだ、ババア」

ルークが自分の秘書を制し一歩前に出て、エレオノーラに話しかける。

秘書が邪魔だったわけでも、エレオノーラを擁護したわけでもない。その行為は、自分の秘書を危険から遠ざけるためだ。このバケモノに自分以外が余計な事を言ってしまえば、無事で済む保障が無い。

 

「ええ、おかげさまでとてもよろしくてよ。ホーラ、こんなにも」

言うやいなや、エレオノーラの纏う紫色のドレスの腰布を突き破り、一本の触手が目にも止まらない速さで秘書の首に巻きつく。

 

「やめろ、人の秘書に手ェ出すんじゃねえよ」

ルークの言葉もあり、青ざめてへたり込む秘書を見て満足したのか、エレオノーラは触手を引き戻し、ドレスの腰にある膨らみの部分に収める。その戻った時の勢いか、エレオノーラが持っていた鞄から小さな財布が落ちる。

 

 

「あらやだ、うっかりしちゃったわ。ルークちゃん、取って頂戴」

 

自分の配下でもルークのボディーガードでも無く、本人を名指し。

ローマ連邦首脳になんたる無礼だ、とルークは本人でも思っているしボディーガードと秘書もそれは同じだが、この気まぐれで残虐な老婆が何をやらかすかわかったものではないため、舌打ちしながらも膝を屈め、財布に手を伸ばした。

 

その時、一発の銃声。機敏に反応し、ルークのボディーガードが動く。その弾丸は、正確な弾道でルークの頭を捉えており、そして、正確な弾は屈んだルークの頭上を通過した。ルークの背後にあった植木鉢が派手な音と共に割れる。

 

 

左手を上げるエレオノーラ。それを合図に、エレオノーラの部下二人が銃が放たれた方向に駆けていく。

しばらくの間を置き、数発の銃声。その後、場は沈黙に包まれた。

 

「あらあら、運が良かったわねルークちゃん、私と違って政治家ってのも結構恨みを買うのねー」

 

エレオノーラはのほほんとした調子でルークから財布を受け取り、鞄に収める。

 

「俺はこれでも愛され系首脳だ、国内の恨みなんて買ってないぞ」

 

冗談を言うルークに、息を吐き出して笑うエレオノーラ。

直前に暗殺されかけたのに冗談を言って笑うメンタル。それは、首脳の座まで上り詰めた彼の胆力と賢さなのか。

それとも、目の前にいる怪物への信頼なのか。

 

秘書は以前ルークの言っていた事を思い出していた。『コイツが生きている、なんて国民が知ったら俺の支持率なんて0パー確定だ』と。プライベートのルークが見せるユーモラスな姿だ、と思いたかったが、自分ももし今のこの職でなくてこの老婆がこっそり生かされていた、なんて知ったら首脳をリコールするデモに参加するだろう、と溜息をつく。

 

「ところでなんか気分が良さそうだな、いい事でもあったか? 珍しく処刑台の夢を見なかったか?」

 

ルークの軽い嫌味に、エレオノーラはいつもの笑みを、何やら普段より楽しげな笑みを見せた。

「近いうちに可愛らしいお客さんが遊びに来てくれる気がするのよ、勘だけどね」




観覧ありがとうございましたー


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