深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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12話です。あんまり話は動かないかも。




第12話 Biosafety Level2

―――――日本班第二班 宇宙艦

 

「フッ!」

 

テラフォーマーの頭部が、強靭なトビキバアリの筋力によって砕かれる。

背後から近づいたテラフォーマーも自身の20倍の距離を跳躍する脚力から繰り出される廻し蹴りによって喉を抉り取られ、無表情のまま崩れ落ちる。

 

そして、捕食者の足元には、現在交戦している数より数倍のテラフォーマーの死骸が転がっていた。

周りに味方無く、この場に立つ人間はただ一人だけ。

 

トビキバアリ。アリ最大の武器である『数』を使わずただ独りで敵を屠る孤高の狩人。

それをベースに持つ男、日本第2班班長、島原剛大(ごうだい)

 

黒の大群が襲いかかり、直後にはもの言わぬ屍に姿を変える。この地獄絵図を、彼はたった一人で作り上げていた。裏アネックス計画の幹部搭乗員(オフィサー)総じて一対多数に適した能力を持ち、だからこそ最上位ランカーとしての名を欲しいままにしている。それに例外は一つあるが三位以上は広域の制圧を可能とするベースを持ち、それこそが最上位ランカーの証とされる。

 

五位以下にも限定的ながら専用装備などの力を借りてそれを行える人間が存在しており、範囲攻撃という要素がランキングに大きな影響を与えている事は間違いない。

 

だが、トビキバアリは強力な範囲攻撃を持っていなければ、一対多数の能力も持っていない。

そこにあるのは、強靭な二本の顎と致死性の毒、高い視力に脚力と、ただ総合的に優れた圧倒的なタイマン性能のみ。

 

 

テラフォーマーの死骸はますます増え、大地を黒色と体液の色に染めて行く。

「1匹いれば30匹いるというが……最初に来たのが30匹ほどだったからあと900匹はいるのかな?」

 

軽い冗談を交えながらもその動きは機敏で鋭い。疲れを知らぬその体、剛大が一度は失い、97.7%の死を乗り越えて取り戻したもの。

 

続々とやってくるテラフォーマーを剛大は静かに見つめていた。

それは、テラフォーマーに対する恐れでなく。怒りでなく。かと言って軽蔑ですらなかった。

 

「……きっと今の俺の心境を知ったら、班員の連中は幻滅するだろうな」

 

心に少しだけ映る寂しさを振り払い、剛大は一歩踏み出す。

その顔には、顔だけには何の色も映ってはいなかった。

 

―――――――――――――

 

「……ん? なんだありゃ」

一方こちら日本班別働隊。俊輝達の他にもう一つ結成された偵察部隊であり、戦闘力にも優れている。

 

そこに所属する俊輝の友人、見るからに節操の無い俗に言うチャラ男と言われる人種の男、健悟である。

その健悟は空を見上げていた。何やら、無数の黒い点が空に見えるからだ。そしてそれは、次第に大きくなっていっているように見える。

 

その中でも一つ、急激に近づいてくるものがあった、銀色の何かだ。

 

「んー、健悟、美晴、あれ、なんだかわかるか」

 

大柄な男が二人に空を指差して話しかけた。

同じ偵察班の美晴と呼ばれた少女が何やら怪しい雰囲気を感じ取ったのか、薬を使い変態し、空を見上げる。

 

そして、一秒と経たずして悲鳴を上げた。

 

「あれ、燃料の匂いがする! ここにいるとまずいよ、逃げよう!」

 

にわかには信じ難かった、だが、最悪の事態が頭をよぎる。

 

逃げようにも逃げる場所が無い。だから、大柄な男は二人を体の下に庇い、自分の体で盾をするかのようにして攻撃に備えた。

 

その予想を証明するかのようにその銀色の物体、明らかに機械であるそれは着弾し、周囲を火の海に変える。

 

「焼夷弾、だと……アイツら、あんなものまで……」

 

庇われたまま健悟が顔を歪ませるが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。

 

数人の鳥類型と思われる人間が着地し、嫌みな顔で三人を見ている。

 

「おっ、こいつら間違いないぜ、日本のランカー様だ」

 

「このデカブツは動けねえし、やっちまえ!」

 

 

背中にモロに爆風と高熱を浴び、動かない大柄な男。

その下から這い出るのは、チャラ男と少女。どう考えても戦闘向きには見えない。

 

 

「諦めて死んでくれよお! お前らを殺したらボーナスが出るんだからよお!」

 

一人が駆け出して猛然と襲いかかって来る。だが、健悟は落ち着いていた。

この相手の素早さでは変態する前に首を折られるだろう。だから、健悟は別の方法をとる。

 

「わりいタケシ、ちょっち任せた」

 

高熱をもろに浴びたはずのタケシと呼ばれた大柄な男の腕が、つっこんできた鳥類ベースの男の首を的確に捉えたラリアットを繰り出し、それを吹き飛ばす。

 

 

「うそ……だろ……?」

驚きで目を見開いたまま地面に叩きつけられ気絶する男。その驚きの原因は、タケシにあった。

 

 

日本第2班班員、熊崎 (たけし)。MO手術ベース『トゲクマムシ』 裏マーズランキング:17位

 

 

不死身の生物、と聞いてどのようなものを思い浮かべるだろうか。

 

物語に登場する巨大な怪物のようなものを思い浮かべる人が多いのではないか。

 

しかし、現実で不死身の生物は、人間の目にも見えぬサイズで、だが確かに存在する。

 

高熱、極低温、放射線、あらゆる悪環境に耐え抜き、生存する。

 

己の体を休眠状態にし、長い時を耐え抜くその姿は、しばし『無敵の生物』として紹介される。

 

 

 

だが、そんなクマムシにも欠点があった。それは、物理的な手段ではあっさりと死を迎えるという事だ。

しかし、それは肉眼で確認できないサイズでの話。

 

MO手術ベースとして、2m近い巨体として生まれ変わったこの生命を止める事などできない。

 

全身を頑丈なクチクラに覆われたその肉体は、ただ存在しているだけで武器となる。

 

 

しかし、吹き飛ばされた男の疑問点はそこではなかった。

 

クマムシが環境に耐えるために変化する形態は、長い時間をかけてゆっくりと変化する事が必要だった。

 

強襲したのだから、そんな時間はなかったはず。しかも、それを解除して活動状態に戻るためにも時間が必要。なぜ、その時間を無視して動く事ができたのか。

 

 

予想だにしなかった自体に怯える敵。タネを明かせば簡単な、しかし卑怯な手なのである。

『SYSTEM:N PROTO』。それが彼の専用装備である。

ドイツへの技術協力の見返りとしてヨーゼフから贈られた、彼の専用装備のプロトタイプである。

それは、使用者のベース生物が一生の内にとる形態を、複数同時に、そして迅速に体の別々の箇所に発現させる事ができる装置である。

 

例をあげれば、成虫になると毒性が失われる蛾のベースがあった場合、飛行能力という成虫の力を使いつつ毒という幼虫の能力を発動できる。ベースを選ぶが、強力な装備なのである。

 

これを使い武は自分が爆風や熱を被る部分だけを休眠状態にし、すぐに解除できる状態にしていたのだ。

 

慌てて逃げ出そうとする敵の残り二人だったが、ほぼ同時に翼を二本の大槍で貫かれ、地に落ちる。

 

「おいおい、ゆっくりしていけよ。俺達がお・も・て・な・ししてやるぜ?」

 

数でこそあまり開きはないものの、実力差は歴然。二人に許された時間は、ごくわずかだった。

 

 

―――――――――――???

地下に掘られたトンネルを二人の男が進んでいる。

 

一人は白衣の科学者、ドイツ・南米第5班班長、ヨーゼフ。もう一人はU-NASAの宇宙服に身を包んだ生真面目そうな青年である。

 

 

「博士、本当によろしいのですか?」

「ああ、問題無いよ、ダニエル君」

 

ダニエルと呼ばれた青年が心配そうにヨーゼフに問いかけるが、ヨーゼフはそれをばっさりと切り捨てる。

それからしばらく会話はなかったのだが、あまりに長いトンネルにしびれを切らし、再びダニエルが話しかける。

 

「僕、研究者になりたくて、必死で勉強してたんですよ。立派な研究者になるアドバイス、してくれませんか?」

 

それを聞き、ヨーゼフは苦笑する。立派な科学者。自分が立派とは言えない存在なのに、それになるアドバイスをしろというのか。だが、話す事のできる話はあったな、とヨーゼフはこれまでで忘れた事のない話を頭に浮かべていた。

 

 

「私の知っている男の話をしようか」

 

――

 

その男はとても優秀で、その頭脳をこの世界の未来のために使いたい、と考えていた。

 

妻と子にも恵まれ、とても幸せな人間だったよ。

 

好みで行っていた個人的な研究をやめ、家族を養うためにドイツの有名な研究所に入り、そこでも男はみるみる内に頭角を現わしていった。同僚の研究者達もその男を嫉妬と羨望の混じった目で見ていたよ。

 

そんなある日だ。とある一大プロジェクトが発表され、そのプロジェクト内容であるとあるものの開発、その主任に男は抜擢された。

 

その開発は前身となる技術があり、それの開発チームが再び中心となって行う事になっていたのだが、男はその前身となる技術の開発チームを押しのけて主任に選ばれたのだ。名誉な事だろう。

 

まずは人間に使用するその技術の適性検査のため、各国からサンプルとして貧しい子ども達が買い取られてきた。まあその子達のためにプチ孤児院みたいなものを作ったんだ。

 

次に最新鋭の設備が与えられた。スタッフにも恵まれ、研究は調子良く進むと思われていたよ。

 

だが、作業は難航した。手掛かりはつかめず、優秀なスタッフは矢継ぎ早な研究に疲弊し力を出せず、男にとっては少しだけ困った日々だった。

 

 

そしてある日、男は大きく変わる事になる。

いつものように疲れを見せる開発チーム達を励ましながら仕事をしていた男は、職員に電話が来ています、と伝えられた。男の妻は心配性だったからね、よく電話をかけてきてたのだよ。男もそれに幸せを感じていたのさ。だが、電話口から語られたのは、愛しの妻の声ではなく、その妻と娘の死の報告だったよ。

 

 

とある不治の病にかかり精神が衰弱した男による犯行。妻と子を手にかけた後すぐ犯人は自殺。

 

幸せなんて続かないものだね、そう思うだろう?

 

男は一気に絶望に叩き落とされたよ。愛する者を失い、研究は進まない。

 

だが、男はある事を知ったんだ。自分の研究は、その不治の病の治療に関係していると。

 

そこから、歯車が狂いだした。

もう二度と自分のような思いをする人が出てきて欲しくない。この病に苦しむ子ども達の未来を守りたい。男は研究に没頭し始めた。他の研究所の資金を横取りし、自分に反対する人間を次々と排除して。国家の一大プロジェクトの主任には、それだけの権力が与えられていたのさ。

 

そして、その手は子ども達にも及んだ。一秒でも早く研究を完成させるために。凄惨な人体実験を繰り返し、まるで消耗品を買い足す主婦のように男は海外に出向き、貧しい子どもを買い取って連れてきた。

その子ども達も当然、実験材料さ。

 

そしてその歪んだ努力は功を奏し、研究はついに完成した。

 

そして、男も少しづつ正気を取り戻していった。

 

気が付いたら、男は守ると誓った未来の屍の山に立っていたのだよ。滑稽だとは思わんかね?

 

 

そして男は、せめてもの償いとばかりに、そのあまりにも成功確率の低い手術を自分の身に施した。

皆は成功率の事など知らず、男の事をただ単に研究に没頭して狂った科学者だと思っただろうな。

 

でも、男はそこで死にたかったんだ。償うため、

過 去 を 清 算 す る た め に

 

 

だが、手術はあっさりと成功、男は許される事はなかった。

そして、男が積み重ねてきた罪の報いはすぐに降りかかったよ。

 

人体実験の罪、多額の予算の不法使用、その他、身に覚えが無いモノの数々。

 

全てを背負った男に下された判決は死刑。当然の結果さ。男は何十という命を弄んだんだから。

 

正直男はほっとしていたよ。これでようやく死ねる、とね。

 

牢獄の中でも静かに最後の時を待っていた、でも、

 

 

「博士、つきましたよ」

 

話がいいところで途切れてしまっていて、正直なところ続きが気になっていたダニエルだが、目的地に着いた以上話を続けてもらうわけにはいかない。

 

「ああ、ありがとう。では、行ってくるよ」

 

ヨーゼフは一人歩き、その先へと向かう。

それを見送り、姿が見えなくなったのを確認して帰って行くダニエル。

 

 

そのトンネルは、火星の小山の中に続いていた。




観覧ありがとうございました。

2017/11/11 一部登場人物の口調を少し変更しました

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