第2部のエピソードの一つ、そのプロローグ的な話です。
そのため文字数は普段の半分以下となっております。
夢を見た。
目の前にはテーブルと、それに置かれた料理の数々。
焼いたもの。スープの具材にしたもの。……生そのままのもの。
品目は多いけれど、どれも同じ材料の、赤色と茶色のそれら、いつもと変わらないそれ。
そして、テーブルを挟んで微笑みかけてくれている、と思われる、あの人。
そう、何ら変わらないいつもの安らかな日常に、思わず頬が緩んでしまう。
私も彼に朝の挨拶をして、食事を始める。真っ赤で新鮮なそれを口に運ぼうとして……
そこで、目が覚めた。
あの貧しい生活とはうって変わった、清潔で小奇麗な部屋という風景が私を迎え入れる。
もう少し幸せな夢に浸っていたかったが、仕方がない。
今回の仕事は楽しくなりそうだ。何より、あの子にまた会えるかもしれないのだから。
手早く着替え、部屋を出る。そして、もう一度だけ、あの夢で見た幸せな日々を思い返す。
ああ、でもどうして。
確かに在ったはずの、例えはるか彼方のものであったとしても決して忘れるはずもないあの日々の記憶は。
どうしてどこか他人事のように不鮮明で、あの人の顔は空白に覆われているのだろうか?
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「隊長、次の仕事が入ったそうですが」
「……ああ」
U-NASAの外れ、その地下の施設、第七特務支部。
俊輝の座るデスクに、彼の部下たちは集まっていた。
「んー、短いお休みだったなー!」
「この老骨には辛い事ですなぁ」
目をぎゅうっと瞑りながら伸びをするノンナと、やるせない様子で自身の肩を揉むクロヴィス。
「仕方ないでしょう。我らはそういう存在なのですから、さあ、今日も世界のために頑張りましょう」
そして、きりっとした表情でメガネを光らせるカローラ……
「カローラは黙ってて」
「その図太さは尊敬に値しますな」
……は、縄で全身を縛られ床に転がされていた。
結局、U-NASA本部を舞台として繰り広げられた防衛戦の功績はある程度は認められ、彼らには約一週間の休暇が与えられた。
防衛戦の準備のために奔走していた彼らにやっと与えられた、長期の休息。ある者は趣味を楽しみ、またある者は自室でくつろぎ……とそれぞれの時間を過ごしていた、三日目の朝の事だ。
突如としての、隊長、俊輝からの呼び出し。
暇をしていたのか素早く集まったノンナと自室にいたクロヴィスが俊輝と共に『休暇中です、探さないでください』という書置きを残し逃走したカローラを追撃し、拘束。
こうして平和に集合できたのが、昼過ぎの事であった。
「カローラ……まあいいや、今回の任務だが、MO手術被術者の殺害もしくは拘束……となってる」
「なんだ、急に呼び出されたから何かと思ったらいつものやつだね!」
俊輝の真面目な表情からこれは大仕事だ、と神妙な面持ちをしていた三人。
その表情は、一斉に和らぐ。
MO手術被術者の無力化。なんだ、いつもと同じ、ただの殺し合いか、と。
もはや、俊輝もその反応に驚く事もしない。
「場所はコロラド、裏社会のヤツじゃなくて、U-NASA所属の人間が脱走した」
「ホント!? わーい、山登りしたかったんだ!」
「腰に悪いですな」
喜んでいるノンナと落胆するクロヴィスに俊輝は次いでの言葉を向ける。
「今回は命懸け、だ」
空気が、変わった。三人が一斉に俊輝に鋭い刃のような視線を向ける。
数多くのMO能力者を容易く葬り去ってきた自分達に命を懸けて望め、という言葉。それがどういう意味を持つのか、当然ながらわかっているであろう隊長があえてそれを言った、その答えを一瞬で察して。
「改めて、任務の詳細だ。場所はさっき言った通り、より詳しくは資料を見てくれ。お前ら、『アネックス支援計画』は知ってるな? 標的は――」
俊輝はその手に持つ資料、そこにある標的の顔写真を一度見る。
かつて数度あった会話と、彼と仲の良かった自分の上司の事を思い返し、それから、拘束なんてできる相手じゃないだろうな、と思いながらも。
いつもと同じような任務内容の、しかし全力でかからねばならないその相手の事を、三人に対して伝えるのであった。
「ダリウス・オースティン、『裏マーズ・ランキング』1位の殺害か拘束だ」
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