深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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幕間です。短め。次回以降防衛戦後の各勢力の様子が語られますが、その本筋からは少し離れたエピソードです。


幕間 赤の花とリフレイン

「……」

 

 神殿。ニュートン一族の資料では楽園、とも呼び称される、槍の一族が本拠を構える施設。

 その廊下を、ギルダンは歩いていた。

 表情に色は無く、無そのもの。撤退の支援という任務を遂行し、いつも通り帰還する。普段と何も変わらない、平凡な日常だ。これから、任務に関する報告があるだろう。それに、あの化け物が死んだ、というのは少し胸のすく気分であるが、それもまた無意味な事だ。

 

 

「おかえりなさい、パパ!」

 

 そんな、仕事疲れにため息を付く彼の足に、部屋から駆け出してきた影が飛びつく。

 5、6歳ほどの、小さな男の子だ。ギルダンと同じ茶と黒の混じった髪に、顔立ちもどこかしら似た雰囲気を持っている。

 

「おう! ただいま、トニー」

 

 その男の子、トニーを抱き上げ、ギルダンは柔らかな笑みを浮かべる。

 ギルダンを狙った襲撃の流れ弾により妻を失った彼の唯一と言っていい幸せ。それが、愛する息子の存在だ。

 

「こんばんはっす、ギルダンさん、トニー君」

 

 久しぶりに帰ってきた父親と息子、水入らずの時間に、一人の乱入者。

 希维はギルダンにとってもまだマシに会話ができる人間である。

 

 殺人鬼だの難しい話しかしない科学者だのばかりのこの場所で、多少はまともな人間であるからだ。

 

「あ、あのね、しえいさん」

 

 トニーがするりとギルダンの腕を抜け、希维に駆け寄る。

 あ、と名残惜しそうにするギルダンであったが、それを見る人間は誰もおらず。

 何かな、としゃがみ、目線を合わせる希维に耳打ちするトニー。

 

「……ふふ、それは、素敵な事だと思うっす」

 

 慈しむかの表情でトニーを撫でる希维。事情を聞きたげなギルダン。

 少し待っていて、と希维はその場を立ち去った。

 

 

「なあトニー、さっきのは」

 

「ないしょ」

 

 心臓に、ぐさりと槍が突き立つ。戦場でヘタに銃弾を受けるよりも痛い。

 

「それよりもパパ、聞いてほしい事があるんだけど」

 

「…………何だ?」

 

 ギルダンの表情が、曇る。だが、それを悟られまいと、それを笑顔で押し隠す。

 

「ぼく、野球選手になりたいんだ!」

 

 ああ、そうだろうな。心の内の声。それを漏らすことはせず、ギルダンは微笑む。

 この意味など、わからないだろうし知る必要も無いことだから。

 

「……いい夢だな、頑張ろうな」

 

「……パパ、なんでそんなにー」

 

「お待たせしましたっすー!」

 

 何かをギルダンに問おうとしたトニーの声は、希维の乱入により遮られた。

 その手には、一輪の赤い花が握られていた。

 

「はい、トニー君」

 

 希维はそれを優しくトニーに手渡す。緊張した様子で、少し頬を赤くしてそれを受け取るトニー。

 

「……何のつもりだ」

 

「ほわぁー! ストップ! 銃はダメっす!」

 

 額に青筋を浮かべるギルダン。焦る希维。うつむくトニー。状況は若干混沌とした状態である。

 

「さ、トニー君、がんばって」

 

 花を手に、何やら迷っている様子のトニー。希维はその背を押し、通路を進んでいく。

 息子を取られ、手持無沙汰となったギルダンも仕方なくその後に付いていく。

 

 いくつかの通路を曲がり、辿り着いたのは一つの部屋だった。

 

「……パパ、しえいさん、のぞかないでね」

 

 念を押すようなトニーの言葉に、ギルダンは真剣な面持ちで頷く。

 それでも部屋に入るのを迷っているのか、トニーはうろうろと行き場無く周囲を歩いている。

 

 数分後。意を決したのか、トニーは部屋に入っていった。

 ほほえましそうにその様子を見守る希维と、覚悟を決めた表情のギルダン。

 二人は、珍しく息の合った様子で同時に頷き。

 

 歴戦の傭兵と『ニュートンの一族』最新の家系。その優れた身体能力を遺憾なく発揮し、開いたスライド式ドアの左右に分かれ、その内部をのぞき込む。

 

 そこにいたのは、トニーと一人の女の子だった。

 足を延ばして床に座り、ぼんやりと天井を眺めている、金の長い髪が美しい女の子だ。

 トニーは、心ここにあらずといった様子の女の子にとことこと速足で近づいていき。

 

 

「……ん!」

 

 ぶっきらぼうに、花を差し出した。

 

「……うふふふ、お父さんにも知られたくない事ってあるんすよ」

 

「……ああ」

 

 愛情を過剰に注げど、息子の恋を邪魔しようと考えるほど、ギルダンは頑固オヤジというわけではなかった。

 それが例えあの化け物の娘であったとしてもだ。

 

「……」

 

 差し出された花に、女の子は何の反応も見せない。気まずい沈黙が場を包む。

 あ、これ泣く、とギルダンと希维が慌て始めた、そのときだった。

 

「……?」

 

 女の子が、反応した。首をこてん、と可愛らしくかしげ、花に目を向け、トニーに目を向け。

 そして。

 

「……ん」

 

 その花を、受け取った。

 それを見守る二人はガッツポーズである。他よりはマシとはいえ決して仲が良いとは言えない二人であるが、この時だけは心が一つになっていた。

 

 しかし、喜ぶだけではいられない。トニーが、部屋の外へと走り出してきたからである。

 のぞき見していた事がバレたら大変だ。

 

 二人は慌ててドアから離れ、平静を装う。

 

「やったよ、パパ……」

 

 興奮冷めやまぬ様子で飛びはねるトニーに、ギルダンは親指を立てる。

 あの感情なんて存在しないと思っていたリンネが。まさか、プレゼントを受け取るなんて。

 

 

 ……そんな、和やかな一コマは、その意思とは関係なくふらりと揺れたトニーによって崩れる事となった。

 その体を抱き支えるギルダン。意識はあるが、ぼんやりと、光を失った目で何かを呟くトニー。

 

「……ああ、もうそんなに経っていたんすね」

 

 それを無表情で見つめる希维に、ギルダンは言葉を返す事はできなかった。何かを言う事はできる。怒鳴り散らす事も、罵る事も。だが、それは全て自分に返ってくるのだから。

 

 そして、()()()()思い知るのだ。自分の願いを聞き届けたのは、神などではなく。悪魔ですら無く。もっと悍ましい何かなのだと。

 

「そろそろ、交換の時期なんすねぇ」




観覧ありがとうございました。

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