深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第85話、前話に引き続き会話パートです。


第85話 第二楽章

――――2620年12月9日 U-NASA本部

 

「……ダリウス・オースティン。お前に裁決を下す」

 

 U-NASA内に設けられた上役用の会議室。そこで、ダリウスは班員達に見守られ、その処遇をどうするかについての結果を待っていた。

 

 『薬』を隠せる場所も無いMO関係の囚人用のポケットの無い薄い衣服の上下を着て、その左右には兵士が控えている。

 抵抗のしようも無いその状況。だが、二人の兵士は緊張で表情を強張らせている。

 それは、ダリウスのかつての悪逆が、そしてそれと同等以上に『裏マーズ・ランキング』1位というその立場が知られているからだ。

 

 

「『裏アネックス一号機』及びU-NASA本部付き火星開拓支援計画第一部隊、その隊長の座をこの場で解任する」

 

 

「っ……」

 

 それに、傍聴席に座っていたチャーリーは歯を強く噛みしめる。

 結果として、第七特務はその約束を守った。

 

 問答無用でダリウスを処分しようとしていた上層部を説得し、再度の調査を願い。

 その結果、ダリウスの仮処分で送られていた邸宅の状況分析と一部齧られただけで捨てられていた遺体のDNA分析により、使用人を殺害したのはダリウスでは無く、先の戦闘現場で確保された死体、エスメラルダであるという事が判明した。

 

 しかし、それでも避けられないものなのか。

 彼が無実であると、判明したというのに。捜索部隊に大きな被害を出した謎の勢力、その指揮官を討ち取ったというのに。 

 

「そして」

 

 今回の最高決定権を持っていると思われる、ダリウスの真正面に立つ壮年の男性。U-NASAの最上層部、その一人である、MO手術を受けたU-NASAお抱えの戦闘部隊の立場上の総指揮官である男だ。

 彼はダリウスに、何やら思う所があるような目を向けながら言葉を続ける。

 

 このタヌキ親父め。リックの呟きを諌めながら、チャーリーは自身も抱える苛立ちを鎮めようと大きく息を吸って吐く。

 コイツは、自身の保身を優先したのだと。

 

 チャーリー達第一班や第七特務、火星からの帰還よりこちらに身を寄せている日本支部の人員を含んだ、U-NASAの抱える最大の戦力であるMO手術被術者達。それらの配備、予算配分、他諸々を決定している身であるが、同時にその人員が問題を起こした際の責任を抱える立場でもある。

 

 今回の件について、ダリウスの脱走という事件に対する責任は大きい。たとえ根本としての原因がダリウスに無かったとしても、ダリウスが逃げ出したという事は厳然とした事実だ。街中でその一撃を撃てば、容易く数百、悪ければ数千もの命が奪われる。

 

 そんな危険人物が、いざ逃げ出せる状態となった時に逃げ出す人間である、という事を見逃していた責任。警備態勢に対する責任。それは全て、今この状況ではダリウスでは無く彼に圧し掛かる。

 

 そこでではまたダリウスを重用しよう、と言うよりも、私の責任です、彼を処罰しましょうと言った方が組織への面目が立つのだ。

 ダリウスはその存在そのものが重大な戦力である。それを手放すのが自分の責任の取り方だ、というのが言葉にはしないが、責任追及への答えだ。

 

「今回の事件を鑑み、ダリウス・オースティン、および第一部隊の所属人員を」

 

「……!」

 

 チャーリーが椅子を蹴り飛ばさん勢いで席を立つ。 

 バカな。約束が違う。その目線は、チャーリー達第一班班員とは丁度対面に位置する椅子に座る俊輝に移る。

 ダリウスは、班員の皆に責が及ばないように。班員の皆は、ダリウスに責が及ばないように、それぞれ動いていた。

 

 どちらか片方に責が及ぶのは、仕方がない。だが、これはどういう事だ。

 チャーリーの鋭い目線に気付いたのか、ダリウスの方を見ていた俊輝はチャーリーへとその目線を移し。

 

「俊輝……!」

 

 にやり、と笑った。馬鹿な、騙していたというのか!?

 ふつふつと湧き上がる怒り。隣ではリックが、アシュリーまでもが煮えたぎる感情を抑えきれない、という表情。このまま、U-NASA内裁判で乱闘沙汰になってしまうのか。

 

 

「先日の総会議により決定、設立が決定された『特殊敵対勢力対策局』の実戦部隊への移籍とする」

 

「……は?」

 

 厳粛な場でいきなり立ち上がったあげく間抜けな声を出してしまったチャーリー。

 周りの目は冷たい。

 

「この危機に対処し、前線に立ち続ける事を此度の騒動の処罰とする。努々励む事だ」

 

「私と部下達へのご温情、感謝いたします」

 

 ふう、と溜息を一つ、それの後にその言葉の意味をはっきりと、厳罰では無いという結論を語る。

 それに、静かに答えるダリウス。

 

「……」

 

 力が抜けずるりとパイプ椅子に背を預けるチャーリー。俊輝の方を改めて見る。さっきと変わらない顔だ。

 

 いやお前笑顔が悪どいんだよ、とチャーリーは内心でぼやいた。

 

 

――――――――――――――――――

 

「班長! おめでとうございます! これからも……これからも……うぅー……」

 

「ま、俺は最初からこうなる、って思ってたけどな!」

 

「心臓に……悪すぎるんだよ……」

 

 

 ぱぁっと明るい顔でダリウスに駆け寄り、しかし感極まって泣き出してしまったアシュリーと、ふふん、と余裕ありげな雰囲気を出しているが小刻みに震えているリック、先ほどからずっと脱力しているチャーリー。

 

 部下達に囲まれ、ダリウスは柔らかな笑みを浮かべていた。

 アシュリーにハンカチを差し出し、リックの肩を叩き。

 

「俺はね、皆。もう死のうと思っていたんだ」

 

「ああ、知ってる」

 

 以前に一度聞き、しかしその時は皆言葉を詰まらせるしか無かったその言葉。

 それに答えを返したのは、チャーリーだけだった。

 

「でも、ゆっくり来い、なんて言われてしまったし、変なものを押し付けられてしまった」

 

 ダリウスの言葉は、重たい。その表情も、それに合わせて少しだけ笑顔が曇る。

 『槍の一族』。ダリウスが戦ったエスメラルダの裏に潜んでいた勢力。

 本当なら、エスメラルダを討った時点でダリウスは終わるつもりだった。

 奴を殺し、自分を殺し。人喰いの怪物は、そうして消え去り人々は胸をなで下ろす、というハッピーエンドのはずだった。

 だが、人を喰う怪物は自分達だけでは無かった。

 

「『特殊敵対勢力』なんて言葉を濁してはいるが、ああ、その通りだ」

 

「俊輝から聞いちまったよ」

 

「……それを君達から報告された時、俺は今度こそ第七特務に押し入って『能力』をブチ込みたい気分だったよ」

 

 槍の一族。その存在を、知ってしまった。今回の一件により第七特務によってそれまで彼らが行っていた調査と合わせてU-NASAに報告され、それがはっきりと平和を脅かす、ヘタをすれば国家すら揺るがしかねないものであると認識された。

 そして、合わせてその対策部署も設置されたのだ。

 エスメラルダのような人格的にも戦闘能力的にも凶悪なMO手術被術者と銃火器を存分に用意した兵士を抱えている事がわかってしまった以上、そこには実戦部隊が必要となってくる。

 

 第七特務はそればかりに構っておられず、裏社会のMO手術掃討で忙しい。

 あちらはあちらで危険な存在であるからだ。

 

 明らかな人員不足。そこで、火星を生き抜いた経験豊富な第一班を、さらにはその実戦部隊で最強を誇ったその隊長を据えるという案が持ち上がった、という訳である。

 相手が強大な力を持っている以上、ダリウスという特大のコマを自ら処分してしまうのは余りにも惜しい。

 

「まあ、俺の命はまだ保留、って事かな」

 

「……この仕事が終わったら、また俺らが次の目標押し付けてやんよ、班長」

 

 全く君達は、とダリウスは寂しさと、しかし温かさも混じった目で、かつての、そしてこれからも続く部下達に、改めての挨拶をするのだった。

 

 

「改めてよろしく、優秀で優しい部下の皆」

 

 

―――――――――――――――――

 

 

「どうもです、セドリックさん」

 

「全く、気に入らん」

 

 

 だからこの人苦手なんだよなぁ。夕暮れのU-NASA備え付けのバーで、俊輝は先に飲み始めていた待ち合わせ相手に声をかけ、そんな事を考えていた。

 

 50歳ほどと思われる男だ。白が若干多く混じった髪は、彼が決して日々を楽しく生きているわけでは無いという事が伺える。

 名をセドリック・カルヴァート。U-NASA上層部の一人にして、U-NASA所属の実力部隊、MO能力者の政治的な元締めたる存在だ。

 

「第七のクズどもがいきなり何の話かと思えば、保身を手伝ってあげますよ、などと」

 

「でも、肝を冷やしたのでは無いですか?」

 

 回答は、ふん、と鼻を鳴らす事だった。

 忌々しい、とセドリックは俊輝を睨む。

 

 確かにそうだった。ダリウスが暴走し逃げ出した、という事を聞いた時は、自身のキャリアもここまでかと覚悟をしたものだ。だが、そこで第七特務の隊長が、裏切り者となった先代を継いだ木っ端を率いる若造が、畏れ多くも声をかけてきたのだ。

 

 貴方の発言力も失われず、今後U-NASAに来る脅威に対抗する基盤を整えられる方法がある、と。

 

「……何が望みだ?」

 

「何も。強いて言うなら、今の状況の時点でもう済んでます」

 

 露骨な舌打ちをしながらセドリックは俊輝を疎まし気に横目で見る。

 無駄な欲を出す事は身を滅ぼす。だが、報酬を欲しないのもまた面倒だ。

 相手が何を考えていて、そもそも満足しているのかわからないからだ。

 特に第七特務。凶悪な人間の集まりであれば尚更。

 

「……理由を言った方が安心しますか」

 

「勿体ぶるな、面倒だ」

 

「戦友との約束と、前の上司への恩返しですよ」

 

 戦友という言葉で、セドリックの眉に皺が寄る。

 あ、しまった何か踏んじゃったかなご機嫌取りは面倒だという俊輝。

 セドリックはその感情を機敏に受け取り、しっしっと手で俊輝を払う。

 

「もういい、興が冷めた。帰れ」

 

「……そうですね。丁度部下から、連絡が」

 

「せいぜい、死なない事だな」

 

 

 ええ、と短く返し、俊輝はバーを立ち去る。

 呼び出された場所に急ぐために。

 

―――――――――――――――――――――

 

「おかえり、隊長……接待は済んだ?」

 

「……すぐ追い出された。何だったんだろうな」

 

 地下にある第七特務のオフィス、そのさらに下層。

 そこにある小さな研究室で、ノンナは俊輝を出迎えた。

 

 何か面白い冗談でも返そうかと考えたが、ある事に気付き、事実をそのまま伝える。

 彼女の声が、露骨に暗い。

 

「ありがと、皆。こんな遅くにごめんね」

 

 既に集まっていたカローラとクロヴィスと共に、ノンナの先導で隣の部屋へと。

 その、ガラスで隔てられた隣の隔離された部屋が伺える一室。随分と冷やされている事がガラス越しに伺えるそこから見える光景に、各々はそれぞれの反応を見せた。

 微かに眉をひそめるカローラ。無反応のクロヴィス。露骨に顔が歪む俊輝。

 

「……うん、やっと解析が終わったんだ。今から、皆に見てもらいたくて」

 

 そこには、モニターと何やら複雑そうな配線の機械。

 ……そして、そこから伸びた線が接続されたヘルメットを被った、ベッドに寝かされた人間とテラフォーマーの死体だった。

 

 

「ボク達の戦ってる奴らが、どんな連中なのか」




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