深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第86話です。第一章最終話という扱いですが、章の一部というか第三章と繋ぐ回と言った感じですね。
 
 これを読み終わった後に第69話 U-NASA防衛戦(4)をもう一度お読みいただくと楽しいかもしれません。前でも構いませんが。


第86話 真黒のクオリア

「非人道的だ、って言いたい? 隊長」

 

 機械を操作しながら、ノンナは俊輝に問いかける。

 人間の遺体とテラフォーマーの死骸。それを、今から何かに使う。

 専門的な知識は無いものの、俊輝にはわかった。

 死者の安寧を許さない行い。それに対して何か思う事は無いか、とこの幼いながらも自分の先輩である部下は問うているのだと。 

 

「いや……今更な話だ」

 

 少しだけ考えて、感情を表に出さず答える。この遺体は、俊輝が知っている人間だった。先のU-NASA防衛戦の際に俊輝が討ち取った敵だ。

 しかし、だからどうという話では無い。ここに至って、今更そのようなものに同情を示す、人間らしい感情で怒る資格など、とうの昔に失っているのだから。

 

「……ん。じゃあ、説明するね? ちょっと専門的な話も含むから、退屈なところもあるかもしれないけどそこはごめん」

 

 じっと画面を注視し、ノンナは操作を続ける。三人が眺める隣の、二つの死体と装置が並べられた部屋。そこの壁に立てかけられたモニターに、二画面に分かれて映像が映る。

 

「最初に結論から言えば、これは頭の中の映像を読み取る機械だよ」

 

 脳内の酸素濃度とニューロンの活動状態は比例しているため云々。とはいえもう既に死んで時間が経っているからまた別の方法でやってるんだけどね。

 そこから再び説明に入るが、それはもはや単語の一つ一つからして意味不明なものであった。

 

「本当なら、今の科学技術だと、『画像』は見れても『映像』は取り出せないんだけど」

 

 この類の機械は、一部の国では既に実用化され、相応の値段こそするが一企業が保有できるレベルまで一般的に開放された技術ではある。事実、日本の民間企業で持っているところがあると俊輝は以前拓也から聞いた事があった。

 しかし、それは『生きている高等動物』に限定され、さらには『画像』しか見る事はできない。

 

 だが、ノンナの今操作しているそれは、『死体』から『映像』を取り出す事が可能なのだと言う。

 

 ノンナの超技術力の産物か? 否。彼女は第七特務の優秀なエンジニアではあるが、このような精密かつ最新鋭の技術が必要な機械を一から自作できる超人レベルの技術は無い。

 

 アメリカのこれに関する技術は日本を遥かに超えているからか? 否。確かに、このような生物の脳の中身を読み取るような非人道的な装置の開発予算は日本では出辛い。だが、それを差し引いてもこれだけのレベルの差は生じない。

 

「……これ、この前の任務で『槍の一族』の研究所の一つからパクってきたやつなんだ」

 

 その答えで、三人は一斉に納得する。

 ニュートンの一族。科学技術において、現行の各国の遥か先を行く、人間の到達点たる一族。

 反重力エンジンなどというSFで語られるような技術が用いられた宇宙艦を大真面目で作れてしまう技術力と経済力を持つ彼らであれば、確かにそのような物も作れるだろう。

 

「よし、じゃ、見てみてね」

 

 二つの映像の内の片方がモニターの全体に拡大される。

 そこに映っていたのは、人間の視界。U-NASAの施設に突入せんとする映像だった。

 

 時々背後を振り向く。そこに居るのは、おおよそ十人ほどの兵士達だ。

 何か冗談でも飛ばしたのか、その多くが笑う。

 

 そして再び前を向き、施設の内部に入り。

 最初に彼らがしたのは、警備員の殺害だった。

 

 襲撃者に気付き、慌てて壁に備えられた警報装置を押そうとした警備員の首を、兵士の一人がもぎ取る。MO手術を受けているのだろうか。

 

「……やけに素早いですな」

 

 クロヴィスが漏らす感想。カローラもそれに頷く。

 

「……?」

 

 俊輝はそれに、微かな違和感を覚えた。それが具体的に何か、までは浮かんでは来なかったが。

 

 ノンナが少し映像を早送りする。

 指示を出したと思われる手振りの後に部隊が散開し、視界の彼の元に残ったのは兵士が五人。

 

 続いて、老人と青年、第七特務がお世話になっている部品工場の人間が銃を突きつけられている映像が。

 手すきの兵士達は周囲を見回している。

 

 その直後に、状況は一変した。動揺しているのか、視界が揺れながら大きく移り変わる。

 向き直ったそこには、苦痛で地面を転がる兵士の先に一人の男が立っていた。

 

「おや、隊長ですな」

 

 それは、今この場にいる俊輝その人だ。

 目にも止まらぬ……と言う程では無いものの、迎撃に回った二人の兵士の内の一人が謎の液体をかけられ後退し、もう一人がその勢いのまま攻勢に出る俊輝の動きに付いていく事ができず、喉を裂かれ息絶える。

 

「……!?」

 

「隊長? 顔色が」

 

 そこで、映像を見ていた俊輝ははっと何かに気付く。おかしい。明らかにおかしい。だが、その理由まではわからない。

 心配した様子のカローラが声をかけるが、それは届いていない様子だ。

 

 残った四人が、俊輝から距離を取り迎撃の姿勢を取る。

 俊輝へと向けて手元の銃を構える視界の主ともう一人の兵士。

 二人を守らんと構える二人の兵士。

 

 だが、その布陣は瞬間的な狂乱により崩れる事となった。

 視界の端に映っていた映像。それは、兵士の一人が突如として暴れ出し、銃を構えた兵士に襲い掛かりその胸に風穴を開けたというものだった。すわ裏切りか、などと思ったのか、異常に気付き慌てて隣を見る視界。

 その後間を置かずして、その暴れ出した兵士ももう一人の兵士により喉を潰され崩れ落ちる。

 

 その突然の暴走を止めた兵士に躍りかかる俊輝を、視界の主は銃撃によって牽制する。さらには、その兵士を背に庇う。

 再び襲い来る俊輝の刃を、視界の主は銃で受け止めた。

 直後、俊輝の目に微かに動揺しているような色が映る。

 

 

 だが、戦力差は埋まらなかった。次の一撃に対応できず、その視界は眼前の敵では無く下、自身の体へと、自身の胸に深々と突き刺さった刃へと移る。

 

 崩れ落ち、倒れて低くなった視界は、同じく倒れ伏した、既に骸となっている仲間達を映す。直後、最後に立っていた仲間も、その一つに加わる。

 

 

 視界の主は、それに手を伸ばそうとする。血まみれになった、震える手で。守れなかった、仲間達に。

 

「……」

 

 映像の下に表示された数字から伺えるこの映像の残り時間は数秒だった。つまりそれは、彼の視界が途絶える、即ち彼が息絶えるまで時間がそれだけだ、という事だ。彼は、最後に戦友なのか部下なのか、他の兵士達に謝罪でもしたのだろうか。

 

 ……クロヴィスとカローラは、それを静かに見ていた。殲滅すべき対象ではあったが、その姿勢には思う事が無いわけでは無い。

 そして。

 その視界に、突如としてノイズのような、砂嵐のようなものが混じり。

 

 

「……ッ!」

 

「!?」

 

「……」

 

 

 

 彼の前に倒れ伏していた、兵士の屍、その半数は。

 

 

 

 テラフォーマーへと、姿を変えた。

 

 

 

 人間が、突如として、テラフォーマーへと。その後の三秒にも満たない時間。それを最後として、映像は終わった。

 

 ……俊輝は、途中から全て思い出していた。自分のあの時の戦闘の記憶と、この映像の最初からの違和感について。敵は、人間とテラフォーマーとの混成部隊だった。だというのに、この映像では最初から、テラフォーマーなど欠片も映ってはいなかった。

 何を、したのか。何を、されたのか。裏に生きる彼らは、その悪辣にこそ頭が回ってしまうので、それを察してしまった。

 

「……何でしょうか、これは」

 

「これが……アイツらのやり方か……!」

 

 

――俊輝が、ガラスを殴り付ける。その生身の力では、部屋を隔てる強化されたそれにはヒビなど入らなかった。

 

 

 

―――――――――――

 

「……フリッツ君、君は強い意思を持っているかな?」

 

「意思、ですか。まあ、それなりに」

 

 地の底で、その二人はのんびりと研究の合間の雑談に花を咲かせていた。

 

「感情など必要無い、と叫ぶ人間はいるが、それは全くの間違いだ、愚昧だ、とまで私は思う」

 

 席に座り、分析結果のデータを弄るフリッツと呼ばれた白衣に片眼鏡の研究者然とした青年。モニターに表示された資料を順に読みながら、オリヴィエは呼吸をするように話を続ける。

 

「心を捨てるなど、余りに愚かだ。自らの求めるものに手を伸ばさんとする欲望。家族でも友人でも仲間でも恋人でも、誰かを想い、それを守り共にあらんとする愛情。絶対に相手を許さんとする憎しみ。それら全てが、人を突き動かし、強い力を生む」

 

「仰る通りです」

 

「『神聖隊』とかその良い例だね。知ってるかな? 古代ギリシアの同性愛のつがいで構成された部隊の事だ。それはもう勇猛果敢な隊として知られていたそうだ。当たり前だよね?」

 

「隣に立つ恋人を死なせない為。愛する人の前で臆病な姿など見せられないため。仮に片方が死ねば、敵討ちに燃えるだろう。素晴らしい。人の心をここまで利用して力を引き出すその論理、私は提唱者に最上級の敬意を払うとも」

 

「しかし同時に、逆の事例。反目する者同士が肩を並べざるを得ない状況による士気の低下、それで起こる戦力のマイナスというものも私は理解している。いくら純粋な力の増加になろうとも、内心での不和があれば、それは同族で構成された部隊に劣るだろう」

 

 

「だから、なのですね。恐ろしい、主よ」

 

 くすりという微かな笑い声を、フリッツは背後から感じ取る。

 

 

「……左右脳の一部とそれらの連絡を行う脳梁の機能を一時的に停止させるだけで、視覚から得られる情報は正常に認識されなくなり、他の感覚器官もまた同じ状態となる」

 

 

 こつこつと階段をゆっくりと上がっていく音。それを、押しては返すさざ波のように耳に入ってくるオリヴィエの言葉と共に聞きながら、フリッツは自身のコンピュータの電源を落とす。

 

 

「神経細胞配置、シナプス伝達、脳内麻薬、他ホルモン、脳内物質の分泌……これらを調整する事により、一個体の行動や感情、記憶は無論心理変遷さえも『管理』の元に置き『支配』する事が可能となる」

 

 

 

「喜び、怒り、嘆き、祈り……それはすなわち」

 

 

 

 その最後の言葉と共に、静かにドアは閉じられ、そこには気味の悪い静寂のみが残された。

 

 

 

「『心』すら、我ら槍の一族の思うがままに」




観覧ありがとうございました!

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