深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第二部スタートです。第二班の人々の話です。


第2部 青き命の星の物語
第58話 生還者達


 ……眠たい。

 不明瞭な、まるで水中にいる時の視界のようにぼんやりとした意識。

 自分は、どこにいるのだろうか。暗い海の底にいるかのような重々しい体が押し潰されるかのような閉塞感、助けなど来ないのだと何かが語り掛けてくるような感覚。

 

 それとは真逆の場所、天高く、その先にある世界、宇宙に放り出されたかのような、果ての無い暗闇の中でただただ浮き続けるかのような、体をどこにも預けられない不安。本来であれば息を飲むであろう美しい、色とりどりの星達も、まるで自分をただただ観察する人の届かぬ存在の無数の瞳にしか思えないだろう。

 

「こんばんは」

 

 記憶も酷く曖昧だ。自分は誰で、何をしていたのか。ここは、どこなのか。

 

「良かったね、君は選ばれたんだ」

 

 体を起こした。手術室のような病的な白が支配する殺風景な部屋、その中心、自分が寝かされているベッドの周りを、一人の男がぐるぐると回る。回りながら、俺に話しかけてくる。

 

「君は何がしたいのかな」

 

「ああ、怖がらなくてもいい」

 

 男は二人に増えた。同じ顔の男が二人、ベッドの周りをぐるぐる回る。それぞれが別々の事を話すのに、そのタイミングは全く同じで、声も別の内容なのにまるで同じ事を話しているかのように、被って聞きづらいなどという事は無く自分の中に入り込んでくる。

 

「人間とは、脆く儚い生き物だ」

 

「そうだ、歓迎会がしたいな」

 

「今日はいい天気だね」

 

 男は三人に増えた。楽しそうに、全く同じ、張り付いた笑顔で、俺に顔を合わせる事も無く、どこか遠い場所を見るような目で、男は話す。……ああ、何となく、頭の中に映像が、俺の記憶が流れ込んでくる。そうだ、俺は今から火星に行こうとしてたんだっけ……?

 

「おめでとう」

 

「おめでとう」

 

「おめでとう」

 

 ベッドを周回する三人が、同時に、先ほどまでとは違い同じ内容の言葉を発する。

 

 ……ああ、これは、夢なのだろうか。それとも――

 

――――――――――

 

 2620年 11月23日 U-NASA本部 

 

「……ではでは、乾杯!」

 

 U-NASA本部の医療センター、その中にある病室の一室に、彼らは集まっていた。

 殺風景な部屋を彩るのは、部屋の所々にある装飾と、借りてきた移動式の机に並べられた食事。

 それは、病室での食事、というイメージとは真逆を行く、豪華なものの数々。

 

 部屋の入口には、紙に雑な字で書かれた、『第2班任務終了打ち上げパーティ』の文字。

 

 

 裏アネックス日本第2班 生存者:7人

 

 ランキング上位が比較的多く、裏アネックス連合軍でも戦力の主力として戦った第2班。幸運な事に班員の約半数が生き残った彼らは、地球に帰還した後、各々と班、それぞれでするべき事をこなしていた。最初に、命を落とした班員の皆の弔い。U-NASA本部へ提出するための各種報告書の作成。

 半数が命を落とし、さらに生き残った半数は重傷を負っていたためこのU-NASA本部医療センター送りとなり実際にU-NASAの業務を行うために動けたのはわずか4人であったため、そこで時間がかかってしまい、帰還から約3か月後の11月、ようやくこうして集まる事ができたのである。

 

 班長である剛大は今帰国しているため来られず、今現在ここにいるのは、まだ到着していない健吾を抜き、正式には第2班班員ではないものの参加している1人を加えて6人だ。

 

「しっかし、色々とビックリだよな、俊輝」

 

「ああ、本当にな」

 

 料理を自分の皿に乗せ、上機嫌な翔が俊輝に話しかける。2人の会話、それが指し示すのは、俊輝と共に料理を漁っている1人の青年であった。

 

「まさか、拓也がなぁ……」

 

「……」

 

 翔の目線に、気まずそうに目を逸らす拓也。

 翔の発した言葉には、様々な意味が含まれていた。第一に、拓也が第4班の班長であり、自分達と敵対する立場であった事。第二に、拓也が今生きてこの場にいる、という事。

 

 火星で俊輝と静香を庇いテラフォーマーの大群と交戦し、そのまま行方不明になった。地球に帰還した各宇宙艦の搭乗リストにもその名はなく、あの後命を落としたのだと、そう皆が思っていた。

 

 そんなある日、U-NASA本部に一隻の宇宙艦が帰還した。第4支局所属、『星之彩』。本来であれば中国に帰還するはずの第4支局宇宙艦が何故本部に不時着したのかは定かではない。事前連絡もない着陸であったため即座の対応ができず、少し時間が経ってから本部職員が対応にあたったが、機内は何故か一人の搭乗員もおらず、もぬけの空。だが、機体の付近で倒れている1人の人間を発見した。

 

 このような経緯で、拓也はU-NASA本部にやって来た。『星之彩』は中国に回収されたが、拓也の事は中国には知らされていなかった。それは、本部と第2支局の意向によるものである。

 拓也の生存が知れれば、中国は必ず回収にやって来る。希少なベース生物を宿した検体が帰還したのだ、当たり前の事だろう。それを、日米、特に第2班の現場部隊は良しとしなかったのだ。

 

 とにかく、裏第2班の一時的とはいえ元班員であり、最大の敵であった青年はこうして再び裏第2班と共に行動していた。さて、問題となるのは、拓也への皆の対応である。拓也が敵であった、という事は皆が知っている。その情報の経路は直接交戦していたり、地球に帰還してから話を聞いたりと人それぞれであるが。

 問題は、その後だ。拓也が全てを皆に改めて話して仲直りしたのか? やはり、許せないと皆に拒絶されてしまったのか? 

 

 それは、とある理由からどちらでもなかった。

 

「まだ、思い出せないか?」

 

「ああ……悪い、皆……」

 

 ……地球に帰還した拓也は、記憶を失っていたのだ。それも、火星に出発した後の記憶だけを。

 勿論、拓也の裏切りは最初から仕込まれてたものの為、今の拓也の記憶には裏切りの計画とそれを決意した自分、というものがはっきりと刻み込まれている。記憶を失っていたのだから無罪、などとは言えないだろう。

 しかし、発見された直後、意識があやふやだった拓也に俊輝が伝えた、火星に向かってからの拓也の話。共に行動して『裏切り者』幹部から俊輝と静香を庇うような形で別れ、裏切り者として戦い、最後にはテラフォーマーの大群の中へと消えていったその行動。

 

 もう、全ては終わったのだと聞いた、全て終わった上で、自分の目の前に地球で笑いあった友人達が全員、とは言えないが生きているという事実を知った拓也の安堵に満ちた表情。

 それを見て、第2班の皆は拓也を裏切り者として拒絶する事はできなかった。

 

「……思い出したら、改めてまた話をしよう。それまで、ゆっくりと体を休めるといい」

 

「すまねえ、武」

 

 ベッドに寝かされたままパーティに参加している武が、意気消沈している拓也に笑いかける。

 直接殴り合った二人ではあるが、少なくとも、今険悪な関係というわけではない。それに安心して、俊輝は皿にデザートを取り、もう一つのベッドへと向かう。

 

「雛かなんかに餌やってるみたいだな」

 

「……うっさい」

 

 左の翼、変態前で言う左腕が複雑にへし折られ、他にも全身に痛ましい傷を負った静香。元々体が強いわけではないという事もあり現在療養中である。そんな静香に食事の乗ったスプーンを差し出しながら、俊輝は意地の悪い笑いを浮かべる。

 

「あらあらお熱いですね!」

 

「ちょっと黙ってろ、美晴」

 

 ワインを興味深々で見ていたが興味が俊輝と静香に移りはやし立てる少女、美晴と、その頭にチョップを加える翔。そんな和やかな第2班のささやかな打ち上げ。

 

 

「お待たせぇー! よお皆元気してたかー?」

 

 そこにハイテンションで入って来たのは、遅刻してきた最後の一人、健吾とその横に立つ少女だった。

 全員の目線がそちらに集中する。健吾のテンションはいつもの事なので誰も気にしないが、問題は横の少女である。

 

 年はまだ10歳前後といったところだろうか。濡羽色、と呼べる長く艶やかな黒髪に、幼さと気品の混じった整った顔立ちと体形。半袖の動きやすい着物と、何より目立つ、腰に差した一本の太刀。古い和の雰囲気に現代的な何かを足したような、不思議な雰囲気の少女は、その手いっぱいに抱えていた荷物を下し、ぺこりと皆に一例をする。

 

 皆は言葉を失った。それは、少女と同時に、健吾が少女に頭を下げたからだ。

 

「ありがとうございました、師範代」

 

 ……しかも、丁寧に!

 班員の皆の知る健吾は、『あざーっす』くらいしか言わないはずだ、と!

 その衝撃で、健吾の言った後半、師範代という言葉はあっさりと流れてしまう。

 

 

「皆さん、はじめまして。上月千古(ちふる)と申します。健吾さんがいつもお世話になっています」

 

「や、止めてくださいよ師範代! 俺が逆にお世話してやってる方みたいなものでして……」

 

 柔らかな笑顔と共に自己紹介をする少女、千古に恥ずかしそうに手を振って否定する健吾。

 誰だこいつは。偽物なのではないか? と疑惑を深める皆。

 

「健吾、この子一体……まさか誘拐でも……」

「健吾さんサイテー」

 

「話聞いてんのかバカ共! あーもう! この人は俺ん家の道場の師範代なの! 俺の親父が師範だけど俺は下っ端なの! オーケー!?」

 

 健吾の敬語に衝撃を受けて的外れな事を言いだした翔と美晴に事情を説明する健吾。

 そう言えば健吾の家って由緒正しい剣術の道場とか言ってたな、あれいつものホラ話じゃなかったのか、じゃあなんであんなチャラ男が育ってしまったんだ、と言いたい放題な皆に健吾は青筋を額に浮かべるが、師範代の前でうかつな動きはできないと何とか落ち着く。

 

 その後、千古をお客さんとして改めてパーティは進行していった。どうやら初めての海外旅行をしている千古がアメリカにも行くから色々と案内をしてほしい、という事で健吾は遅れてきたようだった。その帰りに火星への旅を経験した人達に会いたい、と言ったため健吾は逆らう事ができずここまでやってきたらしい。

 

 何をした後の打ち上げパーティであるのか、当然テラフォーマーだのMO手術だののその詳細までは部外者である千古には語れず、彼女が知る通り、世間に公表されている部分の情報通り火星の調査をしたんですよ、と本当と嘘を交えつつの会話で盛り上がり、すっかり打ち解け。

 

「刃物を持った侵入者がいたとの報告が入った!」

 

 そして、別れは突然に。

 ヤッベ師範代部外者でしかも帯刀してんの忘れてたという気まずそうな健吾と、硬直する千古。

 

 

「あぁー! すみませんすみません!」

 

 慌ててU-NASA職員の方に駆け寄っていく千古、その間際に、静香に一つ耳打ちをして、彼女は職員に連行されていった。

 

 突然やって来て突然去っていった来客に驚きながらも、再びパーティは続く。

 

 今後、皆はU―NASA関係の職に就くのか、それとも別の方面を目指すのか。そんな話し合いで盛り上がり、近況報告をしたり、他愛もない話をしたり。自分達は地球へ、日常へ戻って来る事ができたのだと喜び合う。

 

 そんな中で、静香だけは話に混じりながらも少し暗い表情をしていた。その理由は、皆と笑って話をしている俊輝、火星で共に戦い守ってくれた、彼の明るい姿を見ながら、千古が去り際に静香以外の誰にも聞こえないように話した、その言葉。

 

 

「……俊輝さん、でしたか? ……まだ新しい血の匂いがしました。どうか、支えてあげてくださいね」




感想ありがとうございました!

~おまけ~
美晴「私の事を誰やねんお前と思った方も多いでしょう初めましての方は初めましてと動画の投稿者みたいな事を言いたい所ですが第一話から見てくれていた方は私の名前を一度見ているのですよそう12話です12話あそこで私の名前が一度だけ出ているのですよでもそれから一度も登場していない上によりにもよって今日作者が12話を編集しやがったせいで『コイツ無理やり数合わせに名有りキャラ用意する為に書き換えただけじゃね?』と言われそうな疑惑だらけの私ですが違うんです元の口調がもっと男っぽい感じで被りがあったからちょっと口調変えてみただけなんですイメチェンですよイメチェンああなんか凄く長く話してますけどこれエリシアちゃんの親族の伏線とかじゃないんで!第一部ではアレでしたが第二部での活躍見ていてくださいね!」

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