深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第70話です。


第70話 U-NASA防衛戦(5)

 周囲に、数十という数の死体が転がっている。どいつもこいつも、見知った仲間達の、ついさっきまで動いていたものだ。

 何故このような状況になってしまったのか。今更になってそれを考えるには、全てが手遅れだった。

 

――――――

 

「チッ――!」

 

 俊輝が振るった刃を、男は変態すらしていない左腕で受け止める。身に着けた衣服が破れ、その内から覗くのは金属の板。

 ガギ、と鈍い音と共に止まったその攻撃に対し、男は一歩踏み込む。

 

 相手は素手だ。だと言うのに、昆虫型、その中でも甲虫のMO手術ベースによって強化された特に硬い甲皮を相手に接近戦を挑む。何かあると考える俊輝がそれを詳細に予測しようとする前に、男の右の袖から拳銃が姿を見せる。

 

 仕込み武器? そのサイズの銃を甲虫ベース相手に? 急所を狙い撃つ気か? いや、何かがあるかも?

 狙われるであろう目を守るか。それとも、ただのフェイントと判断してそのまま押し切るべきか。判断が遅れる。

 

「遅れたな」

 

「なっ……!?」

 

 男は、その銃を俊輝に向けて投げつけた。

 一瞬、ほんの一瞬であるが、先の迷いと合わさり、男から逸らすまいとしていた意識が一瞬だけ宙に浮く銃へと向いてしまう。

 

 その隙に、俊輝の腹に男の拳が突き刺さる。変態を行っていない素の人間の腕力での一撃ならばたかが知れている。

 

 だが、俊輝の腹から血が流れ出す。凄まじい力により甲皮にヒビが入り、さらには。

 

「そうか……アンタ……前からそんな感じだったな……!」

 

「勘違いするなよ、約束通り、(コレ)は使ってないぜ」

 

 男の腕から生えた大顎と思われる刃が、その甲皮を穿っていた。

 

 まんまとしてやられた。『薬』は使わないと言ったが、αMO手術ならば薬を使わなくても部分的に変態が可能だ。

 男を蹴り、一度距離を取る俊輝。受けた傷が、それ以上の激痛を与えている。ノコギリ状の刃が、傷を抉ったのだ。

 

 間違い無く、勝てない相手だ。脳が、震える体が、全力で逃げろと主張している。だが、退く事などできない。

 沈黙している通信機と、その背に負った居住区への道。

 

 厄介な事になったと内心で愚痴をこぼしながら、再び刃を構え、男と向かい合う俊輝。

 

 

 話は十分ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 どうにも、きな臭い。俊輝は部下に指示を出しながら、そう考えていた。

 カローラに任せていた任務、敵の突入が考えられる主要な通路の封鎖が完了し、屋上ではクロヴィスが空から襲い来る謎の生命体を迎撃している。ノンナからは拓也達が敵の指揮官と思われる人間を撃破した、という報告が入ってきた。

 

 敵が、想定していたよりもあまりに弱いのだ。どれだけの強さだったかはわからないが敵の指揮官が1人。謎の生命体十数匹。MO手術こそ受けていた様子だったがそこまでの手練れでもなかった修道服の男。数人の兵士とテラフォーマー。今の所会敵したのはこれだけだ。施設内部は赤外線センサーやカメラで監視しているが、これ以上の敵は確認されていないし、これらが破壊された様子もない。

 

 相手はこの程度の戦力で、U-NASAを落とせると考えていたのだろうか?

 データの奪還だけが目的だとしても、どこにあるのかわからないそれを確実に入手する為にはここを制圧できるだけの戦力が必要となるだろう。

 

 敵の戦力は今の所弱いと言わざるを得ない。だとすれば、考えられる理由は何か。

 隠し玉がある。もしくは、そもそもデータの奪還が目的ではない?

 

 考えている内に、俊輝は目的地、一般職員の避難場所となっている居住区へと続く通路へとたどり着いた。

 敵の生き残りがどれだけなのかは全てを監視できているわけでは無いため不明であるが、兵士が数人まだ残っている以外は引っかかっていないため、ここからの大攻勢は無いだろう、と一度警戒を解き、その場にしゃがみこむ。

 

 先の戦闘での疲れもあってか、体が重たい。

 実戦を何度も経験してきたが、やはり疲労というものからは逃れようがないようだ。

 

 戦況は安定しており、これ以上の襲撃があるかもわからない。

 これで相手が退いてくれればいいのだが。そう考えるが、自分の希望は悉く叶わないからな、と溜息を付く。

 せめて、何十人か隊員がいればいいのだが。裏アネックス計画の時のように。……そして、自分が入隊した時の第七特務のように。

 

 

『隊長ー! 大変だ、敵さんが出てきたよ、西の研究棟!』

 

「……」

 

 そんな事を俊輝が考えていた矢先に通信機から聞こえてきたのは、敵の増援という報告。しかも、ここからかなり遠い区画である。

 

『隊長? 急がないと、あそこ大事な機械沢山あるから壊されたりしたら大変だよ』

 

「……ノンナ」

 

『どうしたの、早くしないとまた終わった後にボク達怒られちゃうよ?』

 

 その報告を、施設全体に監視の目を張り巡らせているノンナの言葉を受け取るのであれば、いくら守るべき場所と言えどもう敵の存在しないこの場所に居続ける意味など無く、そちらの迎撃を優先する必要があるだろう。しかし。

 

「何で、嘘をつくんだ?」

 

『……嘘じゃ、ない、よ』

 

 俊輝は、冷静に、できる限り責めないように落ち着いた声でノンナに質問をする。

 敵が出てきた。その報告をした時の、その後のノンナの声。

 それには、焦りと恐怖、動揺に加えて微かな罪悪感が入り混じっているように感じ取れた。そして、それを必死に押し隠そうとしている事も。

 焦りだけならば、まだ理解できる。戦況を把握し、戦場で命と同等かそれ以上に大切な情報を把握し、預かる身として突然の敵襲に対して対処に焦るのは仕方がない事だ。

 だが、恐怖と動揺。ノンナは画面越しに恐ろしい何かを見ても動じる前に対策を練る、それができる人間だ。その彼女がここまで感情を揺り動かされているのは、何かがある。

 

 

『急いで、早く』

 

「……わかった、じゃあ代わりにここはカローラに守ってもらおうかな」

 

『いや、大丈夫だよ……隊長のいる所は、大丈夫』

 

 俊輝の言った嘘をついている、というのは確証があって言ったわけではない。だが、この受け答えで確信に変わる。

 俊輝をやたら急かしている。カローラを代わりに置いておく、という事に否定的。ここから導き出される答え、それは、何かが来るのは、この場所だという事。

 そして、ノンナはこの場所から自分を逃がそうとしている。

 

 

「ああ、でももう少し様子を見てから行く事にする、先にカローラを行かせるよ」

 

『早く移動してって言ってるでしょ!? ボクの言う事聞けよ!』

 

 平静を完全に失った、涙声に怒りの入り混じった乱暴な言葉。それを聞いて、俊輝は何がここにやって来るのか、少しだけ予想がついた気がした。

 

 同時に、通信が乱れる。微かに聞こえるのは、ドタバタという音と叫び声。数秒して、再び通信が繋がる。

 

『あ、あの……俊輝さん……』

 

「ああ、エリンか」

 

 その相手は、ノンナでは無かった。ノンナの部屋に匿われていたエリンだ。

 

『ノンナさんが……自分が行くって飛び出そうとして……静香さんに押さえつけられてます……』

 

「……ん、ありがとな。そのまま抑えといてくれ。『薬』には触らせないように」

 

『……わかりました』

 

 

「おう、話は終わったか?」

 

 通信が切れるのと、その人間が俊輝の目の前に姿を現すのはほぼ同じだった。

 トレンチコートを身に纏った大柄な、壮年の男だ。露出している一部だけでも鍛え上げられている事が伺える筋肉質の体に、見る者に歴戦の戦士である事を思わせる体の所々の傷跡。

 

 自分の予想は当たって欲しくない時にだけ当たるんだ、と心の中でぼやきながら、俊輝は男を睨む。

 ノンナのあの様子も尤もだ。何故ならば、目の前のこの男は。

 

 

「オイオイ、そんな怖い顔するなよ……久しぶりに会えたんだからよ」

 

「ギルダン……いや、元隊長」

 

 

 自分達の元上司であり、同時にトラウマと言える存在なのだから。

 

 

 男、ギルダンは敵意をみなぎらせた俊輝の言葉によせやい、と軽い笑みと共に手をひらひらと振る。

 その動作の一つ一つに、俊輝は警戒を怠らない。

 この状況で現れた……などと言うまでもなく、コイツは敵なのだから、と。

 

「何が目的だ?」

 

「んー……撤退の支援とついでにできる限りで暴れてこい、ってな事らしいぜ」

 

 幸と不幸が同時に訪れた、とでも言いたい気分の俊輝である。

 前者は当然、敵はもう既に退却の姿勢に入っている、という情報。後者は、目の前のこの男を相手にする事は避けられない、という事。

 

「ま、そう気張りなさんな。そうそう、これを見てくれよ、一昨日撮った息子の写真なんだ」

 

 懐から通信端末を取り出し、一枚の画像を見せるギルダン。それは小さな男の子を肩車するギルダンの写真。

 その表情は、穏やかな日常を過ごす男のそれだ。同時に、俊輝の目の前の本人も同じ表情を浮かべる。

 

 だが、それと同時に、俊輝の表情が強張る。

 

「アンタの……息子さんは……」

 

「……なあ俊輝、お前は努力して努力して、あらゆる手を尽くしてそれでもどうしようも無い、だけど諦め切れない事があった時、どうする?」

 

 その写真は、俊輝が聞こうとした事の答えに等しかった。

 自分は答えた、とばかりにギルダンは質問を返す。

 

「……」

 

「……俺の祈りは、届いたんだ」

 

 一段過程を飛ばしたその答え。ギルダンの表情からは笑みが消え、何か遠い所を見るかのような表情になる。

 

「……アンタの祈りを受け取ったのは、きっと神様なんかじゃない」

 

「ああ、そうだとも……だが、それが何だと言うんだ?」

 

 俊輝は『薬』を取り出し、自分の腕に射す。

 もはや、話が通じる相手ではないのだろう。

 自分の恩人であり、同時に短いながらも共に時間を過ごした仲間達の仇である、この男は。

 

「来いよ、新入り……ハンデだ、『薬』は使わないでおいてやる」

 

 何も武器を持たないまま構えるギルダン。それに、俊輝は先手必勝だと躍りかかる。

 U-NASA第七特務の新旧隊長、その戦いはこうして幕を開け、そして――

 

 

 

「強くはなってるじゃねえか、ああ」

 

「舐めるな……!」

 

 幾度かの攻防。その度に、俊輝の体に傷が増え、ギルダンの懐からは武器が現れる。

 全身に隠された、大量の仕込み武器。

 

 生身でありながらMO手術被術者と互角に渡り合う体術と、長い実戦により磨き上げられた武器の扱い。

 それらを相手に、攻めあぐねる俊輝。

 

「久々に楽しかったぜ……でも、そろそろ終わりだ」

 

 そして、時間切れだ、とでも言いたげに、ギルダンは自身の腕に注射器型の『薬』を打ち込む。

 先の攻防により見せた、αMO手術による不完全変態での特性、それがさらに際立ち、全身へと広がっていく。

 筋肉が隆起し、古傷がその姿をより鮮明にする。

 腕が筋肉と昆虫の皮膚の入り混じった膨張した組織へと変化し、その両腕からはノコギリのような大顎が生える。

 全身を覆う漆黒の甲皮。そして、全身に生えた短い金の毛。

 

 怒涛の如きテラフォーマーの群れと相対しているかのような威圧感。

 その姿を見て、俊輝はあの日の、地球に帰還してから最悪の一日の事を思い出す。

 だが、今度こそ、あの悲劇は繰り返すまいと。

 

 第七特務、その残された僅かな隊員を総べる若き隊長はかつて一度敗れ去った怪物を相手に向かい合うのだった。




観覧ありがとうございました。

次回、今回謎な部分の一部回想とかバトルとかとなります。
それと活動報告の能力格付けに今回登場したキャラクターの分も追加しますのでベース予想などにお役立てください。……今回に関してはたぶん難易度はそこまで高くないですが。

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