深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第3章プロローグ。
いよいよ中盤戦に突入していく章です。かなり大きな分かれ目。


第2部 3章 生命の樹

 夢を見た。

 

 どれかが正解かもしれなくて、全てが間違いかもしれない夢を。

 

 

 自分勝手に、心では無く身が在る事を、救う事を優先し、その為ならば仲間でもと望む物質主義者の私がいた。

 

 あの人の命を奪ったこんな世界など滅びてしまえ、と不安定に狂う私がいた。

 

 愛する貴方が臨むのなら世界でも何でも捧げよう、捨て駒にでもなろう、と色欲に全てを捧げた私がいた。

 

 次を食らえばこの餓えが、乾きが満たされるのかもしれない、と貪欲に求め続ける私がいた。 

 

 ただただ、世界に失望し無感動な私がいた。

 

 己が胸の空白を満たすためだけに他者を蹂躙する残酷な私がいた。

 

 それは自分の切実な願いで、でも幸せを願った友はそんな事を望んでない事に気付けなかった愚鈍な私がいた。 

 変わってしまったあの人の事が、その現実が認められず、全てを拒絶した私がいた。

 

 神なんかいないと思う、でも神を信じろと命令するなら、貴方が神になるべきだと言った無神論者の私がいた。

 

 

 自身の辿り着くべき終点に必要であるから、人の心を集め続ける。自分は所詮人間であるとわかっているから、人の心を探し続ける。

 ただ、何故そこに辿り着きたかったのか、という本当の答えは、結局わからない。

 

 いくら考えても、既に流れてしまった時間の内にあったそれは、知りようが無かった。

 嗚呼、答えを得る機会は、永久に失われてしまった。

 

 どれが本当の私だったのだろうか。それとも、この中には無いのだろうか。

 

 ……たどり着いた楽園で神に至り、人を愛し、永遠の時間を哲学し続ければ、いつかその答えを見つける事はできるのだろうか。

 

――――――――――――――――――――――

 

――神殿 第七圏 大霊墓

 

 

「今日は、外はいい天気みたいっすよ」

 

 花束を両手に抱えて、希维は墓に話しかける。

 花畑の中に突き立つ無数の十字架。

 

 それが神殿の一階層、広大な空間を埋め尽くす墓地の全容である。

 高い天井には人口太陽の光が輝き、地面はどれほどの深さがあるのかもわからない土によって構成されている。

 

「うーん、そうっすねぇ……この前はチコちゃんが――」

 

 そんな、生の気配が植物以外には感じ取れない、人類が滅亡した後の世界のようなこの場所で、希维は墓の隣に座る。

 故人を偲ぶというよりは、まるで友達と話すような気安い調子で。

 それから、いくつかの取り留めも無い話を語る。

 自分の身の周りで起こった、同僚たちや主君の出来事を。

 

「……」

 

 そんな希维の近くでぼんやりとしているのは、一人の女の子。

 金の長髪に藍の目。一枚布を巻き付けただけの服を着たその女の子は、希维と共にここにやって来ていた。

 

「もう少し待ってて欲しいっす、リンネちゃん」

 

 そろそろ飽きてきたかな、と考えて女の子、リンネにお願いをして、希维は再び墓に向けて話し始める。

 リンネは返事をしなかったが、抗議などをする事は無く、とある場所に向けて歩き出した。

 

 おおよそ6~7歳程の小さな歩幅で数分歩きたどり着いたのは、辺り一帯の花が刈り取られてはっきりと数十の十字架が姿を見せている墓所の一角。

 

 その内に一つに、リンネはしゃがみこみ、そっと、その手に持っていたものを、赤い花を一輪、添えた。

 

 

「おーい、リンネー?」

 

 立ち上がってじっと墓を眺めていたリンネは、その名を呼ばれてそちらへと反応する。

 この階層と他の階層を繋ぐエレベーターへと続く通路、この墓場への出入り口と言える場所に、リンネと同い年くらいの男の子が立っていた。

 

 元気いっぱい、という様子で、でも同時にどこか、恥ずかしがっているような遠慮が伺える雰囲気で、その男の子はリンネへと向けて手を振る。

 

「……ん」

 

 男の子には聞こえていないだろう小さな声で返事をし、リンネは男の子の方へと歩き出す。

 途中で一度だけ、後ろを振り返り。その表情にはいつも通り変化は無く。風一つ吹かないこの空間で、墓に添えられた赤の花が、ぽつんと一つ残された。

 

 

「……ふふ、やっぱり、子どもって落ち着きが無いものなんすねぇ……リンネちゃんがどうなのかはわからないっすけど。私はどうだったっすかねぇ? 丁度同い年くらいだったっすけど、覚えてないみたいで」

 

 リンネを待って、そのまま自分をスルーして通り過ぎたマイペースなリンネにショックを受けつつも慌てて追いかける男の子。二人を微笑まし気に見やって、どこか昔を懐かしむ様子で希维は答えなど返ってこないとわかっていながら訪ねる。

 

 

「じゃあ、そろそろ行くっす。また今度も面白い話を持ってくるから、楽しみにしていてくださいね」

 

 ふと、そんな気分になって。あなたは、自分は、オリヴィエ様に会ってすぐは、こんな口調だったっすね、と思い返して。昔を懐かしみながら、希维は小さい二人を追いかける。

 

 

『Xiwei van Geghard』と碑に刻まれた、その名前を後にして。




観覧ありがとうございました!

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