深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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久しぶりの更新です。72話。各陣営のその後。
 苦労人2人+フリーダム2人(?)の話となっています。


第72話 黒の萌芽

「……以上が、今回の報告です」

 

 針の筵パート2、とはこのような状況を言うのだろう。

 自分に一斉に向けられた悪意の目線を浴びながら、俊輝はそのような事を考えていた。

 

 襲来した敵対勢力に対する防衛戦。

 その結果は、十分すぎるほどの勝利だった。

 

 敵の指揮官を名乗る男を死体こそ逃したものの確実に仕留め。

 重要な情報になるであろう、襲撃を仕掛けてきた謎の生命体の死骸を十数匹分手に入れ。

 被害は、設備の一部と数人の犠牲のみ。

 

 正規軍並みの装備をした人員とテラフォーマー、さらには複数のMO能力を有している怪生物による奇襲。

 事前にある程度の準備ができていた、という事を差し引いても、得体のしれないこれらの敵を相手にこれだけの被害で済んだのは、第七特務と本部勤務のMO能力者の優秀さをこの上なく示している、と言っても相違ないのではないだろうか。

 

 そして、防衛戦の音頭を取っていた第七特務隊長である俊輝に報告の要求がやってきた。

 特別報酬でも出れば休日返上で施設の片づけ作業をしていたあいつらも報われるだろう、などと考えていた俊輝を迎えたのはU-NASA上層部の老人達の冷たい瞳だった。

 

 何故犠牲者が出たのか? 施設への被害は避けられたのではないか? 敵の指揮官の死体を回収できなかったそうだが、頑張りが足りないのではないか?

 

 ……無茶苦茶だ、と口に出しては言えなかった。

 ああ、そうだろう。U-NASAという組織を遥か高みから見ている彼らは。自分達の事など、いくらでも代用の利くコマとしか思っていない彼らは。

 

 完璧でなければ、決して納得しないのだ。現場の必死の努力で被害を押し留めたとしても、最悪の事態と比較してこれだけで済んだ、ではなくゼロと比較してこんなにも被害が出た、と考えるのだ。

 

「今後はこのような事態が起こらないよう訓練を重ねます」

 

 不愉快だ。だがそれが彼らに伝わるような事があってはならない。

 ただでさえ、本来であれば廃棄処分されていた人間が使い減りしても問題ない尖兵として何とか飼ってもらっている状態なのだ。その上、以前の裏切りで多大な被害を出しているため、お上の見る目はとても暖かいと言えるものではない。これ以上ご機嫌を損ねてしまえば、最悪の事態になりかねない。

 

 報告は全て終わった。もう話す事は無い。顔を合わせたくもない。

 考える事は相手も一緒なようで、報告は終了した。

 

 

 

「……大変だったね、俊輝」

 

 そんなこんなで部屋に戻るなり大きな溜息をついた俊輝は早速静香に心配され、重要な部分は伏せたままで愚痴を言い、慰められていた。

 

「俊輝さ、私に何か隠してる」

 

 静香が横になっているベッドの横で、椅子に座った俊輝は硬直した。

 隠している。具体的に言えば全てを、だ。

 

 U-NASAの一般事務職員になったんだ。違う。

 

 何も心配いらないって、火星みたいな命がけ、ってワケじゃないんだぜ? 違う。

 

 エリン? 同僚の親戚なんだ、預かってるんだよ。 違う

 

 同僚もいい奴らばっかりだし、楽しい職場だよ。……微妙なところ。

 

 

 数えきれないほどの嘘を、目の前の幼馴染についてきた。

 けど、わかってほしい、と内心で呟く俊輝。

 

 なぜならば、それは――

 

「……私とみんなのため、でしょ?」

 

 無表情であろうと努めていた顔が、崩れた。

 目を見開いてしまう。

 

「話してくれなくてもいいよ」

 

 時期が来れば全部話すから。そんな常套句は先回りされる。

 吐き気がするほど幸運なことに、俊輝の希望通りに。

 

 知られたくない事は山ほどある。自分の両手がすでに真っ赤に染まっているという事。

 静香が仲良く話している、一般人と思っている少女が、裏の世界寄りの人間であるという事。

 

 ああ、なんて卑怯なんだろうか。俊輝は自嘲する。

 守りたい。一度地獄から生還した彼女を、仲間たちを、汚いものなど何も見せずに、己の全てを懸けてでも。それも大きな理由の一つだ。

 

 しかし、それと同じか、それ以上に。

 目の前の彼女に、その真実を知られたくない。

 

 自分がもはや後戻りのできない、血と臓物の飛び散る世界の中にいる事を。

 それは、知られてしまえば失望され、見捨てられ、関係を切られてしまうから、ではなかった。

 

 昔から変わらず優しい彼女は、きっとそれすらも受け入れて、自分と共にあろうとしてくれてしまうだろうから。

 

「ごめんな、ごめん……」

 

 ただ、謝る事しかできなかった。静香の知らない裏側で、事態は進んでいる。

 これからも戦いに身を投じ、今まで以上にその両手を血で染める事になる。

 そんな世界の自分の隣に、彼女がいてはいけないのだ。

 

「そんな悪いヤツはこうだー!」

 

 静香がいきなり起き上がり、半ば飛びつくかのような動きでギプスと腕を使って俊輝の頭を抱え、再び倒れこむ。

 普段の俊輝であれば、容易に回避していたであろうじゃれつき。

 

 だが、自分にはもう残っていない人の暖かさがあるようで、俊輝は黙ってなすがままにされる。

 地獄に堕ちてでも、守らなければならない。だが、地獄に付いてこさせるわけにもいかない。

 

 

 全てが終わったら、気持ちを告白しよう。昔から彼女に抱いていた、自分の気持ちを。

 火星に行く前に、そんな事を考えていた。

 実際、伝えたい事があると彼女に話した。

 

 全てが終わるとは、何なのか。俊輝は今ではそんな事を考えている。

 火星の戦いは終わったが、それだけで全ては終わらなかった。

 これを倒せば全てが解決する悪がいるわけではなく、世界はおとぎ話よりも複雑だ。

 気づいていたはずなのに。知った上で、それでもとこの無間地獄を選んだはずなのに。

 

 なるほど、終わりなんて自分の息が止まる瞬間にしか無いのに。

 静香とは離れなくてはいけない、でも離れたくない。

 この言葉で、記憶力のいい彼女をずっと縛り付けるつもりなのだ。

 

「ああ……本当に、悪いヤツだよ」

 

 暖かさに埋もれながらぼそりと呟いたその声は、誰にも聞き届けられる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「報告、ご苦労だった、希维」

 

「勿体無いお言葉っす」

 

 

 片膝を地に付け、希维は目の前のモニターに向かっていた。

 そこに映されているのは、一人の人間の姿。

 

 高年の男である。

 高位の聖職者である事が伺える、しかし装飾過多な印象を与える祭服に、頭を飾る司教冠。その手には、宝石のはめ込まれた錫杖が握られている。

 

 その座る椅子にも、ところどころに金の装飾がなされ、見るからに豪奢なものとなっている。

 聖職者というよりも、王族のそれだ。

 

「私は貴様たちに、何を命じた?」

 

 モニター越しに、厳粛な声が希维に降りかかる。そこには、若干の非難色が。

 

「はっ……データの奪還と、U-NASA戦力の殲滅、っす」

 

 希维の表情に普段の明るい、何も考えていなさそうな笑顔は無い。

 そこにあるのは、氷のように冷たい無表情。

 

「結果をもう一度聞こうか」

 

「真に申し訳なく思うっす」

 

「私は謝罪が聞きたいわけでは無いのだ。もう一度問おう、結果は?」

 

 希维は、ただ謝罪の言葉を口にする。しかし、それは男の望む答えでは無かったようで、返ってきたのは再度の質問だ。

 

「目的は両方とも叶わず、っす」

 

「お前たちは、また私を失望させるのか? 先にも我が一族の娘を失い、今回もまた、敬虔な信徒であったロドリゲスを失った」

 

「……返す言葉もありません」

 

 

 下を向き、表情を曇らせる希维に、男はさらに言葉を加える。

 それは、先の失敗、その叱責だ。

 

 技術を提供した宇宙艦を失い、さらにはその指揮を執っていた人間を、強力なMO手術ベースを有していた一族の一員を失った。

 

「アレクシア様を害した下手人に関しても、目下捜索中っす。近いうちに良いご報告ができると思うっす」

 

「……もう一度、期待してやろう」

 

 希维は今日何度目かわからない頭を下げる。定例報告。任務の失敗の責と、今後の計画に関して。

 

「私に感謝している、と言うのであれば、力を尽くす事だ」

 

「勿論っす。貴方様は、我らに主をお与えになったんすから」

 

 教皇、と呼ばれた男は笑う。目の前の従順な人間を。

 ニュートン一族、その本家に近い家系であるゲガルド家、その当主が家柄でいえば遥か下の自分に従っている、その事実を。

 

「ああ、そうだとも。私が、25年前のあの時にお前たちの王を、神の写身を、オリヴィエを作り出したのだから」

 

「……その天上の御坐で、我らの本拠で、成果をご期待ください、"教皇様"」

 

 

 希维の言葉に満足げに笑う、教皇と呼ばれた男。その玉座の背後には、透明な素材で作られた巨大なドームが存在し。

 

 その先には、どこまでも続く土の大地と黒色の空、その天には青い星が一つ、輝いていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「はるばるようこそ、お客人。『神殿』に。秘書が少し用事で手が回らなくてね、いい案内ができずすまない。私が君たちで言う王、かな? オリヴィエ、って言うんだ。よろしくね」

 

 その客人を最奥部で出迎えたのは、ニンゲンとその左右に立つ複数のニンゲンだった。

 遥か長くを旅してきた。無能な部下たちには随分と苛立たされたものの、何とか計画は成就し、今ここに彼は立っていた。

 この場所に、この世界に、自分が超えるべき相手がいる。精鋭の部下達を連れてきた。だが、それだけでは足りない。戦力が、必要だ。ヤツと同じ土俵に立つ為にも。

 

 

「じじょうじ」

 

 

 そんな、人類では少し理解が難しい言語で話す彼に対し、オリヴィエはにこやかに笑いかける。

 うんうんと頷き、手を差し出す。

 

 その手を握り返し、彼はにい、と笑う。

 そしてそのまま、にこにこしたままのオリヴィエの頭部に向かい、赤黒く変色した拳を繰り出す。

 

「これはどうも、そちらの文化にはあまり詳しくないものでね。このようにご挨拶するのかな?」

 

「ギイィ……」

 

 しかし、それが男の頭を貫く事はなかった。同時に繰り出された男の拳が、彼の目の前で止まったからだ。

 

「キィィィ!」

 

 彼は叫んだ。それは、連れてきた部下達への怒りだ。

 彼の動きと同時に、部下たちが動き、この場のニンゲンを皆殺しにする予定だった。

 しかし、彼を支える精鋭の部下達は、その命令を遂行する事無く一点を凝視して立ち止まっている。

 

 その眼に浮かぶのは、動揺と恐怖のようなものだった。

 彼らが見つめるのは、男の横に立ち並ぶニンゲンのうちの一人、小さな少女だった。

 

 銀の長髪と細い体つきが特徴の、戦士とは到底言えない弱弱しい存在。

 本来、彼らの種族に恐怖の感情はほぼ存在しない。

 

 だが。本能が、訴えかけている。コイツには、近づいてはいけないと。

 

「キィ! ジョウジョウ!! キィィィ!」

 

 男に拳を突き付けられている事も忘れ怒りに支配されたのか、彼は地団太を踏む。

 

 それに戸惑いを見せる彼の部下たち。この、本能が警鐘を鳴らしているおぞましいメスに襲い掛かるか、それともボスの機嫌をこれ以上損ねるか。

 

 選択肢など、無かった。

 勇気ある一匹、全身からトゲの生えた戦士が目にもとまらぬ速さで少女、ナタリヤに襲い掛かる。

 

「……」

 

「……ジ」

 

 しかし、その一撃もまた、相手を絶命に至らせる事はできなかった。

 背後から、新手が突如として乱入し、ナタリヤに振るわれた一撃を止めたからである。

 

 全身を軽装の鎧のような装甲服に包み、その顔は仮面のようなヘルメットに覆われている。

 だが、その程度の防御が何だと言うのか。止められた腕とは逆の腕で、新手に向けて再度の攻撃を行おうとするが。

 

「……!」

 

 バチン、という音と共に、その腕は衝撃で跳ね上げられる。さらに、反撃に振るわれた腕は凄まじい腕力でその腕をもぎ取り、地面に放り捨てる。

 

 

「ご苦労様です、助かりました」

 

 一瞬の攻防劇にぱちぱちと拍手をするのは、ナタリヤの隣に立つ白衣の青年。

 当の狙われた本人は狙われた、という事にすら気づいていないのだろう、ぽかんとした表情を浮かべている。

 

 

「中々刺激的なご挨拶だね、異文化コミュニケーションとは良いものだよ」

 

 

 互いのリーダーと部下同士の二つの攻防。それで、彼は理解する。

 彼は極度に気が短くはあるが、高い知能を持つリーダーという一面も持ち合わせている。

 

 ちらりと背後を見る。そこには、彼の部下の一人、全身に細かい穴の開いた、緑がかった甲皮の不気味な個体。最初は、奴らを皆殺しにして材料にする予定だった。だが、予定が変わった。自分の目的を遂行するのに、もっと良い方法がある。

 

「キミは王の座を奪い取りたいんだろう? 私とキミは仲良くできそうな気がするんだ」

 

「……じょうじ」

 

 

 ここに、一つの同盟が結ばれた。それは、地球人と宇宙人、記念すべきではない2つ目の友好関係であった。

 

 




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