深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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戦闘回です。それといろいろ出てくるよ!


第23話 群勢

「気配は、全くない。姿は見える。でも、視界に入っていても存在感のせいで感知できない」

 

俊輝は先ほどと同じ攻防を繰り返しながら、自分の考えを整理していた。敵のベースは一瞬見えた鱗のようなものからして魚類型。あのガスマスクの様なものは、素顔を隠して印象を薄くするためか。

 

武器は何の変哲もない大振りのナイフ。という事は、ベース生物自体の攻撃性能は低いと思われる。

 

「おっと、危ねえ」

 

思考の最中に左腕を狙って繰り出されたナイフを危なげながらも避け、避けられると分かっているが変態によって腕に発現したカミキリムシの大顎であるブレードで反撃する。

 

何かに当たった感触は無い。

 

「……時間稼ぎか?」

 

どこにいるかわからない相手に対して俊輝は問いかける。反応は無いが、少し空気が揺らいだ気がした。

図星か、と納得する俊輝だったが、だからといって今自分の力で何かできるというわけでも無い。

 

 

「だからって俺にはどうする事もできねえや、班長の方が終わるまではまあ付き合ってやるよ」

 

死角から襲い来るナイフを迎撃し、一歩下がる俊輝。

戦いは、静かながらもまだ終わりを見せなかった。

 

 

 

 

 

 

もう一方では、両者常に動き続ける果てのない攻防が行われていた。

ムエタイの強力な武器、肘と蹴りを最大限に用いた連撃。

 

それを剛大は、ある時は自身の筋肉で受け止め、ある時は絶妙のタイミングで受け流す。

パワーでは鳥類とアリ、明らかに剛大に分があるが足にダメージを受けているので踏ん張るのは難しい。

 

一方、片腕を折られているプラチャオは攻撃面に大きなハンデを負っている。

それでも幹部搭乗員(オフィサー)と互角に打ち合っているのは、彼の実力の高さを表していると言うべきか。

 

「君は先ほどから私にトドメを刺そうとする攻撃をしていないな。何故だ?」

 

「……」

 

その答えは、おしゃべりするヒマなどあるのか? とでも言いたげな蹴りと沈黙。

自分を警戒しているのか、それとも他に目的でもあるのか。

 

剛大の薙ぎ払うような蹴りを姿勢を低くして髪に掠めるほどのギリギリの高さで回避し、現在体を支えているもう片方の足に蹴りで払いを繰り出すプラチャオ。

 

それを剛大は、片足だけで跳躍して回避する。自身の体長の20倍の距離をジャンプする跳躍力。

 

実際のトビキバアリは、それをどのように使用するのか。

 

蹴り? いや、それは人間の技術だ。

 

逃走? いや、彼らは退く事を知らぬ孤高の狩人である。

 

 

プラチャオは剛大の意図を察し、素早くその場を離れる。空を見ている暇などない。

だが、離脱した後もプラチャオは移動後の地点からさらに横に飛びのいた。

 

必死の回避。姿勢が崩れるのも厭わずにプラチャオは恐怖を感じ、転がるように体を動かす。

その直後、プラチャオが一度回避した移動後の地点に剛大の一撃が突き刺さる。

 

地面の岩が砕け割れ、いくつもの破片が飛び散った。

 

 

トビキバアリの跳躍、それは専ら、哀れな獲物に襲撃をかける時に使用されるのだ。

 

 

プラチャオの額に冷や汗が浮かぶ。自分があの場で本能的に危険を感じていなかったら。

今頃、自分の名称は肉塊へと変更されていただろう。

 

足にダメージを与えたはずなのに。もう回復しているのか。

 

理由が何であれ、剛大は足を用いた技を使用することができる。

自分の片腕は使い物にならない。

 

プラチャオは自分の未来を想像する。姿勢は崩れたまま、自分が立ち上がろうとした瞬間に一撃が叩き込まれるだろう。猛毒の針、鋭い剱、岩を容易く砕くパワー。どれが来ても、終了だ。

 

この勝負は、完全に自分の負けだ。だが。

 

 

 

「この戦いは、僕の勝ちです、剛大殿」

 

 

 

何らかの気配を感じ、剛大が空を見上げる。そこにあったのは、猛然と向かってくる一つの鳥のような影と、それから投下された何か。

 

 

プラチャオと俊輝の相手が二人に勝負を仕掛けたのは、彼ら日本班を連合軍へ合流させない事。それともう一つ。そのために、プラチャオ達は時間稼ぎをしていた。そして、その理由が明らかとなる。

 

 

その何か、は剛大が目で追う中、プラチャオの横に着地し、起き上がった。

 

 

戦闘服に身を包むのは頑強な筋肉。オールバックにされた短い髪は、周囲に暴力的ながらも規則だった雰囲気を与えている。

 

「お待ちしておりました、(キン)将軍」

 

中国・アジア第四班班長代理、欣。

班長不在で無くなった今、中国班の元最高戦力は、前線に現れた。

 

 

「久しぶりだな、剛大君。その後、調子はいかがかな?」

 

 

 

 

 

 

「ええー、ちょっと、これ冗談きついんじゃないか」

 

俊輝が間の抜けた、どこか諦めすら感じられる表情で呟く。

目の前の光景に、彼は剛大の方を確認する事すら忘れていた。

 

その視線の先には、裏切者勢の一団。7.8人はいるだろうか。

なんという事だ。自分を足止めしている理由は、これだったのか。

そりゃそうだ、時間稼ぎをわざわざするんだったら、しっかりとした勝算があるに決まっているのだ。

 

 

非戦闘員の二人は逃がした。今頼れるのは自分の力と班長、剛大のみ。

ただ、自分のベースはタイマンを想定したもの。1対多数は少し厳しい。

しかも、何か所か流血していて、眩暈を感じるくらいの状態でだ。

それらを総合的に判断して、俊輝は考える。

 

すでにその思考は、『どう生き抜くか』ではなく『どれだけの数を道連れにするか』へと変わっていた。

生への執着が無いわけでもない。ただ、今回はもう終わりだろう。驚くほどあっさりと、俊輝は決断していた。

 

「さあ、同時にでもなんでもかかってこいよ。ただじゃ死んでやらねえけどな!」

 

 

 

変態を始める眼前の敵を見据えたその時、奇妙な物を俊輝は見た。

黒とオレンジの混ざった雪が、空から落ちてくる。

 

「……はは、そういえば今年のクリスマスにはあいつに何か買ってやるって約束したっけ」

 

ついに貧血からの幻覚かと苦笑する。

だが、その雪のような物体が裏切り者の一団に触れた瞬間、変化が現れる。

集団が、地に膝をつき、次々と苦しみだしたのだ。気配を消していた俊輝の相手も、大部分は回避したもののその雪のようなものを少しだけ浴び、ふらふらしている。その姿は、もう俊輝の目にも見えるようになっていた。

 

ここで初めて、俊輝はこれが夢でない事に気が付いた。

 

「これは……」

 

ふと空を見上げると、その雪のようなものは俊輝の上にも降り注いでくる。

これ、結局自分も終わりなんじゃないか。そう俊輝はぼんやり考えていた。

 

 

 

 

欣とプラチャオ、二人にじりじりと間を詰められる剛大。

ここで戦局が逆転してしまったか、と冷静に考える。

 

「ウラァッ!」

 

突然の掛け声と同時に、欣の背目がけて槍のように長いものが繰り出された。それを欣は腕で受け止める。

それと同時に側面から巨体が体当たりし、その姿勢を崩す。

 

 

「いやー、あの二人が慌てて戻って来るから何かと思ったら」

 

 

プラチャオが想定外の事ながらも慌てて対応し、その二人に対して攻撃を仕掛ける。

それを受け止めながらも、そのおしゃべりは止むことがない。

 

「なんか班長と俊輝っちがマジパナイ状況らしいから助けにきたんすよ」

 

 

重森 健吾

 

 

国籍:日本

 

20歳 ♂

 

179cm 84kg

 

 

 

MO手術  "昆虫型"

 

 

 

『コガシラクワガタ』

 

 

裏マーズランキング:13位

 

 

 

 

 

 

 

俊輝は謎の雪のようなもので死を覚悟し、目を閉じたがいつまで経ってもその瞬間は訪れない。

ぽすっという効果音が聞こえてきそうに優しく、静かに自分の肩にかかる重量。

怖々と目を開けるとそこには自分に降ってくる雪を遮る黒とオレンジの翼。

 

 

 

「あの約束、絶対守ってもらうからね」

 

そして、その肩に乗っていたのは、俊輝に対して少しいたずらな表情を浮かべる幼馴染の姿だった。

 

 

 

 

御崎 静香

 

 

 

19歳  ♀  148cm  44kg

 

 

 

 

 

専用装備:装着型粉砕散布装置『雷の卵(サンダーエッグ)

 

 

 

 

 

MO手術 "鳥類型"

 

 

 

 

―――――――ズグロモリモズ―――――――

 

 

 

 

 

 

『裏マーズランキング』8位

 

 

 




観覧ありがとうございました。

両陣営ぞろぞろやってきての大乱闘。めっちゃ足止めを食らっている日本班、果たしてどうなってしまうのか! 次回もお楽しみにー

あの専用装備の機能は名前のまんま、簡単に言えばフタ閉じてないミキサーみたいなもんです

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