深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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62話です。少し短め。新キャラ紹介&若干話が進みます。


第62話 日陰の兵団

 U-NASA第7特務支局。支局、という名義ではあるがその所在はU-NASA本部、アメリカにあり、表向きにはU-NASAの広報活動を担当する部門、という事になっている。

 

「……んー、どう判断したものかねぇ……」

 

 そんな彼らの仕事部屋、U-NASAの研究棟、その地下に築かれた一室で、俊輝は頭に手を当て、考え込んでいた。

 先日行われた重要目標の奪還任務、それは無事成功に終わった。だが、それから五日。体をゆっくりと休める暇も無く、新たな問題が舞い込んできた。

 

 アメリカのある州で、多数の人間の死体が発見されたのだ。

 大事ではあるが、本来であれば犯罪組織の抗争だの何だので片付く問題ではある。

 

 ではなぜこのような場所にお声がかかる事となったのか。

 

 

 それは、その死体が不自然なものだったからだ。

 

 

 死体が見つかったのは五か所。それぞれで数人から数十人と数の差こそあるが、死体を調査した結果近い時刻に死亡したものと見られている。

 

 まず、体のあちらこちらに穴を開けられた死体。当初は銃によるものと思われていたが、その体内から銃弾は見つからず。

 

 次に、至近距離で爆発を受けたような、激しく損壊したもの。しかし、焼けたような跡は見られず、死体の殆どはその損壊した状態からさらに肉や臓器が失われていた。

 

 三つめに、切断されたもの。首を切り落とされていたり、上と下で真っ二つだったりと死体の状態は様々であったが、共通しているのは、どれも切り口が不自然なほどに綺麗な状態であった事。切った直後に正確に繋げばそのまま癒着したのではないか、などと言われているらしい。

 

 四つ目、体内が――に侵されていた事によるもの。人間の行った犯行としてはあまりに不自然な状態であったため、この情報は調査に当たった警察、軍の中では最後の一つと並んで特に隠蔽が厳重に行われている。

 

 最後に、異形の肉塊と化していたいたもの。体の一部が、もしくは全身から異常に膨れ上がった肉のような何かが、さらにはその肉には――の器官と思われるものが乱雑に生成されていた。

 

 

 ……最初の三つは、不審な要素こそあるものの、まだ普通の人間がやった可能性も考えられた。

 だが、後ろ二つが明らかに、俊輝の属するこの組織の対処すべき問題である、という事を示している。

 

 MO手術は、各国から漏れ出し、あるいは故意に漏らし、裏社会に広がっている。クローンのテラフォーマー、そこから取り出されたM(モザイク)O(オーガン)は競売にかけられ、高値で取引される。

 さらに、それを用いて手術を受け、反社会的組織が戦力を増強している、という事例も見られている。

 

 それを始末し、その痕跡を抹消する為に組織されたのが、俊輝が今属しているこの部署だ。

 

 

 同類を相手に戦い、それを圧倒するだけの高い戦闘能力。

 蛇の道は蛇、毒を以て毒を制す。などと言えばまだ聞こえは良い、標的と同じく、日の当たる世界を歩く事はできない、使い捨てても惜しくない罪人の集まり。

 

 U-NASAの実戦方面で後ろ暗い部分を一手に受け持つのが、そんな彼らである。

 

「隊長、こちらに目を通しておいてください」

 

 俊輝のこの部隊において与えられてた隊長としての私室、何故か部屋の四方に自動扉のある部屋。その扉の一つが開き、一人の人間が姿を見せる。

 

 敏腕秘書か厳しい女教師か、などという役職が似合う外見の、スーツを着こなした眼鏡の女性だ。

 かつかつと足音を響かせながら俊輝に歩み寄り、両手に抱えた大量の書類を机の上に置く。

 

「ありがとう、カローラ」

 

 火星から帰還してからの新しい部下、その一人に俊輝は礼を言い、書類を手に取り、ざっと確認する。

 

 一枚目、部隊隊員の始末書。

 

 

 二枚目、部隊隊員の始末書。

 

 

 

 三枚目……部隊隊員の始末書。

 

 

「おや、定時ですね。では私はこれで」

 

「待って」

 

 腕時計を確認して帰り支度を始めようと部屋に戻るカローラを、俊輝は椅子から立ち上がり追いかけ、その肩を掴む。

 

 

「何ですか、隊長。論理的に考えるにこれはセクハラに分類される行為と見てよろしいでしょうか?」

 

「色々とよろしくねぇよ!」

 

 思わず声を荒げる俊輝、凍てつく目を俊輝に向けるカローラ。

 ……そのまま、数秒の沈黙。

 

 

「では私はこれで」

 

「何で!?」

 

 話は何も進展を見せず、むしろ後退する調子だ。

 もう自動扉をくぐりかけているカローラに、俊輝は隊長の威厳などどこにもない焦りの表情と声を向ける。

 

 

「隊長、カローラ、もう少し静かにしていただけるか?」

 

 そして、この混迷の状況に、次の来客が訪れる。俊輝の机から見て右の自動扉が開き、年老いた男性がゆっくりと部屋に入って来る。

 

 皺こそ寄っているが鋭い目つきに、高い鼻。俊輝より少し高い長身。気難しく神経質な印象を与えるその身が纏うのは、西洋の貴族のような衣装の上に羽織った黒いコート。

 

「……貴方にも話がありました、クロヴィス老」

 

「ほう」

 

「俺を無視しないでくれると嬉しいかな」

 

 部屋を出ようとしたカローラは、老人、クロヴィスの姿を見て踵を返し、再び部屋に入る。

 それに対するクロヴィスも、俊輝へと向けていた追及の目をカローラへと移す。

 

「仕事熱心なのは大変結構な事です。しかし、ユルキ君から叫びや苦悶の声が貴方の仕事部屋から、大音量が貴方の私室から漏れてきて寝つきが悪い、と苦情が入っています。防音設備をもう少しちゃんとなされては?」

 

「おや、それは失礼を。しかし、これは致し方の無い事ですのでな。防音対策の費用は部署からお願いします」

 

 火花を散らす二人を見て、俊輝は顔をしかめる。俊輝の直属の部下と言える中で外に出ているのが二人、部署に残っているのが俊輝含め四人。どうか、これ以上話をややこしくしてくれるなよ、と心の中で祈るが。

 

 

「おやおや、隊員のための施設改修の費用は出せない、と我らが経理の才媛は仰られるか」

 

「貴方の趣味の方に割く余裕など無いと言っているのですが?」

 

 静かな戦いが続く二人を眺めながら、俊輝は書類をめくっていく。始末書が全体の2割、後は仕事関係。よし、思ったよりマシだ、と感覚がおかしくなっている事は自覚しながらも俊輝は一度ほっと肩をなで下ろし。

 

 

「やれやれ、貴女はとても才に溢れた方ですのに――」

 

「これは隊長の苦労が増えるかと黙っているつもりでしたが――」

 

 そろそろ終わりそうだな、と壁にかけられた時計へと目を向ける俊輝。

 この分ならいつもよりは早く終わりそうだ、と。

 

 

「そんなに鋭いご様子ですと婚期を逃しますぞ?」

 

「貴方が隊の予算でアニメのDVDを購入した事を隊長にバラしますよ?」

 

 二人の喧嘩は最高潮に達し、お互いの痛い部分を一直線に貫く形になる。

 同時に、お互いから目を俊輝に移す二人。その目には、隠しきれない動揺の色が。

 

「た、隊長……ご友人に私好みのイケメンなどは……」

 

「ほ、本日は良い天気ですな隊長……」

 

 お前普段の調子どうしたんだよ、という青ざめたカローラに誤魔化すのヘタすぎかよ、というクロヴィス。

 俊輝は二人に生ぬるい目線を向けつつ、どうしたものかと考える。

 

「……とりあえず爺さんは後で始末書な、あと減給も覚悟してくれ」

 

 本来であれば喧嘩相手が罰せられて喜ぶ所であろう、しかし痛い一撃を受け今だ目が宙を彷徨っているカローラ。がくりと肩を落とすクロヴィス。

 二人の問題児……片方は老人だしそもそも問題児じゃない奴などいないのだが、と心の中で呟きつつ、俊輝はこれで終わりか、と安堵に包まれていた……

 

 

「ごめん隊長またミスったぁ!」

 

 瞬間、正面のドアが爆発し、今この仕事場に残っている最後の一人が部屋に転がり込んできた。

 金の三つ編みの髪に汚れた白の白衣を纏った小柄な少女だ。その手には、壊れたレンチのようなものが握られている。

 

 

「……もうやだこの職場」

 

 U-NASA第7特務支局。同族を狩る、日の当たる世界を歩けない穢れた実力者達の部隊。

 そんな彼らを束ねる隊長は、一人静かに、目の端を光らせる。剛大さん(はんちょう)、アンタの凄さが今になってわかったよ、と。

 

 

 

 

「……じゃあ、報告を頼む、クロヴィス、ノンナ」

 

 ……そして、そんな彼らに、俊輝は命令をする。その声と表情には先ほどの、第2支局の仲間達と騒いでいる時の明るい人格は見る影も無く、同族殺しの暗部、その長、地球の未来を賭けた任務において他国の司令官を殺害した大罪人、という経歴に見劣りしないものであり。

 

 

「は、隊長。一人が、吐きました。恐らく、数日の内に襲撃があるものかと……吐くまでの詳細は必要ですかな」

 

 クロヴィスが俊輝の前に傅き、一枚の紙を取り出し語り始める。

 それは、先ほどまで口喧嘩に興じていた老人のそれではなく、底知れない暗闇を秘めた瞳と、呪詛の如き重苦しい悪意の欠片を伺わせる声色。

 

「ん……ボクもクロさんと同じ用件で……解析、どっちとも終わったよ……今から皆で見よう」

 

 クロヴィスの隣に座った白衣の少女、ノンナも真面目に、静まった面持ちで俊輝に一枚のプリントされた紙を差し出す。

 

 俊輝はそれを見て、一瞬だけ事が進んだ喜びと苦悩の入り混じった複雑な表情を浮かべ、プリントを持ち皆を促しノンナの仕事室へと歩いていく。

 

 そのプリントに映っていたのは、いくつもの数字と単調な4つのアルファベットが並んだ図、そして、その隣に貼られた写真、頭に何本もの線が伸びたヘルメット状の機械を被せられた複数の昏睡していると思われる人間の姿だった。

 




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