深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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本編の話がなかなか書けておりません…という事で、番外編でお茶を濁させてください。
今回は、表裏幹部搭乗員の初対面の時の話です


番外編 懇談会

            小町 小吉様

 

    アネックス増援派遣計画の実戦部隊、その中核となる新規に採用された貴国の幹部搭乗員との会談を

    設定いたしました。

    つきましては、×月×日に指定の時刻、場所への出向を願います。

 

 

 

 

豪奢とはとても言えない質素な和食店。この場所で、アネックス1号艦長にして日米合同第一班班長、小吉は一人の男と向き合っていた。

 

髪型は程々の長さで、あまり気取る事はなく、しかしきっちりと整えられている。身に纏っているのはこれまた規律正しく整えられ、埃一つついていない背広。なぜかボタンが外されているものの、それ以外には特に変わった点は見られない。

 

「初めまして、俺は国連航空宇宙局、火星探索チームの隊長、小町小吉だ」

 

「……初めまして、俺は……いえ、私は元警視庁警備部警護課所属、現火星探索チーム補助計画日本班現場部隊長、島原剛大と申します」

 

「あ、もうちょっと素で話してくれても構わないぞ? そんな堅苦しい場でもないわけだしな」

 

「そう仰られるのであれば、その通りにでも」

 

 

見た目は二十代半ばといったところ。人格としてもあまり問題があるようには見えない。この計画の参加者、特に新たな幹部搭乗員には問題児が多いと風のうわさで聞いたが、あまりそうは見えない。少しお堅い人間、一郎の所の七星を思い起させるものはあるが、それはただの性格だろう。

 

いや、初見の印象だけで決めつけるのはよくない。これから彼がはっちゃけた所を見せるかもしれないではないか。そんな不安と若干の期待を胸にしながら、小吉は話を続ける。

 

 

「ではまず初めに。君の得た『能力』を教えてもらいたい」

 

小吉はそう言いながら、剛大に『薬』を差し出す。

このアネックス1号への増援はかなりの急ピッチで計画されたもので、その内情は増援を受けるアネックス1号の側にすら碌に伝わっていない。本来ならアネックス計画実働部隊を総べる立場である小吉ならば知っていて当然の情報さえも、流れてきてはいなかった。

 

だから、これはただの確認である。

他の国の班員達の資料は後日送られると聞いているが、せめて先頭に立つ人間だけでも戦力を把握しておきたい。

 

「わかりました」

 

 

注射器型の薬を受け取り、首に刺す剛大。みるみる内にその姿が変化していく。

昆虫の触覚と、腕の付け根から生えた牙と針。

 

少しだけ届いた前情報によれば昆虫型、しかも自分のベース(ハチ)に近いアリの一種だと聞いていたが、まさか針まである種類だったとは。

自分と同じタイプの生物か、と奇妙な偶然に少し笑みを浮かべる小吉。

 

 

「よし、剛大君、いまからちょっと組手でもしようか!」

 

男と男、親睦を深めるのなら拳で語り合うのが一番、と少し熱くなっている自分に苦笑しながらも立ち上がる小吉。

 

 

「いいですよ」

 

剛大も負けじと立ち上がる。生真面目な人間だと思っていたが、案外熱い所もあるじゃないか、と闘志を燃やす小吉。そして戦いが始ま――――

 

 

「お客さん! 暴れるなら外でやってください!」

 

 

「「申し訳ありません」」

 

 

ここは飲食店。なんか変なものを頭から手から生やしてはたから見れば喧嘩を始めようとする大の男二人。

 

 

二人は気が付いた。

 

 

これじゃあ自分達、ただのアホじゃないかと……

 

 

 

――――――――

 

 

               シルヴェスター・アシモフ様

 

    アネックス増援派遣計画の実戦部隊、その中核となる新規に採用された貴国の幹部搭乗員との会談を

    設定いたしました。

    つきましては、×月×日に指定の時刻、場所への出向を願います。

 

 

 

 

 

「……お嬢ちゃん、おじさんはこれから待ち合わせしてる人がいるんだ、秘密のお仕事だからどこかに行ってくれないか」

 

小雨が降る中、アシモフは待ち合わせ場所である十字路の隅にある銅像のそばで立っていた。

遅い。今回の任務は簡単なものだ。ただ初対面の相手と会って話をするだけなのだから。

しかし、その相手がいつまで経ってもやってこない。周りの人も、アシモフの巨体とその体から放たれる威圧感によって近づいてこない。ただ一人、クラゲ柄の傘を持った小柄な銀髪の少女が何か言いたげにアシモフを見上げているだけである。

 

アシモフは今回の会談を楽しみにしていたのだ。聞くところによると、増援計画のロシア部隊は筋金入りの悪党で固められているらしい。そんな部隊を統率しているのだ、どんな強者なのだろうか、と。会ってみたら、手合せ願いたいものだ、と。ほぼ同時刻に小吉がそれをやって店員さんに怒られている所なのだが、そんな事は彼は知る余地もない。

 

 

 

「あのー」

 

「あのな、お嬢ちゃん、さっきから言っているがおじさんは仕事中で……」

 

「しるべすたーさん、でしょうか?」

 

硬直するアシモフ。何故だ? このどこにでもいそうなロシアン少女は何故自分の名前を知っている!?

考えてみたが、可能性としては二つ。一つ目、自分で言うのもなんだが、自分は軍人界隈ではそこそこの有名人だ。この少女は熱烈な軍事マニアで、自分の事を知ったのだろう。

 

二つ目、少女は裏アネックスの関係者である。

だとしたら、恐らくは幹部搭乗員のおつかいか何かだろう。状況からして、可能性としてはこちらの方が有力だ。

だから、一応確認の意味も込めてこっちの方向で話を進める事に。

 

 

「その通りだ、俺がアネックス計画ロシア・北欧班班長、シルヴェスター・アシモフだ。よろしくな」

 

 

アシモフと少女、身長差は50㎝近い。だから、握手をするために手を差し出すのにもしゃがみこまなければならなかった。びくっと肩を震わせる少女。しまった、怖がらせてしまっただろうか。少し後悔するアシモフ。

少女は少し戸惑った後、アシモフの手にその小さな手を乗せ、柔らかに笑った。

 

 

「私はアネックス計画増援部隊ロシア・北欧班班長、エリシア・エリセーエフと申します。よろしくです!」

 

「おう!……ん?」

 

それに対して微笑み返すアシモフだったが、少女、エリシアの発言を頭の中で反芻する。

 

増援部隊。班長。ロシア・北欧班。

 

どういう……事だ!?

 

 

「えーっと、まさかお嬢ちゃん、立場的に言えばおじさんの同僚?」

 

こくりと頷くエリシア。全く印象が異なっていた。自分と互角に戦えるような巨漢かと思いきや、こんな触れば壊れそうな少女だったとは。そして、もう一つの疑問、あらくれどもをこの虚弱そうな少女が率いる事ができている理由をアシモフはすぐに知る事となった。

 

 

 

「おい、お嬢はどうなってる」

「ちょっとあんた邪魔だっつーの!」

「あの軍神のシルヴェスターさんだぜ、ちゃんとお話はできているのか」

「迷子になってないか」

 

数人の明らかにガラの悪そうな集団が、曲がり角からこちらの様子を伺っている。どいつもこいつも、自分の娘が初めてのおつかいに出発している時のような心配そうな顔をしている。

 

 

アシモフは全てを理解し、残念やらほっとするやらで肩を落とした。

なんだ、率いているというよりは可愛がられてる、じゃないか。

 

 

 

――――――――

             アドルフ・ラインハルト様

 

    アネックス増援派遣計画の実戦部隊、その中核となる新規に採用された貴国の幹部搭乗員との会談を

    設定いたしました。

    つきましては、×月×日に指定の時刻、場所への出向を願います。

      

 

 

「ようこそ、私の研究室に」

 

ドイツの某所。

ここで行われていたのは、数多くの命を奪う結果となった凄惨な実験。アドルフの目の前にいるのは、その命を奪う原因となった狂人。

 

 

見張り役の数人の兵士に銃口を向けられながらも、その不遜な態度は変わらず、事務的な椅子に座っているのは中年の博士だ。

 

その二人の周囲にある棚に飾られた無数の生物の標本は、二人を観察しているかのような不気味な雰囲気を持っていた。

 

 

「本日は顔合わせだけと聞いていますので。僕はこれで」

 

椅子から立ち上がるアドルフ。

 

アドルフは、かつて実験動物として扱われていた。だから、研究者という人種には少し抵抗を持っている。

しかも、目の前にいるのは数多くの幼い命を人体実験で奪い、死を受け渡された研究者という名の悪魔である。

ドイツでは大衆の話題を攫った凶悪犯罪者だ。

 

はっきりと言って、嫌悪感しか感じない。一刻も早く立ち去りたい。そう考えていたのだが。

 

 

「一つだけ、君に伝えたい事がある」

 

「なんでしょうか」

 

「君は、生きてくれ」

 

 

ただ一言、それだけ。背を向けているアドルフには、その言葉を放った博士の表情は想像もつかなかった。

態度は嫌味だし、その所業は決して許されるものではない。だが、その声には、どこか後悔と虚しさのような物が感じられた。

 

それには、かつて彼が実験の犠牲にした子供達と自分を重ね合わせているだけでなく、彼自身と自分を重ね合わせているようにも思える。

 

彼は、自分自身が開発した、MO手術の100分の1という成功率の手術を自分に施したらしい。

その時彼は、一体何を考えていたのだろうか。

 

考えても仕方の無い事だ。だからアドルフは、軽く手を挙げ、たった一言、聞こえているのか聞こえていないのかわからないような声で呟いていた。

 

 

「言われるまでもありません」

 

 

――――――――

 

        ミッシェル・K・デイヴス様

 

    アネックス増援派遣計画の実戦部隊、その中核となる新規に採用された貴国の幹部搭乗員との会談を

    設定いたしました。

    つきましては、×月×日に指定の時刻、場所への出向を願います。

    

 

 

「お待たせしました!」

 

威勢のいい声と共に、ミッシェルの目の前に料理の皿が並べられる。どれもこれも、一級レストランでもなかなかお目にかかれないような精巧かつ大胆なものばかりだ。

 

ミッシェルが食べ始めるのを今か今かと待ちわびているのは、天然パーマ気味の赤毛の青年だ。数本の髪がまとまって飛び出した、属に言うアホ毛というものがちょっと目を引く。

 

 

ここは、地下室に作られたアパートの一室のような部屋である。調理場がやたらと豪華な所を考えると、彼、ダリウスの為に作られた専用の場所なのだろうか。

 

そんな事を考えるよりも、今は目の前の料理である。自分はこの僻地まで長く歩いて来て空腹なんだ、話は後にしよう! という腹の虫の主張には流石の彼女も逆らえず、料理の方へと目が向けられている。

 

 

「なあ、ダリウス」

 

「なんでしょうか、ミッシェルさん」

 

 

そわそわしながら、ダリウスは呼びかけに答える。

 

「なんで全部、野菜料理なんだ?」

 

そう、ミッシェルの目の前に並んでいたのは、全て野菜を用いた料理だった。

サラダなどの生野菜を用いたものから、和風と思われる汁物やフランス料理のように手の込んだもの。

しかしその材料は全て野菜。

 

「そ、そりゃあ女性の健康の事を考えまして……」

 

どもるダリウス。

ミッシェルがこれを聞いたのは、普通に疑問だったからでも肉が食べたかったからでもない。

それが、ダリウスの過去に関わりがある事だから。

 

ミッシェルは彼に関する資料を受け取っていた。だからこそ、気になったのだ。

一口。うん、おいしい。二口。いい味だ。

 

味は素晴らしく、ミッシェルがこれまで食べてきたどんな高級料理にも劣らない、あるいは追い越しているのではないかという程。

 

「適度に肉も取らないと筋肉を維持できないんだよ。私が軍人だって事、知ってるだろ?」

 

クレーマーのような物言い。もちろん、ダリウスが知っていて当然の事だ。

そして、彼がこれまで個人に対して料理を出す時、このくらいの気遣いは当然として行っていた事だ。

 

「反省か? それとも、アレ以外では作れないか? ……なんで、あんな事をしたんだ?」

 

知らない人間が聞いても意味が分からない質問。

だが、ダリウスはその意味を十分に理解していた。

 

 

「な、なんか好きな歌とかありますか? 俺、歌には自信あるんですよ!」

 

 

 

「知っている。だが今は質問に答えろ」

 

 

ミッシェルの追及に、うなだれるダリウス。

観念したかのように、ダリウスは眼を閉じた。

 

「俺はね、一族の呪いに勝てなかったんですよ」

 

 

 

 

―数十分後、ダリウスとミッシェルは建物、重厚で高い壁が築かれた監獄を後にしていた。

出口では数十名の男女が待ち構えていた。

 

 

「おお、ダリウス様が出てきたぞ!」

「おおおーーー!!!」

 

 

全員が絶叫のような大声を上げる。その言葉はどれも、まるでダリウスを神か何かであるかのように褒め称える言葉であった。

 

 

「しっかしわかりませんねー。なんであんな人が……」

 

それを見送るのは二人の警備員。

その内の若い方が中年に疑問を呈する。

 

「そうだな、新入り、お前は狂信的なファンが付く人間の条件、なんだかわかるか?」

 

若い方は困ったという風に首を振る。

 

「じゃあ教えてやる、それはな」

 

 

「とてつもなく優れた才能を持った人間か」

 

 

「すげえ特徴的で独自性のある芸術家か」

 

 

 

「イカれた殺人鬼さ」

 

―――――――

 

 

 

             ジョセフ・G・ニュートン様

 

    アネックス増援派遣計画の実戦部隊、その中核となる新規に採用された貴国の幹部搭乗員との会談を

    設定いたしました。

    つきましては、×月×日に指定の時刻、場所への出向を願います。

    特記事項:いつ命の危険に晒されてもいいように万全の準備をお願いします

 

 

 

明らかに機密施設、といった場所に案内され、ジョセフは案内されるがままにひたすら地下へと下っていた。

ここはさまざまな施設が複合されているらしく、途中には食糧の加工場や何かの機械を制作している様子もあった。

 

「あれ? ナイフが一本ないぞ?」

「バカヤロウ! 早く探せ! 」

 

調理状と思われる場所でのコックの日常風景にこんな物々しい施設でも普通な場所もあるんだな、と少し微笑ましい気持ちになるジョセフ。だが、これから会いに行くであろう相手の事を考えると、少し憂鬱な気分でもあった。

 

 

 

最下層の一室、壁は全面真っ白で部屋の形は立方体。1日いれば気が狂いそうなこの部屋で、ジョセフを待ち構えている人間がいた。いや、正確には待ち構えさせられているというべきだろうか。

 

 

「なんだこれ……」

 

そこには、椅子に雁字搦めに縛り付けられた人間がいた。肌などを見るに老人か。目隠しをされ、手、足、首、胴を数十個の素材不明な頑丈そうな紐で縛り付けられ、全く身動きが取れないでいる。そして、部屋の隅には、二人の銃を構え、全身を戦闘用の装備に身を包んだ兵士が。ジョセフを警戒、監視しているわけがない。では、この完全武装の兵士達は、この全く身動きのできない老人を警戒しているのか。

 

 

「おやおや、お客さんが来たようね」

 

静かな、この状況に似合わない能天気さすら感じさせる声。声からして女性だ。

ジョセフは深呼吸し、場に臨む。

 

「ちょいと、部屋の隅のお二人さん。この拘束具を外してもらっても? きちんとした身でご挨拶がしたいの」

 

老婆の要請に、兵士は何も答えない。二人とも無表情だが、どこか怯えている雰囲気だ。

 

 

「じゃあ、沈黙は肯定って事で」

 

 

ジョセフと兵士は眼を疑った。

まるでなんて事はないという風に、老婆が紐を無いものであるかのように普通に立ち上がったのだから。

体を拘束する紐は全て、真っ二つに両断されていた。

 

「なっ!?」

 

 

突然の事だったが、片方の兵士が反応し、銃を向ける。だが次の瞬間、兵士の腕に料理用のナイフが投擲され、その銃を取り落させる。もう一人の兵士も遅れて反応するが、銃よりも内側に間合いを詰められ、喉に拳を叩きこまれて崩れ落ちた。

 

そして老婆はジョセフの目の前に一瞬で移動してきた。喉を狙って繰り出される手刀、それをジョセフは弾く。

次に足払い。軽いジャンプで回避、両腕による左右からの同時攻撃。両目を別々に動かして対処。

 

いくつかの攻撃を避け、さらなる攻撃に備えようとしたジョセフだったが、老婆はそれで敵意を失ったようだった。

おれには勝てないとわかったのか、それとも何らかの目的があるのか、と思案するジョセフ。

 

「あらあらー、なかなかやるわね。ふう、目が見えないとやり辛いものね」

 

ここでようやく老婆は目隠しを外しジョセフを見た。

そして、老婆の目が一瞬だけであるが見開かれ、それより少しだけ長い時間体は硬直する。

 

 

「……なるほど、ね。神様も粋な客を寄越すもんだねえ」

 

老婆は、銃を拾い直し構えている兵士に近づき、伝えた。

 

 

「気が変わったわ。例の件、受けましょう」

 

力無く銃を下す兵士。

 

 

何をすべきか判断しかねるジョセフを横目に、老婆は笑顔で話しかけていた。

 

「もう知ってるでしょうけど一応自己紹介。エレオノーラよ。よろしくね、神の一族さん」

 

 

そして、何事も起らなかったとでもいう風に部屋を出ていくエレオノーラは、ジョセフに楽しそうに告げた。

 

 

「合格よ。あなたならルークちゃんの庭を守るお仕事、十二分にこなせるわ」




観覧ありがとうございました。

ちょっとした情報が出てきたりもする回です。
次の番外編は、これまで幹部搭乗員ばかりなので主人公勢に光を当てたいと思います。

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