深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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番外編です。ギャグ95%くらいでお送りします。


番外編 副官会議

 『副官』。副長とも呼ばれるそれは、火星探索支援計画、通称『裏アネックス計画』において正式な役職では無い。

 

 だが、班長、幹部搭乗員(オフィサー)が死傷した際や分散して任務に当たる場合など指揮を執る事ができない状況において、他の班員を統率し任務を遂行する立場の人間が必要なのは、何が起こるか想像もつかない火星での任務には置いて然るべきであると言えよう。

 

 そして今。幹部搭乗員不在という状況の中、彼らに一つの任務が舞い込んできた。

 それは。

 

『第一回! 裏アネックス計画副長親睦会!』

 

 会議室の入口に置かれた、立て看板に張られている紙に書かれた文字を怪訝そうな目で読みながら、彼らは一人、また一人と部屋に入っていく。

 

 

「さて、お集まりいただきありがとう……って、コレ俺が言うの?」

 

 少しの間をあけ、如何とも言い難い空気が流れる中最初に発言したのは、日本第二班の席に座る二人、その片割れだった。

 

「おいおい俊輝っち、別に堅苦しい会議とかじゃねえんだし、もっとリラックスしてこうぜ」

 

 少し緊張した様子の彼、俊輝に対してこちらは逆にだらけきった様子の隣に座るのは、見るからにお調子者という所作の俊輝と同年代の青年。

 

「あ、どうもー。重森健吾っす」

 

「山野俊輝です。今日は……いや、これからよろしく」

 

 

 先陣を切り、挨拶をする二人。それを見つめるのは、複数の瞳だった。警戒している様子のもの、好意的なもの、それは様々だ。そして、まばらな拍手が部屋に響く。

 

「んじゃあ、次は俺だな。第一班のチャーリー・アルダーソンだ」

 

 それに続いたのは、金の天然パーマが特徴的な青年。

 挨拶も早々に再び席に座り、隣に次は順番的にお前らだろ、と目配せする。

 

「……第三班。レナート・アレクサンドロヴィチ・ベレゾフスキーだ。レナートで良い」

 

 では紹介に預かって、などという丁寧な調子では無く、威圧感に満ちた、ひときわ体格の良い男が低い声を上げる。

 顔の所々に付いた傷跡から、明らかに堅気の人間では無い事がわかるその男は、挨拶を終えると隣の席を乱暴に叩く。

 

「チッ……横のと同じ三班、マルク・アルマゾフだ。てめぇらと話す事なんてねえよ」

 

 レナートの乱暴なフリに応じ、舌打ちをしながら立ち上がる事さえせず手で追い払うような動作をするのは、小柄な少年だった。

 嫌々来させられた感に溢れた彼は、終始むすっとした表情を維持している。

 

「第四班の方……はまだ来ていないようですね。では……第五班、ダニエル・アードルングです。皆さん、本日はどうぞよろしくお願いします!」

 

 そして、そんなマルクと対照的に整った姿勢で立ち上がり、完璧な角度で礼と挨拶をしたのは、人懐っこさと礼儀正しさに溢れた、見るからに育ちの良さそうな青年だった。

 

「第六班は欠席だそうだ。てことで」

 

 話を、始めよう。そう続けようとした俊輝は、とある事に気が付いた。

 重要、あまりに重要な、しかし、すっかり意識から零れていた、その内容。それは……!

 

 

「……ってことで……この会議、何話すんだ?」

 

 俊輝は所在なさげに周囲を見渡す。え? お前が聞いてるんじゃねえの? と言いたげな健吾、チャーリー。どうでもいい、という様子のレナート、マルク。驚愕に目を見開くダニエル。

 さて、この反応からはじき出される答え。

 

 

――――誰も、この会合が何なのか知らないのだ――!!

 

 

 裏アネックス計画は最初から各国共同で事にあたろうとしていたアネックス計画と異なり、最初は各国が独自に遂行しようと考えていた計画である。そのため、共同で任務を行う事になった今でもその名残で各班の独立性が強い。それは即ち、支部を跨いだ班員の交流が少ない

 しかし、これではダメだと声を上げた男がいた。

 

 小町小吉。アネックス計画実働部隊を総べる指揮官、『アネックス1号』の艦長の任に就く男である。

 そんな彼が催したのが、今現在別の会場で行われている、表裏アネックス計画幹部搭乗員の親睦会だ。

 

 そして、それと同時に行われたのが、この裏アネックスの一般班員の代表である副官を集め関係を深めてもらおう、というこの親睦会。

 とはいえ、今ここに集まっている人間の殆どはこれが業務としての会議なのか本来の目的である親睦会なのか空気を読みかねている様子であったが。

 助けて班長! 小町艦長! と俊輝が泣き言を言いたくなるのも仕方ない状況と言えよう。

 

 

「……なんだな、それにしても、若ぇ奴ばっかじゃねえか」

 

 

 そんな詰まった空気の中で、意外にも最初に口を開いたのは、レナートだった。

 それを聞き、居並ぶ皆は確かに、と頷く。

 

 当のレナートを除けば、この場にいる人間は二十代、あるいはそれよりも下の年齢の人間だ。

 

「ま、俺はともかく若いヤツらなら話も弾むんじゃねえか」

 

 何だこの人やべえ奴かと思ったら案外社交的じゃん、と健吾が俊輝にこそこそと話しかけ、俊輝もそれに頷く。これが、年長者としての余裕か、と。

 年齢層が近ければ、軽い調子で話しやすいし、悩みや他の話題もある程度共感できるのでは、これはやりやすい、親睦を深める恰好のチャンスなのでは、と。

 

 ありがとうロシアの人、と内心で相変わらず腕を組んだままのレナートに感謝しながら、俊輝が、同じ事を思ったのかチャーリーが、ダニエルが、同時に何か話そうとしたその時だった。

 

 

「失礼、遅れてしまったようだ。第四班の班長補佐を務めている(キン)烱明(ケイメイ)だ。よろしく頼む……ふむ、若人が多いのか」

 

 

 いや空気読めよおっさん、などとはこの場の誰も言いだせるはずも無かった。

 

 

 

 

―――――

 

「だから、違うっつんだろ!」

 

「またまたー、お兄さんに任せなさいよぉ」

 

 部屋の隅での乱闘、マルクに非常に鬱陶しく絡む健吾。その顔は両者別の理由で赤い。

 

 

「成程、ムエタイを! それは、是非今度見せていただきたく」

 

「ええ、勿論」

 

 和やかに話す、ここに集まった集団の中でも特に落ち着いている二人、ダニエルとプラチャオ。

 

 

「若いってのはいいもんだなァ」

 

「お前もまだまだだろうが」

 

「ウチの馬鹿が本当に申し訳ない……」

 

 缶ビールをちびちびと飲みながらしみじみと呟くレナート、それにツッコミを入れるチャーリー。

 顔に手を当て同僚の失態から目を逸らしながら謝る俊輝。

 

 あのぎこちない、方向性すら定まっていなかった会議開始からわずか15分でこのような事になるとは、この場の誰が予想しただろうか。

 

 開始早々に中国・アジア第四班の副長、欣がやはり自分ではなく班の若い人間を代わりに出席させよう、いい勉強になるだろうと言い残し立ち去り、代わりにやってきた青年、プラチャオを迎え入れ。

 空気読めとか言ってすみませんでした気遣いありがとうございますとその場の多数が欣に感謝したところから親睦会はスタートした。

 

 健吾がやっぱり親睦会って言うからには飲み食いしなきゃな! という事で購買に酒を含んだ飲食物を買いに行き、問題児がいなくなった事で真面目な仕事の話は早々にそこで処理され。

 

 以降、早々に出来上がった健吾が周囲に絡みだし今に至る。

 

「そう言えば、皆さんの班長ってどんなお方なのでしょうか?」

 

 最初の話題はダニエルから、班長、それぞれの上官である幹部搭乗員(オフィサー)についてだった。

 今現在二次会の最中らしい彼ら。裏アネックス計画の実働部隊を指揮する他国の人間に興味を持つ、それを差し引いてもそれぞれの上司の話題は一般的なものと言える。

 

「ウチはお堅い感じかなー、あ、でもメシとかには何だかんだ付き合ってくれるぜ」

 

「ちょっと俺にゃー合わん人かね」

 

 ダニエルと元々仲の良い二班の二人が、同時に答える。

 その反応から第二班の班長、どうも厳しい人らしいという事が伺える。

 

 

「……まだわかんねえな、話してる限りじゃ悪人には思えないんだが」

 

 次に、チャーリー。

 その言葉には、どこか割り切れない思いが感じられる。

 何か事情を抱えた人なのだろうか。

 

 

「ガキだよ、何であんなのが……」

 

「俺みたいなのにゃ勿体ない人だ」

 

 第三班。二人の語る差が大きく、どうにも像が繋がらない。マルクはむすっとした様子で、レナートはこれまでで一番機嫌が良い様子でどこか誇らし気に。

 

「そう、ですね。どこか距離を置いているように感じます。仕事の話以外は殆どされませんね」

 

 プラチャオは、不満があるという様子ではないが少し悲しげだった。

 

 

「お前のとこは?」

 

 健吾の返しに、ダニエルはふむと考える。

 先日の会話を思い出す。裏表の幹部の親睦会に参加する、あまり乗り気では無いが他ならぬ小町艦長の主催であれば仕方ない、と自分の班長から聞いた際に、自分も同じ時間に一般搭乗員代表の親睦会があると報告した際の反応。

 

"遊びや仲良しごっこなどと考えているわけではあるまいな。各班の情報収集は火星で我らがイニシアチブを取るためにも大事な仕事だ、せいぜい頑張りたまえ"

 

"だが"

 

"まあ何だね、他国に関係の深い人間が増える事によって君が精神的に充実し任務により励むようになるならば、こちらから諸経費を出すのも悪い選択では無い"

 

 

「……不器用な人です」

 

 なんだそりゃーと笑う健吾達を横に、ダニエルは小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ……と、ここまでで終われば、ある程度お互いを知った上で、後腐れなく別れる事ができただろう。

 

「ハイ! 恋バナ! 恋バナがしたいです俺!」

 

 酔っ払い顔を真っ赤にした健吾が、唐突な大声で叫ぶ。一瞬で変わる空気。

 

 チャーリーと俊輝が同時に、内心で叫ぶ。

 コイツ……学生気分が抜けきっていない! ……というか、休学中なだけで実際学生だっただろうか。

 

 

「コイバナ……? ああ、恋愛話な。だったらマルク、てめぇの出番だろ」

 

「は、はぁ? 何がだよ?」

 

 俊輝がぎこちなくいや恋愛とかじゃないんだけどね? でもね、場を盛り上げるためにしょうがなくね? などと言い訳をしながら幼馴染とのエピソードを話すか、それともダニエル辺りが何か語ってくれるだろう。そんな予想をしていた健吾に、予想外の方向からの闖入者。

 

 上機嫌のレナートが、マルクの背をばしばしと叩く。

 

「ん、話さねえのか? じゃ、俺が紹介してやろう」

 

「レナート、てめっ……」

 

 そもそもマルクには何のことだかわかっていない、だが止めないと面倒な事になるといった様子で、レナートに飛びかからんとする。

 だが、体格の違いは如何ともし難く、あっさりと抑え込まれ。

 

「お嬢……ああいや、ウチの班長、マルクと年近い女の子でよ、マルクが事ある毎に気にしてるワケよ」

 

「はあ? 違えんだけど!」

 

 しみじみと微笑ましそうに語るレナート、食いぎみに否定するマルク。

 

「この前なんてな、班長が高い位置にあって取れない資料で困っててな、周りにも言いだしにくいみたいだったからよ、俺が行こうかと思ったらコイツが棚登って取ってよ、それで読むフリ片付けしないで捨ててくフリして机に置いてそのまま出てったんだよ」

 

「ハア!? だから違ぇよ! アレ何か読みたくなっただけで思ったよりつまんなかったから片付けも面倒でその辺に置いといただけなんだけど!」

 

 全体的ににやにやとした笑いが向けられ、マルクの顔が徐々に赤くなっていく。

 しかしそれに調子づいた事もあり、レナートの話はそこで終わらなかった。

 

「あー、後はアレだな、誕生日に花束――」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛殺すぞレナートォォ!」

 

 エピソード二つ目にして堪忍袋が決壊し、マルクはレナートに躍りかかる。

 だが体格に関しても格闘術にしてもその戦力差を覆す事はできず、十秒と経たない内に地に伏せる事となった。

 

「まあ何だな、ツンデレってやつか」

 

「意味わかんねえけど馬鹿にしてんのはわかるぞお前えぇ!」

 

 しかしマルクはそれにもめげず、今度はへっと笑った健吾に突撃していく。

  

 

「ま、うちのお嬢はその辺りはビックリするくらい鈍感だからな、それに、俺より弱いヤツにお嬢は任せん」

 

「めんどくさい保護者だなアンタ」

 

「はは……そういや、そういうそっちは最近どんな感じで?」

 

 そんなヤンチャ二人を横目に、レナートとチャーリーは落ち着いた調子で笑い合っている。

 そして、ドタバタ劇を繰り広げる二人から非難してきた俊輝もそこに並び。

 

 

「……フラれた。何か、部屋が獣臭いって……」

 

 流れるように地雷を踏んだ。

 

 チャーリーがずーんと沈み込み、それに合わせてやっちまったと俊輝が慌て、席を移動してきた隣に話しかける。

 

「え、ええと! そっちの、プラチャオ……君、だったっけ? ど、どうよ最近!」

 

「呼び捨てで構いませんよ、俊輝殿。そうですね……、恋愛とは少し違うのですが」

 

 何とか空気を変えようとした俊輝が、プラチャオに話題を振る。

 これでプラチャオまでフラれたって言ったらもう回復不可能だろこの空気……とレナートは横目で見ながら思うが、追い詰められた俊輝にはそんな事は思いもよらないのである。

 

 

「班員に、年下の女の子がいまして。普段から凄く頑張っていて、班員の皆の事も気遣う優しい人で……ふと気付くと、眼で追ってしまいますね」

 

 ただ頑張りすぎているように感じる時があるので時々心配になってしまうのですが、と繋ぎ、照れくさそうに笑うプラチャオ。

 そんな彼の左右の肩に、それぞれ手が置かれ。

 

「わかる」

 

 同胞に出会った、と短い、しかし万感の籠ったたったの三文字を発しながらプラチャオの肩に置かれていない方、左手の親指をぐっと上げるレナート。

 

「恋バナ、ってレベルで片付けていい話かは詳しくわかんねぇけど……応援してるよ……」

 

 俊輝もまた、目の端に涙をにじませながらプラチャオを激励する。

 

 そして、同時に。

 

 がたがたがたっ!

 

 という、何かが転げ落ちたかのような音が、誰もいない、皆が固まっているのとは逆側の椅子の一つから響き、キャリー付き椅子が独りでにすーと動き、壁にぶつかる。

 

「……心霊現象?」

 

 酔っ払いの皆はそれに気付く事も無く、気にした者も適当に流し。

 取っ組み合いをしているマルク、いきなりの距離感に戸惑うプラチャオもそちらに意識が及ばず。

 

 

 

 

 

「いやー、何だかんだ話ができてよかった!」

 

 そして、満足げな俊輝が、時計を確認し、そろそろお開きを提案しよう、と立ち上がる。

 副官同士の話し合い、各国の思惑もあり重苦しいものになるのではないか、と思っていたけど、実際は違った。

 当たり前の事であるが、皆それぞれの悩みがあり、それぞれの覚悟を持って当たっていて、時には発散したくもなる、紛れも無い人間なのだと。彼らが、共に地球を救う長い旅、その露払いを担う戦友なのだと。

 

 

 そんな清々しい結論に至った俊輝は、さて宴もたけなわですが、と言いだそうとし。

 

 

 

 

 

 

「……で、俊輝殿、あなたのお話は?」

 

「そうだ、お前何も話してねえじゃねえか」

 

「お前の方も聞かせてもらわねえと不公平だよなぁ」

 

 

 辛い出来事をほじくり返されたチャーリーが、凶悪な笑みを向ける年長者のレナートが。真面目なプラチャオまでもが、俊輝に好奇の目線を向ける。

 そして、健吾とマルクも、なんだなんだと戻って来る。ついでに、どこからか視線を感じる。

 助けてダニエル! と救いの手を求めるが、ふと振り向くとその本人は俊輝の退路をしっかりと断ち、期待に満ちた目線を向けていた。

 

「あ、いやその」

 

 ……逃げ道など、存在しなかった。

 

―――――――――――――――

 

「スマン! まさかアドルフがラーメンの食べ過ぎであんな事に――」

 

 夜も深け、まだ会議室に灯りが点っている事に気付いた小吉は、慌てて扉を開いた。

 本当ならば、向こうの隙を見てこちらに差し入れを持ってくる予定だった。

 

 だが、親睦会でのエレオノーラの蛮行、二次会での悲劇から、こちらに関わる余裕が無く。

 幹部搭乗員とは指揮官であり、最高戦力だ。その重要性は今更言うまでも無い。

 だが、火星での戦いは彼らが全てでは無い。

 

 幹部搭乗員と共に戦う戦闘員。掩護や調査、研究を担う非戦闘員。それら皆が、欠かす事のできない大事な人材であり、仲間達だ。

 そんな彼らにも、今はまだ準備ができていないからその代表だけであるが、一般の登場員にも、仲を深めて欲しい。そう考えて催した、今回の会。

 

 そちらに行けなかった事を申し訳なく思いながら、ちゃんと打ち解けているだろうかという一抹の不安と共に扉は開かれ――

 

 

「もう……もう勘弁してください……」

 

「まだだ、まだ吐いてもらうぞ」

 

「あ、こんばんはッス艦長」

 

 

 尋問か何かしているのかな? という光景を目にし、差し入れを部屋の中に入れた後、そっと扉を閉じた。

 




観覧ありがとうございました!

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