深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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28話、本編は進まない番外編チックな話です。
もはやわざわざ名前を伏せる必要があるのかと思うあの人の過去話。
今回は原作のこんな人とこんな関係にあったよ、という繋ぎ回なので、戦闘やベース紹介などが一切ない平坦な回となっています。ご了承ください。

原作のキーパーソンのあの人も出てくるよ!


第28話 かつての三人

――――――

「今回の選考は荒れたらしいな」

 

「2位と3位が甲乙付け難かったそうだ」

 

「2位はドイツの無名の研究者、3位なんて8歳の女の子だぞ」

 

「ま、1位は流石と言うべきか、飛びぬけていたがね」

 

「はっはっは、面白いものが見られましたな」

 

部屋の外から聞こえる世間話を聞きながら、三人の科学者が一つの部屋に集まっていた。

さぞかし難しい、凡人には理解できないであろう会話をしているのかと思いきや、二人は笑顔時々困り顔、一人は泣き顔を見せながら穏やかな時間を過ごしていた。

 

「うう……勝てませんでした」

 

小さな女の子が、バーの席に顎を乗せながら後の二人から差し出されたハンカチで涙をぬぐう。

 

「いや、君の年齢でこんな所にいられる事自体がありえないレベルで凄いからね……」

 

眼鏡をかけた年若い日本人研究者の青年が、慰めながら女の子の頭を撫でる。

それでも女の子は悔しさが払えないのか、頭を上げない。

 

「それにしても本多博士、貴方の発表は素晴らしかった。貴方に追いつく事が僕の今後の目標です」

 

もう一人、茶髪に少し金髪の混じった髪の、これまた年若い研究者の青年が、グラスに注がれたワインをちびちびと飲みながら溜息まじりに本多と呼んだ日本人の研究者を褒め称える。

 

「いやいや、貴方の発表も私に全く負けていなかったですよ、今でもいつ追い越されるかと危機感を覚えています」

 

「ははは……日本人はお世辞が上手だ……」

 

真ん中に女の子、その左右を二人の青年が挟むように座り、どこか仲睦まじい雰囲気を醸し出している。

同じ科学者という人種、という事もあるのだろうが、その中でも三人ともバイオテクノロジーに関わる研究を自分の持ち分野の一つとしている、というさらに狭い範囲での共通点もあった。

 

「うー、二人ともわたしから見たら凄すぎますー」

 

「マスター、この子にオレンジジュースを」

この場はとある世界的な学術研究発表会で最高の賞を取った上位三人の研究者が集まるという、学術的な価値からすればとんでもない、それこそ取材が殺到しそうな集まりだった。だが、そんな彼らもひとたび日常に戻ってしまえばこんな風に一般人と大して変わらない会話や仕草なのである。

 

運ばれてきたオレンジジュースにストローを刺して飲みながら、女の子はようやく頭を上げた。

 

「本多さんの惑星開発論、はかせの次世代型遺伝子改造技術、それに比べてわたしなんて……」

自己評価が低いのか、まだローテンションの女の子に、大人の二人は苦笑する。

 

 

「いや、君の研究も実を結べばとんでもないものになるよ、少し倫理的な問題はあると思うが……」

「そうだよ、これまで救われなかった多くの人が助かるかもしれない」

 

二人の慰めに少しは元気を取り戻したのか、背筋がまっすぐになる女の子。

 

「そうですね……この技術、きっと役立てます! そして困っている人たちを助けるのです!」

「うんうん、その意気だ」

「僕や本多君と比べて、君には十数年の年齢というアドバンテージがあるんだ、君が僕たちと同じ年になる頃には僕たちを遥かに凌ぐすごい研究者になっているかもしれないよ」

 

「えへへ……きっとその時には……ねえはかせ、一つ約束してくれませんか?」

「僕でよかったら」

 

それを聞き、ぱっと輝いた表情を見せた女の子は、本田から隠すようにドイツ人の青年に耳打ちする。

その内容を聞いた青年は顔を赤くしたり青くしたり信号機のようになりながらも、絞り出すかのように返答する。

 

 

「それはちょっと……私には帰りを待っている妻が……」

 

「一体君たちはどんな不埒な会話をしているんだ」

 

本多のツッコミに二人同時に笑い、飲んでいたワインを吹き出しそうになる青年と、その裏で少し寂しそうな表情を見せる女の子。

 

 

「は、話を変えよう本多博士。えーと、いよいよ今年だったかな? 貴方が関わっているという計画は」

 

「ええ。火星開発の第二段階、『バグズ2号』計画です」

 

慌てて内容を変更する青年に、笑いながら応じる本田。『バグズ2号』計画。それは、テラフォーミングという地球人の新天地を作り上げる壮大な計画の段階の1つだ。

 

まず始めに、地球に近い環境を持つ惑星、火星に苔とゴキブリを打ち上げる。

そして、酸素を生む苔と黒いゴキブリで火星を温め、なんとか人間が生存できる環境を作り上げる。

これが第一段階。この段階は数百年前から行われており、多いに苔が繁茂した火星は緑色に見える星となっていた。

 

次に、厄介な先人を片づけなければならない。つまり、ゴキブリの駆除である。

そのために選ばれた宇宙飛行士たちが火星に向かい殺虫剤を使ってゴキブリを駆除し清掃する、というのが今計画である。()()()は。

 

「まさか人類が宇宙に新たなる地を求める日が来るとは思ってもいませんでしたよ」

「……我々は増えすぎましたからね」

 

本多の言葉に、青年は静かに頷く。この地球は、いや、人類は明らかに破滅へと突き進んでいる。

それは、数百年前から叫ばれていたのと同じ事だ。

人口爆発、環境汚染。それに伴う治安の悪化、人類の生活圏の減少。

 

あまり、未来に期待はできない状態なのである。

それは、かつての先進国の集まり、ヨーロッパでも同じだった。

 

一部の勢力を保ち続けている国を除いては俗にスラム街と言われるものが大量にできて社会問題となり、先進国でも数多くの犯罪組織がまるで戦国時代のように勢力を争っている。

 

その中でもひときわ巨大な犯罪組織のドンが新進気鋭のとある政治家の身内だ、などという黒い噂が都市伝説と捨てきれない信憑性を持つほど、かつての大国たちですら腐食が進んでいるのだ。

 

 

「火星には、未来が、希望があるんですかねえ」

溜息をつき、青年は皮肉そうに薄笑いを浮かべる。

彼は恵まれた経済環境で育ったものの、自国の底の環境もよく見てきた。

だからこそ、高みから底を覗いてしまったからこそ、その高みにさえ希望が無い事を知れてしまったし、底がどんなに絶望深き場所かも知ってしまった。

 

「それを生み出すのが、我々研究者の仕事ではないですか?」

 

本多は、真剣な顔でそれに答える。彼自身にはこの思わずしてできた知識を競い合える友人に隠している事実がある。祖国、日本の抑止力のため、計画の深部にしか知られていない存在、火星に巣食う『害虫の王』を手中に収める事。その為に、息のかかった搭乗員を送り込んでいる事。そして、変身ヒーロー紛いの手術が計画に参加している搭乗員たちに施されている事。

 

それらを除いてでも見せた彼の研究者としての情熱。ひしひしとそれを感じ、青年ははっと顔を上げる。

 

「その通りかもしれませんね」

 

それに対し、先ほどまでと同じく自嘲するような笑みを浮かべながらも目には熱の籠った表情を見せ、青年は短く曖昧な、しかし本心では確信に満ちた返事を返した。

 

「むにゃ……はかせ……本多さん……わたしは……すごい研究者に……」

 

夜も遅く、幼い体には辛かったのか、突っ伏してすやすやと寝息を立てる女の子の寝言に二人同時にその顔の方を向き、一間おいて心から楽しげに笑う。

 

「我らの積み重ねた物が、未来への道標とならん事を」

 

そして、将来に火星で巻き起こる各国の仲間割れ、その大きな原因となる人間を作り出した男。大切なものを失った狂気から人体実験を繰り返し、その贖罪の為に火星に赴く事となった男。二人の科学者は、空のグラスで乾杯した。




観覧ありがとうござました。

次から数話、原作の展開がついにアレに突入した記念という事で一旦舞台が地球に移ります。
時系列はアネックス計画実行の3年前、色々あって手術受ける事になったけど施設を逃亡した少年となんかなりゆきで手術受けたお嬢様が泥棒稼業するお話(要約)です!

今現在あまり話が思いつかない状況ですので気長にお待ちいただければと思いますー。


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