深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第二部開幕二話目という事で主人公サイドの次は敵サイド、な話です。



第59話 穢れた聖槍と人類の到達点

――2620年 11月25日 某国

 

「……うんうん、そうかい、楽しかった? トラブルはあったけど? ……それは何よりだよ」

 

 2000年代に使用されていた型落ちも型落ちの携帯電話、それを耳に当て、金髪の青年は夜空を見つめていた。

 まるで芸術家が自身の理想をぶちまけた彫刻のような、西洋人系の整った顔立ち。一見細身に見えるが必要な分の筋肉はしっかりと付いた肉体。そして、身に纏う歪な気配。容姿だけを見れば人間の到達点、と呼んでもオーバーではない、事実その家系から人間の到達点、と呼べる存在に近い、人間でありながら人間から離れた何か。

 

 

 そんな彼がいるのは、ビルの屋上。……と言っても、都会のビル街といったような高層建築が立ち並ぶ中の一つ、という訳では無く、どちらかと言えば田舎に分類される町の数少ない高所、と言った方が正確な場所だ。雪がちらつき、それを夜の電灯と満月が照らす、写真映えするであろうその景色。

 

「はいはい、じゃあねー」

 

 冬場で雪が降っている中、青年が身に纏っているのは白の一枚布をそのまま身に巻き付けたような、現代人の服装からかけ離れた、そもそもこの気候に対して防寒性が足りていないのでは、と思わせる衣服と言えるのかもよくわからない何か。

 

 しかし、当の青年は寒さを感じている様子も無く、ただする事も無く夜空を、その空に浮かぶ月を眺める。

 彼は、待ち合わせをしていた。

 

「……へくしっ」

 

 そのまま光景を見れば絵画の題材にもできそうな様子であった青年は大きくくしゃみをし、一歩のけぞる。

 ……立ち振る舞いに表れなかっただけで寒さは感じていたようだ。

 

「いや寒すぎるでしょこれは……皆早く来てくれないと凍死しちゃうよ……」

 

「その心配は無いよ」

 

 冗談めかして手足をさする青年に、にわかに声がかけられる。

 首を後ろに向けその声の方向を見る青年。その声の主を見て、彼は口をわずかに歪ませる。

 

 その相手は、彼の待ち合わせ相手では無かった。だが同時に、彼が会って話をしたい相手でもあった。

 

「おや……こんばんは、現当主様」

 

 

 そこに立っていたのは、一人の青年だった。最初にいた青年と同じ金髪、整った、しかし絶妙に他者に威圧感を与えない程度に友好的な印象を与える顔立ち。均衡の取れた肉体に、その懐に持っているのは、鞘に入った機械的な装飾がなされた剣という現代と古代が融合したかのような武器。

 

 

「……美しい月だ」

 

「知っているかい、ジョセフ君」

 

「月は、狂気の象徴と言われている」

 

 一度振り返ったが、再び視線を戻した青年は、一人で言葉を紡ぐ。

 それを黙って聞くジョセフと呼ばれた、ここにやって来た青年。

 別に青年の言葉に耳を傾けているわけではない。こいつの話す内容は大部分が意味を持たないどうでもいい事である、とジョセフは知っている。問題は、この場に急な来客をもてなすための物が配置されているかもしれない、という部分だ。

 

 自身の、人類最先端を行くその感覚を駆使して、無意味な言葉を続ける青年の周囲、このビルの屋上に何かの仕込みが無いかを探る。

 ……伏兵、無し。罠、視認できる範囲では無し。時限式の爆発物、無し。毒ガスの類、無し。

 少なくとも即座に脅威となるものは無い。そう判断し、ジョセフは青年に言葉を投げる。

 

「待ち合わせ中に悪かったね、今日は話をしに来た」

 

「暗く冷たい夜を飾る光が何故狂気の象徴などと呼ばれるのか、不思議に思った事は無いかな?」

 

「悪いが、アンタの待ち人達はしばらく来ないだろう」

 

 ジョセフに話しかけられても自分の話を続けていた青年。しかし、その話はジョセフの次いだ言葉を聞いて止まる。

 

「……ほほう。しばらく来ない、と言うあたり雑兵しか当ててないのかな? よっぽど人材不足と見える」

 

「……火星で使わなかったらしい余り物をファティマが()()から貰って来たんだ、在庫処分にいい機会だと思ってね」

 

「ふぅん」

 

 死んだ魚、というよりは最初から生きていないような無を宿した瞳に少しだけ好奇の色を浮かべながら、青年はジョセフに問いかける。その答えは、入手経路はともかく青年が予想していた通りの足止め、というもの。

 勿論、額面そのまま受け取るのは愚かな事だろう。ジョセフも、100%確信をもって足止めにしかならないと言っているわけではないに違いない。

 青年が今待ち合わせをしているのは、彼がこの計画の為に集めた直属の配下とも言える人間達だ。それに武装した人員を何人かはわからないがぶつける。

 

 勝機は勿論あるだろう。火星で使わなかった、と言っても頭は空だろうが腕っぷしはある連中だ。そんな人間を何十か何百かぶつければ、足止めで終わらず始末できるかもしれない。

 

 だが、ジョセフは半ば確信を持っていた。彼らは、やはり足止めにしかならないだろうと。

 

 その確信の理由が、目の前にいる、この青年。これがわざわざ集めてきた人間が、普通なわけないだろう、と。

 

「……まあいいや、ゆっくりと話ができる、って事だね。いいよ」

 

 ジョセフに背を向けたまま、青年はのんびりとした調子で欠伸をする。

 

「私達のこれからの話をしようじゃないか」

――――――――――――――

「おお、神よ」

 

 修道服を着た太った大柄な男に、彼に襲い掛かった数人の男女は後ずさった。

 彼らが見るのは、男の前に倒れた彼らの仲間達。体に複数の穴が開き、致命傷となった頭に空いた穴からは、ピンク色の何かが流れ出る。

 

「しかし私は、確かめねばならないのです――」

 

 男は涙を流しながら、しかしその顔に歓喜を浮かべながら、襲撃者たちは一歩、また一歩と後ずさる。

 男の腹の一カ所、それがぼこりと蠢き、その凶器が姿を見せる。

 

「彼らの苦難の先に、神へと続く道が開いているのかを」

 

―――――――――――――

 

「そう、君達は僕がさぞかしか弱いただのインテリに見えた事だろう。だが、それが命取りなんだ」

 

 まるで講義でもするかのように、自分の腹に、正確には腹を覆う装甲に当たって止まった拳を自分の手で掴み、白衣に片眼鏡の男ははきはきと話す。

 

「君達はこの見るからに貧弱そうな腹を殴れば僕が一発で倒れる、そう考えたのだろう。それが間違いなんだ」

 

 白衣を脱ぎ去った男を見て、彼を襲った人間達の顔色が変わる。その体は、頭と手足、体の末端と言える一部を除いて黒色の甲冑のような装甲に覆われていたのだから。

 

「手術で得た能力に弱い部分があれば、武具で補えばいいだけの事だ。その程度の発想ができる相手だという事くらい先に考えておきたまえよ」

 

 分が悪い。一時撤退だ、と背を向けた襲撃者達に、男は親指を立て一指し指を前に向け残りを握る、俗に指鉄砲と言う形を作り、それを向ける。

 

「ばーん」

 

 似合わない、子どもがごっこ遊びをするときのような擬音を大真面目に呟く男。

 

「ああ……?」

 

 逃走する襲撃者の一人は、違和感に気が付いた。肩の辺りが、何かむずむずするような……?

 

「ひっ……お前、それ!?」

 

 隣を走る同僚の悲鳴で初めて、彼はその肩にあるものを見た。

 

 それは、蠢く肉の塊。それも、ただの肉ではない。目玉、何かの臓器、腕。人間の体の器官や部位が、ぼこぼこと拡大しながら彼の肩でその大きさを増していく。

 

「待っ、助けて――」

 

 その肉塊から、何かが飛び散る。

 

「……え?」

 

 それを体に受けた、隣を走る同僚は、数秒後に彼と同じ末路を辿る事となった。

――――――――――――――――

「息が詰まりそうです!」

 

 少女は、精一杯息を吸って吐いて何とか酸素を取り入れようとしていた。

 元々呼吸器が弱い彼女にとって、この状況は地獄以外の何物でもない。

 

 狭い路地裏、そこは、真っ白な世界へと姿を変えていた。

 

 まるで降り積もる雪のように、白いふわふわした何かが空から降り、路地裏の汚いものを覆っていく。

 

 

 それは、節度の無い住民によって捨てられたゴミ。不良達のケンカによってできたであろう血の跡。

 

 そして、襲撃者の死体。

 

 しんしんと降り積もるそれは、その全てを包み、ただの白へと変えていく。

 

 それから数十秒、もう動くものが何も無くなった事を確認し。

 

 口の端から垂れた血を拭いながら、少女は興味を失ったかのようにとことことその路地裏を後にした。

 

 

「お姉ちゃん、元気にしてるかなぁ……」

――――――――――――――――

 両断された死体が、また一つ増える。

 

 敵は、この計画で襲撃する対象の中で一番の強敵。それは、彼らが身に宿す生物がわからない以上、その生まれや体格等から想定される身体能力で導き出された、情報不足の中で導き出すしかなかった情報。だから、ここには各襲撃班の中で最も強く人間が、最も多く配備されていた。

 

 それなのに、この始末。

 

「……遅いです」

 

 月下に和装が舞い、その瞬間命の火が吹き消される。

 これが命を賭した戦場でなければ、さぞ美しい光景であった事だろう。だが。

 

 

 再生能力が、それを発揮する事も叶わず急所を一撃で切り裂かれ絶命する。

 硬い甲殻が、ある者はそのわずかな隙間から引き裂かれ、ある者はその鎧の上から両断される。

 

 相手はその腰に差した得物、長刀を抜いていない。だが、彼らは次々と切り裂かれる。

 

 少女が何も持たない手を振るう、その度に腕が落ち、脚が落ち、首が落ちる。

 

 少女が何も持たない脚を振るう、その度に悲鳴が、怒号が、途切れる。

 

 

「く……そっ!」

 

 その動きを捉えられず、陣形は乱され上手く戦えず。

 いつ襲い来るかわからない不可視の斬撃と、数十人の戦い慣れた人間を相手に圧倒する純粋な身体能力。

 

 戦況は既にひっくりかえせるような状況ではない。だが、そこで彼らに一縷の希望が訪れる。

 

「っ、撃てェ!」

 

 敵が、その動きを止めたのだ。これまで縦横無尽に暴れまわっていたのに、何故急に止まったのか。それを考察できるほどの余裕は今の彼らには無かったが、ようやく巡って来た好機だ。

 

 震える手で、銃弾を敵、まだ幼い少女に容赦なく浴びせかける。

 

 そこで、少女は初めて腰に差した長刀を抜き放った。

 目にもとまらぬ、というほどの速度では無い。

 だが、その刀が振るわれる度、少女を狙った銃弾が、まるで自分から避けるかのように逸れていく。

 

 しかし、最後の一発が、少女の左腕に命中する。

 細い腕が銃弾を受け、純粋な人体よりも抵抗を見せ深くまでは刺さらないが、血が流れる。

 

「……何故、当たったのだと思いますか?」

 

 これで怯んだ、チャンスだと突撃しようとした彼らは、少女の声と、それから溢れる殺気で脚を止める事となった。

 

「貴方達に諦めてもらう為です」

 

 その傷口は、彼らが多くの犠牲を払ってようやく得た一撃は、その直後すっと消失した。

 

 ……再び、少女が動き始める。それとは対照的に、向かい合う彼らは誰もが動きを止め、静かにその目を閉じた。

――――――――――――――

 

 やあ皆、こんにちは。三分クッキングの時間だよ。

 

 今日はハンバーグを作ろうと思うんだ。

 

 まずは、肉の用意だね。骨と肉と臓物が混じり過ぎてよくわからない事になっているからね、そこをより分けるのが最初の作業かな。

 

 んしょっと……うん、こんなもんでいいんじゃないかな。

 ちゃんと肉を分けられたかい? まあ内臓も内臓で苦みがあってオツなものらしいよ。好きな人は入れてもいいと思う。私には結局最後までわからなかったけどね。ああ、腸とその中身はよく取り出すように。そういう趣味の人なら別にいいと思うけど、排泄物なんて食べたくないだろう?

 

 じゃあ次はその肉をミンチにするんだ。……ああ、私が用意したのはもうミンチになっているね。ンン……そうだね、やり方だけ紹介しておこう。包丁でこうやってトントンと……

 

 さて、そろそろ我慢ができなくなってきたよ。運動の後はお腹がすく、当然の摂理だよね。私もまだちゃんと仕事をしていた時には終わった後は沢山食べたものさ。後になったらいくら仕事してもろくに食べ物なんてもらえなかったけどね。

 

 本当なら焼くところなんだけど今回はこのまんま食べてしまおう。え、ハンバーグなら卵なり玉ねぎなり混ぜる? いやいや、肉100%のすばらしさを君達は知るべきだね。

 

 さて、食べ終わったところで、今度は別の料理にしよう。料理のレパートリーは多い方がいい、私も昔毎日ハンバーグは嫌だ、と怒られたものだよ。あと14人もあるからね、ミンチばかりなのが残念だけど、まあ色々と作っていくとしようか。

 

――――――――――――

 

「……さて、君が欲しいのはコレだろう」

 

 青年は、懐から一つのケースに入ったディスクを取り出した。

 

「『project GoE』……私達の、一族の積み重ねて来た全てがここに記録されている」

 

 それその物の見た目は、何の変哲もない、この時代一般の大容量記憶媒体だ。だが、その中身は青年にとって、ジョセフにとって、重要な意味を持つデータである。

 

「ローマ連邦の大統領府がクラッキングを受けてこれの一部が流出しちゃったらしくてね、やったのは腕試しのクラッカーだそうだよ、優秀だよねぇ」

 

 ジョセフは青年の表情から、微かな不快感を感じ取る。それは、己の計画の乱れからなのか、彼の全てとも言えるこのデータが一部とはいえ他者の手に握られてしまったからなのか、どちらかまではわからないが。

 

「それを渡してもらおうか、一族当主としての命令だ……アンタの今後の身の振り方を選べ」

 

 答えはわかりきっていた。だが、ジョセフはあえてこれを言う。

 青年の一族への裏切りはもう既にジョセフも知る所である。その上で彼らが一族に対して持つ優位点である研究データを全て渡せ、と言い青年が拒否すれば、公として青年は一族への反逆者となる。

 

 

「いいや、選ぶのは君の方だ、二つに一つ」

 

 その問いに、青年は己が背負っていた武器、ジョセフの剣と同じく機械的な装飾のなされた槍を抜き、ジョセフへと向ける。

 

 ジョセフもそれに答えるかのように、懐の剣を抜き放つ。

 

 

 

「尻尾を巻いて逃げ出すか、力づくで奪い取るか、君の自由だ、ジョセフ・G・ニュートン」

 

「……おれの代替品(スペア)風情があまり調子に乗るなよ、オリヴィエ・G・ニュートン」




観覧ありがとうございました!

~おまけ~

オリヴィエ「うちの子が『今はこんなですけどおっきくなったらばいんばいんです!師匠もイチコロです!』って言ってるんだよ……コレ、あの子のお母さんというか何と言うかの写真なんだけど私は彼女に現実を突きつけるべきなのだろうか……」

ジョセフ「早く本題に入ってくれない?」

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