深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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戦闘パートです。あの人のベースも紹介されるよ!


第27話 ロシアの意地

テラフォーマーの一群は、明らかに動揺していた。

汚らわしいものを避けるかのように異形のテラフォーマーから距離を取り、お互いで何か話し合っている様子だ。

 

 

異形のテラフォーマーの最も近くにいた1匹が、異形のテラフォーマーに近づき、鳴き声を出す。

興味本位なのか、何かコミュニケーションを取ろうとしているのか。

 

だが、その答えは左腕による鉄槌だった。一撃で頭が叩き潰され、喉まで貫通して腹のあたりまで体を裂き、ようやくその一撃は止まる。その間、異形のテラフォーマーの頭部は全く動きを見せていなかった。

興味が無い、というよりはそもそも仲間の存在など見えていない、という様子で。

 

それを見て、他のテラフォーマーたちはさらに距離を置いた。

レナートはその様子から、このテラフォーマーのような何か、はテラフォーマーの味方では無い、という事を推測する。

 

恐らくは、突然変異か何かで奇形になったテラフォーマー。

だが、疑問も残る。

 

 

『そんなバケモノを、テラフォーマー達は育てたのか?』

 

同種族を何の躊躇も無く叩き殺すこの怪物が、成体になるまで生かされていたとは思えない。

普通なら、生まれた直後か、仲間を手にかけた時点で処分されるはずだ。

 

 

「キィィィ……」

 

そして、白目を剥き、泡を吐くその姿は、まともに摂食をできるだけの知能が残っているのかすらわからない。

声も、コミュニケーションの意思が全く感じられない。

 

 

こいつは、完全にテラフォーマーという生物の社会には存在できない生物だ。

そう結論付け、レナートは注射器を首に打ち込み、変態を行う。

 

 

甲皮が体を包み、その筋肉質の身を黒と茶が染め上げる。

 

頭には一本の長角、両肩には一対の短角。

 

その姿は、まさに重量級の甲虫そのもの。

 

 

縦にも横にも大柄な体を持つ人間は、厳つい顔でなければ大らかで優しい印象を与えるものだ。

甲虫の王者、カブトムシ。その中にも、そんな者達がいる。

 

決して争いを好まず。されど、力強く。特にその重量級の体躯を支えるために発達した太い脚と鉤爪はあらゆるカブトムシの種を上回る勢いで木にしがみ付く事を可能としている。

 

そして、その中に例外的に闘争的な性格を持っている種がある。

角こそ長くないが、その湧き出る闘争心と重戦車のような力強さからその種に付けられた名は『軍神』。

 

 

学名『Megasoma mars』。

 

それは、火星の名を冠する兜虫。

 

 

 

レナート・ベレゾフスキー

 

 

国籍:ロシア

 

32歳 ♂

 

197cm 94㎏

 

 

『裏マーズ・ランキング』10位

 

 

MO手術 “昆虫型”

 

 

 

――――マルスゾウカブト―――

 

 

 

 

 

 

 

凶暴な笑みを浮かべた前科もちの戦闘員揃いの3班副長は、一直線に異形のテラフォーマーへと突っ込んでいった。

 

 

それを、異形のテラフォーマーは三本の腕を最大限に使って迎撃する。

左腕でレナートの左肩を掴み、そのまま引きちぎろうとする。だが、レナートはそれを振りほどき、力任せに腹に腹へと拳を打ち込む。

 

それに対し、腹から生えている腕でその拳を軽く弾き、実際に腹にぶつかるダメージを軽減する異形のテラフォーマー。

 

「戦闘に関しちゃずいぶんキレがいいなオイ!」

 

 

身を翻し、レナートは異形のテラフォーマーの背後に回ろうとする。だが。

 

「キィィ」

左尻から生えた足が、レナートの進路を遮った。そのまま体をよじり、尻から生えている足でまるでバットでも振るかのようにレナートの腹を打つ。

 

「グッ……」

 

血を吐くレナート。ふと背後を見れば、エリシア達が基地へと入っていくのが見える。

ひとまずは安心だ。後は、自分が何とかすれば。時間を稼げば、恐らく増援が来る。それを待つか。

いや、ここには別のテラフォーマーもいる。いたずらに被害を広げる事になりかねない。

こんなに考え事をするなんて自分らしく無いな、と思うが、そうは言っていられない状況である。

 

 

「ィィ?」

 

その時だった。異形のテラフォーマーの頭部に、石が突き刺さった。

石が投げられた方向にレナートが目を向けると、そこには石を構えるテラフォーマー達。

 

異形のテラフォーマーは、レナートよりも優先して排除すべき存在としてみなされたようだった。

だが、異形のテラフォーマーは動じない。

頭部から石が落ちる。そこに残されていた傷跡は、ほとんど無かった。

 

テラフォーマーの甲皮の色が一瞬変色し、石がぶつけられた後に元に戻った。黒系の色から黒系の色だったのでその変化は微々たるものだったが、レナートはそれを見逃さなかった。

 

(ゴキがMO手術を受けていやがるのか!?)

 

驚きと共に、苦い表情を見せるレナート。そして、その正体に一つの結論を出す。

 

テラフォーマー社会に適合できない異常性。

推測の域を出ないがMO手術のような能力持ち。

そして、一番の理由。それは、奇形化している手足を戦闘に利用している事。

 

様々な原因であらゆる生物には奇形が存在する。だが、本来存在しないものが奇形によってプラスされても、それは利益にはならない。

足が増えても、本来以上の歩行を行う事は不可能でその足は邪魔になるだけだし、手が増えても体がコントロールしきれない場合が多い。だが、このテラフォーマーはそれらを使いこなしている。そこから導き出される結論、それは。

 

 

『このテラフォーマーは人為的に奇形化、または改造されて作られたものだ』

 

口に溜まった血を吐き捨て、再びレナートはファイティングポーズを取る。

 

「……かわいそうにな」

 

その一言は、かつて自己のためなら他者の全てを奪う事すら厭わなかった彼を知る者からすれば、さぞかし奇異に聞こえる事だろう。

 

 

「キィィィ!」

 

三本の腕が次々と岩を砕き、それを付近のテラフォーマーに投げて潰していく。反撃の石も次々と飛んでくるが、

それを難なく異形のテラフォーマーはその身で受け止める。一瞬だけ体が少し違う黒に染まり、また元に戻る。

そして、その石と岩の応酬に飛び込み、異形のテラフォーマーに格闘戦を仕掛けるレナート。

 

恐らくは一瞬だけ硬化できる生物……では無い。変態と非変態を瞬間的に制御している。

瞬間で体の一部のみ硬化できる生物など聞いた事がない。ならば、そう考えるのが自然だ。

 

テラフォーマーでは無い、恐らく何か別のものがこの力を制御している。

このテラフォーマーはもうすでに死に体だろう。何かに操られているようにも見える。だったら。

 

 

右腰から生える脚がレナートに蹴りを繰り出す。それを正面から受け止め、その脚の根本に拳を叩きこむ。

硬化したのか、カブトムシのパワーで打撃を繰り出したにもかかわらず、ダメージはほとんど無い様子だ。

 

 

だが、瞬間。ゾウカブトの強靭な脚で右腰から生えた脚にしがみ付き踏み台にし、レナートの拳が首を、テラフォーマーの肉体で最も防御に乏しいと思われる部位を引き裂く。硬化しても耐えきれなかったのか硬化が追いつかなかったのか、ちぎれ落ちる首。

 

テラフォーマーの中枢は食道下神経節に存在し、頭部が欠損しても活動が可能である。そう、普通のテラフォーマーならば。

 

 

崩れ落ちたテラフォーマーの体は、もう動かなかった。そして、その傷口からは糸のようなうねうねと動く何かが

無数に体の外に出ていく。

 

それが何かはレナートにはわからなかったが、どこか安らかそうに見える表情の落とされたテラフォーマーの首を一瞥し、レナートはその何かを踏みつけた。

 

 

――――――――――

 

「ドクター、ただいま帰りました」

 

暗い岩山の中、その最奥部と思われる研究室の中に、軍服の青年が足を踏み入れる。

背に抱えているのは、テラフォーマーの幼体。死んではいない様子だが、その体はぴくぴくと痙攣し、それ以上の動きを見せない。

 

そんな青年を出迎えたのは、銀髪の女性。"裏切り者"幹部の一人、アナスタシアである。

 

「お帰りなさい。怪我はしていませんか?」

 

パッと見小学生か中学生にも見える童顔と低身長に、穏やかで柔らかい笑み。

だが、杖をついていて少し顔の隅に見える皺は、彼女が決して健康な体では無い、という事を青年に実感させる。

 

 

「これはこれは、元気な子ですねぇ。きっと、いいものができあがりますよ」

 

テラフォーマーの幼体を部屋の隅に置くように指示するアナスタシア。それに従い幼体を置きに行った青年は、壁に拘束具で磔にされている何体ものテラフォーマーのような何かを一瞬見て、すぐに目を逸らす。

 

 

「おや、どうしたんですかその衣装は」

 

緊張の糸が途切れたのか、青年はこれまで注目していなかったアナスタシアの衣装を見て、顎に手を当てる。

 

 

「……えへへ、おめかし、です」

 

照れくさそうに笑うアナスタシアの服装は、一言で言えばセーラー服だった。

実際の年齢はよく知らないが恐らく二十歳は超えていると思われるアナスタシアのそんな姿を見て、青年は感想に詰まる。見た目的には全然通るだろう。でも……なんか……なんか……

 

 

「……他には何か無いのですか」

 

その質問を待っていた、と言わんばかりにアナスタシアが杖を持っていない方の指を鳴らす。

すると、岩の壁が開き、隠し部屋のような何かが姿を現した。

その奥には、とてつもない数と種類の服が保管されているのが見える。

 

 

「ねえヨハン君はどう思いますか困るんですあと三日しか時間が無いのにまだ服が決まらないんですよせっかくあの人に合うかもしれないのにああどうしましょうみっともない姿は見せられません!でも私よくよく考えたらなんにも知らないんですあの人の好みそうだ直接聞いてくるというのはいやまだ会うのは早いですよねその時の事を悩んでいるのに私ッたらいけませんねーほんと昔からこんなにどんくさくてまいったものですああヨハン君確かあの人と出身国一緒でしたよね何かわかりませんかちょっとした事でもいいんです私を助けると思ってお願いします後でちゃんとお礼をしますからそうだ私小食なのでこの基地にまだ新鮮な食糧残っているんですよそれでどうでしょう」

 

 

「……無難に白衣でいいのでは」

 

「それです!」

あまり緊張感の無い流れで、裏切り者幹部の二人の話はあっさりと終了した。




観覧ありがとうございました。
最近更新早めです、はい

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