深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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すいません、文章量の問題で戦闘シーンは次の話となりました


第22話  ロシアと裏切り者の憂鬱

「ふう、あとどれくらいで到着でしょうか」

 

 

一旦制圧した基地を離れ、自国の宇宙艦に護衛を置き、ロシア・北欧第3班は第5班が制圧した新たな本部への道を急いでいた。

 

 

第3班は、班員を集める時に生じたある都合上、16人中13人が戦闘員という構成になっている。本部へと提供するのも、その豊富な戦闘員だ。追加戦力としての色合いが強く、ランキングが半分以下でもある程度ならテラフォーマーと戦えるほど戦闘能力を重視して構成された裏アネックス計画とはいえ、この戦闘員の数は相当である。

 

 

現在拠点へと向かっているのは班長を含んだ8人。実際に本部に待機させるのは5人なのだが、班長であるエリシアと2人の副官が万全を期して、という事で護衛についているのである。

 

戦闘員を護衛する戦闘員。なんともいえない状況である。

 

「しかし、なんとも嫌な情報を聞いちまいましたね、お嬢」

 

「はい……それに、あの人たちが私達まで裏切るなんて、予想外の事態なのですよ」

 

無意識の内に足を速める副官の男とそれに早足でついていくエリシア。

付き従う班員もそうなのだが、全体的に表情が硬い。

 

「まさか、αMO手術持ちを送り込んできていたとはな」

 

 

各国の幹部搭乗員のみが施されているαMO手術。本来ならばそれはドイツの独占技術であり、術式に使用するとある特別な材料はドイツの技術でしか生産できない。

 

逆に言えばその材料さえなんとか出来れば後は普通のMO手術と同様の方法で手術を行う事が可能なのだが。

それが不可能であるため、αMO手術はドイツからその材料を買い取って各国で行う事になっている。

 

「ロシアではわたしを含めて成功例はたった6例、わたし以外の5人は地球で留守番していますね」

 

 

「中国での成功は確か4例、公開情報ではあの欣って奴がその内の一人だったはずだ」

 

成功確率0.3%。なぜ次代の技術であるのに逆に成功確率が下がってしまっているのか。

それは、開発者が戦闘能力の追求に走ったから、その一言に尽きる。

 

通常のMO手術では適性を得られない一部のベース生物への適合。それは、人間に移植するにはあまりに複雑な能力を有している生物を始めとした多種の生物が当てはまっている。盗刺胞という特性を持つ『ムカデミノウミウシ』や、24形態にも及ぶ変化を見せる『フィエステリア』などはその代表例である。

 

その中には、各国が戦力化を望んでいながらも諦めていたベースが多数あった。それに成功するかもしれないのだ、賭けてみる価値はある。

 

結果として4ケタを上回り5ケタに到達するほどのの屍の上に数十人が生き残り、その中でも選ばれしベースに適合した人間のみが、この火星の戦線に幹部搭乗員(オフィサー)として立っている。

 

「はい、レナートさん、お水です」

 

「ありがとよ」

 

エリシアが首に下げていた水筒を手渡されたのは、副官の一人、レナートと呼ばれた男。第3班の実質的な副班長であり、顔に多くの古傷を持つアジア系の顔つきをした大男だ。

華奢で低身長のエリシアとU-NASA支給の戦闘服の上からでもわかる筋肉を持ち、身長は190を超すレナート。

 

どちらが班長なのかパッと見では明らかにレナートに軍配が上がりそうなものだ。

 

 

「……何かがおかしい気がするんです」

 

エリシアがぽつりと呟く。

 

それに対し、レナートは少し考えを巡らす。

何かに違和感がある。だが、それが何なのか、答えまでには至らない。

捕虜の情報では火星で待ち構えていた裏切り者勢力の中にもαMO手術を施されている人間がいるという。

だが、MO手術を超える『兵器』をそう簡単に野放しにしておくだろうか。

 

非常にコストが高いαMO手術を1回でも成功させるには大金と多くの尊い犠牲が必要だ。

中小国が参加できるようなものではない。そもそも、材料はドイツだけしか生産できず、そこから輸出されているのだから、どの国にどれだけの材料が渡ったのかは厳重に管理され、完全に把握されているはずだ。

 

それに、中国が買い取った材料の数は他国と大差ない。成功者数も特別多いわけではないだろう。地球で留守番している各国の手術成功者の情報だって出ているのだから、今現在火星にいる裏切り者勢力のαMO手術被術者はどこからともなく湧いてきた事になる。

 

「もしかして、中国はαMO手術の成功率を高める技術を持っているのか……?」

 

中国のαMO手術成功者数は他の国と大差ない。だが、成功率を高める技術を有していて、それで多く成功した分の人間を隠蔽したのだとしたら。納得がいくのではないだろうか。

 

だとしたら誰がその技術を開発した? 我が国(ロシア)のある研究者がそんな技術を開発したという話をどこかで聞いた事があるような気がする。若き天才と言われていたその人間は、かつてとある禁忌の研究に参加し、その研究が開始された直後に証拠隠滅のために国から命を狙われていたという。まさか、その技術が流出したのではないだろうか。いや、それは思い上がりが過ぎるか。そもそもこれ自体、ただの都市伝説だ。

 

 

禁忌の研究。ちらりと横を歩く少女を見て、レナートの頭にある予想が浮かぶ。

考えすぎか、とレナートは首を振り、周囲を警戒しながら歩みを進めるのであった。

 

―――――――――――――――――

 

「あいあい、はい、いえっさー。了解っす」

 

岩陰で、通信機を耳に当てている金髪の男。その隣には、その男の保護者のように立っている銀髪の女性とそれを護衛するかのように姿勢を固くする軍服の青年。

 

女性は体調が優れないのか杖をつき、時々咳をしている。

 

「どうでしたか、詳細な作戦内容は」

 

女性がにこにこしながら、少し退き気味に男に話しかける。

その様子は、内容に興味があるというよりは単に話のタネが欲しいだけのようにも見えた。

 

「あ? てめえには別の命令があるだろうが、アナスタシア。俺の手柄でも狙ってんのか?」

 

だが、金髪の男はそれに対して乱暴に返し、杖を足で小突く。

支点が変わり、ぐらついて倒れそうになるアナスタシアと呼ばれた女性。

 

「何をする、バイロン!」

 

青年がアナスタシアを庇うように前に立ち、『薬』を取り出す。

それを見たバイロンと呼ばれた男も対抗するように自分の薬を取り出すが、それは足を引きずりながら仲裁に入ったアナスタシアによって制止された。その手には、粉末型の『薬』が握られている。

 

「二人とも、任務を忘れたらいけませんよ。それにバイロンを叱ってあげないでください、子どもはこれくらい元気な方がいいのです」

 

穏やかな顔でバイロンの頭を撫でながら、青年を鎮める。

 

「ケッ、お前ら、俺の邪魔をすんなよ? 特にアナスタシア、あんたなんて俺に敵うわけがないんだ」

 

「まだ続けるつもりか、バイロン」

 

「アンタのベース、知ってるぞ。アッチの手術のくせに『マンボウ』なんだってな! その病弱っぷりにも納得がいくってもんだぜ!」

 

馬鹿にするようなバイロンの口調に、二人は何も言わない。青年は軽蔑の目を向け、アナスタシアは静かに微笑んでいる。

 

「……ケッ、お前らの出番なんてないぜ、俺が全部片づけてきてやる」

 

その空気に耐えられなくなったのか、バイロンは吐き捨て、その場を去って行った。

 

 

「やれやれ、いくら表面上は対等だからと言って、あの態度は問題ではないですか、ドクター」

 

バイロンの背を見送り、青年がアナスタシアに話しかける。

 

「そうですね、昔は素直で聞きわけのいいよい子だったのに」

 

「もうすでに影響が出ているのですか」

 

青年の質問に、アナスタシアはこれまでとは少し色の違う、寂しそうな笑みを見せる。

 

「ええ、成功率と引き換えとはいえ、悲しいものですね」




観覧ありがとうございました。

裏切り者勢幹部組の3人も少し登場です。ただ、彼らの出番はまだ先っぽい……

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