深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第75話です。ちょっぴり戦闘&会話パート。


第75話 糸巻き

「『いや、感服致しました。こんなにも早く、目標を捕えられるなんて。私達の立場がありませんね』」

 

 薄笑い、しかし目の奥には何の光も灯らない冷たい瞳で、カローラは一歩、また一歩とダリウス達に近づいていく。

 

「……」

 

 ゆっくりとした拍手と共に送られる言葉。それに、チャーリーは迂闊に返答する事はできない。

 

「『ですが何故ダリウス様を拘束していないのでしょうか? 彼がその気になれば、我々は皆殺しにされてしまうではないですか』」

 

「……」

 

―――――白々しい。

 

 チャーリーは内心で吐き捨てる。相手は、自分達の事情を既に把握している。

 第七特務。U-NASA本部での雑務全般と広報活動を担う部隊。……などでは無い。

 

 チャーリーはその真の姿を知っていた。それは、

 MO手術という、国という器から外に溢してはならない機密の技術を、一点の汚れも無く拭い取るための暗部。

 帰る場所も無く、日の当たる世界を歩けなくなった罪人の中から特に優れた人間を選抜した、本当の最前線を歩む兵士達。

 

 先の攻防でダリウスの放った一撃、その音を聞きつけてやってきたのか。

 

「えっ、カローラさん……え?」

 

 そんなカローラを見て、糸に絡まり宙から吊り下げられたアシュリーは状況を把握できず、混乱した様子でその名を呼んでいた。

 

「おや、アシュリーさん。ご無沙汰しています、この前の勉強会ではノンナがお世話になりました」

 

 アシュリーの目線に反応し、カローラも返答する。

 第七特務の本当の顔について、U-NASAの所属でも前線に出る一部の人間はそれを知らされている。友軍として共に任務に当たる事や、今のような突然の遭遇という事態にあたって、認識が混乱してしまっては不味いからだ。

 だが、それ以外の非戦闘員にとっては別だ。

 

「あ、どうも……それで、この、糸って……」

 

「『先ほどの爆音から想像するに、一度ダリウス様は能力を使用した。しかし、貴方達はそれを見事に回避、隙を突いてダリウス様を捕える事に成功した、と愚行しますが、違いますか?』」

 

 ぶら下がった状態から頭を下げるアシュリーに何かを返す事は無く、ダリウス、チャーリーを順に指差す。

 その動作の所々に、わざとらしさがにじみ出て、チャーリーは怒りを覚える。

 

 要するに大義名分が欲しいのだ。自分達はダリウスに味方する、だから、U-NASAの敵です、という宣言を待っているのだ。

 

 

「『ああ、この喜ばしき事態を早く本部に報告せねばなりませんね!』」

 

 通信機を取り出し、カローラは友好的な笑みを口の端に少しだけ浮かべる。

 この通信機には回線を開いた際に位置情報を送信する機能も付いている。

 チャーリーは先に定時連絡のため怪しまれるリスクを考え仕方なく通信を行ったが、それも本来ならばしたくないのだ。

 

 ダリウスを見つけました。第一班の班員連中が裏切りました。カローラがどのように話をしたにせよ、ダリウスがいる、という情報と所在が伝わってしまう。そうなれば、状況は相当不利になる。

 

「……待ってくれ」

 

「?」

 

 どうすれば、この状況を乗り切れる? それを思考するわずかな時間を稼ぐため、チャーリーはカローラに一歩近づき、姿勢を低くする。

 

 事情を全て話し、協力を申し出る。……信じてもらえる保証が無い。それを信じる事で得られる益も無い。

 ダリウスの能力が大量殺戮を容易に行う事ができる極めて強力なものである以上、それを野放しにし同種の能力を持つ宿敵とやらの撃破に向かわせるのは、あまりにリスクが高い。

 

 そもそものところ上層部はダリウスを信用していないため、敵に感化されての、あるいは感化されるまでもなく裏切りという可能性、そう思わなかったとしてもそれが許されるとは到底思えない。

 

 殺す。第七特務を血生臭いだとか言えたものでは無い選択肢。一度通信されればそこまで。

 だったら、黙らせるしかない。

 相手の戦力は未知数ではあるが一人だけ、ダリウスの能力こそ所在を知られてしまう可能性と味方への被害が合わさりおいそれと使用できるものでは無いにせよ、こちらには『裏マーズ・ランキング』の1位と7位が所属している。補助的な戦闘員もいる。勝てるだろう。だが。

 

 それをしてしまうのは、自分達がU-NASAと袂を分かつという事に他ならない。

 もはや抗弁の余地は無く、ダリウスと自分達第一班はU-NASAそのものに命を狙われる立場となるだろう。

 ダリウスは、元々そのつもりだった。自分も、覚悟はできている。

 だが、班員の二人にそこまでの茨の道を歩ませるのは。

 

 考え抜いた結果、チャーリーの答えは。

 

 

 

「……土下座とか、隊長じゃあるまいし」

 

「すまねえお姉ちゃん、帰ってこられたら見舞いには行く」

 

 油断したカローラの顎に向けて低い姿勢から昇るように繰り出された拳だった。

 

 

―――――――――

――同刻

 

「いきなり上がり込んで申し訳無い、コンラッドさん」

 

「とんでもねえよ、命の恩人じゃねえか」

 

 山の奥にある、目立たない小さな工場。その横に建てられた小屋で、俊輝は老人、コンラッドと青年を机の向こうに臨み、コーヒーを飲んでいた。

 先に起こったU-NASAの襲撃。その際に機材を納入してもらったごく小さな会社。

 山奥に居と工房を構える変人の老人とわずかな弟子のみが暮らすそこをわざわざ取引先に選んだのには三つの理由があった。

 一つは、隠匿性の高さ。大々的に大手企業から機材を導入したのでは、敵対者にその動きを察知されやすい。だが、山奥にある細々とした場所からなら。

 もう一つは、一つ目に加えて確かな品質の良さがあったから。

 最後に、第七特務がギルダンが隊長を務めていた頃から懇意にしている会社だったからだ。

 あまり表ざたにできないような目的に使う機材も秘密厳守で、迅速に、かつ高品質で納入してくれる彼らは第七特務の活動を大きく支えてくれていた。

 

 そして、この老人と青年は、実際に襲撃に巻き込まれ、俊輝に救われたという一幕もあり、挨拶をしに行く事になったのである。

 俊輝の任務の一件もありU-NASAの人員は多くこの場所に派遣されてきているが、武装した人間が大勢で押しかけても威圧してしまうと考え、実際に助けた俊輝が場を任されたのだった。

 

「……では、早速ですが本題に。貴方方があの夜見た、怪生物の事ですが」

 

 俊輝の言葉に、二人の顔が曇る。

 怪生物。あの夜。明確にしないそれからはっきりと一つの光景を思い返せるのか、コンラッドと青年は落ち着かない様子でもぞもぞと細かく動く。

 

「この事は、世間には秘密にしていただきたく」

 

 仕方の無い事だ、と俊輝は内心で二人に同情する。大口の仕事で施設に機材を納入していたら、いきなり真っ黒な人型の怪物と武装した兵士というユニークすぎる集団に命を奪われそうになり、間一髪で助かったのだから。

 テラフォーマーは地球でも目撃され、何故だか知らないが日本を中心として世界各地で目撃例が見られており、実際に行方不明者も出ている。

 しかし、彼らは大手を振って動いているわけではない。人間の被害も出てはいるものの、その数はそこまで多いわけでは無い。

 

 情報を公開してしまえば社会が大きく混乱する。今はまだ、そのリスクを侵す程の脅威では無い。

 そう各国は示し合わせ、情報の統制を行っていた。

 

「……(あん)ちゃんがそう言うなら。知らねえけど、大変なんだな」

 

「よかった……」

 

 完全に納得はできていない様子であるが頷くコンラッドと青年に、俊輝は安心する。

 もし断られたなら、少し強引に出なければならないところだったからだ。

 

「ところで、こちらの方は」

 

「ああ、ウチの新しい弟子でよ、谷底でブッ倒れてたから拾ってきたのヨ」

 

 

 一先ず本題は早々に片付いた、後は少し話をしてから合流しよう、と思い、振った話題。それは、コンラッドの隣に緊張した様子で座っている青年についてだった。

 

「はは、初めまして! コルンバ……って名前……みたいです……」

 

「みたいじゃねえよ! いい名前だろうが!」

 

 徐々に語気が弱まっていく青年、コルンバと、その肩をびしばし叩くコンラッド。

 その様子を見ながら、俊輝はコルンバへと注目の目を向ける。

 

 余り髪型に頓着は無い風に乱雑に短く整えられたであろう金の短髪に、作業の最中だったのか煤で汚れてはいるが西洋人系の驚くほど整った顔。髪でも隠れ切っていない大きな傷跡が頭に見える。恐らく、強い衝撃を受けた事による記憶喪失。

 しかし、俊輝が注目したのはそれらでは無かった。

 

 随分と体格が良い。コンラッドと共に作業服を脱いで半袖のシャツになっているが、相当に鍛えられている事が伺える。……いや、鍛えられているわけではない。

 まるで、それが当然だ、というように黄金律に乗っ取って完成されたような、完璧であるという事実が逆に不自然に思える筋肉の付き方だ。

 彼はどうも記憶を失う前は何か特別な人間なのではないか、という予想が微かに浮かぶ。

 

「……じゃあ、自分はこの辺りで。今後とも、よろしくお願いします」

 

「おうよ! 今度はあの眼鏡のかわいこちゃんも連れておいでや」

 

「本当に助かりました、ではまた!」

 

 まあ、そこまで気にする事では無いか。

 僅かに残ったコーヒーをぐっと飲み干し、俊輝は席を立つ。

 今回の任務、あまり楽なものでは無い。自分だけのんびり休憩というのも悪いからな、と。

 

 

 

――――――――

 

「……!」

 

「おや、いきなり襲ってくるなんて、女性の扱いがなっていませんね」

 

 顎を狙ったその一撃は、あっさりと止められた。

 カローラの両の手、その間に形成された糸の層によって。

 

 

 初撃を防がれたチャーリー。だが、その背によって隠された左手は、背後に向けてサインを送っていた。

 手を引き戻し、それを耳に当てる。左手も同様。

 

 それを、リックとアシュリーも同時に行っていた。

 カローラが微かに表情を変える。しかし、それに対して対応する程の時間は無かった。

 二度目の爆音が、森を揺るがす。

 

 突然の大きな音により発生する音響外傷は、それを事前に把握している事によって被害を減らす事ができる。

 それは、大きな音に対して反射的に内耳を防御するためのシステムが人間の耳に存在するからだ。

 

 さらに、耳を塞ぐという単純な物理的防護。

 これにより、味方の被害を抑えつつも何の警戒もしていない敵を無力化するには十分な威力の攻撃を行う事ができる。実戦で訓練していた、第一班の咄嗟の連携だ。

 

 

 選んだのは、無力化だった。命を奪う事はできないが、意識を奪うか縛り上げるかして、通信を行えない状態に持ち込む。こうする事で、全てが終わった後にU-NASAに戻る逃げ道も何とか失わないようにする。

 それでU-NASAに厳罰程度で許されるかどうかは向こうの考え次第としか言えないが、それでも人員の命を奪うよりはマシだろう。

 

 

 

「どうしたのですか? 何も聞こえていないので状況はわかりませんが」

 

「――!?」

 

 しかし、その標的は平然と立っていた。

 何も聞こえていない。その言葉から、チャーリー越しにダリウスは状況を把握する。

 

 

 読まれていた。極めて原始的な音から身を守る手段、耳栓だ。

 

 物理的な破壊を伴う威力の一撃を放てず、せいぜい鼓膜を破り平衡感覚を失わせる程度のものしか使わない、いや、使えないという事を。

 

「っ……散開だ!」

 

 ダリウスは言葉と同時に跳びあがり、樹状で罠にかかったアシュリーを救助しようとし、リックは自身の戦力を最大限に生かす為にその場を離脱する。

 

 チャーリーは再び、カローラへとその拳を繰り出そうとしたが。

 

 

 

「ああ、何と愚かな」

 

 

 カローラが、落ち葉の下に差していた右足を振り上げる。それと同時に、カローラの前方の広範囲の落ち葉が一斉に持ちあがった。

 

 舞う落ち葉に視界を覆われ一瞬動きが止まったチャーリーはさらにいきなり動いた地面に足元を掬われ、受け身を取る事もできず倒れこんでしまう。

 落ち葉の下に、大きな網が隠されていたのだ。

 

 

「ああ!?」

 

 場を離脱しようとしたリックが、唐突に倒れこむ。

 何が起こった? 思わず、右足を見る。

 

 ……そこには、足首から先が無くなり血が溢れる、美しい断面図があった。

 慌てて背後を振り返る。そこには、置き去りにされた足首と、血に濡れた事で初めて目視できた、木と木に繋がれた細い糸。

 

 

「くっ……」

 

 ダリウスは、アシュリーの体を捉える糸を力任せに引きはがそうとする。

 だが、全力を加えてもそれはぴくりとも動かない。

 

 

 

――――――――――

 

――――エンピツほどの太さがあれば、飛行機を止める事さえ可能

 

 それは、ある生物の出す糸がどれほど強靭か、それを端的に表す際によく言われる喩え。

 伸縮率、ナイロンの約2倍。強度、鋼鉄の約5倍。

 

 

 

 さて、それに倣いこの生物の出す糸を単純極まりない比で表現するとしたら、こう表す事ができる。

 

 

 

 伸縮率、ナイロンの約4倍。強度、鋼鉄の約10倍。

 

 

 

 天然素材として最強とまで言われるそれによって構成される糸を用いて、彼らは2cmにも満たない体長で広大な網を編む。

 全幅25mにも達する、巨大な建築物を。時に鳥類さえ捕えて逃さない、悪夢のような罠を。

 

 

 

「団結、友情、親愛、素晴らしき事だと思いますよ」

 

 

 

 抵抗する4人を、ただカローラは静かに見下ろす。

 その瞳は、額の六つと同じく、感情を映さない酷薄なものだった。

 

 

 

「でも、最初から全てまとめて、私の糸の上です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  カローラ・プレオベール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国籍:ローマ連邦

 

 

 

 

 

 

 

 

 28歳 ♀  161cm 53kg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MO手術"節足動物型"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――ダーウィンズ・バーク・スパイダー―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 




観覧ありがとうございました。

サボリ魔のやべー奴。

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