ベース紹介もあり。
―――――誰が、この生物がこの性質を有していると想像しただろうか。
空を領域とする鳥、ある種は雄々しく獲物を狩り、ある種は可愛らしい容姿と美しい鳴き声で人間を楽しませる。人の赤ん坊すら掴んで飛ぶ事のできる筋力。人間の声を覚え、それを再生できる声帯。大型動物の血を吸う狡猾さ。その特性は多種多様という他無い。
しかし、この鳥は、オレンジと黒の美しい羽を持つ小鳥は、想像し難い特性を秘めていた。
それは、極めて強力な毒性。
もちろん、毒を吐きかけるなど攻撃的な真似はしない。
だが、その羽と筋肉には、生物毒でトップクラスの強さを有するものが隠されている。
もっぱら防衛の為に使われるその毒素。では。
それを、科学の力を借りて攻撃的に使用したとしたら?
「しかしあれだな、静香」
「何?」
「相変わらずえげつない攻撃だ」
裏切り者の援軍達は次々と地に伏せ、それにも容赦無く黒とオレンジの雪が降り注ぐ。
それは、一部だけを風景に切り取れば幻想的に見えない事もない。
攻撃を受けている本人たちにとっては地獄そのものだが。
それを、変態した事によって軽くなり、俊輝とその肩に乗っている静香が見守る。
猛毒の雪は俊輝の上にも容赦なく降り注いでいる。静香が羽を傘替わりにして守っていなければ、俊輝は今頃裏切り者達と同じ末路をたどっていた事だろう。
「おっと、まだコイツが残ってるんだったぜ」
静香を狙って繰り出される、投擲されたナイフ。それを空中で弾き飛ばし、俊輝は大げさにファイティングポーズをとる。
「ありがと……ってちょ、動くなバカ! あたしの羽から離れたら死んじゃうでしょ!?」
「うお、あぶねっ!」
そのポーズは、いきなりの俊輝の動きで肩から落ちそうになった静香の一声ですぐに止める事になってしまったが。
「……参ったな、これ、このまま動けないでまた硬直戦に突入する感じか?」
「いいぞ、タケシ!」
『トゲクマムシ』の丈夫なクチクラと100kgオーバーの巨体の体当たり。
たまらず、欣がぐらつく。それを好機とばかりに健吾が『コガシラクワガタ』の長槍を繰り出すが、それを受け止め、弾くプラチャオ。どのような強力なベースでも、変態できなければただの人。
ここで仕留める。意志を持った猛攻が、欣を襲う。
近接戦闘での多人数攻撃は、タイミングを上手くとらないと味方の攻撃を邪魔したり邪魔になったりと難しい。しかし、健吾と武、もう一つの偵察班の二人はそれを堅実にこなしていた。
「見事な奇襲だ、日本の若人よ。だが、まだ甘い」
さらなる追撃を仕掛けようとする武だったが、その体当たりは、あと少しというところで止められる。
正確には、自分で止めたと言った方がよいのだろうか。
「カハッ……!?」
武の腹に、欣のガードした腕が、正確には、その腕から生えている無数の棘が突き刺さっていた。
馬鹿な。変態なんてしている暇はなかったはずだ。その隙も与えていない。ならば、その理由は。
「紅式手術……いや、違うな」
健吾が一瞬仮定をつぶやき、すぐに否定する。
紅式手術。ヨーゼフ経由で剛大、日本班に情報が伝わったそれは、被験者の少女からその名が取られた中国の独自技術。『不完全変態手術』とも言われるそれは、変態を行うのに必須な『薬』を使わずとも常に能力を使用できるという特性を持っている。
しかし、それには目に見える変化はほとんど無い。今ここにいる日本班の彼らは知りえない事だが、アネックス計画第四班班長、劉のベースは『ヒョウモンダコ』。変態すると3本の触腕が生えてくる。
だが、平常時にはその触腕は存在しない。つまりは、薬を用いて変態していなければ見た目そのままで各種能力だけが向上しているという状態なのだ。哺乳類型の嗅覚など一部の能力は使用できるが、それは外見上の変化とは関係がない。
つまり、棘が生えているという明確な外観の変化が起こるという事は紅式手術の影響では無いという事だ。
もう一つだけ、心当たりが健吾にはある。火星への旅の途中で、剛大から聞かされていたものが。
「……αMO手術か」
成功率0.3パーセント、生きる事を放棄しろと言わんばかりのその手術。
その長所は大きく分類して三つ。
通常のMO手術で適合不可能な特殊なベースへの対応。
ベース生物への高い親和性による戦闘能力の向上。
そして。
MO手術より大幅にベース生物側に偏った細胞のバランスが可能とする、薬未使用時の変態。
薬を使わずとも自由自在にオンオフの切り替えが可能な、体の一部のみ、または薬使用時より大幅に弱体化はするが全身の変態。それこそが、αMO手術の最も大きい恩恵。
奇襲にも対応でき、薬を持っていない状態でも自衛が可能な戦闘能力を発現させる事ができる。
「下がれ、タケシ」
腹に傷を受けながらも武は後退する。その隙に、欣は粉薬のようなものを口に含み、変態を行った。
自分たちの持っていた大きなアドバンテージ、敵の未変態。それを捨ててまで下がった理由。それは。
「班長がつっこんでくるぞ」
一度変態を解き、再度変態を行って足の傷を治した剛大の強烈な飛び込み蹴りが、欣の胸に直撃する。
本来ならば即死は免れない一撃。だが欣は、即座に受け身を取り、起き上がる。
健吾と武、二人はプラチャオとにらみ合い、攻防を始めた。
右腕を負傷しているとはいえ、相手は格闘技の達人、二人は全く油断をしない。武は腹を刺されているのだ。
そして健吾も、長い大顎による中距離戦を得意とする『コガシラクワガタ』は素早い動きのインファイターである『ヒクイドリ』のプラチャオと相性の悪い事は理解している。
それは、プラチャオと同じ考えだった。うかつに接近戦を仕掛けようとすれば、あの長い槍の餌食になりかねない。一度懐に入り込めば勝利は確実だが、今は2対1。あの大男が邪魔してきたら、最悪自分は何もできずに死ぬだろう。
一刻も早く自分たちのリーダーに加勢したい。その考えは3人とも同じ。
だが、戦いは接近を試みるプラチャオを健吾が大槍で食い止め最適射程を保つ、その繰り返しで一向に進もうとしない。『ヒクイドリ』の脚力ではクマムシの装甲を抜かれるかもしれないと考え、武はプラチャオには挑まず援護に徹している。
どちらが有利とも言えない戦い。このままでは、リーダー同士の決着がついてしまう。そうなれば後はどのようになるのかは明らか。焦りを抑えられないまま、戦いは続く。
(……硬いな)
剛大は自分の足の感触を確かめ、敵が防御力に優れているベースである事を確信した。
それは、甲殻やクチクラの鎧とは別の硬さのように感じられた。
単純な硬度で受け止めるのでなく、なにやら衝撃を分散しているような、そんな感覚。
そして、足に数本刺さった棘。穴が開き、少量だが出血している。
物理攻撃は中々通らない厄介な相手のようだ、と判断し、剛大は姿勢を戻す。
「今のはなかなか応えたよ。流石のパワーだ」
反撃に繰り出される欣の拳。即死するような猛烈な力は感じられない。だが、本人の筋力が高いためそれは十分な脅威だ。
剛大はそれをギリギリの位置で見切り、回避して拳を叩き込む。
全身を覆う棘による防御は厄介だが、完全というわけではない。左肩に繰り出した拳は、その肉では無くそこを守る棘をへし折り、取り除いた。
それとほぼ同時に欣のもう片方の拳が剛大の腹に突き刺さる。プラチャオより重い一撃。だが、剛大はあえてそれを受け止めた。
そしてそのまま、渾身の一撃を再び左肩に放つ。
棘があれば、それを恐れて本能的に力をセーブして攻撃してしまう。
だが、棘を事前に取り除いておいた今、その心配は全く無い。
トビキバアリの脚力、腕力を惜しみなく使用したその高速の拳打は、打撃と言うよりも切断という勢いで欣の左肩から腕を引き裂き、千切り取った。
吹き飛ばされ、地に落ちる左腕。これでいける。人間の攻撃、防御の要である腕を取った。
そして、それは左側。今なら、心臓ががら空きだ。
姿勢を低くして欣の右腕による追撃を躱し、猛毒の針の射程に欣の心臓を入れる。
後は、これを放てば終わりだ。
「何……だとッ!?」
その剛大の腕は、欣の
続いての引き戻された右腕が剛大の頭を握り、凄まじい握力で締め上げる。
再生した? この一瞬で? 頭に来る激痛に苦しみながらも、剛大の頭には疑問が浮かぶ。
―――――――MO手術において、元の生物より大幅に強化される能力がある。
それは、『再生能力』。
例を挙げるとロシア、北欧第三班班長である『シルヴェスター・アシモフ』。
彼は戦闘中にある程度の時間があれば失った腕を再度生やす事が可能である。
だが、彼のベースである『タスマニアンキングクラブ』にはそんな真似は不可能だ。
本来自切した足は、数週間、数か月をかけて再生するものなのだ。
生物の持つ再生能力、MO手術はそれを大幅に強化して戦闘に堪える形で使用する事ができる。
……では、『
その能力は、想像に容易い。
その生物は、極めて厄介な特性を持っている。
英名も、神の子が処刑された時に頭に付けていた物、それの名を冠している。
その名は、人間の海に対する罪深さを表してでもいるかのように思えた。
「残念だよ、剛大君。君とは、最後まで仲良くしたかったものだ。……あの時の演習のように」
欣はその顔を歪めて笑う。その体全体を覆う無数の棘は、彼の身を守る鎧であると同時に、彼を幽閉する監獄のように見えるのは、気のせいなのだろうか。
国籍:中国
53歳 ♂ 194cm 141kg
『裏マーズランキング』 6位
αMO手術 “棘皮動物型”
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観覧ありがとうございました。
次回、ベース解説&バトル、過去回想もあるかもです。