深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第67話です。言う事が見当たらず。


第67話 UーNASA防衛戦(2)

 貴方が泥からソレを生み出したのであれば。

 

 貴方が、罪を背負ったソレをそれでも愛しているというのであれば。

 

 彼らと同じ、しかしそれと同時に彼らとは違う形で泥から生まれた私に。

 

 ああ、どうか。

 

 

 

 

 貴方の座るその席を、くださいな。

 

――――――――――――――――――――

 

 MO手術。テラフォーマーの持つ臓器、免疫寛容臓(モザイクオーガン)によって、他の生物の持つ力をヒトの身に宿す施術。

 

 研究者達は、多くを夢想した。寿命が尽きようとも、不死鳥のように転生する能力。身が千切れようとも、失ったそれを取り戻す能力。病魔を跳ね除ける能力。数えていけばきりのない欲望。

 それに、同族を用いるという思考が無かったのは、ヒトという生物の最後の良心だったのか、それともただ利便性に気付かなかっただけなのか、それは考えるだけ無駄な事だろう。

 

 ヒトは、発生から誕生までに生命の進化の歴史、その全てを再現すると言われている。

 それは勿論、最初は単独の細胞である受精した卵から分裂を繰り返し様々な器官が分化してヒトという生物の出来上がっていく過程を原始生命から複雑に進化していった生物になぞらえただけの詩的な表現であるが。

 

 彼らは、知識として持ちながらもそれをMO手術として用いなかった。そのヒトが分化していく最初の段階、先に語った進化の歴史で喩えるならば生命の初期段階、母体の中で目覚めを待つだけの未成熟なそれが、完結した生命として産み落とされ、成長していくヒトでは体内にわずかに残すだけで失ってしまう、神の権能と呼ぶべき力を。

 

 

「分化多能性、ですね?」

 

「ご名答」

 

 ぐじゅりぐじゅりと効果音を付けるとすればグロテスクなものが似合うであろう、オリヴィエの体内から肉が湧き出し、傷口を埋めていくような再生。

 それの回答、その一端を美晴は呟く。

 

 分化多能性。人間の胎児の体の一部が、さらにそれ以前の段階の一種の細胞が有する、ヒトという生命の根源の能力。

 それは、体を構成する、ごく一部を除いたあらゆる種類の細胞に分化する事が可能、というもの。

 ただの一細胞から多種多様な器官、臓器を形成しヒトとして誕生するための、当たり前の機能。

 それを、目の前の完成した人間は体内で乱雑に行使している。

 

「……じゃあ、何度もぶっ殺すしかねえって事か」

 

「アレはダメです、たぶん、生半可じゃ殺してもキリがありません」

 

 MO手術による再生能力は、寿命を縮める。高速の細胞増殖によって失った部位を取り戻しているだけで、度重なる増殖は細胞に負担を与えるからだ。幾度と繰り返し、体が疲弊しきれば、再生も止まる事になるだろう。

 

 

 だが、その機能を持つ細胞が有する、もう一つの特徴。

 『テロメアの再生』。

 増殖するたびにすり減っていく、染色体の砂時計、テロメア。その細胞は、このテロメアを無尽蔵に修復する事が可能なのだ。

 即ち、MO手術のリスク、使用のたびにすり減る寿命、というものを完全に無視し、無限に等しい再生能力を有している。

 

 

 オリヴィエの振るう槍が、避け損なった武の肩に刺さる。

 攻勢に出るために隙を見せたオリヴィエへの反撃は、容赦無くその首の骨をへし折った。だが、それも即座に元通りになる。

 

 全身に広がった幹細胞による再生。これは、アネックス計画第5班班員、エヴァ・フロストの『プラナリア』の能力と同じ系統のものだ。

 そもそも、言ってしまえば、殆どの多細胞生物は発生の初期段階でこの幹細胞が発生している。では、何故彼らはオリヴィエの宿すものが、『ヒト』であると気付いたのか。

 

「……拓也!」

 

「……ああ」

 

 オリヴィエの槍を潜り抜けた健吾が、その体に肉薄する。そちらに意識が向いた隙を突き、オリヴィエの目に向けて拓也の放った毒液が襲い掛かる。

 

 目を瞑ったオリヴィエ。だが、毒に複合された酸によって、閉じられた瞼が、その内の目が焼け付く。片目を潰した。体内に残り続ける毒であれば、恒久的に視界を奪う事が可能だ。

 

「ああ、楽しいな」

 

 オリヴィエは、何という事もない、と言いたげに、自身の目を抉り出す。

 神経と血が糸を引き、地面に投げ出されたその目を踏み潰し、オリヴィエは目を輝かせる。

 

 『プラナリア』は原始的な生物であり、それ故に高難易度の手術ベースだ。MO手術の先進国、ドイツの技術があろうと、術中死のリスクは高い。だが、哺乳類、それも、手術を受ける人間に最も近い、というか、同種であれば。

 

「ああ、『薬』をたらふく食べさせて殺す、とかは無駄だから考えない方がいい」

 

「……!」

 

 狙いを言い当てられ、健吾の顔が歪む。それと同時に、勘の良い彼はわかってしまった。

 相手が、何を手術の材料に使ったのかを。

 

「テメェ……まさか、自分を」

 

 回答は、無言の笑顔だった。槍の打ち合い、同時に繰り出した槍は、お互いでわずかに届かず。

 MO手術を受けた被術者は、元の人間に加えて新たな弱点を抱えている。

 

 それは、免疫寛容臓の損傷と、『薬』の過剰摂取。

 他の生物と人間の遺伝子を共存させている免疫寛容臓が傷つき、その機能を失ってしまえば、人間の体は正常な免疫機能により体内に混ぜ込まれた他の生物を拒絶しようとする。

 『薬』を使用しすぎれば、ある段階まではその身に宿した生物の特徴が色濃く現れ強大な力を得られるが、度を超えてしまった場合もう人間に戻れなくなる。その末路は、良くて人のままショック死、悪ければ人間大の他の生物に姿を変えての死。

 

 そう、免疫によるショック死。他の生物の因子という異物が体内に入っているが故の弱みだ。

 しかし、それが他の生物種では無い……どころか、遺伝子に一辺の違いも無ければ、それはリスクですら無くなる。

 

「うん、私は人格者だからね、自分のための手術で他人を犠牲にするなんて、とても」

 

 医務担当だった美晴が激しい嫌悪感を示していたのはこれだったのか、と健吾は額から気持ちの悪い汗が流れるのを拭う。

 コイツは、自分自身のクローン胚を、自分の手術ベースに用いたのだと。

 成程、拒絶反応なんて起こりようも無ければ、適合するのも当たり前だ。何故なら、彼本人は特別他の生物など宿していないのだから。

 

「ツノゼミは申し訳程度に入れてみたけど、正直これもいらなかったなぁ」

 

 素手で健吾の槍を掴み、膝で蹴り上げ、これをへし折る。

 手術ベースがどうこうとかではなく、生身の戦闘能力が馬鹿げている、と4人は態勢を立て直すため引き下がる。

 4対1。本来であれば、圧倒的優勢のはず。だが、それを十分に生かせないのは、両者それぞれの原因があった。

 健吾達第一班側は、火星での任務の為不利な状況、すなわち複数人で数十、それ以上、という相手をする為の連携は学んでいたが、1人を取り囲んでの戦いは十分にはしていなかったのだ。

 オリヴィエもそれに付け込むように動いた結果が、今のこの戦況だった。

 

 オリヴィエの生身での戦闘能力はジョセフほど高くない。肉体の強さという意味でも、それを動かす中身の技術という意味でも。多少弱体化したとはいえ幹部搭乗員が1人と戦闘員が2人、非戦闘員とはいえ比較的強力なベース生物を持つ者が1人という相手には、本来であれば不利となる。

 

「うん、うん……そろそろ飽きてきたな」

 

 言うや否や、オリヴィエは一歩踏み出す。それと同時に、その姿は美晴の背後にあった。咄嗟に身を捻り、鱗の鎧の厚い部位で攻撃を受けようとするが、完全には上手くいかず、腹を刺し貫かれる。

 

「いつぅ……」

 

 威力がある程度は鱗で和らいだため、致命傷には至らず。だが、戦闘で十分な動きが期待できない程度には深い傷。それに加え、非戦闘員という素の弱さもあり、美晴は倒れ込み、動かなくなる。

 素早く槍を引き抜き、オリヴィエは次の目標、拓也へと狙いを定める。

 力で槍を受け止める事はできるが、一度槍を通してしまえば、体自体は筋肉があるとはいえ柔らかなそれだ。

 喉を狙った上段の一撃は両腕による掴みで止められる。しかしそれを好機とオリヴィエは姿勢を低くして拓也の懐に突っ込んだ。

 

 そのオリヴィエを迎えたのは、蹴りだった。砲弾のような衝撃が腹を打ち、派手に吐血する。だがそれで止まる事は無く、オリヴィエは若干ひしゃげた腹をそのままに、拓也の首を掴んだ。

 

 

 無尽蔵の再生能力。単純な構造でありながら、その一撃は甲皮を砕く威力を持つ槍。人間という生物の頂点に限りなく近い純粋な身体能力。

 

 これが『人間』だ、と言わんばかりに、オリヴィエは首を掴む力を強め、4人を見る。

 それは、相対する戦士達には、下等な動物に頼る下等な動物め、とでも言いたげなように映る。

 

 顔が上向きになる形で首を絞められているため、毒による反撃ができず、電撃による反撃も意識が乱され十分なものを使用できず、もがく拓也。

 刃を片方折られ、腹に傷を負った健吾。

 傷こそ少ないが、その大柄で大味な戦い方故に今の状況に手出しができない武。

 気を失っている美晴。

 

 まずい展開だ。もうあと数秒で拓也の首がへし折られかねない。健吾は焦るが、反撃の手立てを掴めず。

 勝利を確信はしているがあまり感慨は無さげに力を強め続けるオリヴィエ。

 

 

 そのオリヴィエの体に、半透明の液体が降りかかる。

 それは、拓也の体の所々から噴出したものだった。

 

 同時に、オリヴィエの体が、手に込めた力が痺れにより緩む。

 

「……お前ら、任せた……」

 

 ミミズに小水をかけると腫れる、という伝承がある。それは、都市伝説であると考えられていたが。

 

 研究の結果、一部のミミズの背には刺激に反応して毒液を噴出する腺がある、という事が判明している。

 そして、ゴビサバクオオチョウムシも、それを有する一種だ。

 

 その隙を逃すほど、彼らは、火星を生き抜いた戦士達は甘くは無かった。

 拘束を免れた拓也が身を屈めると同時に、その頭があった高さより少し高い位置を横薙ぎにするように健吾が残された片方の槍を振るう。

 

 その一撃はオリヴィエの眼を両方同時に潰し、一時的にであるが視界を奪う。

 さらに加えられるのは、武によるタックル。

 大重量の一撃は、いくつもの骨を砕き、さらには視界が失われた状態で位置の感覚を狂わせる。

 

「……それで終わりかい?」

 

 しかし、敵はそれで動きを止めなかった。右の手に持った槍が、拓也の首に突きつけられる。

 同時に、左の手が武の首を掴む。

 

 反撃は続かず、これで終わり。

 オリヴィエの体は、再び再生が始まる。

 3対1の結末は、このようなものとなった。

 

 はずだった。

 

「……1人忘れてますよ」

 

 オリヴィエに向けて、最後の1人が、意識を失っていたはずの美晴が、駆ける。

 

 俗説であるが、この生物は死んだふりをして死体と勘違いして集まった獲物を集める。

 その身に纏う鎧、刃のような鱗。強力な武器と防具を持つこの生物がそうまでして集める、獲物とは。

 

「アリみたいに死んでもらいます、この外道!」

 

 MO手術"哺乳類型"『センザンコウ』。それが、彼女の手術ベースだった。

 オリヴィエは当然、迎撃を試みる。両腕は牽制と首を絞めているため塞がっている。ならば、残っているのは、足。

 

「させねえんだよ!」

 

 しかし、気合を入れるため、声を荒げる拓也が咄嗟にオリヴィエに飛びつき、これを掴む。対象を失った槍の先を替え、美晴に向けようとしたオリヴィエのその槍を受け止めるのは、健吾の槍。

 四肢を封じられ、無防備になったオリヴィエ。

 その腹に向けて、美晴は手を伸ばし。

 

 

 

 

 

 彼女自身の『薬』、パッチをそこに数枚同時に張り付けた。

 

「……おや?」

 

 オリヴィエが、ぽかんと美晴を見つめる。

 尽きる事の無い自己再生、それを相手に、生半可な攻撃は通用しないだろう。だが、それと同時に、免疫反応による死が無い事も、健吾と美晴は同時に理解していた。これに何の意味があるのか。槍を、美晴へと今度こそ、急所を狙い繰り出す。

 

「か……ふ……」

 

 血を吐いた。みるみる内に、顔色が悪くなり、生気が失われていく。

 

 

 

「ああ、全く……頭の良い子は嫌いだなぁ……」

 

 槍を取り落し、オリヴィエの口から血が流れ出していく。それと同時に体は痙攣し、まともに動く事ができない、という様子。

 

 美晴と健吾、二人の予想は、正しかった。過剰摂取による免疫反応の暴走、それによる死。それは、オリヴィエには存在しない。しかし。

 

 

 オリヴィエの致命傷。それは、臓器不全だった。

 

 

 人間の胚が、未分化の何にでもなれる細胞の塊が。逆に言えば、今はまだどの臓器でも器官でもないそれが、母胎というゆりかごの中でしか生きられないそれが、過剰摂取により体の構造に成り代わってしまえば、どうなるか?

 

 体内の、完成した人間の臓器が、ヒトという生物を正常に動かすシステムが、みるみる内に初期化されていく。

 

「それではね……諸君」

 

 苦悶の声を上げ、オリヴィエはそれでもと再び槍を手に取る。

 

 しかし、その最期の報復は叶わず。

 

 その頭部は、健吾の振るった渾身の一撃に、拓也の放ったクナイ、それと同時の電撃により、真っ二つに割かれ、その機能を失い、崩れ落ちた。

 

 残されたのは、臓器の殆どが膨大な量な幹細胞に置き換わっているであろう首なし死体。

 

 

「……コレ、研究員の人に渡したら喜びますかね」

 

 死んだふり、と言っても今にも気を失いそうであったため、それを必死にこらえながら、美晴は冗談で場を明かそうとする。

 笑う気力は無かったが、皆をそれに合わせて表情を和らげる。

 

 火星帰りの戦士達と槍の一族の王。この襲撃の最初を飾る戦いは、こうして幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはーい、動かないで欲しいっすー」

 

「それをオススメします、皆さん」

 

 

 

 誰も気づかなかった。4人が同時に、死の気配を感じ取り、お互いを庇わんとする。

 何も無かった場所に突然、空間から溶け出すかのように現れたのは、一人の女性だった。

 この戦場と化したU-NASAでは不釣り合いなビジネススーツに、腰に付けられたホルスターにはナイフが着剣された拳銃が2丁。

 

 それと同時にもう一人、通路の曲がり角から一人の少女が姿を見せる。

 丈の短い着物に、太刀を腰に差したその少女は、少し困ったような様子で4人を見つめる。

 

 

「おや、被っちゃったっすね、チコちゃん」

 

「……っ」

 

 4人は、硬直した。目の前の2人の漂わせる、一筋縄ではいかない強者の気配、それが理由の1つ。

 もう1つは。

 

 

「……だから、チコじゃなくて千古(ちふる)、って何回も言っているでしょう、しえいちゃん」

 

「……師範代」

 

 その少女が、4人の知人だったから、である。

 つい先日、パーティで話をしたり飲み食いをして楽しんだ、健吾の実家の道場の師範代。

 やった援軍だ、と喜ぶほど、健吾は呑気な人間ではない。うかつな事を言えばどうなるか、この状況でわからないわけでもない。だが、一つだけ、皆には伝えておかなければならない事がある。

 

「お前ら、手ぇ出すなよ……この人は、剛大さんの前の日本(ウチ)の幹部搭乗員候補だ」

 

 その言葉を聞いて、3人は駆け出そうとしていた足を止めた。

 相手が、最低限でどれだけの実力を持っているのか、わかりやすい尺度を示されてしまったから。

 

「昔の話ですよ。……ごめんなさい、皆さん」

 

 腰の太刀に手を当て、だが同時に、千古は4人に謝る。

 その横では、希维が大きな白い袋に、オリヴィエの死体を拾い集めていた。

 

「お前……それをどうするつもりだ……!」

 

 確実に死んでいる。生命活動の兆候は見られない。

 

「主様はああ見えてエコロジー思考のお方なんす、使えるものは持ち帰らないとうるさいんすよ」

 

 忙し気にビニールの手袋をはめ、零れた脳や内臓をかき集めている希维は構ってる暇は無い、とばかりに4人には目を向けず答える。

 

「師範代、ここで俺が戦う、つったら……?」

 

 健吾の言葉に意味は無い。だが、信頼していた人間に裏切られた怒り、それがせめてもの抵抗、という形で表れたものだ。

 

 千古の答えは、何も持っていない左手を前に向け、すっとスライドさせるように横に動かす事だった。

 刹那、健吾の首元、甲皮で守られているその部分が横に薄く切れ、血が染み出る。

 同時に、千古の胸元の辺り、その体内から鈍い人工の光が漏れ出す。

 

 

「あと10センチほど、私が前に出る事になります」

 

「了解……」

 

 抵抗して勝てる相手ではない、今の状態で挑んだら、皆殺しにされる。その戦力差を感じ取り、健吾は唇を噛んで黙り込む。

 

「作業終了っす、帰りましょうか、チコちゃん……それにしても皆さま、お強いんすねぇ……」

 

「……ええ。できれば、2度と合わない事を望みます、優しい皆さん」

 

 言いたい事はあった。だが、それに誰一人として口を開く事はできず、黙って2人がその場を去っていくのを見送る事しかできなかった。

 

 

 

 ……火星帰りの戦士達と槍の一族の王。この襲撃の最初を飾る戦いは、こうして幕を閉じたのだった。




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